進化する蠍(サソリ)
「き……きゃあああああああ!!!!!!! 何コレーーーーーーー!!!!!!」
アシェリィの目に入ったのは無残に変形し壊れたマイ釣り竿だった。
「ウソでしょ~~~!? これ50万シエールもしたのにぃぃぃ!!!!!」
彼女は両膝をついてそのままくじけて四つん這いになってしまった。
「うう……ううう……私の……大事なロッドが……」
あまりのガチ泣きにその場の全員が無言になってしまった。
「あぁ……その、なんだ。まぁ形あるものは壊れるっていうし、それがアシェの竿の寿命だったんだよ……。悲しむことはないって。あんたのパワーにもうそいつはついていけなくなったんだ。私も何本もロッドを折ってるけど、いつまでも悔やんでいたら折れた竿がうかばれないよ……」
珍しくウィナシュがマジメな事を言いだしたのでジュリスは耳を疑った。
彼女は普段は変人奇人ではあるが、釣りに対しては常に真摯である。
その持論が出たのだとすればあながちマグレのアドバイスとも言えなかった。
「ほら。アシェ。涙を拭けよ。ハンカチ海水でグッショグショだけど……」
早速ムードぶち壊しである。
「う、うう……あ、あびばどう……ごじゃいまず……」
後輩思いのジュリスはその姿を見ていて同情を隠せなかった。
(アシェリィのヤツ……なんかもうぐちゃぐちゃだな……。きっとよっぽど思い入れのあるロッドだったんだろうな……)
ウィナシュも防波堤に上がってきてアシェリィの肩に手を置いた。
「ほら。そう落ち込むなって。後で釣り対決の景品の特製ルアーをあげるから。おっ、ちなみにキュワァにも同じものをやるぞ。最初から勝敗関係なくやるつもりだったんだよ。あと、アシェに関しては新しい竿を買うのに付き合ってやるよ。まぁ手伝うのは品定めだけで、私はビタ一文も出さないけどな」
セコい人魚はニカッっと笑った。
(あ~、本性出ちゃったか~。こういうとこマジでありえねぇんだよなぁ……。釣り対決をけしかけたの先輩なんだからちょっとくらい出してもいいだろ……)
ジュリスは目をつむって額に手をやった。
「おい後輩。なんか言ったか?」
「い、いえ……何も……」
気づくとアシェリィは防波堤のフチに座り込んでいた。
「おっ、ちょうど明日はモンモス神の祭日じゃないか。善は急げだな。アシェ、明日、一緒にロッドとリールを見に行くぞ。とりあえず今日は帰ってゆっくり休みな」
先輩の青年はそのまま首を左右に振った。
(あ~、もうちっと、傷心の弟子を気遣うとかしないのかよ……)
マーメイドから無言の圧を感じる。
「言いたいことがあるならハッキリ言えって」
身の危険を感じたジュリスは逃げるようにその場を後にした。
その日の晩、アシェリィはメソメソしながら大破したロッドを磨いていた。
「懐かしいなぁ。C-P.O.Sで郵便配達員のバイトをやったお給料が元手の資金の大部分だったんだっけ。すごく長いこと使ってきた気がするけど、まだ買って半年も経ってないんだね。でもこれだけ壊れたらもう修理できないってウィナシュ先輩は言ってたし。短い付き合いだったなぁ……」
彼女は名残惜しそうに手入れを終えるとロッドを30cmくらいに縮めてクローゼットの奥に仕舞い込んだ。
こうしてこのキリング・スワロー・ブランドのスワロー・テイルmk-Ⅲは眠りにつくことになった。
アシェリィの受けたダメージは決して軽くは無かったが、自分の実力がロッドを上回ったのだというアドバイスで割り切る事にした。
翌日、モンモスの祭日。彼女はちょっとした用意をして例の防波堤へ向かった。
「ザバァッ!!」
この水死体が飛び出してくるようなビジュアルにはいつまで経っても慣れない。
「よお。アシェ。気分転換出来たか?」
少女はにっこり笑い返した。
「ええ。さぁ、戦竿を見に行きましょうか!!」
「うっし!! 良い返事だ!!」
ウィナシュは陸地に飛び出してきた。
「ちょっと待ってくださいね。これ、つけてみてください」
マーメイドは首をかしげた。
「なんじゃこら? ピンクの髪留め……?」
弟子はコクリと頷いた。
「ええ。ウィナシュ先輩、前髪が長すぎて邪魔じゃないかと思いまして……」
ウィナシュが髪留めをつけると端正で美人な顔つきがあらわになった。
「こ、こうか? こういうのは全くつけないからよくわからん。しかし、アシェがピンクとは少し意外だな」
なんだかアシェリィは照れて後頭部を掻いた。
「え、えへへ~……って、そ、そんなのはどうでもいいじゃないですかぁ!! あとはいつもTシャツの下の水着が透けて目立ってるので持ってきたこのYシャツを着てください!! 女の子なんですからそういうとこしっかりしないと!!」
人魚が近くによってきた。
「女の子……ねェ……。私の身長が166cmくらい。アシェもおんなじくらいだからサイズは合うか……。むっ、胸がキツいんだが。滅茶苦茶に胸がキツいんだが」
少女は涙目になった。
「な、なんで2回も言うんですかぁ!!」
アシェリィは特別オシャレなわけではなかったが、人並みには気を使うこともある。
今回はそれが功を奏してウィナシュを水死体から美人の人魚のおねえさんに変貌させた。
「ん~、よくわからんがまぁいいだろ。さっそく行こうじゃないか。ルーネス通りにも釣具屋はあるんだが、私が通っているのは鯛工房って店だ。ここが超マニアックな店でな。例のブツもそこに特注して作ってもらったんだ」
通行人たちがマーメイドの美貌に目を引かれた。
「ここだな。ルーネス通りの学院側から3つ目のポストの脇の路地が目印だ」
2人してなんだか薄暗くてカビ臭い小道へと入り込んでいく。
やがて鯛工房と書かれた木製の渋い看板が目に入った。
こじんまりとしたログハウスのような店舗である。
「ここだよ。狭いけど、”密度”はすごいぜ?」
ウィナシュを追うようにして釣具屋に入ると中は色とりどりでまるで宝石箱のようだった。
カラフルなルアーの数々、鮮やかなロッドやリール。
釣り好きにとってここはまるで楽園のように思えた。
アシェリィはその感動のあまり、思わず黙りこくってしまった。
「な~? 品揃えすげぇだろ? あ、オヤジさん。こいつ新顔で。よろしく頼むよ」
品物で埋まったようなカウンターに眼帯をつけた老人が座っていた。
「このオヤジさん、見た目はおっかねぇけどいい人だぜ。ちょっと竿について相談してみろよ」
非常にイカついオヤジさんにビビりながらもアシェリィは壊れたロッドについて説明した。
「あのぉ……スワロー・テイルのMk-Ⅲを使ってたんですけど……」
店主は長いこと無言だったがやがて口を開いた。
「オゼ社の人食い燕か……。50万シエールってとこじゃろ? 最近そこらへんの価格帯は競争が激しくてな。スワロー・テイルはmk-Ⅳ、mk-Ⅴまででとる」
アシェリィはそれを聞いて目を輝かせた。
「mk-Ⅴ!? それおいくらくらいするんですか!?」
老人は壁際のロッドを指さした。
「まけるにまけて98万シエール」
少女はがっくりうなだれた。
「う~ん……買えなくはないけど高いなぁ……。貯めてきたお小遣いとウィナシュ選手に賭けた賞金が全部無くなっちゃうよ……」
勢いを失ったアシェリィを見て店主はある提案をしてきた。
「スワロー・テイルは一般人が使うには十分すぎる代物じゃ。じゃが、バカデカイ獲物や戦竿としては力不足は否めない。ウィナシュとつるんでるような娘なら更にハイグレードのエボルブ・スコルピオのブランドがええじゃろう」
釣りガールはその話に心躍った。
「そ、それで!! そのエボ……スコルピオはおいくらくらいなんです?」
店主は壁際の真っ赤に光るロッドとリールを指さした。
「最新型の4式が……まけるにまけて出血大サービスで298万シエールじゃ」
「うっ!!」
思わず気を失いそうになったアシェリィをウィナシュが支えた。
「おい!! しっかりしろ!! アシェ!!」
300万シエールもあればミナレートで一般家屋が買えるほどなのである。
貧乏性の娘がショックを受けるのも無理がなかった。
「だ、だ、大丈夫です。でもそれじゃ買えそうにないなぁ……。スワロー・テイルにしようかな」
妥協しかけた少女に鋭い視線がささる。
「妥協して後悔するくらいなら妥協せずに後悔するんじゃな。話を聞くにスワロー・テイルじゃ半年も持たずにオシャカになってしまうじゃろう。ハイグレードのを買ったほうが逆に安くすむし、品質も保証できるぞ」
それでもそんな高級品をポンと買うことなど出来ない。
若い女学生が悩むのも当然だと店主の眼帯じいさんはマーメイドを指さした。
「ウィナシュにはギブアンドテイクで世話になっとるからな。今ならお嬢さんにも無期限ローンを組んでやってもよいぞ。もし壊れたらとか心配するかもしれんが、それは杞憂じゃ。そこまでのロッドとリールなら壊そうと思ってもなかなか壊れるものではない」
アシェリィは戸惑った様子で人魚と老人を交互に見た。
「え……でも、そんな……。いいんですか? そんな大金。私が返せる保証なんてどこにもないじゃないですか」
それを聞いて眼帯の男は豪快に笑った。
「がぁっはっはっは!!!! なぁに、心配するな。いざとなったらそこの魚女から回収するわい。ウィナシュがこの店に人を連れてくることは滅多にない。ということはそこの緑髪のねぇちゃんはホンモノってこった。これから先もいろいろ買ってもらわにゃいかん。そのためには竿くらいくれてやる気概がいるってもんよ!!」
こうしてなんだかんだで前金も払わず、エボルブ・スコルピオ4式とルアーセットをもらってしまった。
アシェリィはロッドを20cmほどに縮めて背中にさした。
「ほ……本当にいいんでしょうか……」
マーメイドはジトっとした目でこちらを見てきた。
「あのオヤジ、良いこと言ったつもりだろうけどあくまで私が人質だからな。だからアシェがいまんとこカネの心配をする必要はないさ。出来れば完済してほしいもんだが……そのつもりで連れてきたわけだしな」
ジュリスは無責任な人魚だと呆れていたが、実際はまんざら捨てたものではなかったようだ。
「あっ、そうだ。これ景品な」
ウィナシュは後輩にルアーを手渡した。
「カッティング・スウィッシャーだ。前部と後部に刃がついててファイト中に相手を痛めつけて弱らせる効果がある。陸上でも攻めに使えるはずだ。まぁキュワァはこういう系のをもらっても使いこなせない気がするが……」
2人は揃って笑いながらルーネス通りへ戻り、ゆったりお茶をして解散した。




