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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter6:魔術謳歌
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アシェと呼ばれて

人魚マーメイドのウィナシュ先輩はニタニタと笑いを浮かべていた。


「おぉ~。マジだよ。超レアってウワサのエサ、7つ色ワームだよ。探し回っていたけどまさかこんなところでお目にかかれるとはねぇ……」


恍惚こうこつとした表情を浮かべる彼女にワームを渡したキュワァは言った。


「けいこ、つける。やくそく、まもる」


我に返った人魚はポーチにエサをしまうと別のポーチから銀色のルアーを取り出した。


「わかったわかった。ほい、これ。シルバー・アンカーってルアー。どんなに大きな獲物がかかっても釣り上げられない、あるいは拘束こうそくできないことには意味がない。まずはその重いルアーを使って大物を引き寄せる練習をすること。あとはそのルアーを投げることによって投げる飛距離の訓練もできるはずだよ。じゃ、ルアーつけるかんね」


ウィナシュはアシェリィの構えた釣り糸の先端にシルバー・アンカーをくっつけた。


「うおあぁぅっぷぅ!!」


あまりのルアーの重さに釣りガールは海に引きずり込まれてしまった。


命の危機を感じて反射的にスワローテイルⅢ型のロッドを離してしまう。


「あッ!! 私の大事なロッドが!!」


もぐろうとする彼女をウィナシュは止めた。


「あんたの力じゃ無理だろう。引っ張り上げてきてやるから待ってな」


1分と経たないうちにマーメイドは戻ってきた。


「あ……あんなに重いのに……。しかも恐ろしく速い……むあっぷ!!」


先輩は尾ひれを振ってアシェリィの顔面に水をかけた。


「まぁ、こんな体の作りだし泳ぐのは朝飯前だね。それにしてもこれじゃ先が思いやられるなぁ。バカ正直に竿さおにぎってない? ちょっとしたコツをつかめばそこまで力は要らないと思うんだけどな……。ほら、あたしの組んだ手に乗って!!」


アシェリィが立ち泳ぎでウィナシュの両手の上に乗るとうまい具合に防波堤に打ち上げてくれた。


「あ~あ。Tシャツぐしょれですよ。下はこんのハーフパンツだからいいものの……」


今度は麦わら帽子が海面から飛んできた。


「下着がけたくらいで騒ぐんじゃないよ……」


人魚は自分の赤く透けた下着を指さした。


「まぁ、これは水着だから。あしぇのほうが恥ずかしいってわけだ」


なんだか無性むしょうに恥ずかしくなってアシェリィは赤くなった。


「たっ、大差あります!! ありますってばぁ!!」


ジュリスはその様子をそばで見守っていた。


(ミントブルー……か。スポーティーなイメージどおりだな)


彼女が居てもこういうところは見過ごせない。悲しい男のさがだった。


視線に気づくとスケスケの女子は振り向いて、腕を上下に揺すって恥じらいの仕草をみせた。


「じゅ、ジュリス先輩!! 見ないでくださいよ!!」


ウィナシュはなんだか満足げに首を縦に振った。


「う~ん。これはこれは。最初はめんどくさかったけど、これはいじりがいがあるかもしれないね。ジュリスくんは小生意気こなまいきだったけど、こっちは可愛い後輩って感じだし。うん。悪くないね。うーっし。もう何本かやってみよう。海に引きずり込まれそうになったらすぐに手を離すこと。そっからちっとずつルアーを軽くしていく」


アシェリィは竿ロッドにぎり直すと中腰ちゅうごしで力を入れた。


「あー、それだそれ。その変なりきみ、良くないね。もっとこう……ふわっとした感じで構えてみたら?」


重いものを支えるはずなのにふわっというのはどういうことなのだろうか?


きっとこれは天才肌たんさいはだによくありがちの本人しか感覚がよくわからないパターンのアレである。


「う~ん。やっぱ予想通りだなぁ。ウィナシュ先輩、変わり者だから何言ってんのかわかんねぇことがしょっちゅうあるんだよなぁ……」


そうつぶやきながらジュリスは透けた下着から視線をそらした。


何度も海に引きずり込まれているうちにだんだんとルアーの重みにアシェリィに慣れてきた。


さすがに最初と同じ重さとまではいかないが、かなり重量のある疑似餌ルアーを構えられるようになった。


「ふ~ん。まずまずじゃない? それで投げてみて。重さの加減はこんなものだろうからあとはこれで投げに耐えられるかだね」


アシェリィは大きく腕を振りかぶった。後方に重心が持っていかれたが、こらえて大海めがけてシルバー・アンカーを投げつけた。


リールからラインがものすごい勢いで引き出されていく。


だが、彼女は足元を取られて勢いがついたまま防波堤ぼうはていそばの海面に落水らくすいしてしまった。


「ふっ……ぶわぁ!!」


ウィナシュは手を組んでアシェリィを下から押し上げてまた陸地へ押し戻した。


「ロッドは拾ってくるから。あっ、別に諦めてもいーんだゾ~。ギブアップするってのは恥ずかしいことじゃないからね」


首だけ出してマーメイドの先輩はニタリと笑った。


だが、アシェリィは水を絞りながら首を左右に振った。


「そんな!! せっかくの、キュワァとジュリス先輩とウィナシュ先輩のくれたチャンス!! 諦めるわけにはいきません!!」


人魚は目線を泳がせた。


こうして数日間、重いルアーを投げては引いてはのトレーニングが続いた。


特訓は雨の日も続いた。


アシェリィのこぶしはマメがつぶれて白いテーピングが赤く染まっていた。


「お~い。カゼ引くぞ~。今日はそろそろに終わりしない? 必死でやればいいってもんでもないよ~。緩急かんきゅうつけないと」


そのアドバイスに熱心な教え子は答えた。


「後少し!! 後少しでつかめそうなんです!!」


その一言にウィナシュは危機感を感じていた。


(こののこの勢いは彼女自身を殺しかねないなぁ。ハッキリ言ってやるべきだな)


彼女は一気に海にもぐると泳いですぐに竿ざおを構える少女の脇に座った。


「あのね、アシェ、まだあなたとは会って間もないけど、あなたはどうも無茶しすぎるきらいがあるよ。そのペースで冒険なり修業なりしていくと早死はやじにしかねない。っていうか私が見るにかなり早死はやじにしちゃうと思う。はやる気持ちもわかるけど、死んじゃったらどうしょもないよ。自分をセーブする感覚を身につけないと。きっと師匠とかにも似たようなこと言われてるでしょ?」


言われてみれば似たようなことをさんざんオルバ師匠せんせいに口をっぱくして言われていたはずだ。


夢中になるとついいつも忘れがちになってしまう。こんなに大切な教えにもかかわらず。


「う~ん、見てておっかないんだよなぁ。命を削る事をこわがらない気質きしつっていうかさ。やっぱ命は大事にしたほうが良いって。……っていうか、これが守れないうちは稽古付けいこつけてやれないね。私の教えた釣技ちょうぎで死なれでもしたら後味が悪すぎるし、あなたの師匠にも申し訳ないしね。まずはその平気で危ない橋を渡るクセをなんとかしようかね。とりあえず今日はもう帰りな」


言いつけを素直に聞いてアシェリィは寮に帰った。


気づくと体中ビショビショで体が冷え切っていた。


バスタブに入ってリラックスし、ウィナシュから受けたアドバイスを身にすり込むようにしてくつろいだ。


反省しつつも、彼女はめげることはなかった。


翌日はジリジリと日光が照る晴天だった。


いつもの防波堤ぼうはていに座り込んでいると釣りの先生がやってきた。


「よーっす。アシェ、いきなりで何だが、ここんとこ実戦や戦いの修行ばっかやってたでしょ?」


言われてみればオルバ師匠せんせいとの鏡の実戦訓練に遠足とここのとこ激しい戦いが耐えなかった。


「あのね、物事にはバランスってものがあって実践訓練ばっかりやってて伸びるかって言うとそうでもないんだなこれが。動と静のバランスが大事なの。わかる? まぁわかんないからそんな無茶なスケジュール組むんだろうけど。どうせ今日からまた釣りの練習だとか思ってたんだろうけど、ここで静を挟むよ。ロッドには一切手を触れず、集中コンセントレートね。あ、日陰ひかげで座った姿勢でいいから」


その近場の物陰からジュリスがアシェリィの静の修行を見守っていた。


(やっぱりウィナシュ先輩がピッタリだったな。俺はどっちかって言うと熱がこもるタイプだからアシェリィの教え手としての相性は悪い気がするからな。その点、どっか抜けてるウィナ……いって……)


ほんの小さな小石が彼のひたいにぶつかった。


(あっいつつ~!! 相変わらず地獄耳じごくみみかよ!!)


青年は足早にその場を撤退てったいした。


(さて、次はフォリオでも見に行ってやるとするか。シャルノワーレとイクセントの関係については……。あえて言及げんきゅうしないでおくべきか。なぜだか地下病院で俺が気絶し続けてた前提ぜんていで話が進んでるんだが、釘をさしておかなくていいのかね? あちらさんもさすがに気づいてねーってわけじゃねぇ気がするんだが。まぁ俺にとっちゃあ得にも損にもならん話だからな。とりあえず様子見だな)


紅蓮色ぐれんいろの制服の先輩が去ってアシェリィが瞳を閉じるとしずかな波の音と、カモメの鳴き声が心地よく響いた。


(ふ~ん……。集中力がないってわけでもないのか。無謀むぼうなところをなんとかできれば悪くないかもね)


相手の様子をよく観察すると人魚はアドバイスを加えた。なんだかんだでノリ気になってきたらしい。


「アシェ。あんたみたいなタイプは冒険や修行が終わると冷静さを取り戻すんだけど実戦がはさまるとすぐに湯沸ゆわかし器みたいにテンションが急上昇しちゃうんだよ。勢いづいたときが一番危険で、命をリスクにさらしかねない。だからまずはしっかりバランスをつかむことから始めないとね。それと、人の意見にはもっと耳をかたむけることだね。こりゃきっとあなたの師匠は苦労してるとおもうよ……」


弟子入りした少女は目線をそらした。


「す、すいません……」


黒い前髪をじっとりと垂れたウィナシュはそれをかきあげて不敵に笑った。


「そこ、あやまるとこじゃないね。もしあやまるとすれば無茶して死んじゃったりした時にだな。ま、死んじゃったらあやまるもなにもないけど。ニッシシ!!」


自信ありげな笑みを浮かべる先輩にアシェリィは実力とカリスマじみたものを感じた。


「はいッ!!」


ファイセルと同じくしてアシェリィも第2の師匠と巡り合った。


もっとも彼女が師匠に足る人物かどうかといえばまだ謎は残るのだが。


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