エルヴンズ・ティー・タイム
「まだまだ!! 少し出来るくらいになった程度で油断するな!! せい、やぁっ!!」
シャルノワーレはイクセントめがけて剣を振り抜いたあと、回し蹴りで追撃をかけてきた。
それを少女剣士は刃で受けた。
次の瞬間、鈍い金属音を立てて剣はポッキリ折れた。
「剣のせいではない!! まだお前がウルラディール流剣技を見切れていない証拠!! さぁ、次の獲物を握ってかかってきなさい!!」
教授室からその様子を焔炎のファネリとお付きのサユキは観察していた。
「ほぉ……これで破壊した剣は17本目だったかの? 決してナマクラを選んでいるわけではないはずなんじゃがのぉ……。ウワサは本当じゃったか」
茶髪ロングでメガネに変装したサユキは首を縦に振った。
「ええ。ウルラディール剣技はソードブレイカーとしての一面もあると聞いたことがあります。なんでも剣の構造を熟知した上で振るうことから自ずと相手の武器の弱点をついた立ち回りになる……と」
老教授は大きく目を見開いた。
「ひょえ~、マナの継続回復にソードブレイク……敵には回したくないもんじゃのぉ。初代ヴァッセから洗練されて今の形になっとるわけじゃからそういう反則じみた魔術があってもおかしくはないが……。もしかしてまだいくつか秘められた力があるのかもしれんな。宝剣といえば聞こえは良いが、その実体は魂を吸う魔剣といっても良い」
すぐに仮想空間に新しい剣が転送された。
それを握るとイクセント……もといレイシェルハウトは多少は様になってきた剣技でノワレに向かっていった。
「でやぁぁぁぁッ!!」
ファネリが首を左右に振る。
「いかん、マナ不足じゃな。こればっかりは拭いきれないお嬢様の欠点じゃ」
レイシーは素早く突きを放った。
「瞬獄のアルンフォルン!!」
突きはエルフに刃でいなされてしまった。
だが、追撃は流れるように続いた。すれ違いざまにソバットを繰り出したのである。
他人から見たらトンデモ剣術だが、ここまで独自性を極めるとそれはそれで成立していた。
「ガチンッ!!」
スタミナ不足でSOVに蹴りは弾かれてしまった。
「踏み込みが甘い!! 鏡返のクライン・ライン!!」
シャルノワーレは剣の平たい部位でレイシーの腹部に打撃を加えた。
「ぐほぉ!!」
痛みで受け身を取れずに彼女は吹っ飛んだ。
ヴァッセの記憶を読みし者は器用にSOVをクルクルと回すと鞘に納めた。
「何度目かしら? 今ので何回死んだとおもってるの?」
ヴァッセの人格には時折女性が交じることもある。
歴代当主に女性が居たと聞いた事もあるが、こんな形で邂逅するとは思わなかった。
「ぐぐっ……ぐぐぐぐ……」
レイシェルハウトはうつ伏せから体を起こそうとしたが、もう腕には力が入らない。
「ハァ……ハァ……大丈夫でして? しっかりなさって」
宝剣ヴァッセを納刀するとノワレはいつもの彼女へと戻る。
武器の記憶を読むWEPメトリーしている間はあえて手を抜かないように心がけているのだ。
だいぶSOVの扱いに慣れてきたエルフの少女には余裕があった。
触れるだけで脳がショートしそうになっていたのがウソのようである。
一方のレイシーは多少こなれて来たものの、逆にどんどん使い手としてノワレと距離が開いてきていた。
これでして焦らずにやれというのも無理があった。
ノワレは高品質のマナ・サプライ・ジェムを少女剣士に優しく押し当てた。
すぐさまマナがチャージされ、レイシェルハウトの体に力が戻ってきた。
「今日はもうずいぶん訓練しましたわ。”根を詰めては強くなるものもならない”……とウルラディールの皆さんもおっしゃっている事ですし」
ウルラディールの記憶を読んでいる彼女がそう言うのだから説得力があった。
「それに、わたくしとしては貴女と戦ってばかりいるのも正直、飽きましたの。そうですわ!! 今日は良いお茶が入ったのでファネリ教授とサユキさんも誘ってお茶会にしましょうか?」
根を詰めるなというのはわかるが、うって変わって平和ボケした提案にレイシーは脱力してしまった。
「貴女も今はそんなナリをしていらっしゃいますが、それでもお嬢様なのでしょう? きっと美味しいお茶とお茶菓子の嗜みくらいあるはずですわ」
全くもって話についていけない。
「あのな、僕は1日でも早くこの剣技をものにして、SOVにふさわしい使い手にならねばならんのだ。それなのに、そんな悠長な事を言っていられるか!!」
レイシェルハウトは頭に血が上ったが、すぐに冷静になった。
今は亡き親友のクラリアの声が聞こえた気がしたからである。
(そんなに焦ってヴァッセの宝剣にふさわしい武士になってどうするの? そもそも武士はあなたの本当にやりたいことなの……?)
レイシーは顔をあげると剣を鞘に納めた。
「……たまにはお茶会というのも悪くなくてよ? エルフの姫君様なんですからご期待しておりますわよ?」
イクセントという男子として振る舞っていた少女は本来の性格に戻った。
「全く。ネコを被るのと真逆ですのね。貴女の場合はそっちが本性だっておっしゃるのですから。でも、屋敷に居たときはまさか性別を偽ることなんて思いもしなかったでしょう。辛い思いをしましたわね……」
エルフの少女は元武家の少女を軽くハグした。
どんなに辛いことがあってももう泣かない。
そう心に決めていたレイシーの頬を雫がしたった。
ともに立場や境遇は違えど転落した令嬢という点での共通しているる。
そんなシャルノワーレから自分の苦労を認められるとレイシェルハウトは救われた気になった。
確かにサユキとは苦楽を共にしているが、彼女は姫君という立場ではない。
自分とはどこか違う。そう強く思っていた。
広い大海で一人だけ遭難しているところを別の漂流者に出会ったようなものだった。
ただ、相手は助け舟ではなく、同じ遭難者であることが問題であったが。
気持ちを落ち着けると2人は仮想空間から教授室へと戻ってきた。
「ふーむ。茶会をするようじゃの。ワシみたいな老いぼれジジイが女子会に混ざるのは好ましくないのぉ……」
ファネリは真っ赤なトンガリ帽子と魔術師のローブを身に着け、白く長いヒゲをさすっていた。
目を細めながらレイシェルハウト、ノワレ、サユキを眺めた。
「何おっしゃってるんですの? ファネリさんの分も用意してありますわよ。ささ、ソファーに座ってくださいな」
老教授は座る前に来客用のアロマを炊いた。
「すまんのぉ。煙草臭い部屋じゃからな。これで堪忍してくれ」
こうして4人は1つのテーブルを挟んで長いソファーに2人ずつ並んで座った。
「まずは……そうですわね。エント・ティーでもどうかしら?」
サユキが驚いたようにエルフの少女を見た。
「えっ、エントってあの森の守護者と言われる歩く樹木、エントのことですか!? 冒険者がその葉を必死の思いで取ってきても大層マズイと聞きます。とてもお茶っ葉としては……」
エルフの里の出身者は口元に手を当てて笑った。
「ふふふ。そうでしょうね。エルフ秘伝の淹れ方があるんですのよ。まず、採取から最低でも2ヶ月は乾燥させますわ。色が黄緑に変化したら飲み時ですわね。お湯が沸騰するちょっと手前でエントの葉が入ったティーポットに注ぎますのよ。この時、反時計回りに3回、時計回りに3回、ポットを揺するんですわ」
ファネリは白く長いマユゲをひくひく動かせて目を見開いた。
「ほぉ~……。紛れもない魔術的アプローチじゃわい。ワシはあまり詳しくないが、俗に言うエルヴン・マジックというやつじゃな」
するとシャルノワーレは小瓶を取り出した。
「これが特製なんですの。エントのエキスですわ。いくら正しく淹れてもこれが無ければエントのお茶はマズイままですの」
彼女はエキスをポトリとポットに垂らしてからティーカップに注いだ。
すると黄緑色にキラキラと光る不思議なお茶が完成した。
それは水色にきらめくシャルノワーレの髪とよく似ていた。
「これが正真正銘のエルフの里のエント・ティーですわ。さ、どうぞ」
割と味にうるさい4人は少しずつ口にお茶を含んだ。
「ほぉ……これは……このほのかな甘味。今まで味わったどのお茶とも違う」
ティーカップを置いたファネリは興味深そうにまゆげをヒクヒク動かした。
「それに……体の芯から温まりますね。これは……マナが沸いてきている?」
一方のサユキは両手を見つめて不思議な感覚を感じていた。
「ふふふ……。残念ながらこれだけ美味しいお茶はウルラディールといえども無いわ。シャルノワーレ、完敗よ」
エルフの少女はそれを否定した。
「お茶に上も下もありませんわ。あと、お茶菓子も用意してありますのよ。世界樹クッキーですの」
その場の全員が驚いてノワレを見つめた。
「せ、世界樹クッキーといえば食べるだけで3年寿命が伸びるとウワサのアレかの!?」
「ま、まさかこんなところでお目にかかることが出来るなんて!!」
「あらあら、都市伝説ではなくって? 私は眉唾ものだと思っているのだけれど……」
レイシェルハウトだけが懐疑的だった。
「本当に寿命が伸びるかどうかはさておき、これには世界樹の母乳とも呼ばれる樹液が練り込んでありますの。エルフの中でもノーブル・ハイしか飲むことを許されない貴重な液体ですわ。まぁ食べてくださるかしら?」
まさにそのクッキーの品質と甘みは極上と評価する以外にありえなかった。
思わず一言も喋らずにファネリもサユキもレイシーも茶菓子を貪った。
完食すると彼らは息をするのを忘れていたかのように大きく息を吐き出した。
「ほあああ!!!! 冗談なしにお茶とセットで5歳は若返ったわい!!」
「私も……心なしか肌にハリが戻ってきた気がします。まだそんな歳ではないですけどね……」
「2人ともそんなにですの? より歳をとっているほうが効果が大きいんじゃないかしら? 私はあまり実感がなくってよ」
3人はあれやこれやと話し合って盛り上がった。
だが、ある矛盾点にサユキが気づいた。
「……ねぇシャルノワーレさん。こんな貴重なもの、なかなか流通しているものではないでしょう? あったとしても非常に高価だわ。一体、どうやって材料を手に入れたの?」
エルフの少女は俯いた。
「鋭いですねサユキさん……。実はこのお茶会の具材は全て私が家出してきた時の予備で作ったものなんですの。辛い訓練に日々、明け暮れるレイシーを労ってあげようとおもいましてよ……。今までちょっとずつ味わっては故郷に思いを馳せていましたが、それも今日で終わりですわね」
気の毒な事を聞いたなと付き人は視線をそらした。
「シャルノワーレさん……」
茶会に参加した面々もその事情を知るとトーンダウンした。
トンガリ耳の少女は微笑んだがあきらかにその顔には悲壮感が漂っていた。
「最近、気づいたことがありますの。レイシェルハウトには帰る場所がありますわね。でも、私にはそれがなくってよ。貴女方はルーブを倒せばウルラディール家に還れますわ。でも私はたとえ悦殺のクレイントスを滅したとしても里に与えた被害を許されるわけではないし、ましてや帰る場所なんでもはやないんですの。時々、無性に虚しくなりますわ……」
彼女が目線を落としていると視線を感じた。
顔をあげると彼女以外の3人がこちらを見ていた。
「水臭いですね。これだけ家のことに首を突っ込んでおいて今更、それはないですよ。事が落ち着いたらウルラディールを訪ねるといいですよ。もちろんどうするかは貴女次第ですが、我々は武家への所属を歓迎しますから」
同じくファネリは満足そうにコクリコクリと頷いていたが、レイシーだけ反応が鈍かった。
(もしかしたら迂闊にノワレを巻き込んだら彼女まで失うことになるんじゃないのかしら? 素直に賛同は出来ないわね……)
ウルラディールの次期当主が答えようとした時、ノワレが先に意思表示した。
「お気持ちは嬉しいのですが、私達、エルフは寒さに弱いのでノットラントは厳しい環境なのですわ。でもまぁ悪い気はしませんわね。一年中お屋敷でぐうたら生活になりそうですわ……。ま、それは保留ということにしておきますわよ」
彼女のその返事を聞いてレイシーは少し安堵したのだった。




