釣りたGirl
インビテーション・マッチで潰れてしまったアシェリィとキュワァの釣り対決は後日に延期された。
「さぁ~て。キュワァ有利なのは明らかだが、勝負事はやってみにゃあわからんからな。そもそもアシェが新しい釣り方でまともに釣りが出来るかを見るための場であるからそんなに勝敗も関係ねぇしな。かといって手をぬくんじゃないぞ。景品が用意してあるからな!!」
負けず嫌いのアシェリィはそれを聞いて俄然燃えてきた。
モグラの亜人もニコニコしている。
「けーひん!! けーひん!!」
オーディエンスはジュリス1人だ。
「あんれー、ジュリスくんなんで見に来てんの?」
ふてくされたように青年は答えた。
「見にきちゃわるいんすか? 先輩が変なことを弟子に吹き込んでないか見張りに来たんですよ」
ウィナシュはおちゃめにウィンクしながら手をひらりと振った。
「もう、いやだなもう。愛弟子にそんなヘンな事を吹き込むわけがないでしょ。ずいぶん信頼がないもんだねェ。それどころか彼女らのために努力してるんだよ?」
人間の方の弟子は首をかしげた。
「努力……?」
人魚は首を縦に振った。
「考えてもみてごらんよ。こんななんにも無い防波堤で絶滅させる勢いで魚釣りしてるのにいつまでも魚が釣れるのはなんででしょーか?」
ジュリスは呆れたように答えを出した。
「ハァ……。わざわざ外洋まで泳いでいって追い込んで来てるんでしょう?」
マーメイドはズビシッっと紅蓮色の制服を指差した。
「ザッツ・ライト!! 私が直々に外洋から連れてきてるんだよ」
それを聞いてアシェリィは素朴な疑問が思い浮かんだ。
「外洋って……さすがに泳ぐの疲れたりしません? おまけに半身は人間なわけだし、きっと息継ぎもしないといけないだろうし……疲れるんじゃないかなぁって」
ウィナシュは不思議そうな顔をした。
「あり? 話したこと無かったっけ? 私の呼吸器は水中でも呼吸できるよ? ずっと水に沈んでいても溺れることはないね。だから外洋へ行くのは陸上を走るのとなんら変わりがないのさ。闘技場だって水中戦のほうが得意だね。マーメイド・プリンセスのウィナシュとか呼ばれてたこともあったなぁ」
そんな事をいいながら彼女は遠い目をした。
「昔話はそこらへんにしてさっさと始めたらどうですか……?」
思い出にふける先輩に後輩はツッコミを入れた。
「なんであんたが仕切ってんだよ。……さて、じゃあ始めようか。釣り対決ってことでいろいろ考えたんだが、釣った数の勝負だと、どう考えてもキュワァが勝つ。単純な大きさ勝負でもいいが、それだとザコを釣っても勝つ可能性がある」
どこからともなくウィナシュはルールブックを取り出した。
「よってライネンテ・フィッシャーマンズ協会で採用されているランク&サイズルールでやろうと思う。大丈夫。そんな難しいルールじゃないよ。これは釣った数は関係なくて一匹の質が求められるルールなんだ」
ジュリスもアシェリィもキュワァも首をかしげた。
「まずは魚種によってE~Sのランクをつける。当然、レアな魚はポイントが高い。それに加え、サイズを加算する。例えばSランクで100cmの魚が釣れたら1100スコアだ。同じ大きさの魚でもレア度がEだった場合のスコアは110。レア度Sでも10cmだったら1010スコア。どうだ? シンプルだろ? まぁ早い話がデカくてレアなヤツを釣れってこった。この日のために外洋からいろいろ引っ張ってきてるから期待していいぞ!!」
たとえ対戦相手にガンガン釣られたとしても、スコアが高ければ一発逆転を狙えるということである。
「つまり、Sランクのレアと10mの魚は同じスコアってことだな。それを両方足して合計とする。Sランクならたとえ3cmでも1003スコアだったりするから運も絡んでくるぞ。まぁ、腕利きの釣り人は運をも手繰り寄せるんだが」
まさに今のアシェリィとキュワァの実力の溝を埋めるのにちょうどいいルールだった。
もっとも、釣りテク自体がかなり上がっているキュワァに勝つのは至難の業であることは間違いなかったが。
「お~い。お前ら~。応援しといてやるから適度に頑張れ~」
コリッキーのジュースをちびちび飲みながらジュリスは防波堤に座り込んでいた。
そんな彼のもとにウィナシュが寄ってきた。
「なぁジュリスくん。どっちが勝つかお金、賭けない?」
その提案に後輩は額に手を当てて首を左右に振った。
「ハァ……なんつー先輩だよ。で、いくら賭けるんです?」
ジュリスはなんだかんだでまんざらでもないらしい。
「そーだなー。5万シエールくらいでどーよ?」
青年はため息をついた。先輩後輩の関係からして断れなかった。
「はあ、ハァ……。いいですよ。そのかわり、先に賭けますからね。キュワァの方に。彼女の実力は素人目に見てもホンモノだ。アシェリィには悪いけど今日は勝てないでしょう。俺はキュワァに5万かけますよ」
ウィナシュは目を見開いた。
「後輩に賭けてやらんとはなんとまぁ薄情なヤツよのぉ~。じゃあ私はアシェに5万シエールかけてやるか。大博打というのも悪くあるまい。どちらも手塩にかけた弟子であることに変わりはないからな」
ジュリスは呆れた表情だ。
「先輩……顔がひきつってますよ……」
その指摘を無視して人魚は腕を縦に振り抜いた。
「ええい!! 制限時間は今から90分!! いざ尋常に……始めッ!!」
先に動いたのはキュワァだった。
「にじいろ。みみず、つける」
ウィナシュが喉から手が欲しがるほどのレアなエサを投入してきた。
一方のアシェリィは先輩からもらったシルバー・アンカーにキュワァのくれたベトベトの変なエサを溶かし込んでいた。
そのまま重いルアーを投げる構えをとる。
「せやああああああ!!!!!!!」
「ビュオッ」っと風切り音を上げて奇妙な色にコーティングされたルアーは飛んでいった。
思わず先輩の青年が立ち上がる。
「おお!! アシェリィのやつ、いつのまにあんなまともに投げられるようになったんだ!?」
マーメイドは満足げに頷いた。
「うんうん。これも教え方がいいからだな。力の差は歴然だがこれはどうなるかわからんぞ」
そうこうしているうちにキュワァが早速、一匹釣り上げた。
「つれたー」
ウィナシュがチェックに入る。
「これは……メダマ・トビデルー・サバだ。Aランクの36cmで936スコア!! いきなりハイスコア出してきたな!!」
一方のアシェリィもファイトに入った。
「ぐぐぐ!!!! すごい重たい!!」
徐々(じょじょ)に引き寄せてなんとか釣り上げることが出来た。
またもや審判は釣れた魚を観察した。
「これはメグロ・マグロの幼魚だな。Cランク245cmで745スコアだ!! デカいがレア度が足りんぞ!!」
気づくとキュワァが大物と格闘している。
「いと、きれる。いと、きれる」
思わずアシェリィは応援したくなったが彼女はライバルである。
「お、お、つれた~」
一同は思わず感嘆の声をあげた。
「こっ……これは!! キラメキン・ヒラメだ!! Sランク122cm!! 1122スコアだーーーー!!!!」
その後も激しい釣りバトルは続いたが、明らかにキュワァの釣り上げる魚のレアリティが高い。
いつのまにか残り30分を切っていた。
「なー、わかったろ? 私が七色ミミズを探し回ってた理由。レアものばっか釣れるって伝説のエサだったんだよ。アシェも頑張ってるけどいまんとこBランク142cmの942スコアが最高だ。こりゃ5m超えでも狙わないと勝ち目が無いぞ!!」
アシェリィは目を白黒させた。
「5m!? 無茶ですってば!!」
ウィナシュは腕組みして厳しい態度で接した。
「出来ないじゃない。やるんだよ!! 私はあんたをそんな軟弱者に育てた覚えはないよ!!」
ジュリスは無造作に頭を掻いた。
(キャラクターかわってますやん……。事なかれ主義の脱力人魚がよく言うよ)
キッっと人魚がこちらを睨み返してきた。
「文句ある? ぶつよ!?」
思わず青年は冷や汗をかいた。
(なんでこうデキるヤツはどいつもこいつも地獄耳なんだよ……)
そんなことをジュリスがぼんやりと考えているとキュワァに動きがあった。
「う~ん、おもい、おもい」
モグラ少女は釣りの腕は確かだったが体格的な問題で大きな魚とのファイトは苦手だった。
「よォし!! 頑張れモグラ娘!!」
紅蓮色の制服の男子は思わず立ち上がった。
「お、あ、つれた~」
ウィナシュがすぐに魚をチェックしに来た。
「冬銀河タラ……Sランクの……174cm!! 1174スコア……記録……更新だ!!」
「ヒュ~!! やったな!! もらったぜ!!」
その直後、アシェリィの竿がありえない角度でしなった。
「う、うあああ!!!! 海に引きずり込まれる!!」
だが彼女はリールを開放して獲物を泳がせにかかった。
「デカい!! 3mは超えてる!! アシェ、なんとしても釣り上げろ!!」
引いたりフリーにしたりを繰り返して相手を疲労させていくが、あまりにも獲物は巨大で重かった。
「んぎぎぎぎ!!!!!」
「アシェ、サモナーズ・ブックとリールを直結させてパワーを爆発させるんだ!! SENSEも重ねがけして身体能力を極限まで引き上げるんだ!!!」
アシェリィはブックを竿にあてがうと一気にリールが回転し始めた。
「はあああああぁぁぁ!!!!!!」
魚が水面から飛び出した。思ったより大きい。
「剣山カジキか!! あまりレアとは言えないが、このサイズならいける!!」
そのまま10分ほどバトルは続いたが、やがて弱った魚が引き寄せられてきた。
「今だっ!! もらったぁ!!」
アシェリィは巨大な獲物を防波堤に打ち上げた。
ビタンビタンと陸で巨大魚が跳ねている。
「ハァ……ハァ……」
すぐにウィナシュがやってきた。
「剣山カジキ、Bランク442cm……1242スコア!! あ、タイムアップ!! キュワァ1174スコア、アシェ1242スコアでこの勝負、僅差でアシェの勝利!!」
思わずアシェリィはペタンと防波堤に座り込んでしまった。
「ハァ……ハァ……やった? やったの……? やっっっっっったああああああ!!!!!!!!!」
ジュリスは唖然としてしまった。
「ウソだろ……。こんな大物釣れんのかよ」
キュワァは満面の笑みだ。
「あしぇ、すごい。キュワァ、まけた。でも、うれしい」
人魚も素直に彼女の努力を認めた。
「この短期間であんたはよくやったよ。まさかここまでやれるとは思ってなかった。もう半人前扱いできなくなっちゃったな」
アシェリィは息を切らしながらじっとりした汗を袖で拭った。
だがなんだかウィナシュは微妙な表情だ。
「あのなアシェ……。その……言いにくいんだけど、さっきの剣山カジキとのファイトで釣り竿がぶっこわれたのに気づいたか? それじゃ修理でどうこうなるレベルじゃ……」
「え……?」
少女は手元のロッドとリールに目をやった。
リールの破損が酷く、糸が巻いてある場所はひしゃげてくの字に変形していた。
巻くための取っ手もポッキリと折れている。
ロッドもリングがもげて、しなったまますっかり元に戻らなくなってしまっていた。
「き……きゃあああああああ!!!!!!! 何コレーーーーーーー!!!!!!」
釣りガールの絶叫が水平線に響き渡った。




