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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter6:魔術謳歌
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続・漢のサバト

裏満月クラゲの月に入ってから半月が経った。


新学期が始まって1ヶ月半といったところだろうか。おとこたちの夜会サバトひそかに開かれていた。


「やぁやぁ諸君。皆、元気そうでなによりでござる。これより交流、情報交換の場であるおとこのサバト・二学期を始めるでござる」


百虎丸びゃっこまるが開始を告げると男子連中から拍手はくしゅが上がった。


そう、ここにはナッガンクラスの男子のみが集まっているのだ。1人を除いては。


学院の中には鼻が効く人物が多くいる。女性特有の血の匂いなどすぐにわかるだろう。


そのため、イクセントと名乗って男装しているレイシェルハウトはなんの対策をしなければ性別をいつわっているのがたちまちバレてしまう。


いくら高等な魔術であっても人の顔を変えるのは難しいし、よしんば顔を変えたとて元に戻すのは更に難しくなる。


理想を言えば顔を変えて逃避とうひするのがベストだが、次期当主の顔を捨てるわけにはいかない。


そんな彼女の取った苦肉くにくの策が性別をいつわるということだったのだ。


髪は群青色ぐんじょういろに染め、瞳はアイグラスで髪と同じ色に変えてある。


鮮やかな真紅の髪に、宝石のような赤い瞳は悪目立わるめだちちしすぎたからだ。


この見た目になってからもウルラディール家の指名手配者に似ていると言われることもそれなりにあった。


それでも意外と「俺は男だ」と言い張れば、裸体でも見られない限りそこまで追求されなかった。


問題は女性特有の生理現象についてだった。


それを無理矢理止めるため、イクセントは微弱びじゃくな毒を長いこと飲み続けていた。


それを続けていればいずれ妊娠、出産ができなくなることを覚悟して。


家の主としては子孫を残せないのは問題外ではあるが、その時は非常時であれこれ考えている猶予ゆうよはなかった。


それに安価な手段だとそれくらいしか方法が無かったのだ。


幸い、ファネリらとの合流で蓄積ちくせきした体の毒素を抜くことに成功し、体は健康体に戻った。


今は質の高い薬も受け取っており、生殖機能せいしょくきのうに悪影響は一切ない。


男達の集まりに参加していてレイシェルハウトそんなことをボーッと考えていた。


「―い!! おい!!」


誰かが声をかけてきている。そちらに視線をやるとタコ男がわめいていた。


「おい!! イクセント!! スカしてんじゃねーぞ!! どーせお前のことだ!! ムッツリスケベ視線で女子連中を見てるんだろーが!! 誰が好みなんだ!? ええ!?」


また妙なからまれ方をしている。


「フン。ムッツリスケベは自己紹介か? まずは自分から言うべきだろう。そしたら答えてやる」


話題を振ってきたニュルは10本の足をいやらしくクネクネして答えた。


「へへん。ヴァーカ!! 俺の里には許嫁いいなずけが居るんだよ!! さぁ、オメェの番だ!!」


この許嫁いいなずけ宣言には男子連中は思わず声を上げた。


「僕か? ……アシェリィとか悪くないな」


それを聞いた面々は叫びに近い驚きの声を上げた。


もっともイクセント本人は面白半分でテキトーな名前を挙げたに過ぎない。


べつにシャルノワーレでもフォリオでもジュリスでも誰でも良かった。


「ほぉ……して、イクセント殿どのはアシェリィ殿どののどういったところにかれるので?」


百虎丸びゃっこまるは興味ありげに目を細めてり下げた。


「そうだな……。田舎娘いなかむすめ特有の素朴じゅんぼくさがある。それと、無鉄砲でひどくお転婆てんばに見えるが時折ときおり、見せる仕草が可憐かれんで実に乙女おとめらしい」


少女は周囲を翻弄ほんろうし、内心でゲラゲラ笑いながらそれっぽい理由を並べ立てた。


「うおおお!!!! おめぇ、マジかよ!! マジかよ!!」


ニュルが興奮して触手を叩きつけてくる。


「お前、かなり酔ってるな? ええい、離れろタコ男!!」


するどりがタコの亜人に突きさった。


「フフフ……ニュル君、今のはNGでしたね~。マナー違反ですし、イクセント君、かなり怒ってますよ~。しばらく寝ててくださいね~」


白衣を着たドクが立ち上がり、ニュルのコップに謎の錠剤じょうざいを入れて溶かした。


それを気を失いかけたタコ人間の口に注ぎ込む。


これはもはやいつもの事で、その場の全員の感覚が麻痺まひしていたが”また”ドクが睡眠薬を盛ったのである。


彼の前でハメを外しすぎるとこうなる。


その割に女性などには一切、薬物を盛ることがないというジェントルメンだ。


ただ、その反動からかこういうやからには割と容赦ようしゃがなかった。


それを見ていてアンジェナは度の高い古酒こしゅをチビチビあおりながら指摘した。


「なんだかウチのクラスは小さい男が良くモテるな。イクセントに、グスモ、フォリオにポーゼ……ここらへんは皆、女子からのウケがいいだろ? まぁ小さいからヘンに警戒されてないってのもあるかもしれんが……。特にフォリオはかなり人気者らしいじゃないか。で、どんな感じなんだ?」


男子連中の視点がホウキ少年に集まる。


「え、えっと……さ、最近はふ、ふぁんれたぁが届くようになったり、み、妙に女子の先輩が優しい……かな?」


もしニュルの意識が残っていたらめ殺されかねない発言である。


一方のグスモはアッサリ否定した。


「いやぁ。あっしはモテてるってわけじゃねーですよ。ただ、女子たちからは親切にしてもらってるだけで」


それでも女運のない連中にとってはうらやまましくてしょうがなかった。


「……………………………………………………」


灯台使いのポーゼスはだまったまま大潮おおしおキュウリのジュースを飲んでいた。


決して常に無愛想ぶあいそな少年ではないのだが、無口なのは間違いない。


「Hmm……マーヴェラス。それはフォリオ、お前自信が成長したからだと思うぞ。自分のことのように嬉しく思う」


レールレールは腕を組んで満足そうにうなづいた。


それを聞いてフォリオは聞き返した。


「え、え? ……で、でも、あ、アンジェナさんにも、れ、レールレールさんにもこ、婚約者こんやくしゃさんがいるんでしょ?」


風のうわさに聞いた話をしてみた。


アンジェナは首を縦に振った。


「あぁ、さんざ迷惑と心配をかけてる娘がいるからな。あれで嫁に取らないとなるととんだ無責任野郎になっちまう。まぁ、俺はこんな魔術の使い手だから幸せにするなんて口が滑っても言えないが……」


それとは異なり、レールレールは首を左右に振った。


「恋に恋している小娘ならいる。だが、別に俺は彼女とマリッヂするつもりはないし、あいつの一時の気の迷いだと思っている。それに彼女はマイ・シスターのようなものだからな」


「は、はぁ……」


どちらも事情がいまいちわかりかねるがとりあえずフォリオは納得なっとくしたふりをした。


こういう時、経験豊富そうなジュリスならわかるのかもしれないが、彼は夜会サバトにはやってこなかった。


一応、誘っては見たのだが「そういうことは気のおけない同期同士でやれ」と参加を見送ったのだった。


面白い話が聞けそうだったのでそれはそれで皆が期待してはいたのだが。


そんな時、よいがピークに達したキーモ・ウォタが泣き始めた。


「おーいおいおい!! どうせ拙者せっしゃはモテないでござるよ~!! ついでに言うとガン殿どのもレーネ殿との間に全く進展がないし、田吾作殿たごさくどのもモテないでござる~!! お~いおいおい!!」


哀れな青年の心からの慟哭どうこくだった。


「ちょっ!! キーモ!! 事実とは言え、余計なことを言わなくていいっすよ!! このままずっと進展がないみたいな言い方は止めるっすよ!!」


生暖かい目線が思わず立ち上がったガンに集まる。


「みんなもそんなあわれに見るようなマネはやめるっす!! 俺は必ずレーネさんとお付き合いするっす!! 誰がなんと言おうと!!」


半年以上経ってもお友達止まりで、アプローチの出来なかった男の発言である。


説得力に欠けるとしか言いようがなかった。


彼は金髪碧眼きんぱつへきがんで見た目”は”確かに良い。


だが、中身がヘタレかつ残念系なためなかなかえんに恵まれない気の毒なヤツだ。


「ほらぁっ!! 田吾作たごさくもなんとか言うっす!! このままじゃモテない連中として不名誉ふめいよなくくりに入れられてしまうっす!!」


だが、なんだか田吾作たごさくの様子はおかしかった。


ほほめ、モジモジしている。


「たっ……田吾作たごさく……。もしかして、お前……」


ガンの顔は引きつった。


野菜大好き青年はずかしがりながらカミングアウトした。


「お……おらぁ、お友達からスタートしたおなごがおるだぁ……。お友達で終わるかとおもってたんけども、この間は手ぇ繋いでデェトっちゅうのをしただ……」


流石にこれにはその場の全員が驚愕きょうがくした。


キーモが彼にくってかかった。


「相手は誰でござる!? 誰でござるかぁっ!!」


だが、田吾作たごさくはシャイだったので誰だか言わなかった。


それでも瓶底びんぞこ眼鏡のオタク少年は引き下がらなかった。


しかし、それがレッドカードを超えていた。


気づくとキーモに背後から迫ったドクがハンカチに染み込ませた薬物を彼にがせていた。


「ゔっ!!」


一回の夜会サバトで2人も昏睡こんすい者が出てしまった。


「ドク~。助かっただなやぁ。皆にゃ悪いんけども出来れば静かに見守ってほしいんよ」


イクセントは無表情だった。だが、彼以外はにこやかな表情で田吾作たごさくの恋を応援した。


「フフフ……宴もたけなわですね。今夜も実にみのりのある楽しい夜会サバトでした……」


2人も気絶させといてよく言うよというのは禁句である。


「まぁ私も立場的にはガン君とそう変わりません。誰かに取られてしまう前に勇気を出すのがいいとはわかってはいるのですが、こればかりはなかなか……」


ドクがそうつぶやくとガンは彼に近づいてきて自然な流れでハイタッチした。


百虎丸びゃっこまるが会をめる。


「まぁ多少の波はあったでござるが、良い夜会サバトだったでござるな。それでは、これで今夜は解散するでござる。なお、この会合で得た情報はくれぐれも他言無用たごんむようでござるよ。おとこ同士のお約束でござるよ!!」


ナッガンクラスの男子達は空になったジョッキで音を鳴らし、乾杯するとそれぞれが帰路についた。


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