ゴシッピー・ブルームと嫌な娘
執事スバスチアンに命じられたゲッツィ家の男性使用2人は男性トイレの個室のドアを木製の柱で打ち破った。
そこには全身がアザだらけの無残な姿をした青年が倒れていた。
「こ……これは……」
「な、なんと酷い……」
一方、フォリオは調査を続けていた。
「う、う~ん……に、2階の胸像付近には……だ、誰も居なかったんだね……。でっ、でも、ホウキのロッカーはそばにあるでしょ? そ、そこのホウキは持ってきてますか?」
屋敷中の清掃道具を持ってこいという指示がスバスチアンから出ていたので食堂にはホウキやデッキブラシ、果てはチリトリまで集められていた。
(さ、さすがにチリトリさんの喋ってることは、わ、わかんないんだけどなぁ……)
メイド達はそれぞれの掃除道具を顔の高さくらいに掲げた。
「こ、こう言うとバカにされるかもしれないんだけど、じ、実はホウキってとても敏感なんです。ろ、ロッカーに入れられた状態でも外の様子がわかるんですよ。は、話によると家宝の両サイドにロッカーがあったみたいですね。う、うんうん。う、うんうん」
少年は確かにホウキやデッキブラシと会話している風だったが、彼しかその言葉を聞くことの出来るものは居ない。
そのため、不思議そうな顔をする者や疑う者がちらほら出始めた。
「う、う~ん。た、確かに言われてみればそうだね……。や、やっぱりそれが手がかりになってくるだろうね。ま、まずはメイドさんたちに聞いてみるよ」
フォリオは顔を上げて食堂の全員に聞いた。
「ね、ねぇ、だ、誰か、り、リジャントブイルのユニフォームを着て、お、大きめの肩掛けカバンを持った人と、す、すれ違いませんでしたか?」
使用人たちはガヤガヤと話を始めた。
「は、話を聞くと……サ、サイズ的に、そのまま胸像を持ち出すのは無理だと思います。きっと、そっ、そのカバンは、ぐぐっ、グラトニー・バッグって言うマジックアイテムで……。よ、容量より、お、大きな物を押し込むことが出来るんです。え、え~っと、そうなると……。バッグを持った人を見た人は返事してください」
もしかしたらメイドにウソをついている者が居るかもしれない。
少年探偵はカマをかけて、使用人の反応を無視してホウキの声を聞いた。
(わ、私はその人と階段の下ですれ違いましたわ)
(彼なら東側の階段から2階に上がるのを見ました。確かバッグは持っていましたよ)
(食堂の脇を急ぎ足で抜けていきましたね)
(お手洗いから出てきたほうの方ですよね?)
一度に何本ものホウキがペチャクチャと喋り始めた。
だが、深く推理するまでもなく少年は確証を得た。
あるホウキが語り始めたのである。
(俺を使ってるこのメイド、だんまりでスカしてやがるが真っ黒だぜ。こいつの居た東館は人員が少ねぇからアリバイ的に屋敷の連中から疑われる心配はねぇ。それに目立たねぇ裏口もある。そっから真犯人を逃してるぜ。最近、雇われたメイドだし、内通者なんじゃねーか?)
少年はそのホウキを持つ鼻が高いのが印象的の美人メイドを脇目で見た。
思わぬ収穫があったが、ここで彼女を問い詰めたところで客観的な証拠に欠けるし、信じてもらえないだろう。
そんなことより、真犯人の確保が先決に思えた。
フォリオはそのホウキに確認をとった。
(そっ、そいつが逃げたのはどれくらい前なの?)
ぶっきらぼうなホウキはめんどくさそうに答えた。
(ん~、このアマは集合の合図を聞いて血相変えて来たくらいだからな。実際、盗人の野郎もそこそこ屋敷内を迷ってたみてぇだし、そんなに経ってねぇのは間違いねぇな。ちなみに屋敷の裏はリゾートの湖が広がってる。おめぇさんの足なら追いつきゃ間に合うんじゃねぇか?)
ホウキ乗りの少年は顎に指を当てて考えた。
(ぐ、グラトニー・バッグは下手に衝撃を与えると、な、中身を吐き出してしまうことがあるんだ。だ、だから空を飛ぶとか荒っぽくて、すすっ、スピードの出る逃走手段は使えない。と、となるとボートか何かしか使えないはず。そ、それなら今から追いかければあるいは!!)
フォリオは素早く愛ホウキのコルトルネーに跨った。
「そっ、その鼻の高い美人さんのメイドさんをいますぐ捕まえて!! そっ、その人が犯人を手助けしてる!! 僕は胸像を盗んで逃げた方の犯人を追います!! つ、捕まえたら詳しく話しますから!! と、ところで、う、裏口ってどっちかな!?」
口で説明するには複雑すぎる。どう考えてもこの少年は屋敷から出られないだろう。
誰もがそう思った時、フォリオと同い年くらいのお転婆メイドがしゃしゃり出てきた。
彼女はずいっと少年の前に股を開いて腰掛けた。
ホウキの持ち主はぐいっと後ろに押し出された。
「ヒャッホー!! あたし、一度ホウキで空飛んでみたかったんだよね~!! 道案内するからさ!! ワクワク!! さぞかし速いんだろうなぁ♪」
メイド長が少女を激しく叱りつけた。
「これ!! シャーナー!! はしたないですよ!! 馬鹿なことを言ってないでさっさとお降りなさい!! 迷惑でしょう!?」
だがこれは考えようによってはチャンスだった。
学院生レベルの速度で飛ぶと大抵の人間は腰を抜かす。
彼女以外は誰も立候補しなかった理由がそれでもある。
本当に肝が座っているかどうかはともかく、素質はあるとフォリオは踏んだ。
今まで年頃の女の子と密接した事など無かった少年は全身に変な汗をじっとりかいた。
「あ……あ……あの……、お、お股は開かないで、よ、横乗りしたほうが良いと思うよ。な、慣れないうちに、お、お股を開いて乗るとすごく痛くなるんだ」
シャーナーはパシンとフォリオの肩を叩いた。
「いやだな~。そりゃアンタには”ついてる”からでしょ。アタシは”ついてない”からヘーキヘーキ!! ほら、真犯人が逃げる前にとっとと追跡開始するわよ!!」
いきなり出てきた少女に主導権を握られてしまった。
(げ、下品な女の子だなぁ……)
温厚なフォリオでもこれには思うところがあったらしく、ほんの少し苛立った。
「じ、じゃあ行くよ!! お、おしゃべりはそれくらいにして!! 舌、噛んだらししっ、死んじゃうよ!!」
ホウキで飛行というと割と高高度のフライトがイメージされがちだ。
だが、手練になると地上や障害物から10cmくらいの飛行も可能となる。
狭い屋敷の中でもホウキに乗ったまま突破できるということだ。
廊下などのヘアピンカーブはまるでドリフトのような軌道で曲がりきれる。
これを全く想定していなかったお転婆娘はそれこそかかるGで舌を噛みそうになっていた。
指を指して裏口まで右か、左かを案内するのがやっとだった。
正面に裏口の扉が見えた。
シャーナーはその扉を豪快に蹴飛ばして屋外に飛び出した。
一気に広い空が開ける。今までの緊迫感や圧迫感がウソのようである。
「ほあああ……これだよこれ。私が味わいたかった空を飛ぶってのはさ……」
少女はウットリしていたが、後ろのフォリオは湖面を必死に探していた。
「む、むむっ。前に座ってるから見えにくいなぁ……ね、ねえ!! き、キミ!! は、犯人を探すのを手伝ってよ!!」
ガキんちょメイドは振り向いて口を尖らせた。
「あたしはキミなんて名前じゃないんだけど。シャーナーって立派な名前があんの。それに、私は道案内するとは言ったけど、それ以降はしったこっちゃないね」
フォリオは珍しくムカムカしていた。
(く、く~。あ、ありえないよ!! な、なんて身勝手な女の子なんだ!! ぼ、ボクはこの娘大嫌いだよ!! いあ、いますぐ、おおっ、降ろしてやりたいくらいさ!! ……やっぱアシェリィがいいよ……)
少年は優しく微笑みかけるちょっと年上の少女の姿を思い浮かべた。
「……い!! おい!! 何、ボサっとしてんだ!! あのボートじゃないの!?」
ハッっとホウキ乗りは現実に戻ってきた。
犯人らしき男がボートにバッグをのせてオールを漕いでいる。
「ああ、あのバッグ、や、やっぱりグラトニー・バッグだよ!! い、一気に捕まえに行くよ!! お、思いっきりホウキをお股で挟んで、え、柄を全力で握って!! ししっ、下は噛まないようにね!!」
そういうや否やフォリオは狩をするタカのように急降下した。
さすがにこれにはシャーナーも恐怖を感じて叫び声をあげた。
「ぎいやああああああッッッ!!!!」
断末魔のようでとてもレディのものとは思えない声だった。
真犯人はボートを漕いでいたのでバッグはボートに置いてあった。
「ももっ!! もらったよ~!!」
飛行訓練で研ぎ澄まされた正確さで見事に少年はバッグをかっさらった。
すぐにそのガマグチのような口を開けて中に手を突っ込んだ。
「こ……これは。こ、のサイズ、か、形、し、質感……き、胸像に間違いないね!! よ、よし!! そ、そしたらに、逃しはしないよ!!」
彼はすれ違いざまに振り向くと真っ白な球体を投げつけた。
「く、くらえっ!! アラクネ・ボール!!」
するとその球から糸が吹き出して、盗人をぐるぐる巻きにした。
男は頭だけ露出していて、まるでミノムシのようになってしまった。
フォリオは予め仕込んでいた糸をホウキにくくりつけて犯人を持ち上げた。
「おー、すげー。2人持ち上げても余裕じゃんか。人は見かけに寄らないなぁ。あんた見直したよ!!」
ホウキ乗りは恥ずかしげに前髪をいじった。
「まま、ま……まぁね。ああっ、そ、そんな事より、し、試合に戻らなきゃ!!」
フォリオはバッグを肩に掛けると全速力で屋敷へと戻った。
お転婆メイドは慣れていたのではしゃいだが、捕まえたほうはあまりのスピード感についていけず、気絶してしまった。
「ハァ……ハァ……みんな!! 部長!!」
空中のコートを見上げるとリジャントブイルの残りが2人、相手チームは3人残っていた。
「馬鹿野郎!! おせぇんだよ!! さっさと位置につけ!!」
2人はかなり疲弊している。明らかに劣勢だ。
「リジャントブイルNo6、フォリオ・フォリオ。ブレーク・インで~す」
マネージャーがそう告げるとまだ余力のある少年は戦場に立った。




