少年ホウキ探偵
リジャントブイルのフライトクラブはミナレートのゲッツィという富豪の屋敷に招待されていた。
もちろんただ呼ばれただではない。エアリアル・ドッヂボールの親善試合を披露するように依頼されたのだ。
相手は地元の社会人プロリーガーの鯨の髭というチームである。
両チームの実力は伯仲しており、いい試合を繰り広げていた。
もっとも社会人チームの方は学生連中にここまでやられるとは予想していなかったが。
エアリアル・ドッヂは中庭の上空をステージとして行われていた。
このゲッツィという人物はこの界隈では有名で、腕利きのホウキ球技選手を呼んでは試合をさせることで知られている。
家の主は高価なマギ・スコープをのぞいて選手とボールを追い、歓声をあげる。
「おおっ!! あの小さなヤツはいい動きをする!! もっとも全く攻めてはいないようだが……」
この種目は相手選手の投げるボールをキャッチするか回避すればセーフ、ぶつかったり、弾いたりするとアウトとなる。
7人制で先に全員がアウトとなったほうが敗北となる。
基本的に外野は居ないが、補欠とのチェンジは認められている。
今は学院が4名、相手チームが4名で膠着状態となっていた。
そんな中、歳をとった執事のスバスチアンがゲッツィの元に駆け寄ってきた。
「ご当主!! 大変でございますぅ!! 我が家の家宝、ゲッツィ家の胸像が盗まれたとの事!! 犯人はオレンジ色に赤い稲妻の意匠のユニフォームを着ていたとの証言があります!! 試合などご観覧なさっている場合ではありませんぞ!!」
普通なら家宝が盗まれたら大慌てするところだが、ゲッツィはマイペースだった。
「ええい。無粋な!! 神聖なるスポーツマンシップの試合中だぞ!! それにそのユニフォーム、どこからどうみても学院関係者ではないか。試合が終わってから問い詰めれば良い。逃げたら逃げたで学院に損害は保証してもらう。もっといい素材で新たに胸像を作ればいいだけのこと。おおっ!! これはいい一撃だぁ!!」
代々伝わる家宝を軽んじる言動に執事は納得がいかなかった。
そのため、リジャントブイルチームのベンチへ直談判しに言ったのだ。
マネージャーの女子部員に事情を説明すると彼女はなんとも言えない反応をした。
「う~ん……。ウチの生徒があなたがたの家宝を盗んでも何の特もないと思うんですよぉ。だってぇ、それより高価なマジックアイテムなんて学内に腐るほどありますし、わざわざここでリスクを冒してまでただの胸像を盗むってのはちょっと考えられないんですねぇ」
スバスチアンは怒り出した。
「何ッ!? たっ、ただの胸像だとぉ!? 貴様、人様の家宝に向かって―――」
うるさくなりそうだったので女子マネージャーはホイッスルを吹きながらタイムサインを出した。
「ピピーーーーーーーーーーーーッ!!」
そして彼女は天高く腕を掲げた。
「リジャントブイルチーム、3minタイム申請しまーす」
4人の生き残り部員達がベンチに戻ってきた。
「おい。どうした。まだ仕切り直しの時間には早いだろう」
フライト・クラブ部長のウォスラが腕を組んで抗議してきた。
女子マネージャーは呆れたように事情を説明した。
執事も頷きながら内容を確認して一応は満足したらしい。
「どうでもいい……と言いたいところだが、学院の顔に泥を塗るのは避けたいところだ。こういう時は……アレを使えるフォリオが最適だな。お前が犯人探しをしろ」
「ええええ、えええ、えええええ!? ボ、ぼ、ボくですかぁ!?」
驚きのあまり少年の声が裏返る。
「部長!! フォリオは相手の攻撃を引き付けて避ける回避盾としての役割が大きいんですよ!? 今抜けられると一気に畳み掛けられません!! 危険すぎます!!」
他の部員たちも声を揃えた。
「お前ら何言ってんだ。いいか? ヒヨッコの1匹や2匹居なくなっても余裕だぜ。いいからとっとと行けよ!!」
小さな少年は振り向きざまに声をかけた。
「ぶ、部長!! みみっ、みんな!! す、すぐ終わらせて帰ってきます!! だ、だから、なな、なんとか耐えて!!」
彼がフィールドの外に出ると女子マネージャーはまた意思表示した。
「コール・レフェリー。リジャントブイル・チーム。選手番号6番、フォリオ・フォリオ。ブレーク・キープです」
エアリアル・ドッヂでは2名まで休憩枠があり、ブレーク・キープを取ると場外で休むことが出来る。
ただし、一度も被弾していない選手に限られるのでエースの温存などに使われることが多い。
もちろんブレーク枠に誰か残っていてもフィールドの選手が全滅していれば負けとなる。
つまり、フォリオが戻ってくるまで学院側は3人で凌がなければならないということになる。
彼の役割的にも残されたメンバーの苦戦は必至だった。
フォリオはホウキから降りると執事に引き連れられて屋敷に入った。
脇の扉から邸宅内に入るとメイドのお姉さんがホウキで廊下を掃いていた。
「ち、ちょうどいいかな。す、スバスチアンさん。ち、ちょっと見ていてください。そ、そこのメイドさん」
少年は掃除をしていた背の高いメイドさんを呼んだ。
「はい。なにか御用ですか?」
するとフォリオは無言のまま何度か首を縦に振った。時々、ジェスチャーを織り交ぜている。
屋敷の者は不思議そうな顔をした。
「お、お姉さんのけ、血液型はB型。さ、最近、お、お菓子の食べすぎで体重が気になってるでしょ?」
このホウキ乗りとメイドは初対面のはずである。
にもかかわらず、彼はあたかも彼女を知っているかのような情報を出してきた。
スバスチアンは訝しげな顔をしてそのメイドに問うた。
「この少年の言うことは本当なのか!?」
お姉さんは恥ずかしげにモジモジしたがすぐに答えた。
「ええ……間違いありません」
執事は目を白黒させた。
「どっ!! 読心術か!? いくら学院生でも心を読むなどとはありうるものなのか!?」
少年はあたふたして両手を左右に振った。
「ちち、違いますよぉ!! ご、ゴシッピー・ブルームっていうんです。ほ、ホウキと会話できる魔術なんですよ。ち、ちなみにデッキブラシでも大丈夫です。こ、こうみえてホウキっておしゃべりが大好きなんです。だ、だから色んなとこの情報が、も、漏れて伝わってくるんですよ。つ、使われている本数が多ければ多いほど目撃者は多いはず。だ、だから地道に聞き込み調査をしていけば犯人にたどり着けるはずです」
それを聞いていた老執事スバスチアンはすぐにメイドたちを食堂に一斉に集めた。
30人を越えるメイドが揃ったのではないだろうか。
それぞれが愛用の掃除道具を持ち寄ってきた。
女3人寄ると姦しいというが、集まったのは実にその10倍である。
騒々(そうぞう)しくないわけがなかった。
「ねぇねぇ、あの子がリジャントブイルの?」
「え~? あんなのちっちゃくてかわい子なのにエリートなの~?」
「それでもエアリアル・ドッヂをやってる姿は結構かっこよかったけどなぁ」
執事はあまりの姦しさに苛立ち始めていた。
だがフォリオはそれどころではなく、ホウキやデッキブラシの会話まで聞こえて完全にパンク状態だった。
この状況をどうやって収拾をつけようかと困っていた。
すると隣のスバスチアンがメイドを怒鳴りつけた。
「これい!! これではフォリオ殿が集中できんじゃろうが!! 少し静かにせんか!!」
ちらほらグチが聞こえたが、使用人たちは沈黙した。
(ほ、ホッ……た、助かったよ。す、スバスチアンさん)
早速、ホウキ少年は聞き込みを開始した。
「み、みんなの中で、お、オレンジに赤い稲妻のマークのユニフォームを見た人は居る? や、屋敷内でだよ?」
メイドたちの視線が突き刺さる。彼女らにとっては独り言にしか聞こえないのだから無理もない。
「ふ、ふんふん。ふ、ふんふん。……やや、やっぱり何人か目撃しているみたいだね」
執事はフォリオに詰め寄った。
「それでは!! やはり胸像を盗んだのは学院生ということですな!?」
少年は軽く両手をあげて降参するようなポーズをとった。
「ま、ま、待ってください!! 気になる報告もあるんです。ひ、1人の学院生が屋敷に入ってきたという報告はあるんですが、こ、こちらは迷っていたらしいです。で、でも、そっ、そっちのホウキさんはいきなり別の学院生が屋敷内に現れたと言ってるんです。屋外から入ってきたのは1人だけなのにとみんな口を揃えて言っていますよ」
ホウキの聞き取りをしたのは良いものの、少年はよくわからなくなっていた。
(う、う~ん……ふ、2人の学院生が屋敷内に入ったって事だよね……? ど、どっちかが犯人ってこと? で、でもうちのメンバーが家宝を盗む理由もメリットも無いしなぁ……)
その時だった。そばかすのある若いメイドが手を挙げたのである。
「あのぉ……学院生の方がお手洗いを借りたいとのことで、お1人様を屋敷内に入れております。もっとも我家の構造は複雑。お手洗いにたどり着くのに迷ってしまわれても無理はありませんわ。それに、屋敷内の構造をある程度、把握していないと胸像のある2階廊下にはたどり着けないと思います」
その証言があった直後だった。ホウキたちがざわめき出したのである。
「な、なんだって!? と、トイレに入っていった人と出てきた人が別人!?」
食堂は騒然とした。
「う、うん、うんうん。あ、あー、カゲの薄いバッジョ先輩のことを忘れてたよ!! ま、まだトイレに閉じ込められているみたい。た、助けに行かなきゃ!!」
走り出そうとしたフォリオの腕を老執事がガッシリ掴んだ。
「フォリオ殿、お仲間の救助には家のものを行かせます。今は続きの追跡をして頂いて、なんとしても真犯人を確保していただきたい!! 貴君にしかできないのですから!!」
バッジョが気になってしょうがなかったが、本当の盗人を捕まえない限りは学院の疑いを晴らすことは出来ない。
フォリオは決意を決めた表情でゆっくり頷いた。




