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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter6:魔術謳歌
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海藻ベチャベチャ!! サモナーズ・ブック

いつもの人のいない防波堤ぼうはていに向かうと海面からチャプンと黒髪がヌーっと現れた。


ウィナシュ先輩がやってきた。初めて見たら不死者アンデッドかと思える不気味さだ。


そのわりに顔は美人なのだから普段の振る舞いをなんとかすればとアシェリィとしては思うのだが。


そんなふうに思われているとはつゆ知らず人魚は半身を海面に出した。


「よぉ~し。静と動のコントロールはこんなもんでいいだろう。これはピンチのときほど重要だから、いざというとき無茶な行動をとっていないかと常に自分をうかがってかかることだね。にしても集中コンセートレートばっかの地味で退屈な修行によく耐えたなぁ。まぁ命には変えられないし、それで正解なんだけどさ」


なんだかんだで放課後は2週間も長時間の瞑想メディテーションしていたことになる。


「ほら。もう竿ロッドにぎってもいいよ。手のマメはえてるだろうし」


そう言われて相棒のスワローテイルⅢ型を握ってみる。痛みや違和感はない。


「そういえば、ウィナシュ先輩が竿ロッド使ってるの見たことないんですが……」


ふと疑問に思ったことをアシェリィは聞いてみた。


「高価だから普段は隠してる。ここだけの話だけど龍のツノを使ったドラグナム・オーシャンってやつなんだけど」


それを聞くなり、アシェリィはびっくりして目をまんまるにした。


「どっ、ドラグナム・オーシャン!? あの小国家くらいなら買える価値のあるっていう……ぶっふ!!!」


人魚は尻尾しっぽを振ってアシェリィに勢いよく水を浴びせた。


「あのねぇ!! そんな宝物がバレたら変なのに狙われかねないだろ!! 弟子のつもりで信頼して教えたんだから勘弁してよ。ハァ、まぁ口を滑らせた私が悪いか。命より大事なお宝なんだから二度と口外こうがいしないでね。じゃないと絶交だから。まぁ誰かが取りに来たら来たでギッタギタに返りちにしてやるけど」


ウィナシュはさらりと物騒ぶっそうなことをつぶやいた。


そんなやりとりをしているとキュワァがやってきた。


「つりねーちゃん、へんなやつ、おもしろい。きょうもキュワァ、あそぶ」


モグラの亜人の少女はアシェリィが集中コンセントレートに打ち込んでいる間、人魚の遊び相手をしていた。


釣りテクニックをみがきたいのにロッドをにぎることも許されず、眼の前では着実にキュワァが上達していく。


まるで謹慎きんしんを受けていたかのような少女にとってこれほどもどかしいものはなかった。


「よーし!! 私も頑張るぞぉ!!」


マーメイドの先輩は防波堤ぼうはていに近寄ってきた。


そしてキュワァの見るからに粗末そまつ竹竿たけざおの先からルアーを外した。


「ここポイントだぞ~。このモグラっの釣り竿はお世辞せじにも質がいいとは言えない。では、そこそこ高級なロッドを使うアシェにこれをくっつけてみよう。いくぞ~……それっ!!」


アシェリィは身構えていたはずだったが、小さなシルバー・アンカーに引っ張り込まれて海中へしずんだ。


すぐにウィナシュが引き上げに来てくれた。そのまま両手で押し上げて陸地に乗せる。


「まぁそんなこったろうと思ったよ。キュワァとアシェの差ってなんだと思う? 人種? ちから? 体格? 釣具つりぐの質? どれも違うのがわかるだろ? そりゃ釣具つりぐが良ければ限界値は大きく伸びるが、基礎が出来てなきゃ真にポテンシャルを引き出すことは出来ないよ」


ここでいう基礎とは何の基礎なのだろう。


そう未熟者は疑問に思って、もしやと考えて口に出した。


「ウィナシュ流みたいな釣りテクニックがあるんですね!?」


「ぷくくくく…………」


人魚は吹き出しそうになって笑っている。


「はは……無い!! そのネーミングセンスは無い!! ハッキリ言っとく。そんなものは無いよ。そりゃ腕を買われてフィッシングのサブクラスに呼ばれることはあるが、釣りの技術は完全な我流だよ。だから知識面だけしか教えてない。キュワァには実技のほうをちょちょいっとそれを教え込んでみた。ただそれは完全に我流で名前もつけてないよ」


亜人種あじんしゅはともかく、この見た目で学院内をうろつく許可が出るのだろうかとアシェリィは首をかしげた。


まぁこれくらいなら珍しくもなんともないかと1人で勝手に納得して終わった。


一方、隣でモグラ少女が魚の入れ食いで歓喜かんきしている。


「ジュリスくんからいろいろ聞いたけど、アシェってば召喚術師サモナークラスなんじゃないか。それが絶望的に釣りの特技とみ合っていない。それこそラインが途中で抜けてるようなもんだよ。そういうのは先に言ってほしかったな。前に召喚術師サモナー戦竿いくさざおを使ってた子の時に編み出した術式をサモナーズブックにインプットすれば肉体フィジカルエンチャント出来なくても釣具を介した能力は上がると思うよ」


ウィナシュは勢いをつけて防波堤ぼうはていの上に乗った。


下半身の魚部位のウロコがキラキラときれいに光る。


ついでに上半身もわがままボディだった。


こう見ると本当に彼女がマーメードであると実感させられた。


「あ~、あと、できればでいいから頼みたいことがあるんだよ」


アシェリィは不思議そうな顔をした。


「せっかくだし、この機会に全面的なギブ・アンド・テイクで釣り人としての仲間に入らない? もう既に何人か居るんだけど。活動日時とかノルマは自主任せ。たま~に集まって釣りトークしたりするんだ。海は私達が想像している以上に広いぞ~。私は夜に見える銀河を泳ぐ獲物が釣りたい。それには1人だけじゃ到底かなわないからな。どうだい? 面白そうだろう?」


やっぱりウィナシュはぶっ飛んだ変わり者だった。


「案外、宇宙にラインを垂らしたら異星人いせいじんがひっかかったりしてな。まぁリッチーとかのほうがよっぽどヒカガクテキだけどさ」


アシェリィも大概のもので、フロンティア精神全開でその話に乗っかった。


「あ、いいですね!! それ。面白そうじゃないですか。私も銀河で釣りしてみたいですよ!!」


人魚の先輩は髪をかきあげてまぶしそうに今は見えない銀河を追った。


その見た目は女子でもれ込みそうなくらい美しい顔つきだった。


そういえば人魚族はエルフと同じく美形揃いとのもっぱらのうわさだが、どうやらそれは事実だったようだ。


「決まりだな!! さっそく特訓を始めようか。キュワァが退屈そうにしてるからな」


釣りの師匠は腰のバックから海藻を出した。


「これは……水中で文章のやり取りなどに使用される藻紙もしですね? 海底にあるうちは普通の海藻ですが、陸に上げると文字が浮き出るっていう……」


ウィナシュは肩をすくめた。


「はぁ~。さすが冒険者イクスプローラーさんは知識が豊富なようで。でも実物を見てみるまでは疑ってかかること。これ超大切だから覚えときな。あ、それを試す前になんかルアーをつけて適当に素振すぶってみ」


釣り後輩はオルバ師匠のモルポソの鏡との戦いを思い出して竿を振るった。


「う~ん……よくそんなんで今までやってきたよ。召喚術サモニングに関しては私はさっぱりだが、少なくともその釣りテクに関してはひどすぎるとしか言いようがない。いや、テクというかやっぱりサモナーズブックのパワーがダダれなんだよ。ほとんどロッドに行ってない。マナの自動消費モードに頼りすぎだ。ただ、落ち込む必要はなくて、前の子もそうだった。だからその藻紙もしを本にくっつけてみ」


アシェリィは気持ちが落ち込んだが、可能性にかけて術式の書かれた海藻を自分の本にグッっと押し付けた。


サモナーズブックの他のページにも染みて緑色がベタァっと伸びる。


「ああ!! うわぁ。大事に使ってきたのにぃ……」


少女は大事に使ってきた本がゲドゲドになり、四つんいになってしまった。


その間に人魚はアシェリィのラインの先にルアーをくくりつけた。


さんざ彼女を海に叩き落としてきた悪名高きシルバー・アンカーである。


「ほら!! それくらいでクヨクヨしない!! 竿を持って立ち上がって……構える!!」


その指示に少女はサモナーズブックを腰にくっつけ、歯を食いしばって立ち上がった。


「うわっ!! うぐぎぎぎぎ……お、重い!!」


「構え出来てるぞ!! でもまたちからが入りすぎてる!! もっとこう、むにゅ~んってするんだ!! むにゅ~んって!!」


わかりそうでわからないアドバイスが入る。


「あ、ちなみにキュワァはそれと同じ重さのルアー使ってるから。かなり成長が早くてな。さすがにこのはあちこち引っ張り回す気はないけど。楽しそうに釣るんだわこれが」


キュワァは完全にコツをつかんだらしく、重いルアーをポンポコ投げるし、大物を釣ってはリリースし遊んでいた。


「うっそでしょ!? 滅茶苦茶に重いです、これ……どうやったらあんなふうに?」


防波堤ぼうはていに尾っぽを垂れたウィナシュは小難こむずかしげな顔をした。


「う~ん……。慣れかなぁ。その術式を一緒に編み出した生徒の子も最初はそんな調子だったし。あ、あとその方法はマナの放出、発現が出来ないっていう召喚術師サモナー固有の弱点を補うことができるよ。ただ、ブックから手、リールからロッドを経由する必要があるから燃費が悪いんだ。連日で特訓する気なら寒色系のpotポット必須ひっすだね」


しばらく構えていただけなのにアシェリィはいつくばっていた。


「ゼェ……ゼェ……そういうのは先に言ってくださいよ……」


「そら!!」


水辺の先輩は円形フラスコの水色potポットを投げてくれた。


「これは初回サービス。2本目からは39,800シエールね」


なんとかアシェリィは回復薬を手繰たぐり寄せて一気に飲んだ。


「た、高っ……。ボッタクリもいいとこですよ……」


気づく頃には夕暮れ時になっていた。


「くろかもめ、なくから、かえる。あしぇ、かえる。へんなねーちゃん、ばいばい」


結局、その日はキュワァの肩をを借りてなんとか寮への帰り道についた。


「あしぇ、あした、つりたいけつする。たのしみ」


リボンをつけた彼女は無邪気むじゃきに笑っていたが、どう考えても勝てそうにない。


だがフィッシングフレンズであり、ライバルとの対決となるとアシェリィは闘志が燃えてきていた。


普通、勝負事に負けると悔しかったりつまらなかったりするものだがキュワァとの釣りバトルは負けても楽しい。


それが一層、人間の少女のモチベーションへと繋がっていった。


「よォし!! キュワァちゃんに追いつくぞ~!!」


瞬時にロッドを折りたたんで背中側の腰にさすと重い足取りでアシェリィは自室へ帰った。


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