さながら真剣!! ヒートアップ組手
ひたすら厳しい修行に励むレイシェルハウト。
それを見守っているのはシャルノワーレやファネリ、サユキだけではなかった。
ちょくちょくパルフィーも稽古の様子を覗きに来ていたのである。
「ほえ~。あのエルフの子、ホントに武器の記憶が読めるのか!! あたしの拳から読み取ることも出来るのかな!?」
ネコの耳にたぬきの尻尾をもつロンテール種という亜人の少女は無邪気に笑った。
「う~ん……。でもやっぱさすがウルラディール代々伝わる剣技だけあって、今までと全く立ち回りが違うなぁ。回避からの流れるような攻撃とかは前のスタイルが色濃く出てるけど……」
パルフィーは屋敷にいた頃、しばしばレイシーと組手をしていた。
だから以前の彼女の戦い方は熟知している。
もっとも剣を使うようになったのは最近でその頃は杖を相手にしていたが。
それでも彼女の使う魔術はかなり把握していて、体にも叩き込まれている。
仮想空間での訓練を見ているとエルフの少女がこちらに手招きをした。
教授室の面々から視線が集まる。
「あ、あたしか? あたしを呼んでるのか?」
マギ・モニターの中のノワレはコクリと首を縦に振った。
「そこの亜人の娘。こやつを相手に組み手をやってみろ。実戦では剣同士の戦いだけでは無いからな」
一緒についてきていた希少生物保護官のボルカ教授はOKサインを出した。
「ファネリ教授から話は聞いてるわ。万が一のために医療班が待機してる。本来、ロンテールは激しい肉体負荷でストレスを解消する生き物なの。だからあなたも時には運動しないと体に毒なのよ。本当は危険行為はやらせたくないのだけれど、まぁ仕方ないわね」
それを聞いたパルフィーは満面の笑みを浮かべた。
「え!? いいのかボルカ!! ちょうどお嬢と組手がしたくてウズウズしてたとこなんだ!!」
すると2m近い高身長の亜人の少女は仮想空間にテレポートさせられた。
シャルノワーレがレイシーに声をかける。
「剣を寄越せ。お前はこれを使え」
そう言って握らされたのはただの木刀だった。
「ぼっ……木刀……」
ヴァッセの宝剣を抜いたままのノワレは断言した。
「ウルラディール剣技はSOVでしか使えないわけではない。たとえ木の棒であっても放つことは出来る。その獣娘を倒すには十分すぎるくらいだ」
レイシェルハウトはいつもの構えで木刀を手にした。
一方のパルフィーは腕をぐるぐる回していた。
「へっへ~ん。お嬢がめっちゃ強くなったのはわかる。でもな、あたしもいくつか修羅場をくぐってきてるんだわ。だからそう簡単に負けるわけにゃいかないね!! あ、でもそっちは真剣じゃないからあたしも組手のつもりでやらせてもらうよ。前に屋敷でやってたような感じでな!!」
2人はそれぞれ戦闘の構えをとった。
シャルノワーレが声を張り上げる。
「いざ尋常に……始めッ!!」
初手はパルフィーだった。
「まずは軽くご挨拶ッ!! 陽破掌!!」
内臓破壊の拳が飛んできた。そうレイシーは思ったが、彼女が知らないところでパルフィーは進歩していた。
(昼夜逆転!! 振動・内部破壊と見せかけつつの斬撃乱れ打ち!!)
「陰陽刹!!」
パルフィーの流派、月日輪廻は上半身が振動・内臓破壊、下半身が切断、突きの効果を持つ。
だが、彼女はそれを逆転する術を兄弟子から教わっていた。
教わったというより彼との殺し合いの中で会得したというのが正しいが。
これは流石に予想外の攻撃でレイシーは後手に回ってしまった。
しかも渡された武器は本当にただの木である。
このまま斬撃を受けたら剣が輪切りにされてしまう。
「くっ!! EE!!」
少女剣士は急速に木刀へ魔力を流し込み、マジックアイテムを生成した。
(速い連撃だ!! かわしきれるか!?)
パルフィーはレイシェルハウトの風属性の回避呪文「ウィン・ダ・ヴォイド」でカバーしきれる範囲と射程を把握していた。
それを計算に入れての陰陽刹だったのでその呪文では避けきることが出来ない。
レイシーは呪文を発動してバックステップを踏んだ。
「甘い!! ウィン・ダ・ヴォイドは見切ってる!! まずは一撃ッ!!」
恵まれた体型から強烈な斬撃が繰り出される。
「フェアリアル・ウィン・ダ・ヴォイド!!」
攻撃を食らった側は一度ステップで後ろに飛んだ後、空中を蹴って更に後退した。
これにはパルフィーも目を疑ったが間違いない。接地していない二重のステップである。
次の瞬間、今度は剣士が反撃に出た。高くジャンプして下突きを放つ。
「鋭雨のカルティネルヤ!!」
それをギリギリで亜人がかわすと今度は間髪入れずにレイシーが足払いをかけた。
短い手足なりに当てるよう努力している。
「へへ!! あたし相手に肉弾戦を挑もうとはいい度胸だね!!」
足払いを軽くジャンプして回避した彼女だったが、足元に魔術が展開した。
「鋭雨よ!! 凍てついて真なる姿を見せん!! 氷尖のアイシクル・ランサー!!」
下突きで水属性を場にばらまいてそれを氷結させたのである。
軽くジャンプしていたロンテールの少女は無防備を突かれる形となった。
「うおっと!! これはまだとっておきたかったけど、そんな事を言ってる場合じゃない!! でえやぁ!! 覇月!!」
パルフィーは体をねじって両手の拳を迫り来る氷の槍に向けた。
すると掌から気弾が発射された。
それが床を押しのけるパワーを発生させ、彼女は高く浮き上がった。
うまい具合に呪文の攻撃を回避することが出来た。
「なっ!! 何なのあれは!!」
KOを確信していたレイシェルハウトは酷く驚いた。
「馬鹿者!! 慢心しているのではない!! そら来るぞ!!」
WEPメトリー中のシャルノワーレが警告した。
急上昇した格闘少女は天井に到達した。
そのまま抜群の運動神経で両腕を天井について反動をつけた。
「いくぜ~!! 闇鷹刎!!」
まるで首を刎ねるかのような鋭い蹴りおろしがレイシーを襲う。
あまりにも激しい応酬でもはや組手の範疇を超えていた。
だが、亜人の少女の技は見事にかわされてしまった。
激しい衝撃で仮想空間が震える。
一方のレイシェルハウトは1ステップ目で回避して、2ステップ目で横っ飛びのキックをパルフィーの横っ腹に叩き込んだ。
確かな手応えがあったので彼女はそのまま追撃をかけようとした。しかし、なぜだか足が動かない。
気づくとパルフィーがレイシーの脚を掴んでニヤリと笑っていた。
「今のはいい蹴りだったけど、やっぱ肉弾戦であたしに挑むのはムボーだね」
すぐに捕らわれの少女剣士は対策をとった。
「軽口を叩いてるヒマがあったら仕留めるべきだったわね!! 嵐旋のソルレレーション!!」
彼女は掴まれたままの脚を猛回転させて抵抗した。
亜人の少女は逃がすものかと脚を抱えていたが、エンチャンテッド・ソードから伝わる衝撃波を敏感に感じ取って手を離した。
「まずい!! このまま掴んでると腕がズタズタになるッ!!」
レイシェルハウトは拘束から抜け出してそのまま攻撃に転じた。
木刀を横に構えたまま、全身をスピンさせる。
まるでスクリューのような動きで仮想空間の壁を何度か跳ね返ってパルフィーに奇襲をかけた。
回避不能に思えたが、受ける側はこの光景をどこかで見たことがあった。
(これは……メーヤーの時と同じだ!! 今度は同じ目には合わないぞ!!)
彼女は自分の護衛を務めてくれていた女性に裏切られ、暗殺されかかった出来事を思い出した。
戸惑うこと無く目にも留まらぬ速さで回転する剣の渦に手刀を突っ込んだ。
そして刃の合間を縫ってレイシェルハウトの腕を掴み、地面に叩きつけるように投げ飛ばした。
「ズザザザーーーーーッッッ!!!!」
この戦いで初めて少女剣士が地を舐めた瞬間だった。
だが、少女は片手で床を突っぱねて姿勢を立て直し、再度、得物を構えた。
(くっ!! パルフィーの月日輪廻、体術のレベルが信じられないくらいに高まっている!! どれだけ過酷な戦いをすればこうなるの!? 前に戦って以来、何度も命の取り合いをしてきたに違いない!! しかもこれでいて不殺意の殺意を押し殺している……。まずい!! 迷いが生じた瞬間、負ける!!)
両者が見合ったその時だった。
「組手、そこまでッ!! もう決着はついた。レイシェルハウト、わかっているな?」
ウルラディールの令嬢は俯いた。
「……はい。私は全力で戦いましたが、パルフィーにまともな一撃を与えることが出来ませんでした。その上、彼女はまだ本気を出していない。戦場でぶつかったら私は死んでいたでしょう」
シャルノワーレは満足げに頷いた。
「ふむ。自分の力の限界を推し量る能力は生死に大きく関わる。時には無理に戦うでなく見切りをつけることも重要だ。今回はお前の負けだが、その娘は気に入った。ちょくちょく組手を組み込んでいくつもりだ」
どの代の当主かはわからないが、巨躯を持つ亜人の少女は気に入られたようだ。
「えー、もう終わりかよ~。まだ戦い足りないよ~」
ノワレは目を細めて笑った。
「ほっほ。この小娘、言いおるわ。所詮、今の段階のウルラディール剣技はこの程度の完成度ということじゃ。まぁ、獣娘も相当やり手なのは認めるが。最低でもこやつと同等でなければ次期当主としての資質は無い。屋敷の奪還も到底、不可能。これを期にせいぜい修練に励むことだな」
なんだか今日の人格は一層、口ぶりが厳しかった。
そんな空気を読まずにパルフィーはお腹をさすった。
「あ~。お腹へっちった。お嬢もサユキもどっかご飯食べにいこーぜ。ヘーキヘーキ。あたしの分はこの食い放題の像で払うからさ!!」
この結果に暗いムードになりがちだった一同だったが、それをパルフィーが太陽のように照らした。
もっとも、太陽のような明るさはあっても暗殺拳術の達人というギャップはあったが。




