狂喜乱舞のマーメイド
今日もミナレートは真夏の日差しだ。
麦わら帽子をかぶってアシェリィは寮をでかけた。
なんでもジュリス先輩が釣りの達人だという”ウィナシュ先輩”を紹介してくれるという。
前回のジャングルではうまいこと釣り竿を活かすことが出来なかった。
肝心のサーディ・スーパを取り逃がしてしまったわけだし。
これは召喚術とともに課題の1つとなっていた。
そして、釣りといえば親友を連れて行かない訳にはいかない。
彼女は釣りスポットの1つであるいつもの岬に寄ってその名を呼んだ。
「キュワァ。キュワァちゃん、居る?」
防波堤の陰からモグラに近い亜人がひょっこり顔を出した。
「あしぇのねえちゃんおひさ。きょうはなにする? つりたいけつ?」
アシェリィは屈んで彼女と視線を合わせると首を左右に振った。
「ううん。今日はタイケツじゃないんだ。なんかスゴい釣り人がいるって聞いてね。キュワァちゃんもキョーミあるかなって」
それを聞いて亜人の少女はにっこり笑った。
「スゴいつり、みてみたい!! キュワァもいく!!」
目をキラキラと輝かせるキュワァを微笑ましく思って緑髪の少女も期待を高めた。
「じゃ、いってみよ~!!」
「お~」
キュワァはまるでモグラが二足歩行しているような見た目の亜人だ。
身長はかなり小さく、5~6歳の女の子程度の大きさしか無い。
それでいて、釣りがとても得意で大きな魚も釣ってのけるやり手だ。
魚を引く時の力のかけかたとか、バランス感覚が絶妙のように思えた。
アシェリィも見よう見まねで動きを取り入れたりしているがサッパリだ。
2人は手をつないで海岸線を歩いた。
途中、恋人岬の入り口を横切った。
ここは待ち合わせ場所にはピッタリだが、こんな場所で待ち合わせたらどんな恋愛トラブルになるかわからない。
そのため、いつもジュリスが居る人手の少ない防波堤へとやってきていた。
「よぉアシェリィ……とそちらの方は?」
ザティスは相手を怖がらせないようにしゃがんで声をかけた。
こういうところは気が利くなぁとアシェリィは感心していた。
キュワァは少女の陰に隠れながら名乗った。
「キュワァ……キュワァ、いう。あしぇのつりともだち」
言わんとすることが伝わったのか、ジュリスは返事を返した。
「そっか。俺はあしぇのセンパイのじゅりすだ。よろしくな」
彼が手を差し伸べるとキュワァもその手をかるく掴んだ。
「しかし、おっかしいなぁ……。ウィナシュ先輩とは確かにここで待ち合わせしたんだが……。あ、アシェリィ、お前、なんか変わったエサつけて釣ってみ。ひっかかるかもしんねぇ」
釣り竿にひっかかる人ってどういうことなのだろうか。
アシェリィは疑問が晴れないまま、とりあえずキュワァに教わったエサの幻魔をくっつけて海面へと投げてみた。
すぐに反応があった。しかも大きい!!
「!! ぐぬぬぬぬぬぬっっっ!!!!!」
釣りガールは全力で竿を引き上げ、リールを巻いた。
格闘すること数分間、それはザバッっと大きな音を立てて飛び出してきた。
上がってきたものは人の形をしていた。頭には海藻がからまっていて、服を着たままだった。
力なくブラーンと上半身を垂れて水から半身を出している。
「きゃ、きゃあああああああ!!!!!! 水死体、釣っちゃった~~~~!!!!」
アシェリィはパニックに陥ったがすぐにジュリスが彼女に声をかけた。
「おい。よく見ろ。生きてるって。あれがウィナシュ先輩だよ……」
釣り上げられた人物は頭にからまった海藻をつかむとそれを放り投げた。
「ジュリス君の頼みだっていうから来てみたらこの程度なんじゃな~い……ムダ足だったわね~……」
あまり乗り気でなさそうなウィナシュにジュリスは突っ込んだ。
「そうは言われてもちゃっかり釣られてるんじゃないですか……。まんざらでもないんでしょう?」
黒い前髪がだら~んと垂れて不気味に顔が隠れたジュリスの先輩は髪の毛をかきあげた。
その素顔はとても美人で思わずアシェリィは思わずポカーンと口を開けてしまった。
よく見ると着ているTシャツは透けていて、真っ赤な水着があらわになっていた。
「ジュリスくんのえっちぃ!! いまどきホタテ貝のブラなんかしてるわけないでしょ!! ほっ!!」
彼女は自ら水中から防波堤へと飛び出した。
驚くべきことにウィナシュの下半身は人魚だったのだ。
美しいピンクのウロコが日光に反射してキラキラきらめく。
「まっ、人魚!? マーメイドなのに魚釣り!?」
彼女は濡れたTシャツの裾を絞って水気を切っている。
ジュリスは慌てて後輩の口をおさえた。
「もご!! もご!!」
「バッ、バカ!! それは禁句なの!! えへ、えへへ……先輩、悪気はないんです。聞き流してやってください」
アシェリィもモゴモゴ言いながら頭を何度か下げた。
「あなたがそれなりに出来るのは認めるわ~。でもねぇ、私の貴重な釣りの時間を割いてまで稽古をつけてあげる義理はないの。たとえジュリスくんの頼みでもこればっかはね~」
ジュリスとウィナシュの関係に疑問を持った後輩はそれに関して背後の先輩にこっそり尋ねてみた。
(ジュリス先輩とウィナシュ先輩ってどういう関係なんですか?)
塞いでいた後輩の口から手を離すとジュリスは語り始めた。
「ウィナシュ先輩は俺が中等科んときのセミメンターでな。今は卒業してリジャスターとして活動してるんだ。こう見えて滅茶苦茶に強い。今の俺でも歯が立たないと思うぜ。釣り竿さばきに関しては学院屈指の腕前だ。そこらへんを見込んでアシェリィの弟子入りを頼みに来たんだけどなぁ……」
紅蓮色の制服の先輩はリジャスターの先輩にチラッチラッっと目線をやった。
「ハァ……。あなたになんて負けたらおしまいよ。それに、おだてても乗らないわよ。繰り返すけど私にとって釣りより重要な時間なんて無いんだから」
ウワサには聞いていたが、かなり変わり者のようである。
「お、おお!?」
その時、彼女の目の色が変わった。
「そこのモグラの亜人ちゃん、いいエサ持ってるねェ!! 私に見せてくれないかな!?」
ウィナシュはやや興奮気味である。
「キュワァのことか? そら」
彼女が短くて可愛らしい手を差し出すとそこには虹色に輝くミミズがピタピタと跳ね(は)ていた。
「こっ……これは!! かなりレアなエサ、7(なな)つ色ワームじゃない!! こっ、これをどこで?」
必死の形相で人魚は質問した。
「これ……キュワァたちよくみつける。べつにめずらしくない」
亜人特有の鼻が効くとでも言うのだろうか。そういったニュアンスで彼女は答えた。
「お、お金は……いくらでも払う。だからそれを譲ってくれないかな。でゅふ……でへ……でぇへへへへ」
ウィナシュ先輩の表情は完全に緩みきっていた。
欲望に忠実な様子を隠すつもりはさらさらないらしい。
それに対し、キュワァは首を横に振った。
「おかね、いらない。かわりにあしぇにけいこつける。やくそくする。そーすればこれやる」
正直、どこまでキュワァが話の流れを理解しているのかと思っていたアシェリィはこれに感動してモグラ少女に抱きついた。
「キュワァ!! ありがとう!! いいの? 私のために……。だってこれ貴重なんでしょ?」
亜人少女はギュッと抱きしめられてもがいていた。
「あしぇ……ちょっど……ぐるじい……」
慌ててアシェリィは彼女を握る腕を緩めた。
「あ、ゴメンゴメン……」
アシェリィはこどもをあやすかのように彼女の頭をなでた。
気持ちいいのか、キュワァは心地よさそうにしている。
ニコニコしながらモグラの亜人はピョコピョコとジャンプした。
「さっきも、いった。キュワァたち、よくこのエサつかう。そんなに、とくべつなものでない。あしぇにきょーりょくするなら、いくらでもやる」
ウィナシュの様子がおかしかったのでジュリスは彼女の顔を覗き込んだ。
「せ、先輩?」
突如、ウィナシュ先輩は叫んだ。
「うっそぉ!! 超ウレピー!! ありえなーーーーーい!!!!!!」
彼女は大量の鼻血を吹き出しながら仰向けに海に飛び込んでいった。
「ブシャアアアアアアアアッッッ!!!!」
海がどす黒く染まっていく。
全く別人のように彼女のテンションはうなぎのぼりだった。
「じゅ、ジュリス先輩……。ウィナシュ先輩っていつもあんな感じなんですか? わ、私、なんか不安になってきました……」
紅蓮の制服の青年は腕を組んで首をかしげた。
「……だよなぁ。俺も最初に会ったときはそう思った。ホントにこんなんで大丈夫なんかよって思ったよ。マジで」
ゴポゴポと音を立てながら首から上を水面に出した人魚は文句をたれた。
「あら……。聞こえてるわよ。2人、揃ってずいぶんな後輩達ね。別に調子に乗るわけじゃないけれど、それ相応の実力はあると思ってるんだけど?」
特に殺気を放っているわけでもないのだが、彼女のプレッシャーは凄まじかった。
「うっ!!」
「あわ……あわわ……」
ウィナシュは更に浮上して拍手を送った。
「あら、ジュリスくんだいぶやるようになったわね。そっちの、え~、アシェは全然ダメ。釣り竿に関しては1から鍛え直し」
独学だったので仕方ないと言えば仕方ないが納得がいかない。
「そんなぁ!! これでも必死にテクニック本とか読んで!! それに私、アシェじゃなくて、アシェリィです!!」
ウィナシュは煙たげな仕草で顔の前で手を払った。
「あー、うるさいうるさい。そんな小手先の本じゃどうしょもないの!! あと、めんどくさいから呼び名はアシェで決定。先生の命令は従うこと!! 以上!!」
話が落ち着いたかどうかといったところでキュワァは7(なな)つ色ワームを人魚に投げた。
「うっひょぉ!! たまんねぇ~!! これなら海中の龍族とか釣れるんじゃないかなぁ!! ワクワク!! ワクワク!!」
ジュリスもアシェリィも完全においてけぼりだ。
「このみみず、まだたくさんある。あしぇのけいこつけたら、もっとやる」
魚釣り人魚は狂喜乱舞して何度も海面を跳ねた。
さすがにやりすぎたらしく、暴れ人魚出没と噂になってしまったが。
こうして人気の少ない場所でウィナシュによる釣りの特訓が始まるのだった。




