Like a cat
ファイセルは盗人を追って市街地の民家の屋根の上に飛び乗った。
路地に大小様々なコインをばらまいている相手はすぐにこちらに気づいて振り向いた。
見た目は割と幼い少女だ。アシェリィと同い歳くらいなのではないだろうか。
それなのに二つ名が持つということは相当の実力があるに違いない。
だが、人々の間に名が知れていたり支持されている場合はそこまで凄腕でなくとも二つ名がつくこともあると聞く。
盗姫のクシアがそのどちらかはわからないが、青年は気合を入れて立ち向かった。
「へへ~ん。おにーさん私を捕まえる気? ムリムリ。この盗姫のクシアちゃんが捕まるわけないんだから~!!」
コレジールの言う通り、明らかに慢心している。
今まで誰も彼女を止めるものはいなかったのだろう。
明るい茶髪の少女は半袖半ズボンに目の周りだけ覆う赤い仮面を身につけていた。
あまりにも軽装なのでおそらく攻撃を当てることさえできれば一発KOできそうだった。
怪盗という割には飾り気が無く、質素な感じがした。
肉体強化も出来るらしく、瞬発力や俊敏力に偏っているのが見て取れた。
「義賊だかなんだか知らないけど、盗みは良くないよ。二度とやらないと約束してくれれば見逃してもいいけれど……」
モルポソの件があったのにファイセルは激甘だった。
「はぁ? 見逃す? おにーさん、バカいっちゃぁいけないよ。自分の立場、わかってるわけ? あたしに指一本触れられるわけがないじゃない。きゃっはは!!」
クシアは生意気げに笑った。
ここにきてファイセルはハッっとした。
(い、いけないいけない。モルポソとの戦いで学んだろう? どんな相手でも常に殺る気でかからないと自分の命が危ないって!! あの娘は人を殺める気はないだろうけど、かといってここで油断すれば同じことの繰り返しだぞ!! しっかりしろファイセル!!)
迷える青年は自分にそう言い聞かせると軽く頬をパシンパシンと叩いた。
「バーカ!! スキあり~~~!!!!」
怪盗は催涙弾を足元に投げつけた。
すぐに辺りの屋根の上が白いガスで覆われる。
「しまった!!」
ファイセルは顔を制服に埋めると念じた。
(オークス、グラーフィ!! 互いに腕を組んで高速回転!!)
するとすぐに群青色と深緑色の制服が2着が反応して互いの袖同士を絡めあってグルグルと回りだした。
するとその風圧で催涙ガスはすぐにはけていった。
視界がひらけるとクシアは3つほど屋根をまたいだ先に居た。
「くそ!! あの娘、屋根の上をちょこまかと……まるでネコみたいだな!! 追撃するよ!! オークス、グラーフィ!! ハング&スローだ!!」
彼がそう命令すると2着の制服は片方ずつファイセルの腕を引っ張り上げて宙に浮き上がった。
「ウッソォ!? 何アレ!?」
少女は驚いた顔をして空中を凝視した。
「いくぞ!! 思いっきり投げつけてくれ!! 体当たりくらいなら大怪我にはならない……はず!!」
制服たちはブランブランと術者に勢いをつけるとそのまま振り抜くようにクシアめがけて主を遠慮なしに投げつけた。
「くそっ!! 無茶苦茶じゃんか!! 回避~!!」
ファイセルは頭から突っ込んでいった。
「バゴンッ!! パラパラパラ……」
結局は攻撃は空振りし、青年は土煙を上げて屋根に大きなヘコみを作っただけだった。
「あ~あ……。こりゃ弁償しなきゃな……。それにしてさすが二つ名持ち……。そう簡単には当たらないか。コレジールさんからはだいぶ距離が離れちゃったから思うような援護効果は出てないなぁ。これじゃ捕まらない。こっちに向かってきてくれてると助かるんだけど……」
得体の知れない魔術にクシアは戸惑った。
リジャントブイルではかなり変わった……というか変なものを魔術に使う者ばかりだ。
これは外部の術者から見ると非常に奇妙なものに映る。
オモチャのようなものでも愛用武器として活用している者もいるのだから無理もない。
ファイセルの動く制服だってクシアにとっては非常にへんてこりんなものに見えたし、モンスターにさえ見えた。
「くっそぉ!! お前らが3人ならあたしだって3人だ!! シャドウズ・サードタイム・ティータイム!!」
そう唱えると少女は3人に分身した。
ファイセルは見事な呪文に驚いたが、冷静に分析した。
「分身魔法か!! だけど、本当に質量をもった分身を作り出せるのは超高位魔術の域に入る。さすがに彼女がそこまで魔術を極めているとは思えない。あの3人のうち2人は分身のはずだ。未熟な使い手だとすぐにどれが本体だかわかるんだけど、彼女の場合はうまくごまかしてる。こりゃ厄介だぞ……」
だが、こちらにも制服が二着居る。
3人に1人ずつ当たれば簡単に取り逃がすということはないだろう。
「2人とも散開して!! 僕は真ん中を、オークスは左、グラーフィーは右を追撃して!! 攻撃のチャンスがあったら躊躇なく仕掛けること!! 殴って気絶させるくらいの勢いで構わないよ!!」
命令を聞くと宙に浮いた制服たちはすぐに分身かどうかわからないクシアを追いかけ始めた。
「へへん。バーカ!! そんな布っ切れに捕まるわけ無いじゃん。あたしの俊足でおにーさん共々ホンローしてやるよ~!!」
そう宣言すると恐ろしい速さで彼女は屋根の上を駆け抜け始めた。
ファイセルは全力で追いかけたがぐんぐん差を付けられていく。
コレジールは屋根の上は狭いと言っていたが、その限られた空間でも彼女は見事に3人の追手をかわしていた。
屋根の端から端へというよりはクルクル円形に回るように飛び移りながらピョコピョコ跳ね回っている。
一方のファイセルたちはというと各々がその動きにとらわれ、円形に追ったり時には仲間同士で出会い頭になることもあった。
「きゃっはは~~~!!!! な~んだ。おにーさん大したこと無いじゃん!! 拍子抜け~~~!!!! あ~、も~そろそろ飽きて来ちゃったナ……」
彼女が余裕を見せたその直後だった。
「ぶっ!!」
彼女のうちの1人が突如、壁に当たるような挙動をして倒れ込んだのだ。
ファイセルはすぐにそちらを振り向いた。
「これは……コレジール師匠だな!?」
今まであちこち移動していたクシアが円形に逃げるようになったために、ジルコーレはその中心に陣取ることが出来るようになったのだった。
彼は路地裏の壁に寄りかかって座り、死んだふりをしていた。
うつ伏せでもいいのだが、さすがに街中でうつ伏せは目立ちすぎる。
(インビージブル・ムーロ……いわば見えない壁じゃな。こんな子供だましにひっかかるとはやはり年相応と言ったところか。今の手応えじゃとありゃ分身じゃな。残りは2体。おそらく新たな分身を出すマナは残っとらんじゃろうからあと一息じゃな)
それを見ていた青年はすぐにそれが老人の妨害呪文だということに気づいた。
彼には壁がそれなりに見えていたのだった。
こういう妨害も想定して普段の講義を受けているわけだから当然といえば当然なのだが。
(う~ん……これは無理にスピードで追いかけずに師匠のムーロに追い込んだほうがいいかもしれないな。今、僕には強化がかかってないし、師匠とは意思疎通できていないけれど、多分そうしろってことなんだと思えるし)
予想外の自体に盗姫のクシアは焦り始めた。
まるで他者を警戒するネコのような雰囲気である。
「あ……あたしは捕まらないッ!! こんなとこで捕まってたまるかッ!!」
彼女は本体と分身で二手にわかれた。
ファイセルと制服たちが追いかけ始める。
(あっ、このままだと片方は壁のない方向へ行っちゃうぞ!! あれが本体だったらまずいな……)
だが、年老いたウィザードは手堅く決めてきた。
(おっ!! インビージブル・ムーロが両方の進路上に展開した!! あのままだとどちらも壁に激突するはずだ!! もし激しく抵抗されると非力な僕じゃ逃げられる可能性がある。グラーフィーは僕と一緒に、オークスはもう片方を追っかけていつでも捕まえられるようにスタンバイしておいて!!)
1人と2着は怪盗を追いかけた。もうすぐ見えない壁にぶつかる。
「デシン!!」
両方から同時に衝突音がしたが、オークスの方は分身だったらしく、跡形もなく消えていた。
「ぐにゃっ!!」
クシアは鼻を強打して思いっきり尻もちをついた。
ファイセルは素早くグラーフィーを着込むとその袖ごしに彼女の背中側の首根っこを掴んだ。
制服を着て袖越しに握るとファイセルはかなりの怪力になる。
「あいてて!! いてて!! は~な~せ~よォ!!」
青年は容赦なく首を締め上げた。
「ぐっ、ぐるしっ……し、死んじゃう……死んじゃうよ……」
それでも彼は力を入れ続ける。
「ギリギリギリギリ…………」
クシアの顔色は血色が悪くなり始め、どんどん青白くなっていった。
「なーんてね。僕に人が殺せるわけないんだよ」
ファイセルが力を緩めると少女は深呼吸してぐったりした。
「バカ!! あんな馬鹿力で!! 死ぬところだったじゃんか!!」
必死に訴える怪盗に青年は謝った。
「悪かったよ。でもやっぱり泥棒はダメだね。見過ごせない」
少女は急におどおどしはじめた。
「みっ、見逃せないって……どどっ、どうするつもりだよ!?」
実際、どう対応しようかは決めていなかった。
そんな中、屋根のそばの路地からコレジールの声がした。
「ふむ。よくやったのファイセル。じゃがの、大衆に支持されているそやつを街中で捕まえているとなるとそれはかなりわしらに不利じゃ。下手するとわしらが袋叩きにされかねん。ちょっと待つんじゃ」
そう言うとベテランは座り込んで死んだふりをした。
(リーフィー・ハンドカフス!! エン・アド・Gフォース!!)
老人がそう唱えるとまるで樽のタガのように彼女を草のつるがキツく縛り上げた。
「くっそぉ!! なにしやがった!! か……からだが、重い……」
彼女は身を捩って抵抗したが、動きがひどく緩慢だった。
俊敏だった彼女の動きがまるでウソのようだ。
「安心せい。ツタの拘束呪文に、ちぃとばかしおんしの重力周りをいじらせてもらった。わしがアンチスペルせんとどちらも解けんから下手に逃げんことじゃな。一生そのままじゃぞ。後遺症とかはないから観念するんじゃな」
それでもクシアは言い返した。
「義賊にはプライドってもんがある!! 捕まった以上、煮るなり焼くなり好きにするが良いだろ!! あたしは絶対、何があっても後悔しないからな!!」
こうして盗姫のクシアは捕まえた。
しかし、捕まえては見たもののどう落とし所をつけるかについてはファイセルもコレジールも考えあぐねていた。
思わずは2人は顔を見合わせるのだった。




