プロフェッサー・オブ・ロッテン
骸使いのラヴィーゼは噴火島ガルガンドゥから帰って自室でマギ・シャワーを浴びていた。
「まったく、あの島、暑すぎだろ。ふーっ……ミナレートが涼しく感じるとか異常だな……。やっとスッキリできる……」
制服の下に隠したナイスバディを晒したまま彼女は部屋に戻って体を拭いた。
「あ……そうだった。今日はカラグサ先生のメンテナンスの当番だった。シャワー先に浴びたの間違いだったな。臭いが染み付いちゃうからな……。ま、いっか。早くカラグサ先生んとこいってやろうっと」
彼女は汚れたままの制服を再び着て学院へ向かった。
2階、3階と続けて階段を登ったあと、また1階に戻る。
そこから廊下を反時計回りに回り、端までたどり着いたら今度は逆に歩き出す。
そしてまた階段をのぼるといつのまにか上り階段が下り階段へと変化していた。
そのまま階段を下っていくと鼻をつくようななんとも言えない強烈な臭いがした。
普段はこんな臭いがここまで漏れ出したりはしない。
「これは……腐敗臭だ!! カラグサ先生!!」
少女が階段を降りきるとそこには床に伏した腐乱死体が転がっていた。
ものすごい臭いを放っており、腐った体液が床に溜まっていた。
ただ、外界とは隔離された場所なのでハエやウジはわいていなかった。
そんな死体を見れば普通の人間ならば悲鳴をあげて半狂乱になるところだ。
しかし、幼い頃から死霊使の稽古をつけられ、不死者と多く接してきたラヴィーゼは全く怖気づかなかった。
「こりゃひでぇ……前の担当のヤツ、テキトーな処置しやがったな。先生、聞こえるか?」
彼女が声をかけると無残に転がった頭部から反応があった。
「そ……ゾ……の……ゴ、えば……」
か細い声でなにやらブツブツ言っている。
カラグサ教授の顔を覗き込むと既に片方の眼球は腐り落ちていた。
もう片方の目もチーズを伸ばしたようにトロ~ンと垂れ下がっている。
顔も半分、腐り落ちて白骨化した顎と歯とが露出していた。
元々、彼女に生気は無かったがそれが悪化して今の彼女は限りなく腐乱死体に近くなっていた。
既に不死者なので放っておいても死んだり滅びたりはしないのだが、このままの状態を保つのはあまりに気の毒だ。
たとえ本人に苦しみや痛覚が無かったとしても。
唯一、救いがあるとすればそれは除霊術による浄化だが、浄化された不死者は消滅してしまうのだ。
そもそもラヴィーゼには除霊術の類は全く使えない。
「さ~て、どうすっかな。ここまで状態が酷いと修復するのは骨がかかる。なら再構築しかないか。……迷える骸の躰よ……再びあるべき姿、思い出して形とならん!! CB(クリエイション・ボンズ!!)」
死霊使がそう唱えると床に散らばっていたカラグサの骨が人間の形を作り始め、スケルトンが出来上がった。
仰向けに寝そべったスケルトンが再構築出来たのを確認したラヴィーゼは持参のキットから怪しい液体を取り出して死体にかけた。
「秘伝のねりねりミートのタレだ!!」
それを浴びせると腐った肉がジュジュウと音を立てて溶けた後にひとまとまりの粘土状になっていく。
「汝、作られし姿に寄りて贋作の生命とならん!! フェイク・ヒュメン・リ・ボーン!!」
彼女がそう唱えるとカラグサの肉塊が分散してスケルトンに人間の形にくっついていった。
その結果、彼女は元通りの半死半生の姿を取り戻した。
「すご~い!! ラヴィーゼちゃん、これ、ど……」
彼女が立ち上がるとドサッっとカラグサの首が落ちた。
「う~ん。やっぱ強度に難ありか……。先生なら知ってるでしょう? 死霊使にはダークとライトがあるんですよ。怨霊や恨みをパワーにして強化していくのがダーク。生前の姿を再現するのがライトです。いまのはライト寄りの術式ですね。まぁじいさんが言うには"ライトなんて死んだ者にすがる現実逃避に過ぎない"って言うんですけど。実際、ライトは存在が中途半端になりがちだし」
カラグサ先生は落ちた首を拾おうとしたが、腰を曲げると腰からポッキリ折れて前のめりにつんのめった。
「そ、そんなぁ~。せっかく縫い目が無くなったかと思ったのにぃ~……」
金髪の骸使いは肩をすくめた。
「だから言ったじゃないですか。ライト・ネクロマンシーなんてこんなものですよ。家族とか恋人とかよっぽど思い入れのある人物じゃないと成立しないんです。ほとんどの使い手がダークなので必然的に使役される骸は醜いものばっかなんですよ。先生も心当たりあるでしょう?」
不死者の教授はなんとか首を手繰り寄せて首にくっつけた。
「そうだね~。私もお世辞にも見た目が良いとは言えないからね~。まぁ私の場合は病気で死んじゃった後にリッチー転生の実験台になったわけだけど。昔の私は好奇心の塊だったかんね。死期が迫ってきた頃、リッチーになれるかもって思ったら肉体提供の同意書にサインしてたね~。結果、失敗したけど今も特に後悔はしていないし……」
ラヴィーゼは額に手を当てて大きなため息をついた。
(よくやるよ……。物好きも度が過ぎると考えものだな……)
カラグサは頭はくっついたが、今度は立ったままの下半身がバタンと仰向けに倒れた。
「あー、やっぱこりゃダメだ。腐敗と見てくれの再生はなんとかなったけど、おとなしくオーザ先生に修復してもらわないと肉体各部の強度とバランス感覚が足りなすぎる。ハァ……やっぱライトなんてやるもんじゃないな。先生、ちょっと失礼しますよっと!!」
彼女は教授の体をあちこち引っ張ってバラバラにした。
血は枯れており、まるで粘土をちぎるような感触だ。
せっかく再構築した骨はもともと劣化していたのでバキバキ折っていく。
「なんかこれ、凄い猟奇的だなぁ……まぁしかたない。霊園用のポストに先生のパーツを放り込む。そうすれば中でオーザ教授がなんとかしてくれる……はず。そもそも私1人じゃ扉が開かないし。こうするしか」
完全に隔離されているように思われる地下霊園だが、中には文字を読み書きする程度の知能を保ったままの不死者もいる。
あくまで学内のみだが、諸々の連絡事項などはこのポストを通じてやりとりされる。
その投入口にバラバラにしたカラグサを放り込んでいこうという作戦である。
幸い、ポストの入り口はかなり広かった。
霊体を弾くプロテクトはあっても、物を弾く障壁はないはずだ。
「カラグサ先生、すいません!!」
ラヴィーゼは不死者の教授を拾っては入れ、拾っては入れてポストに押し込んでいった。
完全に入れ終わると彼女はその場に座り込んだ。
「ふぅ……まったく、なんでこんなめんどうな目に……前に処置したヤツを聞いて減点してもらわないと割にあわないな。まぁでもカラグサ先生は貴重な墓守だからな。代わりは誰にも務まらないし、貴重な人材だし。これくらい手間がかかってもしょうがないか」
いつもニコニコして霊園の入り口を掃除しているイメージのあるカラグサだが、実は彼女だけ入れる脇道の通路がある。
もっとも今の体の状態では扉を開けられないが。開けようとしたら肉体が崩壊してしまうだろう。
メインの大扉は不死者達が外に出てくるのを厳重に防ぐため、複数人の担当教授によって厳重にロックされている。
確かに彼らを封印しておく事は重要なのだが、ほったらかしておくのはそれはそれでまずい。
定期的に地下霊園の荒れ地の整備をしたり、見回りをしないと霊園のパワーバランスが保てないのだ。
極端に強力な不死者や共食いなどが発生しかねない。
その役割を担っているのがカラグサ教授というわけだ。
彼女は既に生きては居ないので彼らに襲われることはない。
むしろ仲間意識をもつ者にとっては同類とみなされている。
彼女のような特殊な体質でもなければこの地下霊園の整備は務まらないのだ。
それを知っているからラヴィーゼは”貴重な人材”と評したのである。
リッチーである慈骸のオーザも荒れ地のコントロールに大きく貢献しているが、彼女の場合は完全な不死者である。
そのため、それなりに人間の質が残ったカラグサとは違って地下霊園から一切出ることは叶わない。
リッチーの知力は極めて高く、人間を遥かに凌駕すると言われている。
一説には高名な魔術師、学者などが死後に転生されると言われているが、証明されるまでには至っていない。
オーザは学院のリッチー研究に大きく役立っているが、本来リッチーとは互いにコミュニケーションをとるものである。
しかし、彼女の場合は地下霊園から出られないのでいわばオフラインなのだ。
この状態では本来、手に入る知識や情報も大きく制限されてしまう。
学内ではリッチーの持ち腐れと言われることもあり、一部では彼女を外に出してみてはという提案もある。
それでも慈骸のオーザが自由にならないのはリッチーに対する畏れというものがある。
もし、彼女が外に出たら学院のために動くだろうとは思われるが、あふれる知的好奇心に理性が勝てるという保証はどこにもない。
なにせ、自らリッチー転生の被験体になったほどだ。
カラグサもそうだが、根っからのマッド・マジシャンなのである。
邪険にはしていないが、オーザを解き放つにはリスクが高すぎる。
それがずっと続いてきた学院の見解である。
もっとも、この事……オーザ自体について知っている生徒はほんのわずかなのだが。
ラヴィーゼが腐った汁を掃除していると何かがモップにつっかかった。
「ん~? なんだこれ」
拾い上げてぞうきんで拭くと美しい真っ赤な髪飾りが現れた。
角度を変えるとオレンジ、黄と色が変わる。
「これ……カラグサ先生のかな? 見た目に似合わずオシャレだなぁ……」
背後から視線を感じる。
振り向くともとに戻った継ぎ接ぎだらけのカラグサがそこにはいた。
腐敗していた肉体はすっかりもとに戻ってしっかりとした人型を保てていた。
「べ~。似合わなくてすいませんでしたね~~~!!!」
女生徒は愛想笑いをした。
「いやぁ。オシャレ、オシャレだなぁって!! ……はい」
彼女は教授に髪飾りを手渡した。
カラグサは大事そうにそれを髪の毛に差した。
「先生!! もとに戻ったみたいでよかったじゃないですか。オーザ教授がくっつけてくれたんですね」
だが、彼女はなんだか浮かない顔をしている。
「でもね~、縫い目が増えちゃってね~。ちょっとショック……かな」
骸使いは後頭部を掻いた。
「す、すいません。でもこうするしか……。あ、そういえば、この前にメンテナンスを担当した生徒は誰でした? あんまりにも酷かったんでチクってやりましょう!!」
教授は首をガクガクと縦に振った。
「うん!! うんうん!! チクッってや……」
ラヴィーゼは嫌な予感がした。
「ろ、ろ、おぉぉぉぉぉ!!!!」
カラグサ先生の首がもげて落っこちたが、今度は無事に彼女は自分の両手でキャッチした。
「ふ~、あぶなかったぁ~」
彼女はキャッチした生首を首根っこにはめなおした。
(あれ……これあんま強度変わってなくねーか……。しかし……コレと肌の色がなきゃ文句なしの美人なんだけどなぁ……)
死霊使はいまひとつ釈然とせずに頭をガサガサと掻いた。




