決着!! チビ怪力女VS変人人魚
激しい応酬に息をつくヒマもない。
ただ、ウィナシュが押しているのは誰が見ても明らかだった。
ご自慢の釣り竿でメッタ打ちにされたアンナベリーは全身にアザを作って痛みに耐えていた。
「フフ……貴女のこと、見くびっていたようね」
小柄な女性は似つかわしくない大剣を振り回して地面に突いた。
「あのな、どんな見た目の奴でもやってみねーとわかんねーのは百も承知だろ。あるとすればそれは教会の犬ゆえの慢心だよ」
ウィナシュはところどころで彼女を煽っていた。
相手のペースを乱す効果もあるが、今はすこし違った効果を狙っている。
おそらく戦況からしてアンナベリーが次に最大級の攻撃をしかけてくるのは間違いない。
ただ、冷静さを失った状態で放たれる必殺技というのは必ずどこかしらにスキが生じるものである。
明らかな憤は外に出していなかったが、ジワジワと煽りが効いてきているのを人魚は感じていた。
「そもそもあんた口ばっかじゃないか。何が魚はやっぱ焼き魚だよ。魚、焼きそこなってんじゃねーかよ。うわ~だっせ~。どうせそうやって普段からデカい口叩いてんだよ。挙句の果てに井の中の蛙ってわけだ。お笑い草だね」
マーマイドはトリックスターらしくスピードだけではなく絶妙な挑発を挟んできていた。
この様子は観客席にも聞こえていた。
「あーーーーっと!! ウィナシュ選手、挑発が止まりません!! 一方のアンナベリー選手は涼しい顔をしていますが、全く悔しくないというわけでは無さそうです。こんな怖いお姉さんを怒らせにかかるとはどれだけこの人魚姫には度胸があるんでしょうか!?」
ドガが実況しているといきなり誰かがマギ・マイクを奪い取った。
「アンナベリー、徹底的にやれ。許可は出す!!」
高位の白いローブを着た男性である。教会の関係者だろうか。
すぐさまドガはマギ・マイクを奪い返して教会のお偉いさんを追いやった。
「ちょ、ちょっとちょっと!! お偉いさんでも外野の乱入は困りますって!!」
紫の長髪をした女性はコクリと頷いた。
「…………御意。これは使いたくなかったんだけれど……」
するとアンナベリーからにじみ出るオーラの雰囲気が変わった。
ダークな感じから殺意丸出しに変貌したのである。
「まー、浄化人は民を不死者から守る正義の味方っちゃあ味方だが、不死者の元の姿は人間だからな。連中と戦っていると自然と殺人術が身につくって聞いたことあったな。まさにそれがその殺人技ってわけか……」
オーラの色がドス黒い色に目に見えて変わった。
「フフ……体を蝕む呪呪文よ。それにさっきの炎を加えると……」
彼女の腕に黒い刻印が浮かび上がった。なんらかの言語のようだが。
そしてアンナベリーは漆黒の炎を全身に纏った。
ウィナシュはあまりのプレッシャーに冷や汗をかいていた。
(うっ!! ちょっとおちょくればスキが出来るかと思ってたんだけど、甘かったかなァ……。さ~て、どうやってこの場を切り抜けようか。もし攻撃が当たるようなら絶対に耐えきれない。OK・KOで負けちゃう。でもそれは悔しいしな~)
そうこう考えているうちに骸狩りの騎士が突っ込んできた。
「漆・炎・龍・覇!!」
「うわ、やべっ、速ぇ!!」
彼女は大剣を手当たり次第に振り切りまくって会場中を黒い炎で炙った。
今度こそ逃げ場は無く、避けようもない。
「フフ……地面に潜ってたりして」
逃げ道を潰すように空中から下突きを放ってフィールドの地面をクレーターのようにポッカリとえぐった。
誰もがウィナシュの負けを確信した。
おそらく今頃は医務室に転移されているはずだ。
炎が消えるとアンナベリーはバテバテだった。
だが、マーメイドはまだ戦っていた。
冷静さを欠いた攻撃のスキを見逃さなかったのだ。
大剣を振り回しまくる女性の背中にルアーのフックをかけて死角にぶらさがって見事やりすごした。
「ば、バカな!! あの速度の初撃を避ける余裕なんてなかったはず!!」
ウィナシュは相手の背中にひっつきながら笑った。
「ああ、そうだよ。一発目は避けられるわけがない。でもね、オタク。次元の割れ目とか知ってるよね? 次元の割れ目にダイブするルアーを使ってあんたの足の下に回り込んだんだよ。それに、さすがのあんたでも自分自身の斬撃や炎に巻き込まれるのは嫌うと見えた。だから至近距離は攻撃の手が回ってないわけだ。だから近づきさえすればあとはこっちのもんってこった!!」
次元の割れ目に潜り込むとはもはやなんでもありである。
もちろんそれ相応のリスクがあるのは自明の理であったが。
教会の犬は必死にもがいたが、ルアーの針が外れることはなかった。
「ほいじゃまぁ終わりにしますかね。ブラスト・ルアー!!」
リールの巻取りが超高速になって爆発的に人魚は加速した。
「さすがにこれでぶん殴られたら意識はブッ飛ぶだろう!! ウィナシュ流……て、そりゃもういいか。でえりゃああああああーーーーー!!!!!!!」
ピンクの尾っぽのマーメイドは華麗に宙を舞い、思いっきり対戦相手の後頭部を強打した。
「ロッド・ストライクぅぅぅぅッッ!!!!」
先程の連撃はあまり通らなかったが、さすがに今回は急所への直撃とあっていくら打たれ強いアンナベリーでも気を失った。
そのまま彼女は勢いよくふっ飛んで大きく窪んだフィールドを転がっていった。
「キャッチ&リリース!! F・F!!」
ウィナシュはじっとり濡れた海藻のような前髪を爽やかにかきあげた。
美しい黒髪、美しい美貌、Tシャツから透けるナイスバディの水着、チャーミングな尻尾。
男子勢は皆が興奮し、女性陣も思わず見惚れる美しさだった。
コロシアムはビッグバン級に盛り上がった。
幸い、アンナベリーも大怪我を負っていたわけでは無かったので後味の良い試合だったというのもある。
それでも念のために彼女は医務室へテレポートされた。
インタビュアーが会場のウィナシュに駆け寄る。
「ウィナシュ選手、今日の試合の感想はどうでしたか?」
彼女はマギ・マイクを奪い取ると語り始めた。
「まぁ見てたならわかると思うが、今回は相性の良し悪しとしか言いようがない。重量級やタンクがあいつに当たったら勝てなかったろう。私がスピードとトリックに特化してたら勝った。それだけだ。逆に言えば私がスピードタイプと当たったら競り負けるだろう。ま、相性ってもんを考えるこったね。不利だと思ったら退くのも勇気だ」
人魚の持ったマギ・マイクに向けてインタビュアーは続けた。
「ウィナシュ選手は卒業生……リジャスターということですが、在校生に何かメッセージはありますか?」
マーメイドは少し悩んで目線を泳がせていたが割と早く答えた。
「んー、そーだなぁ。私はあれこれ言えるような立派な学生ではなかったけんども、1つ言えることがある。自分が楽しい、得意だと思ったことを思い浮かべて、それをとことん追求してみることだね。2つ3つある場合は並行しても良い。でもその中でなにか1つ特化しておくと後で生きてくることがあるからな。私なんかは釣りの狂人だった。さっきの戦いの答えがそれだから。好きこそものの上手なれってヤツだな。なんつって先輩風なんか吹かせちゃったり~?」
彼女のゆるいエールに在校生たちは沸き立った。
「あ、そろそろいいかな? 学院来るたびに元担任の先生に『お前、授業サボって釣りばっかしやがって』って怒られちゃうんだよ。うるせーのはイヤだから私はそろそろおいとまさせてもらうよ」
そう言うとウィナシュはピッタンピッタンと尾で地面を蹴って闘技場を後にした。
アシェリィはキュワァの手を引いていつもの防波堤へ急いだ。
ウィナシュが一息つくとしたらあそこだと思ったからだ。
水面を見て声をかける。
「先輩!! 先輩!! やりましたね!! 私、もう感動しちゃって!!」
モグラ少女もピョコピョコ跳ねた。
「へんなねーちゃん、すごい。へんだけど」
ザバァっと水音を立ててマーメイドが現れた。
「よぉアシェとキュワァ。ところで、アシェ。お前、どっちかに賭けたか?」
アシェリィは学生証裏の口座を確認した。
「えーっと……17万5000シエール入金されてますね」
悪い先輩はニタァっと笑った。
「なあなあ。それ半分、私のおかげだろ? 半分半分で山分けにしない? ねぇお願いだから。ねぇねぇ山分けにしてちょ~~~」
遠慮なしに後輩にたかるウィナシュに後輩は少し戸惑った。
「え、あ、い、いいですけど……」
小さな灯台の裏に隠れていたジュリスが助け舟を出した。
「ちょっと先輩。いくら常識がないとは言え後輩に現金をせがむのはないっすわ~。まぁあの戦いを見た後に口答えするのは勇気がいるんですが……」
ジュリスは平然とした態度を装っていたが、戦いの残り香でピリピリしているのが感じられた。
「いやだなも~。冗談、冗談だよぉ。せいぜいご飯おごってもらうかな~くらいだよ~」
全く冗談に聞こえないとその場の全員が思った。
「にしても相変わらず無茶苦茶やってくれる。アシェリィ、俺が勝てねぇって言った理由、わかったろ? リスクがあるとは言え、次元を釣るとかいう変態じみた事を出来るのがウィナシュ先輩なんだよ」
人魚は前髪をかきあげた。
「ちょっと~。ジュリスくん、女の子にヘンタイは無いんじゃない?」
紅蓮色の制服の青年は視線をそらした。
(な~にが女の子だよ。もうそういう歳じゃね~だろ……)
ウィナシュはジュリスを指さした。
「あ、今、確かに聞こえたかんね。ブっ殺すよ。マジで。まだ三十路まではだいぶあるじゃんか」
闘技場でも見せなかった殺気に3人はすくみあがったのだった。




