表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter6:魔術謳歌
418/644

更生の余地がなくはない

「くそっ!! は~な~せ~!! は~な~せ~よ~!!」


盗姫とうきのクシアは拘束されたツタに対して必死に抵抗していた。


「ムダじゃよ。それ、ただの草のツタに見えてもわしの魔術じゃから。並大抵の力では破れんわい。しかしファイセルや。この小娘、捕まえてみたがどうしたもんかの。おきゅうをすえると言ったものの、具体的にどこまで罰を科するするかまでは考えておらなんだ」


師匠のコレジールが首をひねるとファイセルも同じように首をかしげた。


「う~ん。確かお金や宝物を盗まれた領主などに引き渡すと多額の報酬がもらえるんですよね?」


老人はうなづいた。


「そうじゃな。しかも被害にあってるのはライネンテ各地の金持ちじゃから共同で報酬が出るじゃろ。わしと分けても一生遊んで暮らせるがくはもらえるじゃろうな。だが、さっき言ったようにもし連中に娘を渡せばはずかしめられ、拷問ごうもんにかけられ、むごい死に方をするのは間違いないじゃろ」


それを聞いてさっきまで強気だったクシアの顔色がどんどん悪くなっていく。


今までの自分のやっていたことの重大性への認識が甘かったようにも思えた。


しばらくその場を沈黙が包む。


「……やっぱり領主やお金持ちに引き渡すのはやりすぎな気もします。そんなリンチじゃなく、もっとまっとうなやり方で裁かれるべきだと思います。M.D.T.F(魔術局タスクフォース)あたりに引き渡すのがいいんじゃないでしょうか?」


ファイセルの意見にコレジールは同意したが、同時に問題点を上げた。


「M.D.T.Fの連中は滅茶苦茶に多忙じゃぞ。呼んだとてすぐに来てくれるとは思えん。その間、この娘っ子をどうするんじゃ……。ずっと見張っているわけには……あ、いや。いい方法があったわい」


白いヒゲの老人はポンと平手に拳をあてた。


「リジャントブイルに連れていくんじゃよ。あすこは犯罪対策や、犯罪者狩りのプロがたくさんおるじゃないか。M.D.T.Fが来るまでそこに押し付け……あ、いやいや、頼み込んで面倒を見てもらうというのはどうじゃろうか?」


青年は小難こむずかしげな顔をした。


「でも、そんなヒマな教授いますかね? みんな講義や実習を受け持っているのでは?」


コレジールは問題ないと言った様子で続けた。


「もし学院がM.D.T.Fに借りを作ればそれはそれで学院にメリットがある。一応、M.D.T.Fにもメンツがあるからの。いつまでも小娘の盗人ぬすっとを取り逃がすようでは評判が落ちる。じゃからしてその見返りは教授を1人2人割いてもお釣りが来るくらいじゃ」


それを聞いてファイセルは納得した。


「そうですね。そういうことでしたら。ミナレートももうだいぶ近づいてますし。急ぎ足で進めば今日の夕方には着くかと思います」


師匠は満足げに首を縦に振った。


「そうと決まったらとっととこやつを連行するぞい。二つ名じゃから余計なトラブルを呼び寄せかねん。急いでミナレートまで向かうぞい!!」


話がまとまったのを聞いていたクシアはどっしり座り込んで動かなかった。


「ふざけるな!! 意地でもここからは動かないからな!!」


捕まえた2人はまた顔を見合わせた。


すぐにファイセルは深緑色の制服を脱いだ。制服はふわりと宙に浮いた。


「グラーフィー、すべり込んで!!」


すると制服はクシアの尻の下へともぐり込んだ。


「ひゃあっ!!」


乙女が思わず悲鳴をあげる。


「マイクロ空飛ぶ絨毯じゅうたんだよ。この制服の大きさじゃ小さい女の子くらいしか運べないけど、君くらいなら乗っかるんだ」


空飛ぶ絨毯じゅうたんはかなりメジャーな魔術だが、実際に使える者は少ない。


ファイセルの場合は布の強化エンチャントが得意かつ、物体に生命を与えるC・M・Cクリエイト・マジカル・クリーチャーの素養があって成り立っている。


マジックアイテムとして一般人が使えるようなものも売っているが非常に高価である。


ゆえにミナレート上空の絨毯じゅうたんはレンタルが多くをめる。


また、都心部以外ではめずらしく田舎の街を飛ぼうものなら非常に目立つというのも地味に不便だ。


おしりがフワフワする感覚に怪盗の娘は戸惑った。


「ほいじゃいくぞい!! 無理せん程度についてこい」


偽死ぎしのコレジールは街道に倒れ込んだ。


「おい!! じじいが!!」


思わずクシアが叫んだ直後、彼は地面を滑るようにかなり高速で進みだした。


「やれやれ……こりゃ僕が一番遅いなぁ……」


後頭部をきながらファイセルは師匠と少女を乗せた制服をおいかけた。


その結果、夕暮れ前に一行はミナレートに到着した。


「わああぁぁぁぁ……」


盗姫とうきは海と夕日の色合いに思わず感嘆かんたんの声をあげた。


「どうだい綺麗だろ? ミナレートはいいとこだよ」


我に返ったクシアはそっぽをむいた。


「フン!! こんな蒸し暑いとこ、誰がッ!!」


入り口の門から入り、まっすぐメインストリートであるルーネス通りを進んでいく。


町外れに近づくとウォルナッツ大橋という大きな橋がある。


ここからがリジャントブイルの入り口というわけだ。


「ファイセルや、ちょっと待っとれ。事務局で話をつけてくるわい。お主は目立たぬ位置で待機しておれ」


青年はうなづいて橋から離れた。


30分も経たないうちに師匠は戻ってきた。


「橋の脇にホールを開けてもらった。空間がひずんでいるじゃろ? そこに入れば担当教授の元に直結しているはずじゃ」


ファイセルが振り向くと背後の空間がわずかに揺らいで見えた。


特に抵抗もなくコレジールはひずみに飛び込んで消えた。


「おい!! あのじじい、おい!!」


その声を無視してファイセルも制服とクシアを連れてテレポートポイントに入った。


「あ、うわっ、うわああああああああ!!!!!」


少女は今まで体験したことのない浮遊感を感じた。


独特な感覚とともに一瞬のまばゆい光を抜けるとそこは教授室の一室だった。


貴殿きでんが連絡をくださったコレジールさんですか? なんでも盗姫とうきのクシアを確保してくださったようで」


教授はグレーの髪をオールバック気味にまとめた。


「私はナッガン……。ナッガン・イルストリーです。以後お見知りおきを。その後ろのミドルの生徒が連れているのがクシア本人というわけですか?」


彼はイスを立つと近づいてきて絨毯じゅうたんの上の少女の顔を観察した。


「確かに。顔も、マナの色も手配書の本人通りですね」


ナッガンはデスクに戻るとなにやら書類を書き始めた。


「ほぉ……おんしがスタッフィー・プレイヤーで有名な狩咎しゅきゅうのナッガンか。元M.D.T.Fの教官なら話が早いというわけじゃな」


老人は目を細めてヒゲをなぜた。


それを聞いてナッガンは釈然しゃくぜんとしない様子だった。


そこまで自分の情報が回っているのか、あるいはこの老人が特別なのかはかりかねたからだ。


「私なんぞの事をご存知ぞんじとは。光栄です。あなたは偽死ぎしのコレジール殿どのですね。先の大戦でのご活躍かつやく、お聞きしております。しかしまさかこんな形でお会いすることが出来るとは思いませんでした」


それを聞いてコレジールは笑い声を上げた。


「ほっほっほ!! 若いの。謙遜けんそんしおって。おんしだってわしが別人の顔をしとるのにすぐ本人じゃと見抜いとるじゃないか。わしがふっかけたのが悪いが素性の詮索せんさくは互いにほどほどにせんとな」


ナッガンは瞳を閉じてニヤリと笑った。


「まったく参ったものです……」


ファイセルとクシアはすっかり置いてけぼりにされてしまった。


話題にというのもあるが、この2人は別次元のオーラを放っていたので息がまっていたというのもある。


「しかし狩咎しゅきゅうや。おんし、犯罪者”狩り”が専門じゃろ? 不殺ころさずとは相性が合わんのじゃないか?」


ナッガンはそれを聞いて腕を組んでリラックスした。


「確かに、急所突きなどのスキルから犯罪者をあやめるほうが得意ですが、法の裁きを受けさせねばならないというケースもままあります。そのためにいくつか束縛術そくばくじゅつも使えるのです。そうですね……ここは教授室ですし、ある程度は自由に動き回れないと部屋を汚しかねない。ならば一番シンプルな方法でいきましょう。束縛そくばくというか暗示ですが……」


教授はすくっと席を立つと背中側の腰からウサギのぬいぐるみをとりだした。


「バカかこのオッサン!? ウサギのぬいぐるみなんか取り出してさ!!」


だが、それを見たファイセルは思わず腕で視線をさえぎって後退あとずさりした。


「!!!!」


形容しようのないすさまじい殺気とプレッシャーを感じる。


「おぉ……ほぉ……こりゃあ……ええのぉ!!」


コレジールは昔の血がさわぐのかワクワクした表情だ。


すぐにクシアもぬいぐるみの異常さに気づいた。


まだ教授は一言も発していないのにだ。


「う、うわあああ!!! やめてくれーーーーー!!!!! 殺さないで!!!! お願いだから!!」


ナッガンのかざしたぬいぐるみはクタァっとしていてピクリとも動かなかったが、服のボタンで作られた目が不気味だった。


心なしかこちらを凝視ぎょうししているようにも見える。


「いいか、この部屋から一歩でも出たらコイツで撃ち殺す。部屋を荒らしても殺す。許されるのは伝言、呼吸、食事、排泄はいせつのみだ。わかったか?」


教授はドスの効いた声で盗姫とうきおどした。


いつのまにかファイセルの魔術も強制解除されていた。


床に座り込んで放心状態のクシアは恐怖のあまり失禁しっきんしていた。


「まぁこんなところです。予想はしていたが、やはり粗相そそうしたか……。仕方あるまい……」


結局、おもらしはファイセルの操るぞうきんによって片付けられ、ちゃんと着替えも用意された。


「ああは言ったものの、俺はお前を殺す気はない。俺が言っても説得力がないかもしれんが、罪とは命でつぐなううものとは限らんからな。お前みたいなコソ泥から命をとっても仕方あるまい。その歳ならまだ更生の余地もあるだろうしな」


ファイセルはまた恐ろしい人が出てきたなと内心、ふるえたが見てくれや態度の割に反して優しい人物に見えた。


「あ!! そういえば、ナッガン先生ってアシェリィの担任なんじゃないですか?」


急に思い出して彼がそうたずねると教授はすぐに反応した。


「ああ。そうだな。アーシェリィー・クレメンツは私の担当だ。……もしかして、お前はファイセル・サプレじゃないか?」


初対面なのに名前を当てられて青年は面食らった。


「な、なんで名乗ってないのにわかるんですか!?」


ナッガンは戸惑う彼を見つめて言った。


「何を驚くことがあるものか。お前の入学時のプロフィールに”創雲のオルバの弟子”と書いてあるだけのことだ。アシェリィのものにも当然、記載されている。おまけにコレジール老までからんでくるとなるとそれはもう”創雲ファミリー”と断定せざるを得ない。君らはハーミットワイズマンのセオリーなどと言ってはぐらかしているようだが、知ってる者は知ってるのだよ」


「ほっほっほっほ。こりゃ一本取られたのう、ファイセルや」

「は、はぁ……えへへへへ…………」

「フッ……」


放心するクシアを完全に放置して3人は呑気のんきに笑っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ