物理的テレポーテーション
ファイセルの元チームメイトで大親友のザティス・アルバールはソエル大樹海で1人修行に打ち込んでいた。
岩の上に座してただひたすらに集中する。
すると頭上から冒険者らしき服装をした女性が降ってきた。
「おああああ!!! あ、あ、アア……キ、キキミ……、わ……いんだだ……けど、しびれ……ど、ひびれど、もってで……てない?」
彼女はビクンビクンと体を痙攣させている。
アシェリィより蛍光がかったライトグリーンの髪色をしている。
体格は小柄だがスタイルはなかなか良かった。
ザティスは立ち上がると呆れたように地べたにおいたポーチの小袋に手を突っ込んだ。
「おいおい。こんな深部まで潜って来てる割に麻痺毒になんかかかってんのかよ。ここは森林公園じゃねーぞ? お・ね・え・さ・ん!!」
そう言いながら彼はおそらく自分より年上であろう女性の口に真っ赤な丸薬を押し込んだ。
「ぐっ!! んぐぅ!! おえっ!! ぷはぁっ!!」
女性冒険者はアヒル座りでペタリとへたれこんだ。
「ふえ~。助かったよ。本当になんとお礼を言っていいやら。お腹へってて、美味しそうなキノコがあったからつい……」
ザティスは首を左右に振った。
「アンタ、マジで冒険者か? 悪いことは言わねぇ。すぐに帰んな。おおかた背伸びしたってとこなんだろうが……っていうかよく今まで生きてたな」
女性は気まずそうな顔をした。
「そ……それが、樹海から出られないっていうか、地図を作りに来たのに迷子になっちゃったっていうか。斥候と逃げ足には自信があるんだけどなぁ……」
学院の青年は呆れ果てて大きなため息を付いた。
「逃げ足は認めるが、道に迷うほどマヌケな斥候なんて聞いたことねぇな」
だがいつまでもこうしてアラをつっついていても非建設的だ。
「俺はザティス。ザティス・アルバールだ。よろしくな」
彼は大きな手のひらを差し出した。
冒険者の年上女性もその手を握りかえして名乗り返す。
「私はネーラー・ピーピル。よろしくね。ザティスさん、よく見たらその深緑色の制服、それに学院って……もしかしてリジャントブイルの学生さん?」
座り込む彼女を見下ろして青年は笑いながら頷いた。
「ああ、そうだが。3留してるけどな。さて、2人揃ったとなると魔物共が黙っちゃいねーな。さっさと大樹海から抜けるぞ。話はその後だ。ところで聞きてぇんだが、今日は何日だ?」
相手は相手で日付感覚にアバウトなザティスに呆れた。
「裏首長蛙の15日だけど。それが何か?」
ザティスは目を見開いた。
「うおっ!! 新学期始まって2週間も経ってるじゃねぇか!! まぁ公欠の言い訳はどうにかなるとして、早く学院に戻らねぇと!!」
ネーラーは眉をハの字にした。
「で、でもぉ!! ここじゃマギ・コンパスは狂っちゃうし、どうやって進路を決めるの?」
それを聞きながらザティスはストレッチを始めた。
「ネーラーさんよぉ。お前、旅の目的地とかあるのか?」
彼女は目線を泳がせたがすぐに答えた。
「ん~、流れの地図作成者だから特には決まってないかな。強いて言うならあちこち巡ってみたいタイプ」
ザティスは拳と手のひらをパシンと打ち付けた。
「うっし、じゃあ一気にミナレートまで抜けるぞ!!」
「は?」
ネーラーは首を傾げた。
「今、なんて?」
筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)の青年は即答した。
「ミナレートまで一気に抜ける!!」
「は?」
発想が常識からハズレている。そんなことが出来るわけがない。
「トーベとの境の山脈を背に走りゃソエルは抜けられる。腐ってもマッパーなら良いコンパス使ってんだろ?」
図星とばかりに彼女はポッケからマジックアイテムを取り出した。
「腐ってってのは余計だよ。30万シエールの高級マギ・コンパス。こんな魔境でもなければ使えるんだけど。まぁもうここまでいくとコンパスっていうか簡易マップだね。街道や街の位置は把握できるよ」
ザティスは戸惑う彼女をよそにクラウチングスタートの構えをとった。
「ほれ!! コンパス持って肩にしがみつけ!! マギ・コンパスが効くようになったら微調整しながら街道や人里を避けて進めばいい。お前は方向を指差す役な。落ちねぇように片腕で支えててやるからよ!!」
いつのまにか勝手に話が進んでいる。
「ちょっと待った!! なんで人気を避ける必要があるの?」
ザティスは歯を見せて笑った。
「もし跳ね飛ばしたら大怪我……最悪死んじまうだろうが!! ホラ、モタモタしてんなよ!! どーせアンタ生き残るには俺に乗っかるしか方法はねぇんだからよ!! 助け合いだ助け合い!!」
会ったばかりの異性に密着するのは抵抗があったがこのまま大樹海に居ると命を落とすという意見に同意したネーラーは彼の肩に飛び乗った。
大きく、厚くたのもしい背中だ。
「行くぜ!! 新たに編み出した新魔術!! その名も物理的テレポーテーションだ!!」
背中のネーラーは驚いて声を上げた。
「うっそぉ!? ザティスさんテレポート使えるの!?」
豊満な胸が顔の横に来るが、女性慣れした青年はラッキー程度にしか思わなかった。
「勘違いしちゃいけねぇな。物理的だ。物理的。物理的に加速……つまり猛ダッシュでテレポートの如く駆け抜ける!!」
ネーラーはそれを聞いて黙り込んでしまった。
(あれ……もしかして……この人、ただの筋肉バカ?)
口に出しそうになったが一言を飲み込んで彼女は尋ねた。
「そ、それでぇ、ミナレートまではどれくらいでつくのかな~なんて。最寄りのドラゴン・バッケージ便の空港からでも4日はかかはずなんですけど……」
ザティスは肩の上の女性を見上げた。
「知ってるか? 実はドラゴン・バッケージ便って直線距離で飛んでるワケじゃねぇんだぜ? 天候を考慮したり、飛行生物や物体を避けながら飛んでるんだ。だからジグザグに飛んだり、場合によっちゃあ大きく迂回してんだよ。一方、俺の新ワザは一直線で目的地に向かう。つまるところ、こっからミナレートまで休憩込みで3日ジャストで着く!!」
説得力があるようで無い。そもそもそれは魔術なのだろうか?
ネーラーは頭を抱えたが、ここまで来て後には引けない。
「あー、もう!! それじゃ始めちゃってください!!」
「うっし、いくぜ!! 3,2、1……イグニッション!!」
爆発的な加速でザティスの周囲は熱を帯びた。
「うわ、ちょ、はやすッ―――」
「おっとォ!! しっかり歯ァ食いしばってねぇと舌噛むぜ!!」
この人は本物だ。走り出して間もないのにネーラーは嫌という程に思い知らされた。
殺人的な加速度、トップスピード。正直、いい歳しておしっこ漏らしそうなレベルである。
ザティスはわずか30分程度で広いソエル大樹海の深部から抜け出した。
「あ、わっ!! すす、すんふぉい!! コンパス効き始めました!! 最寄りの村は……アルマ村でふ~!!」
青年は女性を見上げた。
「アルマ村……アシェリィの故郷か。腹減ってないか? トイレは?」
自称地図書きは首を左右に振った。
「うし、ミナレートまでの最短距離の方角を算出してそっちを指さしてくれ」
ネーラーはアルマ村の方角から大きく東にそれた方向を差した。
ザティスは脳内で簡単な地図をイメージした。
「ふ~む。シリルの脇を駆け抜けるルートか。コンパスだけは信用できるみてぇだな」
ショートカットの女性は青年の背中を叩いた。
「コンパス”は”って何よ!! コンパス”は”って!!」
すると走る男はゲラゲラ笑った。
「もうソエル抜けたから言わせてもらうが、俺はアンタの事を微塵も信用してねぇぜ。あんな危険な場所にわざわざ地図作りに来るバカはいねーよ。調子に乗って迷い込んだんだろ? それに、斥候に必須な隠密性みてぇなものを全く感じねぇ。デキるヤツはライネン・ヤマネコみたいな雰囲気が出るハズだ。アンタはライネン・ウータンってとこだ」
「ライネン・ウータン!? 私が猿とでも!? ムッキー!!!!」
ネーラーはじたばた暴れたが、抱え込まれているのでもがくだけだった。
「くっくっく。まぁ命が助かっただけ良かったと思いな。自称斥候さん。いや、地図製作者さんか? 欲張らねぇでどっちか片方にしとくべきだな」
ザティスはデリケートに支えているだけなのだが、本当にガッチリ固定されてしまっている。
力では全く勝ち目がない。きっと本気で叩いていても痛くも痒くもないのだろう。
それどころかあらゆる面で負けている気がする。
「あなたぁ!! 年上に向かって失礼でしょ!! 小生意気な学生さんね!!」
ネーラーがブチ切れたが、ザティスはお構いなしだ。
「礼節はわきまえるべきだと思うが、年功序列って制度には全く同意出来ないんでな。ま、助けられた身なんだから多少の無礼は許してくれや。それよりホラ、指差し止めねぇでくれ!!」
暴走魔術師は人の居ない街道の脇の並木をなぎ倒しながら進んでいた。
「あわわわ!!!! そんな雑草むしるみたいな勢いで樹を倒すんじゃないわよ!! あー、もーしょうがない!! あなたはやっぱり気に食わないけどミナレートまでの辛抱だわ。ほら、あっちよ!! 全速力で走って一刻も早くこの妙な協力関係を解消しましょう!!」
ザティスは意地悪げにニヤニヤしながらこちらを見上げている。
「そぉかぁ? こういうのも悪くねぇとは思うぜ。俺は」
「アンタ、ホント最悪ね!!」
驚くべきことにザティスの予告どおり、2人はソエル大樹海から3日目の昼にはミナレートに到着したのだった。




