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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter2:Bloody tears & Rising smile
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父と娘とウルラディールと

ノットラント東部の武家の中で頂点に君臨するのがこの屋敷を拠点とするウルラディール家だ。


当主はラルディン・ヴェルチ・ディン・ウルラディールである。


代々続く、名家中の名家であり、その実力は東部の他の家より頭抜けている。


東部のリーダー格と言っても過言ではない。


ここ、ウォルテナの都市もウルラディール家の庇護ひごのもとサレヂナ・ストリートを中心として発展してきた。


ウルラディール家は市民からの支持率も高い。


市民からすればお家騒動などの不安要素が殆ど無い、安定した武家であると思われていた。


しかし、そんな名家に跡継あとつぎ問題で暗雲が立ち込めていた。


代々、ウルラディール家は男子の系統が当主を務めてきた。


しかし、今になって男子に恵まれなかったのだ。


ラルディンの妻、マーネは病弱で出産時の負荷に耐え切れなかった。


赤子を産んで間もなく命を落としてしまったのである。


そのとき産まれたのがレイシェルハウトであった。


その後も周囲から新たな花嫁を貰って家を絶やさぬようにとラルディンは説得された。


しかし、マーネに対する愛を忘れることは出来ず、かたくなに再婚せずに人生を送っている。


その結果、ラルディンは娘を跡継あとつぎにするため、彼女を”完璧”にするため酷と言えるまでの英才教育を施してきた。


彼はそれを愛娘に対する愛と考えていた。


ところが当の本人はその期待に答える事こそが自分の生きる意味だと考えるようになってしまった。


そして歳の割にはスレていて、いびつな性格の少女になってしまった。


 そうして”完成した”のが次期当主候補、「レイシェルハウト・エッセンデル・ディン・ウルラディール」なのだった。


彼女は特に表には露出しなかったため、誰しもがウルラディール家は跡継となる男子の出生を待ち望んでいるものばかりと思い込んでいた。


そんなある日の事だった。レイシーは一人、当主の間に呼び出されて重い扉を開いた。


 当主の間は天井が高く、大きな椅子の裏にはヒラヒラした尾を持つ魚をかたどったステンドグラスとそれを描いた旗が左右からかかっていた。この”ノットラント・ベタ”がウルラディール家の家紋である。


「して、お父様、どのようなご用事でしょうか」


レイシェルは片膝かたひざを付いてしゃがみ、頭を深く下げた。


赤いツインテールがゆらりと垂れた。頭の上に飛び跳ねた癖っ毛がねる。


 ツインテールに触覚のような癖っ毛。そして真紅の瞳に雪のように白い肌。


どこにいても目立つ見た目である。


レイシェルは父、ラルディンの方を見た。


「今日呼び出したのは今後の話についてだ。先月に誕生日を迎えたばかりだが、お前も来年には14歳になる。少し早いかもしれないが、東部の武家で行う合同演習ごうどうえんしゅう初陣ういじんに出ておくべきだと思うのだ。だがお前はまだ実戦経験が足りない。そこでだ、いくつか下積みをこなしてもらう。そしてさらに修練を積むため、海を渡りライネンテへおもむき、リジャントブイル魔法学院へ留学するのだ」


 それを聞いてレイシェルは戸惑った。


殆どの武士は国内で演習や模擬合戦をこなしてキャリアを積んでいくのが王道であるためだ。


流石にに海外留学とは予想外だった。


 父からはずっと「私が進学校は決定する」と言われ続けてきた為、何の疑問も抱かなかった。


 ウルラディール家は代々ライネンテとは深い縁があり、ラルディンはリジャントブイルの卒業生である。


しばしば父から学院の話は聞いていたため、このような進路も無くはないだろうとレイシェルは思った。


「どうした? 不服そうな顔をしているな」


 ラルディンが腕を組んでレイシェルを見下ろした。


厳しい表情はしていないのだが、威圧感でレイシェルは思わず縮こまった。


それでも一応は進学校を海外にした理由を聞こうと声を振り絞った。


「あ……あの、なぜ国外の学校なのですか? 武士というものは産まれた土地で、育まれた領土や家、人達に尽くして大成するのが筋だと思っているのですが……」


 珍しくラルディンが柔和な表情を見せた。


そして色々と物思いにふけっているようだったが少し沈黙を置いた後に語りだした。


「その考えは武士の基本ではある。だが、お前はまだこの館の中の事しか知らない。それでは大河に乗り、海に漕ぎだすことは出来んのだ。世界にはお前の想像する以上の事柄ことがらがある。それを知ることが、家を繁栄させる近道となるのだ。それにな、しがらみのない学生生活というものはいいものだぞ」


レイシェルはそれを聞いてなんとなく納得した。


しかし、学生生活の楽しみという点においては全く合点が行かなかった。


それも無理の無い事で、彼女の周りには同年代の友人が皆無かいむだったからだ。


学校生活と聞いてもルーブじいとの退屈な授業もどきしか想像できなかった。


話を終えて謁見えっけんの間をを出る。


今日も今日とて雪がシンシンと降っている。ノ


ットラント全域は年がら年中、冬の気候である極寒の土地である。


スプリングスポットと呼ばれる春の気候の土地も一応ある。


ただ、猫のひたい程度でポツポツと点在してるだけに過ぎない。


植物が育たない不毛の土地のように思える。


しかし、寒さをエネルギーに変えて実をつけるタフな植物や作物が多々あるので雪国にもかかわらず、食料自給率は高い。


代表的なものとしてはライネンテ北部の寒冷地でも育つモッチ麦がノットラントでも重宝されている。


雪の上にくと雪解け水に乗って種が地表に到達する。


そのまま雪に含まれるマナの力を吸って、穂の部分が地表に露出するという強靭きょうじんな耐寒性を持つ。


それと、ウォルテナ周辺の名産品としてはコリッキ・ツリーと呼ばれる最大3m程度の丈の木があある。


その木はこぶし大のオレンジ色をした甘い実をつける。


外見はオレンジ色だが、中の実は黒く、その果汁はまるでインクのようだ。


寒ければ寒いほど糖度があがり、そのまま食べてもおいしい。


パンに練り込んだり、お菓子にしたり、熟成させると酒になったりもする。


特にコリッキから作られた真っ黒な色をしたリカー・コリッキはウォルテナの名産品である。


家畜の飼料となるバルネア草は根が熱を帯びる植物で、一度地表に根付けば雪を溶かす。


それを自身の養分としていく変わった植物だ。


街中の歩道に雪が積もらないのはこのバルネア草が計画的に植えられているからである。


成熟すると小さなピンクの花をいくつか咲かせる。


白一色で殺風景になりがちな世界に文字通り花を添える植物でもあるのだ。


 レイシェルハウトは先程のラルディンの話を聞いてイライラしていた。


自分の実力からすれば下積みなど必要なく、一気に初陣ういじんを踏めると思い込んでいたからだ。


まるで未熟者扱いされたようで腹が立ってくる。


普段は萎縮いしゅくするところであったが、今日は苛立いらだちがそれを上回った。


レイシェルは近くに居たメイドにぶっきらぼうに声をかけた。


「サユキとパルフィーを呼んで頂戴。”野狩り”よ」


それを聞いたメイドはあわてた様子で小走りし、長い廊下を駆けていった。


レイシェルはそれを見届ける気もなくきびすを返し、衣装室に向かった。


「チッ。サユキはまだかしら……」


 数分した後、サユキが慌ただしく衣装室に入ってきた。すぐにレイシェルに向けて深々と頭を下げる。


「お嬢様、遅れて申し訳ございません」


「遅いッ!! 遅いわ!! ほら、服!!」


 そういうとレイシェルは椅子に座ってじっとした。


「ではお嬢様、失礼します……」


 サユキは手際よく彼女の服を脱がせ、野狩り用の服に着せ替えていった。


その間、レイシェルは腕の上げ下げ程度でほとんど動かなかった。


これはいつもの事で、レイシェルは自分で服を着たり脱いだり、着替えたりを全くしない。


というより産まれた時から任せっきりにしていたため、出来ないのだ。


「お嬢様、お疲れ様でした。着付けが完了しました」


肩からは家紋の刺繍の入った短めの肩掛けを纏い、その下に着たピンクのブラウス正面にはヒラヒラとした装飾が付いている。


 さらにその下にはブレスド・プレートと呼ばれる祝福された胸当てが装備されていて、胸全体を守る構造になっている。


祝福補助ブレッシング魔法強化エンチャントは似たようなものだが、重ねがけすることが出来る。


それにブレッシング装備は程度の差こそあれ、聖属性を宿しているのだ。


下半身は動きやすいように短めの青色のスカートを履き、黒いニーソックスと足には赤いショートブーツを履いていた。


どれも普通の服に見えるが、この衣装部屋にある服は普通の服とは比べ物にならない耐久性能を誇っている。


 今、レイシェルが着ている服も、とても軽装に見えるが重戦士よりも頑丈だったりする。


「よし、さっさと行くわよ」


 レイシェルは礼の一言も言わず、衣装室を出て行った。


サユキも脱いだ服を片付けて足早に彼女を追った。


入り口には既にパルフィーが待機していた。


「よっ! お嬢。今日は何狩るんだ?」


「裏山のオオリクセイウチとノッテンサウラ狩りよ。一応ついて来なさい」


レイシェルは早足をゆるめること無く、どんどんと歩みを早めて屋敷の門を抜けていった。


それをサユキとパルフィーが追うようについていく。


 屋敷の壁沿いにぐるりと正門の反対側に移動していくと雪原がなだらかな斜面に変わっていった。


そのまま進んでいくと傾斜が上がっていく。


やがて、屋敷を囲むヴァルー山の中腹の開けた場所に出た。


周囲は森に囲まれているが、割と広い雪原が広がっている。


 屋敷は正門以外を山に囲まれている。


山自体はさほど標高も高くなく、越えるのは難しくない。


しかし、凶暴な野生生物やモンスターが数多く生息しており、うっかり踏み込むと命にかかわるほどのものだ。


そんな山に3人は踏み入った。

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