表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter6:魔術謳歌
435/644

小さな蝶はコートをヒラヒラ舞う

執事しつじスバスチアンは得体の知れないバッグの中の家宝を確認して一安心していた。


男女2人のグルの窃盗犯せっとうはんも無事に捕まったので彼は国軍に連絡を入れた。


ライネンテに警察という個別の組織は存在せず、国軍の一部がその機能を担ってるのだ。


どうやら女は事前にこの親善試合の日程を狙ってメイドとして潜伏せんぷくし、屋敷の見取り図を相方の男にらしていたようだった。


「ほっ!! ご当主様、家宝が……家宝の胸像きょうぞうが戻りましたぞ!! ささ、君たち、早速2階の台座へ運んでくれたまえ」


男性使用人が2人がかりで像を持ち上げてそれをあるべき台座へと戻した。


そして3人は代々伝わるゲッツィ像を丹念たんねんみがき始めた。


その時だった。背後の窓がガタガタと振動したのである。


思わず振り返るとそこには豪速球ごうそっきゅうちょうのようにひらりと回避するフォリオの姿があった。


「ふぉ、フォリオ殿!! 頑張ってくだされ!!」


彼は思わず窓に張り付いて試合の様子に熱中し始めた。


うるさい黒服の執事しつじが居なくなったので食堂に集められたメイド達も一斉に中庭に観戦しに出ていってしまった。


フォリオは見事に相手の攻撃をけ続けた。


エアリアル・ドッチに外野はないので流れ弾はステージ上をさまよってねる。


これをいかに上手くキャッチできるかがこの競技の勝敗を分けるのだ。


副部長のリレンナは体を大きくエビ反りにのけぞらせて背後からのボールをがっしりつかんだ。


「フォリオくん!! 良いところに来てくれたわ!! 私も部長もギリギリでキャッチ出来ている状態なの!! あなたがクッションに挟まってくれないともう長くは持たない!!」


だが部長ウォスラは不敵に笑った。


「だが相手もお互い様って感じだぜ。そうとう消耗しょうもうしてる。落ち着いてやりゃあ勝てる試合だ。フォリオ、リレンナ、勝ち、取りに行くぜ!!」


2人がうなづくと3人はパス回しを始めた。


誰がショットするのかさとらせないようにするためだ。


「おい!! ビビんなビビんな!! どうせ部長と女しか投げてこないぞ!! 小さいのはすばしっこいだけだ。うまい具合にフェイントしてるが、バテて落とせりゃ2人も落ちる!! 小さいのを先に落とせ!!」


「うーす!!」


「はいよ~!!」


相手チーム、社会人リーガーのくじらひげは確かに消耗しょうもうしていたが、やや学院側が不利だった。


(しめしめ……うまい具合にフォリオを優先して狙う気でいやがる。フォリオ、おめぇは場をかき回すようにただひたすら逃げてりゃいい。もし下手こいてボールに当たったりしたらエアリアル・ドッヂの千本ノックだからな!!)


ホウキ乗りの少年はふるえ上がった。


そんなことになったら全身アザだらけ、いや、複雑骨折で医務室行きはまぬかれる事はできない。


「ひひひ、ひえ~~~~。ここ、こりゃ死ぬ気で避けないと死んじゃうよォ~~~!!!!」


少年がガタガタしながらリレンナにパスすると副部長は優しく微笑ほほんだ。


直後、彼女は全力でボールを投げた。目にも見えない球速だ。


「へへ!! 速いけど軽いね!! キャッチ&ショット!!」


敵チームはボールをキャッチした選手がパス回しせずにそのまま投げ返してきた。


フォリオは自分に向かってくる軌道を読みつつそれをけ、部長の直線上に来るようにボールを誘導した。


その避けっぷりはとても華麗かれいでやはりヒラヒラと舞うちょうのように見えた。


「ボシュゥゥゥゥ!!!!!!」


ウォスラは拳の中で暴れる豪速球ごうそっきゅうを受けてこらえきった。


「ナイスだ!! フォリオォ!!」


途中から試合に熱中していたお転婆てんばメイドのシャーナーは思わずつぶやいた。


「なんだ……アイツ……チビのくせして……なんかカッコいいじゃんか……」


彼女はなぜ自分の胸がドキドキと高鳴たかなっているのか、この時はまだわからなかった。


上空で激しい応酬が繰り広げられている中、中庭にトイレで拘束されていた部員のバッジョが出てきた。


治療は受けたものの、全身アザだらけで彼はヨロヨロしている。


思わず中年のメイド長が肩を貸した。


「まぁひどい!! 犯人ったらこんなになるまでボコボコにして……」


それを聞いてバッジョは首を左右に振った。


「あ、いや……これは……その……犯人にやられたというわけでは……」


煮えきらない返事を返す彼をつっつくように女子マネージャーがつっこんだ。


「あー、それ、練習のまとの役やってたからそうなっただけですよ。いくら全身打撲ぜんしんだぼくしてるからってコソどろ程度にやられるようじゃね~。学院のはじですよ。はじ。バッジョがしっかりしてればこんな騒ぎにはならなかったんだから。リアクターにぶちこんでから地獄じごくの特訓メニューね」


もちろんこの程度の事で魔術修復炉まじゅつしゅうふくろは動かさないが、冗談に聞こえなかった。


「かかっ、勘弁してくれよ~。今回は間が悪かっただけだろ!? だいたいお前らあんだけ遠慮なしに投げといてよく言うぜ。そこらへんちょっとは考慮してくれよな!!」


真犯人が捕まったこともあってか、リジャントブイル・チームは心に余裕が出来てバッジョの失態を笑って許した。


だがすぐに一同は緊張感を取り戻して空のコートをじっとみつめた。


フォリオが避けた相手の流れ弾が場の壁に衝突してね返ってきた。


「もらったっ!! バースト・OHオーバーヘッド!!」


部長ウォスラはホウキからジャンプすると体をねじりながら向きを変え、そのまま強烈なオーバーヘッドシュートを放った。


「受けろサマーサ!!」


相手チームのリーダーが叫ぶ。


しかしパワー、速度ともに文句なしの一発がくじらひげの女性選手の顔面に直撃した。


「ふぅぐっ!!」


彼女は呆気あっけなく墜落ついらくしていった。


威力の落ちたこぼれ球ははじかれて帰ってきたのでフォリオが手堅てがたくキャッチした


あまりにエグい一撃に会場はちょっと引いていた。


「うるせえ!! 真剣勝負の世界に容赦ようしゃの文字はねぇんだよ!! これで3対2だ!! 覚悟しやがれ!!」


部長は地上付近に待機させておいたホウキの上に腕を組んで立った。


この試合のレギュレーションはホウキオンリーだったので選手たちは皆、ホウキに乗っている。


普段は別の物で飛んでいる者も多いので、この場合はフォリオのように普段からホウキに慣れ親しんでいる選手ほど有利と言える。


ただ、こちらも相手もプロ並みだけあってちゃんとホウキに慣らしてきている。


フォリオがやたらと回避率が高いのはずば抜けて使い慣れているためだった。。


ただ、彼の場合は肉体フィジカル面が弱いためまともな打ち合いになるとまず勝ち目はない。


ボールが当たれば吹き飛んでしまうし、体のどこかにかすったらキャッチせねばならない。


だが、少年にはボールを受け止める最低限の打たれ強さがない。


エアリアル・ドッジをやるにしてはおとりとしての役割ロールならともかく、攻めや守りに転じることは出来ないのだ。


ウォスラいわく、「この競技にお前はハッキリ言っても言わなくても向いてない」のである。


いつも厳しい態度で接してくる部長だが、める時はめるタイプだった。


「いいぞフォリオ!! その調子でけまくれ!! お前の作ったチャンスを俺らは必ずムダにはしない!! いいな、お前はもう役立たずのチビ助なんかじゃねぇ!! 胸を張って逃げろ!!」


脇でそれを聞いていた副部長のリレンナは優しく微笑ほほえんで茶化した。


「まぁ。普段あんなにキツく当たってるくせに。都合がいい時だけお世辞せじを言うのね」


ウォスラは不機嫌ふきげんそうな顔をした。


「馬鹿野郎。俺はお世辞なんて大嫌いだ。本音で思ったことしか言わねぇよ」


ビビりのホウキ乗りはたま~に絶賛ぜっさんしてくれる部長の言葉が好きだった。


今まで何も出来ないヘタレキャラとしてあつかわれていた自分を褒めてくれた数少ない人物だからだ。


それにホウキに乗っていても古臭いとバカにすることも一切無かった。


他の部員たちもあきれつつではあるが、自分をフライト・クラブの一員として認めてくれている。


それらの心の支えが彼をほんの少しだけ強くしていっていた。


「おらぁ!!」


部長が相手の主将めがけて全力の一発を投げつけた。


「キュルルルルル!!!!」


少し小ぶりな白いボールは敵チームの手の中で猛回転したが、止められてしまった。


「チッ!! こうなったらガボ!! あれをやるぞ!!」


向こうのリーダーがボールを手の上に置く。


そしてもう1人の生き残りが白いたま魔法エンチャントをかけはじめた。


すぐにそれに気づいたウォスラが叫ぶ。


「まずい!! 追跡弾チェイシング・ボールだ!! フォリオ、逃げないで受けろ!!」


すぐにボールは発射された。文様もんようの浮き出たそれは回避行動をとった少年を後ろから追いかけた。


「おお、おいかけてくるのはわかってたよぉ!! ででっ、でもこんな球速のたまを、キキ、キャッチできるわけないじゃないかぁ!!」


臆病おくびょうな1年坊主は必死こいてコートせましと逃げ回った。


逃げ回る行為はともかく、追跡ついせきを振り切る動きは非常に鮮やかで見るものを魅了みりょうした。


だが、2人がかりで構築こうちくした魔術式はかなり正確かつ速く、ジリジリとフォリオは追い詰められていった。


後少しというところだった。リレンナが横から追跡弾ついせきだんに体当たりを食らわせてうまい具合に妨害ぼうがいした。


だがボールはキャッチできなかったのでこれはアウト判定となった。


「私はもうダメだから!! フォリオくん!! 部長ッ!!」


試合をたくされた少年はなんとか勢いの落ちたボールをとらえ、部長めがけてってパスした。


「ナイスパスだ!! らあああっ!!!!」


ウォスラはフォリオのシュートの速度をかしたまま更にりつけて加速させた。


「味方が盾になった!? ウソだろ!? げふぅ!!」


くじらひげの主将は腹部に全力シュートを受けて吹っ飛んでいった。


「ちっ!! 残ったのオレ一人かよ!! クソッ!! もっと早くあのチビをつぶしておくんだった!! 参った。参った。ギブアップだよ。俺はアンタの強烈な一撃で大怪我おおけがしたくねぇんでな」


最後の1人はその場で静止し、両手を上げた。


「ピピーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!」


ホイッスルがゲッツィていにこだました。


レフェリーが試合結果を告げた。


「リジャントブイル・チーム・対・くじらひげの親善試合はリジャントブイルの勝利となりました!!」


生き残ったウォスラとフォリオが地上に降り立つとチームメイトたちが2人をもみくちゃにした。


「こら!! おまえらやめろって!! あちこち打撲だぼくしてんだよ!! いてぇだろうが!!」


部長は本気で怒鳴っていたが周りは止めない。


「ひ、ひひぇっ。みみっ、みんなぁ……つつっ、つっつかないでよぉ……。あ……柔らかいむ、胸が顔に……」


もう1人の立役者は顔を赤らめた。


一悶着ひともんちゃくあったものの、無事に試合に勝利することが出来たフライト・クラブであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ