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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter6:魔術謳歌
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デビルズタングの早とちり

ザティスとネーラーは無事ミナレートに到達した。


「ゼェ……ゼェ……さすがに疲れたな。こりゃしばらく筋肉痛が抜けねぇな……。でも予告より半日早く到着だぜ。よっと」


肩から降ろされたネーラーはコイのように口をパクパクした。


「ウソでしょ……。こんなに早くミナレートに着くわけがないじゃない……。でもコンパスは間違いなくミナレートをさしてるし……。……バケモノだわ……」


茶色の短髪の青年は不機嫌そうに腕を組んだ。


「あのな、誰のおかげで無事にソエル大樹海を抜けられたと思ってんだ。アンタの実力じゃ危ないとこだったんだぞ。それをバケモノ呼ばわりとはあんまりじゃねーか?」


今までザティスの実力を疑っていたというのと、彼の失礼な態度が邪魔をして彼が助けてくれたという事実をネーラーは忘れていた。


「あ……わたし……ごめんなさい……」


学院生は怪訝けげんな顔をした。


「ハァ? アンタいきなりなんだ? 気づかなかったが来る途中に頭でも打ったか? 急にしおらしくなっても本性はバレてんだからな」


ネーラーは必死にその場の怒りを収めようとして話題を変えた。


「ま、まぁそう言わずに。長旅で疲れたでしょう。お夕飯はあたしがおごってあげるわ!!」


ザティスはワシャワシャと頭をいた。


「まったく。つかみどころがねーっつかなんつーか。アンタ……金もってんのか?」


「あっ、あたしを何だと思ってるのよ!!」



疑り深い青年は目を細めた。


「……食い逃げはゴメンだぜ。お言葉に甘えておごってもらうことにするわ。安い飯屋、紹介してやるよ。そうすりゃ俺もアンタも後腐あとくされなしだからな。まぁ全くもって割に合わねぇ報酬ほうしゅうだが……」


ザティスとネーラーは大通りのルーネス通りを歩いていった。


「アンタ、ミナレートは初めてか?」


学院生が問いかけると流れの斥候スカウトだか地図製作者マッパーだかは答えた。


「うん。初めてだよ。いつも常夏だとはウワサで聞いていたけど本当なんだね。今の時期、他所よそは結構寒いはずだよ。それに思ったより繁栄してるね。王都といい勝負なんじゃない?」


先を行く青年はうなづいた。


「暮らしやすさと娯楽ごらくじゃ多分ミナレートが上だな。だが、王都には政治局、魔術局、そばに教会……カルティ・ランツァ・ローレンとかもあるからな。どっこいどっこいってとこか。ほら、着いたぜ」


ザティスは店の看板を指差した。黒いタイニーデビルが舌を出したイラストだ。


「あ……悪魔のベロ~デビルズタング~? ここゲテモノ屋じゃなくて? そもそも何屋?」


「知らんのか? 最近、流行りなんだぜ。悪魔類のベロを焼いて食うんだよ」


ネーラーは顔色がすぐれない。


「皆、平気で虫とか昆虫を食べてるけどアレおかしいよね。これもヘンだと思うんだけどなぁ……」


ザティスが背後からにじりよって女性の後頭部に軽くチョップをかます。


「あだっ!!」


「虫とか昆虫が嫌いとかどこの未開土地のヤツだよ。好き嫌いしてるとでかくなれねーぞ。食ったことねーならチャレンジチャレンジ。ほら、行くぞ」


半ば押されるようにしてネーラーは入店させられてしまった。


一方、その頃、ザティスと同じく元ファイセルのチームだったヒーラーのアイネは友人2人をともなってたまたま悪魔のベロで食事をしていた。


「休みの終わり際まで不死者アンデッド退治で大変でしたね……。東部はまだあちこちに荒れ地が残っているのですね……」


金髪でバツグンのスタイルの癒し系美人がアイネである。


「ふむ……東部は教会の力も弱いからな。それに以前よりは減っているが、下手すれば中央エリアにも荒れ地が出現しかねない」


こちらはショートカットでアイネより色の濃い金髪をした男勝りのフォルケだ。


「今回は戦闘もヘビーだったねぇ。アイネがいなければ大怪我おおけがをしていたのは間違いないよぉ。それにしても不死者アンデッドを鈍化させる唱歌シンギングには毎回、聞きれるねぇ」


無邪気でブルーベリー色の長い髪をしたほうはランチェルという。


今、この3人はフォルケをリーダーとして対・不死者アンデッドクラスに所属しているのである。


2週間前まで現地実習で東部の荒れ地を浄化ピューリファイする課題をこなしていたのだ。


ザティスとネーラーはこれまた偶然にアイネ達のとなりの座敷ざしきに上がり込んだ。


ついたてがあって、隣の仕切りの様子はわからないようになっている。


声が聞こえるかどうかといったところだったが、夕食時の悪魔料理屋はにぎわっていてさわがしかった。


どうやらこのデビルズタングが流行っているというのは本当らしい。


不機嫌そうなネーラーの顔を見てザティスは首をひねった。


「バカにしたのまだ根に持ってんのか? そりゃ確かに年下からコケにされたら悔しいのはわかるが、オトナの女性ってもんはそれくらい許してくれるもんなんじゃねーの?」


助けた女性はうつむいて黙ったままだ。


2人はソフトドリンクをそれぞれ頼むとまた静かになった。


「……許せないの」


ずいぶんと恨まれたものだなと青年はため息をついた。


「許せない。私が無能だと思われるのだけは許せない。そりゃ確かに初歩的なドジをんだけどそれだけで全部の実力を疑われるのは耐えきれない。こちとらプロ意識でやってるんだから」


気まずい空気が流れた。すると彼女が魔紙ましと美しいオレンジ色のオーブを背負っていたリュックから取り出した。


魔紙ましは白紙で何も書かれていない。


「こいつは……もしかして、アンタ、オーブを使った地図製作者マッパーなのか!?」


年上女性はコクリとうなづいた。


「地図の生成は安全な場所でないとできないわ。でも、ここならマッピング出来る。見せてあげる。私が迷ってきた道のりを……」


すると橙色だいだいいろのオーブは宙に浮いて魔紙ましの上でただよった。


すぐにライネンテ南西部とソエル大樹海の東部の地形が立体的に魔紙ましの上に浮き出てきた。


高低差まで再現されていて、ほとんどジオラマのようなものだ。


そのまま地図の生成は続いたが、徐々にオーブが小さくなっていく。


やがてそれは跡形あとかたもなく消えてしまった。


手元には超精巧ちょうせいこうな立体地図だけが残った。


「ハァ!! ハァッ!!」


ネーラーは激しく息を切らしている。


「ど、どう!? ハァ……。ハァーーーーー!!!! 見たでしょあたしのマッピング・スペル!!」


ザティスは想像を超える彼女の実力に驚いた。


「おい……こりゃすげーぞ。完全じゃないとは言え、ソエル大樹海をここまでマッピングした地図……いや、ジオラマはなかなかねぇ。売れば食うには困らないくらいカネがはいるぜ?」


地図製作者マッパーはウインクして人差し指を振った。


「チッチッチ!! 少年にはわかんないかなぁ!! 世界の端から端まで自分でマッピングしてそれをつなげるっていう私の浪漫ろまんあふれる夢が!!」


それを聞いた瞬間、ザティスは真顔になった。


(あ……コイツ、アシェリィと同じ目してやがる……。むしろもっとタチが悪いかもしれねぇ……。なんでこうも冒険者イクスプローラーってのは酔狂すいきょうな連中が多いんだよ……)


青年はあたりざわりのない受け答えをしつつ、オーダーをかけて話を押し流した。


「そ、そいつぁ壮大そうだい浪漫ろまんあふれてんな!! さ、メニュー見ろよ。その大事な地図はしまって。な?」


満足したのか、それ以来、ネーラーは文句や小言を言うことが無くなった。


「あー、じゃあ私、この恋の悪魔のタングで」

「あのなー、普通は複数皿頼んで分けて食うの。じゃあモンキー・デビルと、借金デビー、天使殺しの悪魔の舌をそれぞれ頼む」


そう待たないうちに色とりどりの悪魔のベロが並んだ皿がやってきた。


見た目は他の動物のベロと大差ないが、異様に人間に近いしたはグロく見えた。


2人は炭火をつっつきながら向かい合ってタンを分け合いつつ焼いた。


「うえ~、これ本当に食べられるの?」


ザティスははしで舌をつかんで網の上に置いていく。


しばらくするといい匂いがただってきた。


「ほれ、食ってみ」


ネーラーがおそるおそる悪魔のタンを口にすると彼女は一気に笑顔になった。


「何コレ、おいしー!!」


幸せそうにほほに手をやる。


「俺ばっかに焼かせてねーで、自分で食いたいの焼けよ」


肉をつっつきあうその光景は仲睦なかむつまじく、さっきまでの険悪けんあくな雰囲気はウソのようだった。


それこそ他人から見たらカップルだと思えるくらいだ。


だが、そんなザティスを悲劇が襲った。


「ちょっとお花をつみに行ってきますね」


隣の席のアイネが席を立ったのである。


そのままトイレの方へ向かう途中、すぐにザティスとアイネは目が合った。


「げ!!」


「え!?」


「お?」


自分の恋人が見たこともない女性といい雰囲気に2人っきりで夕食を食べているではないか。


「ま、待った!! アイネ、これは誤解でな。たまたまめぐり合わせっつーかなんつーか、とにかくコイツはなんでもねぇから!!」


事情をよく知らないネーラーは迂闊うかつに口をはさんでしまった。


「ちょっ!! なんでもないってどういうことよ!! 冷たいわね。一応ここまで来た仲じゃない!!」


よりにもよって余計に誤解されそうなめんどくさい発言をしてくれたものだ。


「あちゃ~~~」


ザティスは参ったとばかりに顔を手のひらでおおって天井を見上げた。


アイネは普段は温厚で優しく、よっぽどのことでなければ怒らない。


しかし、一度キレるとそう簡単には許してくれないし、手におえないことも多い。


「……ザティスさん。あなた、15日も新学期開始にオーバーしてからここに着いたんですよね? 私がどれだけ心配したかわかってるんですか? 私達、離れていても互いに繋がっていると思ってたんですが、私の思い違いだったんですね? そうやって素敵な女性と浮気なんかしちゃうお方だったんですね。私、それだけは守ってくれるとおもってたんですが……」


やがてポロポロと彼女は大粒おおつぶの涙をこぼし始めた。


一応、オトナのレディであるネーラーはすぐに状況を把握はあくしてアイネに声をかけた。


「ちょ、ちょっと!! ハッキリ断っておくけど、わたしはザティスさんに命を助けてもらっただけで、恋愛関係どころか、恋愛感情もありません。ヘラヘラしているように見えてザティスさんは芯の通ったしっかりした青年です。だから浮気の心配なんてしないであげて!!」


かなり盛った感はあるが、彼女はその場を上手く取りつくろった。


「あのな、俺が浮気なんてしたこと今まで一度もあったかよ? ……この人の言うとおりだ。お前が居るのにそんな関係になるわけねぇだろ」


青年は苦笑いを浮かべた。


「わ、私、なんて事を……。ごめんなさい……。ごめんなさい!! でも、さびしかったんですよぉ!! ざーでぃ-ずーざーーーーーんんん!!!!」


ザティスの恋人は彼の胸に飛び込んだ。


「あ、おい!! こんなとこでひっつくんじゃね……って、まぁ仕方ねぇか」


騒ぎを聞きつけて隣席のフォルケとランチェルがやってきた。


「なんだザティスか……。相変わらず不釣り合いなバカップルだな」

「まーまー、そう言わずにぃ。恋する乙女ってのはいいもんだにー。アイネの原動力なんだから間接的にあたしたちの恩人でもあるわけだし」


フォルケはあきれてそっぽをむいた。


「なにをバカな事を。それにしても公の場で抱き合うのは理解しかねるな……」


ランチェルはいやらしい目でボーイッシュな女子を見た。


「フォルケ氏もカレシが出来たらかわるんじゃない?」


話題を振られた方は肩をすくめるだけだった。


まだひっついているザティスとアイネにネーラーが声をかけた。


「ザティスさん。なんだかんだでいろいろ文句行っちゃったけど感謝してる。ありがとうね。私はしばらくミナレートに居るつもり。さっきチラシをもらったこの安い宿……アンティカって読むのかな? ここに泊まってると思うから何かあったら連絡ちょうだい。まぁ特に用事はないだろうけどね。2人の邪魔をしちゃ悪いからあたしもう行くよ」


彼らに背を向けて彼女はヒラヒラと手を振って店の外へ出ていった。


フォルケとランチェルもアイネの分の会計をすませて空気を読んで帰った。


「じゃあ、悪魔の舌、焼きますか!!」


「はい!!」


ザティスの笑顔につられてアイネの表情は晴れ渡るのだった。


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