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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter2:Bloody tears & Rising smile
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▲新雪を染めるは鮮やかなる鮮血(レイシェルハウト編)

少女は漠然と窓の外を眺めていた。


屋外では真っ白な雪が全てを包むようにシンシンと降り続いている。


ここ、ノットラントでは今日も雪が止むことはない。


部屋内にはしっかりとした作りの暖炉があり、外とは対照的に室内は春のようだ。


ともするとうたた寝してしまいそうな状況だ。


しかし、彼女はマンツーマンで講義を受けているためにさすがに眠気は来ない。


それにしても講義は退屈極まりなく、思わず彼女は窓の外を眺めているのだった。


「えー、次のページですじゃ。かつて、世界はひとつの大きな大陸『ガレフディア』だったと言われております。其の世界には人間だけでなく、魔物、天使、悪魔、精霊、そして死者さえもが混在していたと文献にはありますじゃ。各勢力が”覇”を求めた世界。良くも悪くも群雄割拠ぐんゆうかっきょの時代が続いたとありますじゃ」


小さな丸メガネをかけた老齢の紳士が手に持った少女の方を見た。


ルーブと言う名の教育係である。


またいつものように彼女が上の空でよそ見をしていることを気づく。


やれやれと彼女をいさめた。


「レイシェルハウト様、レイシェルハウトお嬢様!!」


そう呼びかけられるとレイシェルと呼ばれた少女は老人のほうを向いた。


左右の高い位置で結われた鮮やかな真紅のツインテールが揺れる。


髪の毛だけでなく、瞳も同じようにつやのあるうるおった美しい真紅しんくの色だ。


それとは対照的に肌は雪のように白い。


老紳士はその色合いの落差から彼女を新雪に飛び散った鮮血のようだと思うのだった。


ヴァンパイアのようにも見える瞳でこちらを見つめながら少女は口を開いた。


「何? また楽土創世のグリモア? お伽噺とぎばなしはいい加減にして」


老紳士はため息をついた。


「そう、そうですじゃ。それによって全ての物にとっての楽園が生まれ、次の段階へとすべての存在が導かれる筈でした。しかし、発動したグリモアは天を割き、地を割り、海を分かち、次元をねじり全ての物に等しく大きな損害を与えたのですじゃ。今現在、この世界に残っているありとあらゆる物体や生き物や精霊などは一説によればガレフディア時代の三割に満たないとされておりますじゃ」


老人は金縁のメガネをクイッっと指で押し上げて目を細めた。


そして雪が降り続く窓の外に目をやりながら続けた。


「ただ、それによって本来、人と交わるべきでない悪魔や天使、精霊などの幻魔やアンデッド(不死者)は別次元に隔離されました。まったく関わりあいがなくなったというわけではありませんが……。結果的にひとまずの平穏がもたらされたとされておりますじゃ。その全てを分かった時が我々の生きる時代”創世歴そうせいれき”の始まりですじゃな」 


レイシェルハウトも教育係が視線を逸らしたのを見ると再び窓の外に視線を戻した。


そして頬杖ほおづえをつきながらやさぐれたようにつぶやいた。


「本当に楽園なんて作れるわけないでしょ。おおかた『なにかしら得るには犠牲が必要だった』っていうありがちで教訓じみた作り話なんだわ。 実にくだらないわね」


ルーブが明らかに聞き捨てならないと言った態度をとっているのが横目からでもわかった。


「これこれお嬢様、いくらお嬢様とは言え、言っていいことと悪いことがありますぞ!! 楽土創世らくどそうせいのグリモアをかろんじてはなりませぬ」


レイシェルはまゆをひそめ、めんどくさそうな顔をして言い返した。


「はいはい。その話はルーンティア教の教えに傾いてるって常日頃言ってるでしょうに。それほど熱心に信じてるのは我が家でもルーブ爺、アナタくらいなくらいなものだわ。今や創歴1436年。1000年以上見つかってない代物を信じるって? それに、今更そのグリモアが解読されたとして次は何がおこるっていうのかしら。どーせロクな事にならないと私は思ってるワケ!!」


レイシェルはそう言い放って席を立った。


「これ!! これこれお嬢様!! 歴史学の講義はまだ残っておりますぞォ!!」


ルーブじいは声を荒らげたが、それをレイシェルは冷たくあしらった。


「何度同じ内容を勉強させる気? もう創世の話は聞き飽きたわ。おおかたの内容は把握していたじゃない。説明を受けずとも理解しているって事だわ。散々”お伽話とぎばなし”を聞かされてるものね」


この分野に関してはレイシェルの習熟度は高く、歴史学に関しては同年代より遥かに造詣ぞうけいが深い。


もっとも、それは熱心な指導の賜物たまものではあるのだが。


「くれぐれも歴史教育と布教活動を混同しないことね」


彼女は冷たい言葉を言い放っててつくような流し目を送る。


そして部屋から出て行った。


老紳士はそれをとがめられるわけもなく、為すすべがなかった。


庭を取り囲む廊下を歩いていると窓の外に誰か居るのが見えた。あれは修練場の方向だ。


「またアイツはこんな雪の降る中、トレーニングぅ? いくら寒いのが好きだからって限度ってもんがあるでしょうに……馬鹿馬鹿しいわ……」


庭の訓練場には1人、格闘の演武に打ち込んでいる少女が居た。


毎日、精力的に演武や組手を行っており、技術の”研鑽けんさん”に余念がない。


彼女自身はそれが日常であり、別段特訓を積んでいる感覚はないようだ。


ただ、はたから見れば非常に熱心に打ち込んでいる様に見える。


レイシェルがその様子を眺めていると急に肩に手を置かれた。


ひんやりとした手の温度が黒いドレスごしに伝わってくる。


「ひッ!?」


振り向くとそこには海外の着物、”ワフク”を着た女性が立っていた。


いつからそこにいたのか全くわからない。


気付かなかったというよりはあちらが気配を殺していた様に思える。


雪のように真っ白なワフクを着ているので目立つはずなのだが……。


「サ~ユ~キ~!! 驚かすんじゃないわよ!! それに忍び寄るように後ろから近づくのは止めて頂戴ちょうだいと何度も……」


サユキと呼ばれた女性は深くお辞儀した。結っていない部分の前髪がまっすぐに垂れる。


「お嬢様、申し訳ありません。しかし、まだお昼前ですよ? ルーブ殿の講義が終わる時間までは少しお早いのでは……?」


レイシェルはどう言い訳しようかとあわてふためいた。


何かいい言い訳を考えようとしたが、ルーブじいは時間にはうるさいので早く講義が終わったという言い訳は使えない。


その場しのぎで体調不良を装おうかと思った。


しかし、講義を受ける直前にサユキと一緒に行動していたのでどこからどう見ても体調が悪いようには思われないだろう。


「ふふふ……またルーブ殿どのと言い合いになって早退ですか? を通すのもよろしいですが、時には協調の心をたっとぶことも大切でしてよ?」


サユキは口元に手を当ててニッコリと笑った。


彼女はなんでもお見通しと言った態度だ。


どうせこういう反応が帰ってくるとは思っていた。


しかし、考えまで見透みすかされていると思うとレイシェルはなんだかしゃくにさわった。


だがそれも含めていつものことだ。


サユキはレイシェルが6歳の時から侍女として彼女のそばに居て世話役を務めている。


生まれた直後に母を亡くしたレイシェルにとっては母親的な存在と言えなくもない。


だが、レイシェルのプライドの高さや、意地っ張りな性格からして、サユキに甘えることは無い。


サユキ自身はもっと甘えてほしいと内心思っているのだが。


あくまで侍女じじょとして仕える身として己を殺し、一歩離れた所からレイシェルを見守っている。


お昼も近くなり、2人が廊下を歩いているとさきほど鍛錬を積んでいた少女が入ってきた。


全身が雪と汗でびしょ濡れで廊下のカーペットが濡れてシミになっていた。


「あ~。やっぱり雪はイイねぇ!! たまんないね!! 気分が高ぶるよ~!!」


少女は犬のように駆け寄ってきた。


この寒い中、白い半袖でヘソを出して長ズボンという出で立ちで屋外に出ていたようだ。


廊下の奥から濡れた足跡をつけながら小走りでやってくる。


どんどんその姿は大きくなり、2人の側に立つ頃にはその長身さがハッキリわかった。


サユキが普通の女性にしては高めの160数cmというところなのだが、走ってきた少女は2回り、いや、それ以上に大きい。


190cmはあろうかという大きさだ。おまけに胸まで超弩級ちょうどきゅうのサイズだ。


大きいながら、がっちりした体系ではなく、胴回りははっきりとくびれがある。


その胴からすらっとしなやかな手足が伸びていた。


露出している腹筋も男性のようにガチガチではなく、しなやかだ。


筋肉線が軽く走る程度でそれがかえって女性らしさをかもし出し、なまめかしかった。


レイシェルは13歳にして身長が130cm弱しか無い。同年代に比べてこの身長はかなり低いと言える。


プライドの高い彼女は自分が小さいことを神経質に気にしていた。


指摘されると怒り出すほどだ。


「小さくて可愛い」という言葉は彼女にとって侮辱でしかない。


そのびしょ濡れの少女の顔を見上げながらサユキは苦言を呈した。


あまりの身長差に顔を見て話すと二人とも首が痛くなってくる。


「パルフィー、貴女、屋敷に上がるときはしっかり体の水気を拭き取ってから上がれってあれほどメイドから怒られてましたね? これで何度目ですか? またメイドにどやされる事になりそうね……」


パルフィーと呼ばれた少女はシミを見て「しまった」と言った顔でベロを出した。


明るい色をした茶髪でショートカットの髪型とボーイッシュな見た目ではある。


だが、少女らしい可愛らしい面もある。


ただ、彼女には他の人についていないものが付いている。


彼女を見上げると頭のてっぺんの左右からは猫のような耳が生えていた。


尻のあたりからはたぬきのような太いしっぽが生えている。彼


女は純粋な人間ではない。”ロンテイル”と呼ばれる珍しい亜人種なのだ。


亜人は純粋な人間とは異なった存在だ。


比較的人間に近い見た目や文化、言語体系を持つが、動物や魔物の身体的や精神的特性を持った者達の事を指す。


人語を解するだけで完全に人間の形をしていない者もいる。


パルフィーのように見た目はほぼ人間と変わらない者など様々なタイプがいる。


一括ひとくくりでこういうものだと定義、分類できるものでもない。


ただ、国や地域によっては迫害や差別を受けているケースも少なくはなく、社会の中ではマイノリティであると言える。


「いっけね~。いや~。どうしようかな~。どうせこのまま逃げてもこんな足あとつけるのはアタシだけってバレてるからな~」


パルフィーは無邪気むじゃきにそう言いながら2人と並んで食堂に向けて歩き出した。


彼女はまったく自分の失態に気にしている雰囲気はない。


昼食のメニューについて神経の全てを集中しているようだった。


良く言えば楽天家、悪く言えばノーテンキな奴だとレイシェルもサユキも認識している。


彼女たちの生活するこの広い館はウルラディールてい


ライネンテ北西の島、ノットラントの東部の都市のウォルテナに位置する武家の屋敷だ。


ノットラントは古くから代理戦争や内戦の当事国になる事が多い。


そのため、武力を有する集団である武家に自然と自治権が預けられてきたという歴史がある。


武家の勢力は大きく分けて3つで、東側の親ライネンテ派、西側の親ラマダンザ派、中立のトラディッショナル・ノットラント派がある。


第三次ノットラント内戦が東部西部の痛み分けで自然消滅してから100年あまりが経った。


しかし、親ライネンテ派と親ラマダンザ派の溝は深く、対立が絶えない。


それを仲裁しているのがトラディショナル派である。


この派閥はこれといった武力は持たない。


ただ、過去の内戦で功績を挙げた名家が名を連ねており、再び内戦がおこらぬように両者間の調停ちょうていを務めている。


武家の間では東部と西部で一触即発の険悪な雰囲気が漂っている。


しかし、市民の間ではそういったこともなく、国境や移動の制限もないので交流は割と盛んである。


平和になった現在、ノットラント国内の政治的発言力は武家同士の模擬合戦により決定されている。


多くライバルの家系を打ち倒せばそれだけ、その家の発言権が上がるというものだ。


主にトラディッショナルがこの合戦のジャッジをする。


東と西で発生するいざこざもこの模擬合戦で解消されている節もある為、ガス抜きとしての役割も大きい。


ノットラント国などと呼ばれることもしばしばある。


正確には国家ではなく、ごくごく小さな武家という単位で小分けにされた諸国群とするのが正しい。

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