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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter6:魔術謳歌
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カブトムシザリガニの抜け殻

かつてミナレートは高波や海の侵蝕しんしょくに悩まされる土地だったという。


そのため、先人たちは多くの防波堤ぼうはていを作り、それらを克服こくふくした。


まるでタコの足のようにこの都市の海岸線にはいくつもの波除なみよけが伸びている。


恋人岬ラヴァーズ・ケイプのように人気ひとけが多いところもあれば、少ないところまでとその規模は様々だ。


赤く長い髪の青年はその中でも人がほとんど居ない静かな場所に座り、水平線をながめていた。


静かな波の音と風景が彼の心をやし、過去を洗い流してくれる。


もっとも後者は都合のいい解釈かいしゃくでしかなかったが。


背後に視線を感じたので青年は後ろを振り返った。


「おっ、お前ら……」


そこにはかつてチームを組んでいた3名が立っていた。


「よぉ。久しぶりだな。”バケモン”のジュリスよぉ」


「ちょっと!! その言い方、やめなよ!!」


「うっ……うっ……じゅりすぅ……ゴメンよぉぉぉ……ゴメンよぉぉぉ……」


紅蓮の制服を着た彼らは三者三様の態度で彼らは接してきた。


「ファージ!! クランネ!! モッポ!! お前ら、どうしてこんなところに?」


背の高い男子、ファージは肩をすくめて聞き返した。


「お前こそこんなさびしいとこで1人何やってんだ。おめぇに会いに来たんだよ」


紅一点こういってんのクランネは申し訳なさそうに説明し始めた。


「そろそろジュリスくんに会っても問題ないだろうってナッガン先生にすすめられたんだ。ジュリスくんも心残りがあるままじゃ今やってることに集中できないんじゃないかって。もちろん、私達もわだかまりは残したくない。だから……本当はちょっと怖いけど……会いに来たよ」


もう一人のひ弱そうな男子、モッポはひたすら泣いている。


「ゴメンよぉ……ボクのせいで……ボクのせいでじゅりすがぁぁ……」


ジュリスは立ち上がるとモッポの肩を叩いてフォローした。


「なぁに。気にしてねぇよ。おめぇのせいじゃねぇ。それに、俺なんてもともと嫌われ者だしな」


その場の3人は誰一人としてそんなふうには思っていなかった。


それもそのはずで彼は誰からもしたわれるような人物だったからだ。


「クエリィはどうした? あ、いや、別に会いたいとかそういうわけじゃねぇ。今は別の彼女が居るし、来てないなら来てないで構わない」


クランネは気まずそうに語った。


「あの……未だにすごく未練があるの。ジュリスくんとヨリを戻すって1にも2にもそればっかり。新しい彼女さんが出来てもその調子なの。呪いでもかかってるんじゃないかってくらいよ。どうせ連れてきてもややこしくなるし、険悪けんあくになるのは目に見えてるからクエリィには悪いけど今回は連れてこなかったの」


ジュリスはあきれたように腕を組んだ。


「まったく困ったヤツだな。いざという時にあれだけ俺を冷たく突き放しておいて身勝手な奴だぜ。友達としてなら復縁ふくえんしても良いって伝えてるのに聞きやしねぇのか……」


あきれる青年よりさらに背の高いファージは彼の肩を叩いて声をかけた。


「まぁ立ち話もなんだ。そこいらの日陰にでも座って話そうぜ。みんなで前みてぇによ。そうやって話したくなって俺らぁ来たんだからな」


それぞれが近い位置に向かい合い、小さな灯台の陰に座った。


「ねねっ……ねぇ……ジュリスは……ジュリスは本当に変形メタモーフォージスさせられたあとのことを覚えてないの?」


モッポはおどおどしながらそう聞いてきた。まるでフォリオのようだ。


というより下手するとフォリオよりひどい。まぁ元から彼はこういう人物だったが。


「ああ……悪いが全く覚えてねぇ。お前をかばった後からは全く記憶がない」


ジュリスはこうなった経緯いきさつを振り返りつつ、やってきた3人に事情を説明し始めた。


あれはお前らと一緒に出た研究生エルダーでのミッションだったな。


人間を人形フィギュア変態メタモーフォージスさせてコレクションしてるっていう魔術師の退治に向かったときの事だった。


確かに高度な呪文の使い手であることは間違いなかったが、戦闘能力はかなり低かった。


その時点で俺らは迂闊うかつにも油断していたんだと思う。


取り押さえたと思ったその時だった。


魔術師は片手に大皇たいこうカブトムシ、片手に地獄じごくロブスターをにぎって突撃してきたんだ。


「危ない!! モッポ!!」


俺は仲間をかばって突き飛ばした。そして代わりに変態術式メタモーフォージスをモロに喰らっちまった。


、生まれたのが半分カブトムシ、半分ザリガニの怪物だったったワケだ。


そこからは本当になんにも記憶がない。


だが、後に聞かされた話では俺は暴れ始めて止めにかかったチームメイト全員を半殺しにしたらしい。


それだけではない。増援に送られた研究科エルダー数人にも大怪我おおけがをさせたし、教授も何人か深手を負わせたという。


後にそれを聞いて冗談だとしか思えなかったが、いびつに変形させられてリミッターの外れたバケモノだ。


常識というものは通じないし、実際にそんな凶行きょうこうをやっても何ら不思議ふしぎはない。


それでも人を殺めなかったのはどこかで人の心を持っているから。


そう判断された俺は学院の魔法生物研究学科に凍結とうけつ状態で幽閉ゆうへいされていたとナッガン教授からは聞いている。


外から見れば一切の生体活動を停止しているように見えたかも知れない。


だが、その頃から俺の意識は少しずつ戻り始めていた。


バケモノの体の中でミキサーにかけられたような状態の俺を元の形に戻す。


それは途方とほうもない魔術術式の構築だった。


ヒトの元の成分は残っているが、それは気休め程度のものだ。


実際は人工生命体ホムンクルスの生成に匹敵ひってきする高度な魔術を要求された。


幾重いくえにも連なった知恵ちえの輪を解くと例えたことがあるが、まさにそんな感じだったと記憶している。


終わりの見えない難解なパズルをとき続けていたある日、わずかに人間だった頃の感覚が戻ってきた。


わずかながらに思考が動きに反映され始めたんだ。


そんな頃だった。教員課程きょういんかてい希望の受け入れを始めていたナッガン教授が俺のところに来たのは。


以前の俺の成績を見たらしく、埋もれているには惜しい人材だと凍結幽閉とうけつゆうへいから開放してくれたんだ。


ただ、出たばかりの俺は案の定、自分を制御せいぎょできなかった。


そのたびにナッガン教授はいい感じに俺を痛めつけてダウンさせて対処していたらしい。


やっぱアレだな。腕に自身があるヤツは手加減もうまいわけだ。


俺も俺でどんどん意識がクリアになってきて、見た目と荒い気性きしょうはともかくとして理性を取り戻すことができた。


だが、俺を知ってる奴らはそんなこと知るわけもねぇ。


まぁ自分を半殺しにした相手を簡単に許せたり、怖がらないようにしろっつーのがそもそも無理な話なんだ。


だから、俺を知ってるやつは俺から離れていったり、激しくさげすんだりした。


でも捨てる神あれば拾う神あるっていうヤツなんだろうな。


こんな得体えたいの知れないバケモノと化した俺を拾ってくれたナッガン教授には頭が上がらねぇな。


そういうわけで初等科エレメンタリィに編入する形で教員課程の単位コース扱いとしてもらったわけだ。


言葉がしゃべれなかったのは厄介だったがな。


皆からは気持ち悪い、乱暴、何考えてるかわからない、ドブ臭いなどと散々な扱いだったぜ。


でも、カブトムシザリガニのからを打ち破った時は爽快そうかいだったな。


連中、滅茶苦茶に驚いてやんの。ま、いきなり変な亜人が人間になったらビビるよな……。


今はこんな俺でも頼りにしてくれる後輩達がいる。


いや、あんまり上級生を過度に頼るのは良くない気はするが邪険じゃけんにもできんからな――――――


ジュリスは非常に辛い想いをしているだろう。


そう思って会いに来たファージ、クランネ、モッポは予想以上に充実して恵まれた境遇きょうぐうに居る彼を見て救われた気分になった。


ジュリスがあんなことになったのは自分たちの責任であるし、今も味方をかばったのに報われぬままだと思っていたからだ。


だが、変わり果てた彼に冷たく当たったという事実に変わりはない。


3人は思わずし目がちになった。


その空気を呼んだのか、赤く長い髪の青年は明るく声をかけた。


「なんだお前ら。その様子じゃ俺にすげー冷たく、キツく当たったのをまだ気にしてんのか? ……そりゃ、うらめしいと思ったのは一度二度どころじゃねぇ。でも今は気にしてねぇよ。俺だって仲間から半殺しにされたらえんを切って逃げてぇと思うしな。特にモッポ。お前は責任を感じる必要はねぇ。胸を張ってけよ。じゃねぇと俺の後味あとあじが悪すぎる」


それを聞くと3人は驚いたような顔をしてジュリスを見つめた。


「ジュリス……お前……」


ファージは申し訳無さそうな表情だ。


「うっ……リーダー……」


クランネはにじむ涙をぬぐっている。


「うわああああ~~~~ん!!!!! じゅぅりすぅ~~~!!!!」


モッポは大泣きし始めた。


「ま、そういうわけで後腐あとくされナシだぜ。今まで通りやっていこうぜ。あ、そのかわりメシはおごれよ」


ジュリスは歯を見せてニカッっと笑った。


そんな中、クランネは目を真っ赤にしながら反省した。


「やっぱり……やっぱりこんなことなら、クエリィも連れてくるべきだったわ……。彼女もこの場にいればきっとあなたへの未練が晴れたはず……」


元リーダーは懐疑的かいぎてきな表情を浮かべて首をひねった。


「いや、どーだかな~。アイツは1回”お友達交渉”に失敗してるからな。別にお友達としてなら復縁ふくえんしてもいいですよつってんのに、なにがどうしても再び俺をカレシにしたいらしい。独占欲どくせんよくの強い女っておっかねーなぁ。あ、お前ら、くれぐれもアイツを説得しようとか考えるなよ。マジで背中から刺されるぞ」


そこらへんの事情は3人ともわかっていたので暗黙あんもくの了解だった。


「でもさ、新しい彼女さん、大丈夫なの? クエリィだと……やりかねないよ?」


一気に場の空気が重くなった。


「出来る限り目を離さないようにはしてるが……クエリィだからなぁ……」


ジュリスは大きなため息をついた。


それに口をはさむようにファージが嬉しそうに語った。


「お前の女の話はどーでもいい。それより、今日は来てよかったぜ。お前はいい意味でも悪い意味でも変わらねぇな。心配しすぎてた俺らがアホみてぇじゃねぇか」


ジュリスは豪快ごうかいに笑った。


「ハハッ!! お前、見た目に似合わず心配性だからな!!」


クランネが立ち上がりスカートについた砂をはらう。


「せっかくだし、みんなでご飯たべにいこうか?」


モッポは嬉しそうにぴょんぴょんとねた。


「このメンバーでご飯って久しぶりだね!! ボク、すごく嬉しいよ!!」


ジュリスは赤く美しい長髪をらしながら答えた。


「どーせ暇してたし、久しぶりに行こうじゃねぇか。あ、そんなに嬉しいならメシ代はモッポのおごりな」


「最近、モッポ払ってねぇしな」


「モッポくん、おねがいね♥」


「しょ、しょんなぁ~!! みんな遠慮えんりょとかしようよ!!」


4人は笑いながら静かな防波堤ぼうはていを後にした。


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