泣き笑いの団らん
ラヴィーゼが厄介事を片付けたその頃、リコットは部屋でくつろいでいた。
ピンクのパジャマを着てセミロングのピンクの髪をかわかす。
気づけば入学してからずいぶんと髪の丈が伸びたものだ。
「ふ~、しんどかったし。火山は大変なことばっかだったけど、実は結構おもしろかったし。アシェリィとラヴィと一緒に居ると不思議と飽きないし。昔の友達とはここまで気が合わなかったし。まぁ、幻魔やよーせーが見えないんじゃしょうがないし……」
彼女が仰向けになってリラックスしているとドアをノックする音が聞こえた。
「は~い?」
リコットがドアを開けるとそこには意外な人物が居た。
「お、おとーちゃん!! それに、おかーちゃんも!!」
相手も驚いた顔をしていた。
「あれま!! こんな真っピンクに頭染めてし!! まったくこの子はだし!!」
母は会うなりヒステリックに怒鳴りつけてきた。
「まーまー、かーちゃん。元気でやってるようだし、こまけぇことは気にするなし」
すぐに父がフォローに入る。
「ど~こ~がこまけぇ事だし!! あたしゃこんな思いをするためにおめぇを送り出したわけじゃねぇし!!」
リコットは思わずドアを叩きつけるように閉めてやりたかったが、肉親を邪険にするわけにもいかず、怒りをこらえた。
「あー、ここ、共同の寮なんだし。静かにしないと隣近所に迷惑がかかるし。それにここは女子寮だからとーちゃんは入るとまずいんだし。とりあえず場所をうつすし。着替えてくるからしばらく寮の外で待っててくれし」
リコットはだらしなくパジャマを脱ぎ捨てるとピンクでフリルのつきまくった私服に着替えて寮の入り口へ急いだ。
「待たせたし。にしてもとーちゃん、かーちゃん。どうして私に会いに来たし? なにか用事でもあるのかし?」
少女が首を傾げると母は答えた。
「バカ言うなし!! 可愛い愛娘に会いに来るのに理由がいるかし? しっかり栄養バランス良く食事はとってるかし? 勉強の方にはついていけてるかし?」
質問ぜめが始まりそうだったが、絶妙のタイミングで父がそれを遮った。
「なぁ、とーちゃん腹が減ったし。どっかオススメの飯屋はないのかし?」
2人ともなんだかんだで自分の心配をしてくれることがわかってリコットは少し目頭が熱くなった。
「と、とーちゃんもかーちゃんも座敷のほうがいいはずだし。東部はイスにテーブルってよりは座敷スタイルだし」
3人はウォルナッツ大橋をルーネス通り方面に向けて歩き出した。
すぐに大きな大衆食堂が目につく。
「この八ツ釜亭なんてどうだし? 料理は美味しいし、お酒もあるし。宴会ができる作りになってるけど、こじんまりとした座敷席もあるし」
マシャリン夫妻は揃って笑った。
「まぁ。町娘だったあんたがこんな小洒落たとこ紹介できるようになるなんてし」
「とーちゃんも嬉しいし。でもちょっと垢抜けちまったのは寂しい気もするし」
リコットは2人の肩を叩いた。この親しい距離は離れていても故郷に居たときと何も変わらない。
「小洒落って……ただの食堂だし。ほ~ら~!! こんなところて突っ立ってると完全におのぼりさんだし。さっさと店に入れし!!」
娘に急かされて一家はは八ツ釜亭に入った。
リコットはライネンテ東部のトルカ・トルカという街の生まれだ。
地理的には大都市ロンカ・ロンカの西に位置し、東部の中では割と治安は良い方である。
それでも奴隷や麻薬の売買はそれなりに横行していたが。
悪名高い外法都市フォート・フォートはロンカ・ロンカの更に東にある。
大都市に近いのだからある程度、治安が良くても良さそうなものだが。
当然、ロンカ・ロンカとしては東部の暗部とも言えるフォート・フォートとは縁を切りたいところだった。
だが東部に貴重な港町という性質上、外法都市と大都市とは切っても切り離せない関係にある。
ただ、リコットの故郷からすればその大都市が防波堤の役割になっていると見ることも出来る。
もしトルカ・トルカが外法都市と隣接していたとしたらリコットの一家は今、こうしていられないだろう。
社会的ステータスの無い彼女らだ。奴隷になっていたかも知れないし、貧しい賃金を使い麻薬で一時の快楽に溺れていたかも知れない。。
そのくらい彼女の一家は貧しい東部の中でもかなり貧しいほうに分類される。
それでも彼女がリジャントブイルに通えるのは手厚い奨学金のおかげだ。
その恵まれた制度のため、貧しくともハングリー精神で食らいついてきている生徒も多い。
アシェリィも奨学金に頼るその1人だ。
彼女の身の上話を聞いていると大いに共感するところがあるのだが、リコットはやせ我慢で一般家庭出身のように振る舞っている。
貧乏な少女だと思われるのが彼女にとって最高に気に障るし、コンプレックスなのである。
もっとも、ラヴィーゼには既に気づかれているフシがあるが、彼女は気が利くので踏み入ってくることはない。
ただ貧乏だけならまだしも、召喚に覚醒し始めた彼女は他人が見えないものが見えるようになっていった。
それが孤独感に拍車をかけてしまい、学校では孤立してしまった。
好きの反対は嫌いでなく、興味を持たないとはよく言ったものでリコットが学院に受かっても両親と先生以外は誰も彼女を褒めたりしなかった。
変わり者がマグレで名門に受かったくらいの認識しかされなかったのである。
「どうせ誰も気にしないなら学院では周りなんて気にしないで思いっきりハジけてやろう」
半ばヤケクソで彼女は髪と服を大好きな色であるピンクで武装し、学院デビューを飾った。
もちろん不安が無かったわけではない。最初にチームの2人にあったときも内心では心臓バクバクだったのだ。
「でさ~、そのアシェリィってやつがとんでもない冒険バカで無茶苦茶やるやつでし~。ウワサのトレジャーを探すつって、女だけだからって下着姿になって滝壺に飛び込んだんだし~~~」
父と母が笑う。
「でもって~、もう一人のラヴィってヤツは髪の毛の色がコロコロ変わるし~。ちょっと前まで紫だとおもってたら金髪に変わってるし。あいつしっかり者に見えて絶対きまぐれやだし」
チームメイトの事を語るリコットは生き生きとしていた。
両親はこんな表情豊かな娘を両親でさえ今まで見たことがなかった。
というか、これが本来の彼女の性格だということに気付かされた。
そう悟ったマシャリン夫妻は嬉し涙を流した。
「いやぁ……ええ友達に恵まれて……かーちゃんうれしいし……」
「んだんだ。とーちゃんもおめぇがそんな生き生きしてるのはじめて見たし」
想定外の反応にリコットはついていけず戸惑った。
「ちょ、ちょっと待つし!! まだお酒も入ってないのに2人ともどーして泣き出すし!? あたし、なんか気に障ることいったかし?」
それを聞いた2人は思わず流れた涙を拭って娘を優しい目で見た。
「んだなや。まんだ料理もたのんでないんし……」
「いんやぁ、とーちゃんもかーちゃんもうれしくてし。さ、飯を食うし!! 今夜は宿をとってあるから俺らはゆっくりしていくし。そういうわけで酒ものめるし」
平穏を取り戻した両親を見てリコットは安心した。
「そ~だし~、この八ツ釜亭ってのは8つの秘伝のスープがあるから”ヤツガマ”って言うし。まぁ実際はいろいろ混ぜたりしてるから8種類以上の味はあるんだし。ちなみにあたしは甘いのが好きだから毎回、このイチゴ炭のトロトロ煮を頼むし」
マシャリン夫妻は珍しいものを見るような目でスープに見入った。
最初に頼んだのは線の細い父だ。
「おっし、んじゃとーちゃんは”ちょい毒!! 紫釜の汁煮”でいいし。古酒が飲みてぇけんど、つぶれると迷惑だから新酒のポン・ルーでし」
続けて恰幅のいい母もメニューを選んだ。
「わたしも甘いんがいいし。パルーナ・バナナのクツクツ煮、アクセントにジャヤヤ象の目玉だなし。わたしも新酒でいいし。ダーク・オセアンでええかなし」
そう待たないうちに三人分のスープが届いた。
それとは別にリコットはメニューを頼んでいた。
「んでもって、このキューブワームをスープに入れながら食べるとたまらなく美味しいんだし」
皿に山盛りになった四角形のミミズをトングでつまむとリコットはそれをスープに入れた。
これは東部にはないスタイルなので初めて見た両親は面食らったが、娘があまりにも美味しそうに食べるので見よう見まねでワームをスープに入れた。
「ほぉ……こんらうんめぇし!!」
「はぁ~。かーちゃんこんなうめーもん食ったことねぇし!!」
2人とも素直なリアクションだったが、娘にはやや大げさに見えた。
「そ、そんなにうまいかし? あたしはトルカ・トルカのレストランも美味いと思うし。時々、恋しくなることがあるし。でも一人前になるまでは故郷に帰らないって決めてたし……」
思わずポロリと帰郷しなかった理由を口に出してしまった。
ただ、遊びに宿題にと里帰りしているヒマがなかったというのも事実ではあるのだが。
彼女の母は笑いながら隣の父に微笑みかけた。
「な? とーちゃん、やっぱり様子を見に来て正解だったし。こんな真っピンク娘にゃあなっちまったが、間違いなくリコットはリコットだし」
父もそれに答えるように笑った。
「おらぁ勉強の邪魔になるんじゃねぇかとおもってし。最初は反対したんだし。でも、来てよかったし。次の長期休暇は時間があればでええからトルカ・トルカにも帰ってきてほしいし」
これだけ両親に心配され、想われているということを改めてリコットは痛感した。
同時にそれを軽視していた自分に嫌気がさした。
思わず溢れそうになる涙をこらえながらリコットは声を上げた。
「宴はまだ始まったばっかだし!! もっと美味しいものや、お酒を好きなだけ楽しもうじゃないかし!! まぁまだあたしはジュースだけどし……。ま、とーちゃんとかーちゃんが楽しけりゃそれでいいし!!」
3人は泣き笑いしながら久方ぶりの団らんを楽しんだ。




