更生の余地がなくはない
「くそっ!! は~な~せ~!! は~な~せ~よ~!!」
盗姫のクシアは拘束されたツタに対して必死に抵抗していた。
「ムダじゃよ。それ、ただの草のツタに見えてもわしの魔術じゃから。並大抵の力では破れんわい。しかしファイセルや。この小娘、捕まえてみたがどうしたもんかの。お灸をすえると言ったものの、具体的にどこまで罰を科するするかまでは考えておらなんだ」
師匠のコレジールが首をひねるとファイセルも同じように首を傾げた。
「う~ん。確かお金や宝物を盗まれた領主などに引き渡すと多額の報酬がもらえるんですよね?」
老人は頷いた。
「そうじゃな。しかも被害にあってるのはライネンテ各地の金持ちじゃから共同で報酬が出るじゃろ。わしと分けても一生遊んで暮らせる額はもらえるじゃろうな。だが、さっき言ったようにもし連中に娘を渡せば辱められ、拷問にかけられ、酷い死に方をするのは間違いないじゃろ」
それを聞いてさっきまで強気だったクシアの顔色がどんどん悪くなっていく。
今までの自分のやっていたことの重大性への認識が甘かったようにも思えた。
しばらくその場を沈黙が包む。
「……やっぱり領主やお金持ちに引き渡すのはやりすぎな気もします。そんなリンチじゃなく、もっとまっとうなやり方で裁かれるべきだと思います。M.D.T.F(魔術局タスクフォース)あたりに引き渡すのがいいんじゃないでしょうか?」
ファイセルの意見にコレジールは同意したが、同時に問題点を上げた。
「M.D.T.Fの連中は滅茶苦茶に多忙じゃぞ。呼んだとてすぐに来てくれるとは思えん。その間、この娘っ子をどうするんじゃ……。ずっと見張っているわけには……あ、いや。いい方法があったわい」
白いヒゲの老人はポンと平手に拳をあてた。
「リジャントブイルに連れていくんじゃよ。あすこは犯罪対策や、犯罪者狩りのプロがたくさんおるじゃないか。M.D.T.Fが来るまでそこに押し付け……あ、いやいや、頼み込んで面倒を見てもらうというのはどうじゃろうか?」
青年は小難しげな顔をした。
「でも、そんなヒマな教授いますかね? みんな講義や実習を受け持っているのでは?」
コレジールは問題ないと言った様子で続けた。
「もし学院がM.D.T.Fに借りを作ればそれはそれで学院にメリットがある。一応、M.D.T.Fにもメンツがあるからの。いつまでも小娘の盗人を取り逃がすようでは評判が落ちる。じゃからしてその見返りは教授を1人2人割いてもお釣りが来るくらいじゃ」
それを聞いてファイセルは納得した。
「そうですね。そういうことでしたら。ミナレートももうだいぶ近づいてますし。急ぎ足で進めば今日の夕方には着くかと思います」
師匠は満足げに首を縦に振った。
「そうと決まったらとっととこやつを連行するぞい。二つ名じゃから余計なトラブルを呼び寄せかねん。急いでミナレートまで向かうぞい!!」
話がまとまったのを聞いていたクシアはどっしり座り込んで動かなかった。
「ふざけるな!! 意地でもここからは動かないからな!!」
捕まえた2人はまた顔を見合わせた。
すぐにファイセルは深緑色の制服を脱いだ。制服はふわりと宙に浮いた。
「グラーフィー、滑り込んで!!」
すると制服はクシアの尻の下へと潜り込んだ。
「ひゃあっ!!」
乙女が思わず悲鳴をあげる。
「マイクロ空飛ぶ絨毯だよ。この制服の大きさじゃ小さい女の子くらいしか運べないけど、君くらいなら乗っかるんだ」
空飛ぶ絨毯はかなりメジャーな魔術だが、実際に使える者は少ない。
ファイセルの場合は布の強化が得意かつ、物体に生命を与えるC・M・Cの素養があって成り立っている。
マジックアイテムとして一般人が使えるようなものも売っているが非常に高価である。
故にミナレート上空の絨毯はレンタルが多くを占める。
また、都心部以外ではめずらしく田舎の街を飛ぼうものなら非常に目立つというのも地味に不便だ。
おしりがフワフワする感覚に怪盗の娘は戸惑った。
「ほいじゃいくぞい!! 無理せん程度についてこい」
偽死のコレジールは街道に倒れ込んだ。
「おい!! じじいが!!」
思わずクシアが叫んだ直後、彼は地面を滑るようにかなり高速で進みだした。
「やれやれ……こりゃ僕が一番遅いなぁ……」
後頭部を掻きながらファイセルは師匠と少女を乗せた制服をおいかけた。
その結果、夕暮れ前に一行はミナレートに到着した。
「わああぁぁぁぁ……」
盗姫は海と夕日の色合いに思わず感嘆の声をあげた。
「どうだい綺麗だろ? ミナレートはいいとこだよ」
我に返ったクシアはそっぽをむいた。
「フン!! こんな蒸し暑いとこ、誰がッ!!」
入り口の門から入り、まっすぐメインストリートであるルーネス通りを進んでいく。
町外れに近づくとウォルナッツ大橋という大きな橋がある。
ここからがリジャントブイルの入り口というわけだ。
「ファイセルや、ちょっと待っとれ。事務局で話をつけてくるわい。お主は目立たぬ位置で待機しておれ」
青年は頷いて橋から離れた。
30分も経たないうちに師匠は戻ってきた。
「橋の脇にホールを開けてもらった。空間がひずんでいるじゃろ? そこに入れば担当教授の元に直結しているはずじゃ」
ファイセルが振り向くと背後の空間がわずかに揺らいで見えた。
特に抵抗もなくコレジールはひずみに飛び込んで消えた。
「おい!! あのじじい、おい!!」
その声を無視してファイセルも制服とクシアを連れてテレポートポイントに入った。
「あ、うわっ、うわああああああああ!!!!!」
少女は今まで体験したことのない浮遊感を感じた。
独特な感覚とともに一瞬のまばゆい光を抜けるとそこは教授室の一室だった。
「貴殿が連絡をくださったコレジールさんですか? なんでも盗姫のクシアを確保してくださったようで」
教授はグレーの髪をオールバック気味にまとめた。
「私はナッガン……。ナッガン・イルストリーです。以後お見知りおきを。その後ろのミドルの生徒が連れているのがクシア本人というわけですか?」
彼はイスを立つと近づいてきて絨毯の上の少女の顔を観察した。
「確かに。顔も、マナの色も手配書の本人通りですね」
ナッガンはデスクに戻るとなにやら書類を書き始めた。
「ほぉ……おんしがスタッフィー・プレイヤーで有名な狩咎のナッガンか。元M.D.T.Fの教官なら話が早いというわけじゃな」
老人は目を細めてヒゲをなぜた。
それを聞いてナッガンは釈然としない様子だった。
そこまで自分の情報が回っているのか、あるいはこの老人が特別なのか測りかねたからだ。
「私なんぞの事をご存知とは。光栄です。あなたは偽死のコレジール殿ですね。先の大戦でのご活躍、お聞きしております。しかしまさかこんな形でお会いすることが出来るとは思いませんでした」
それを聞いてコレジールは笑い声を上げた。
「ほっほっほ!! 若いの。謙遜しおって。おんしだってわしが別人の顔をしとるのにすぐ本人じゃと見抜いとるじゃないか。わしがふっかけたのが悪いが素性の詮索は互いにほどほどにせんとな」
ナッガンは瞳を閉じてニヤリと笑った。
「まったく参ったものです……」
ファイセルとクシアはすっかり置いてけぼりにされてしまった。
話題にというのもあるが、この2人は別次元のオーラを放っていたので息が詰まっていたというのもある。
「しかし狩咎や。おんし、犯罪者”狩り”が専門じゃろ? 不殺とは相性が合わんのじゃないか?」
ナッガンはそれを聞いて腕を組んでリラックスした。
「確かに、急所突きなどのスキルから犯罪者を殺めるほうが得意ですが、法の裁きを受けさせねばならないというケースもままあります。そのためにいくつか束縛術も使えるのです。そうですね……ここは教授室ですし、ある程度は自由に動き回れないと部屋を汚しかねない。ならば一番シンプルな方法でいきましょう。束縛というか暗示ですが……」
教授はすくっと席を立つと背中側の腰からウサギのぬいぐるみをとりだした。
「バカかこのオッサン!? ウサギのぬいぐるみなんか取り出してさ!!」
だが、それを見たファイセルは思わず腕で視線を遮って後退りした。
「!!!!」
形容しようのない凄まじい殺気とプレッシャーを感じる。
「おぉ……ほぉ……こりゃあ……ええのぉ!!」
コレジールは昔の血が騒ぐのかワクワクした表情だ。
すぐにクシアもぬいぐるみの異常さに気づいた。
まだ教授は一言も発していないのにだ。
「う、うわあああ!!! やめてくれーーーーー!!!!! 殺さないで!!!! お願いだから!!」
ナッガンのかざしたぬいぐるみはクタァっとしていてピクリとも動かなかったが、服のボタンで作られた目が不気味だった。
心なしかこちらを凝視しているようにも見える。
「いいか、この部屋から一歩でも出たらコイツで撃ち殺す。部屋を荒らしても殺す。許されるのは伝言、呼吸、食事、排泄のみだ。わかったか?」
教授はドスの効いた声で盗姫を脅した。
いつのまにかファイセルの魔術も強制解除されていた。
床に座り込んで放心状態のクシアは恐怖のあまり失禁していた。
「まぁこんなところです。予想はしていたが、やはり粗相したか……。仕方あるまい……」
結局、おもらしはファイセルの操るぞうきんによって片付けられ、ちゃんと着替えも用意された。
「ああは言ったものの、俺はお前を殺す気はない。俺が言っても説得力がないかもしれんが、罪とは命で償うものとは限らんからな。お前みたいなコソ泥から命をとっても仕方あるまい。その歳ならまだ更生の余地もあるだろうしな」
ファイセルはまた恐ろしい人が出てきたなと内心、震えたが見てくれや態度の割に反して優しい人物に見えた。
「あ!! そういえば、ナッガン先生ってアシェリィの担任なんじゃないですか?」
急に思い出して彼がそう尋ねると教授はすぐに反応した。
「ああ。そうだな。アーシェリィー・クレメンツは私の担当だ。……もしかして、お前はファイセル・サプレじゃないか?」
初対面なのに名前を当てられて青年は面食らった。
「な、なんで名乗ってないのにわかるんですか!?」
ナッガンは戸惑う彼を見つめて言った。
「何を驚くことがあるものか。お前の入学時のプロフィールに”創雲のオルバの弟子”と書いてあるだけのことだ。アシェリィのものにも当然、記載されている。おまけにコレジール老まで絡んでくるとなるとそれはもう”創雲ファミリー”と断定せざるを得ない。君らはハーミットワイズマンのセオリーなどと言ってはぐらかしているようだが、知ってる者は知ってるのだよ」
「ほっほっほっほ。こりゃ一本取られたのう、ファイセルや」
「は、はぁ……えへへへへ…………」
「フッ……」
放心するクシアを完全に放置して3人は呑気に笑っていた。




