魚はやっぱ丸焼きに限るわぁ
アシェリィと亜人のキュワァは手をつなぎながらいつもの防波堤を目指して歩いていた。
「あしぇ、しょうぶ、たのしみ。キュワァ、ぜったい、かつ」
思わず人間の少女は苦笑いしてしまった。
少なくとも現時点では明らかにモグラ少女のほうが上を行っていたからだ。
2人がウィナシュを待っていると彼女が現れた。
相変わらず水死体が揚がってきたようなヴィジュアルをしている。
前髪をはけると美人が顔を出した。
「あ~、2人とも悪いね。すっかり忘れてたんだけど、私、今日はインビテーション・マッチに呼ばれてたんだわ」
「えーーーーーーー!?」
インビテーション・マッチとは学院の闘技場に特別なゲストを招いて腕を競い合うイベントである。
「いや~、マイナーな戦竿を普及させたいんだってフィッシング科のノウスン教授に泣きつかれてね。しょうがなく出てやるかって感じ」
アシェリィは未だにウィナシュの戦力はわからなかったが、見てくれ的にはあまり戦いに向いていなさそうだった。
「あ、今、私のことあんま強くねーって思ったろ? 確かにそこまで熱心にコロシアムで戦ってたわけではないが、これでも勝率は高めだったんだぞ。何より修羅場は数多くくぐって来てる自負はある。それに、売られた喧嘩は買わなきゃソンソンだからな」
これは彼女の実力を見るいい機会が来たとアシェリィは思った。
「いつから試合開始なんです?」
「昼休み後だな。キュワァも一緒につれて見に来いよ」
モグラ娘は首をひねった。
「へんなねーちゃん、いんびて? いんびて、たいけつ?」
今日の予定の変更が彼女にも伝わったようだ。
キュワァは言葉足らずなところがあるが、決して知能が低いわけではなかった。
同年代のヒューマンと比べるとむしろ彼女のほうが利口かも知れない。
「へんなねーちゃん、がんばる。キュワァ、おーえんす」
人魚は拳をグッと力強く握った。
「こりゃ無様な戦いは出来ないなぁ。ま、ご期待にそえるようやってみるさ」
昼食時が過ぎて、皆の腹がこなれた頃、闘技場は満員だった。
青、緑、赤の三色が入り乱れて鮮やかに揺れる。
名物司会者のドガがアナウンサー席についた。
その後ろには教授陣が控えて観戦するのだ。また、対戦のオッズを決めるのも彼らである。
「レディーーーーーース&ジェントルメン!!!!! 今回のインビテーション・マッチは君らの先輩、”リジャスター”同士の対決だ!! 間違いなく熱いバトルになると思うぜぇ!! ちなみに”リジャスター”ってのは学院の卒業生の事で、リジャントブイルをマスターした者が語源になってるんだぜ!! ま、知らないやつはいないと思うけどな!!」
既に会場はヒートアップしていて熱気が伝わってくるようだ。
「ほんじゃ選手紹介だ!! まずはスヴェイン教授が招待したアンナベリーーーーーーーー・リーーーーーーゼス選手だぁぁぁ!!!!!!」
叫び声や指笛がこだまする。
「彼女は卒業後、神殿騎士に所属。その後、浄化人として日夜、不死者との戦いを繰り広げているとのこと!! 得物は巨大な大剣です。神殿騎士には一応、ユニフォームのような甲冑装備があるのですが、アンナベリー選手は浄化人なので鎧を着ているとは限らないんですね~」
実際、彼女が身につけている防具は胸当てだけで、服装は白いミニスカートに黒いニーハイソックスといった出で立ちだ。
「おそらくただの服ではなく、魔力強化されているものと思われます。教会ですから祝福もかかっているでしょう。そして背負っている大剣が攻防一体になっていると思われます。ちっこい見てくれに反して非常にタフであることが予想されます」
試合を見に来ていたザティスは思わずのけぞった。
「げぇっ、アンナベリー先輩じゃんか。俺、あの人に告られたの振った事があるんだよ。おっかね~。見つからねぇようにしねぇとアイネ諸共なにをされるか」
青年はじっとりとした視線と殺気を感じた。
毒々しいダークパープルの髪、ルージュをつけたオトナの女子は確かにザティスを視界にとらえていた。
ペロリと舌なめずりする。
「ううっ!! 不死者とはいえ元は生きた人間。それを狩る浄化人は人斬りと同じだからな。聖なる場所に立ちつつも嫌な殺気を感じるアンバランスな連中だ」
かなりのやり手のザティスが思わずすくみあがってしまった。
「はーい!! 対するはノウスン教授が招待したウィナシューーーーーー・ストラーーーーート選手だあああぁぁぁ!!!!」
美しい人魚の登場に会場は割れそうになるほど盛り上がった。
今回はさすがに透けないTシャツで出てきたようだ。
だがセンスは壊滅的で「I LOVE OCEAN」のロゴとデカデカとハートマークのついた柄だった。
しかし、冷静に考えると下半身は服を身に着けていないから素っ裸のはずなのだが恥ずかしくはないのだろうか。
マーメイド種族特有の感性があるのかもしれない。
アシェリィはそんなくだらないことに意識が行っていた。
「えーっと、ウィナシュ選手は見ての通りマーメイドです。フィッシングクラスのセミメンターです!! 今回は戦竿の楽しさをアピールするために出場を決めたそうです!! 普段は気ままにあちこちで釣りをしているようですが、彼女の行動範囲からすると釣った獲物に殺される事も珍しくありません。それでも生き延びていることが彼女の実力の証明と言えるでしょう!!」
ウィナシュは無造作に黒い髪をかきあげて素顔をあらわにした。
男子女子両方から黄色い声援があがる。
「ウィナシュ選手は陸上でも活動可能なタイプの人魚のようですね。尻尾でピョコピョコ跳ねて移動していますが、ウロコは潤ったままですし。しかし、かなり機動性は低い模様。これをどう克服するのでしょうか!?」
司会のドガはもう大汗をかいていた。袖で額を拭う。
「う~ん、これは重量級正統派VS軽量の変わり種……ということになるでしょうか。おっと。賭けのオッズが出ました!! アンナベリー選手2.8倍!! ウィナシュ選手3.5倍です!! あーーーーっと!!!! これはアツい!! 多少の差こそありますが、ほぼ互角のオッズと見ていいでしょう!! アンナベリー選手はコロシアムで多く実績を残している分、上になっていますが、ウィナシュ選手もひけをとりません。さぁ、お前らどっちに賭ける!?」
アシェリィは学生証を取り出して指でなぞった。
どちらにいくら賭けるかが学生証の裏側に表示される。
アシェリィはあまりギャンブルが好きではなかったが、応援する知人が出たりすると惜しみなく賭けてきた。
「う~ん……ウィナシュ……と。いくら賭けるかは……っと」
アシェリィは家の事情から極端の貧乏性だったが、帰郷してみて最近は少しマシになっていた。
また、釣りとトレジャーハントの相性がよく、そこそこ珍しい魚を売ったりして学費に当てていた。
レアな魚でなくても漁港のおっちゃんたちは買い取ってくれるし、下手なバイトより儲かっていたのだ。
C-POSの郵便配達は楽しかったが死ぬほど大変だった。
それにくらべて釣りでかかる労力は遥かに少なかった。
ちなみにおっちゃんたちからは”緑の綺麗な髪のねーちゃん”で通っている。
綺麗なのはあくまで髪についてであるが……。
「え~い、自分で稼いだお金だからたまにはいいよね!! 5万シエール賭けるよ!!」
ベッドが確定された旨を伝えるメッセージが表示された。
「勝っても負けてもいいんだ。私はウィナシュ先輩の実力が見てみたい!!」
キュワァは学院生ではなかったので金銭を賭ける権利はなかった。
学院のコロシアムは一部だが一般向けにも開放されている。
人気の娯楽だが、コネでも無いとチケットの高倍率を通らねば見られない。
その点、キュワァはラッキーだった。
「へんなねーちゃん、ふえた。でも、キュワァ、さかなのほう、おーえんす」
「うん!! そうだね!!」
アシェリィが満面の笑みで答えた。
そうこうしているうちに試合開始のゴングが既に鳴り始めていた。
ステージはプレーンで特に障害物などはないシンプルな形式である。
インビーテーションマッチではフェア性を重視するため特殊地形よりもプレーンが選ばれがちである。
「カーーーーーーーーーーンッッッ!!!!!」
アンナベリーは開始後、すぐにぐっと拳を握った。
すると彼女の全身が蒼い炎に包まれた。
爆発的に魔術エネルギーが上がったのを誰もが感じ、激しいプレッシャーに押しつぶされそうになった。
「ぐっ!! げっ!! アレが俺の新技のブルー・ファングの元ネタとなった魔術だ。フィジカル面において全てが超強化される上に炎属性もまとっている!! そして、アレをやる気だ!!」
浄化人は小柄な体格がウソのように巨大な大剣を軽々と振り抜いた。
金色の美しい文様が刻まれて幅広な形状をしている。
「フフフ……お魚さんは丸焼きが美味しいわよね……」
アンナベリーは毒々しいオーラを放ってニタリと笑った。
「行くわ!! 疾駆滅骸!!!!!」
彼女は大剣を突き出すとものすごい速さで炎をまとった突進をしかけた。
壁に到達すると今度はスキを見せずにまた別方向へと突っ込んでいく。
それを繰り返していくとみるみる試合会場は蒼い炎で炙られ出した。
直接攻撃せずに蒸し殺しにしようという魂胆である。
観客席の温度もぐんぐん上がっていく。
「えー、ただいま冷却魔術を展開します。もうしばらくお待ちください!!」
司会のドカは焦りながらそう報告した。
「ウィナシュ先輩!!」
アシェリィは顔を手で遮って熱を避けた。
人魚は容赦なくあっけなく焼き魚になってしまった。みんながそう思った。




