義賊つってもドロボーじゃろ?
モルポソを撃破した地点から近い街でファイセルは師匠の師匠、コレジールからランチをおごってもらっていた。
「ささ。これはわしのオゴリじゃ。好きなだけ、好きなもんを食うとええ」
青年は遠慮して戸惑っていた。
「は、はぁ……。好きなものを好きなだけと言われましても……」
すぐに考えていることを老人に読まれた。
「どうせ遠慮しとるんじゃろ? やめやめ。水臭いんじゃよ。わしにとってお主は弟子の弟子、孫のような存在なんじゃから。お主はまだわしに会って間もないが、わしはお主がオルバに弟子入りする前から見守ってきとるんじゃからな。目に入れても痛くないくらいじゃわい」
そこまで言われると好意をムダにするのは失礼だと思えてきた。
甘えるとまでは行かないが、今後は師匠の一人として彼を頼ろうとファイセルは思った。
「じゃあ、僕は森林パスタと巨人オレンジの搾りジュース。あとゲージゲッジ虫のフライを……」
「かしこまりました」
ウェイターのお姉さんはオーダーをとって戻っていった。
「しっかし、斬宴をあすこで食い止められて本当に良かったのぉ。もしこの街の規模であやつが殺戮を働けば犠牲者の数は数え切れんかった。おんしは痛い目をみたかもしれんが、あの海岸線に奴を足止めにしたのは立派な功績じゃ。実質的にわしの奇襲じゃったからガードゆるゆるじゃったしな」
ジルコーレはファイセルを褒めたが当の本人は難しい顔をしている。
「師匠の言いつけは守れんかったし、なにより己が非情になりきれんかった。これでスッキリしろというのが無理があるか……」
気まずい話題を振ってしまった彼だったが、その現実からは目をそらさなかった。
「のぉ、ファイセルや。最近はすっかり平和ボケしておるが、リジャントブイルは国の重要な武力である事を忘れてはおらんか? 軍属でこそないものの、それにとって変わる武力を有しておる。入学する時に署名させられたじゃろ。有事の際は国のために命をかけることを誓約する……と」
学生証のラストページに親指の血印を押したのが昨日のように思い出される。
「つまり、いざとなれば学院一丸となって人を殺せ……いや、殺し合えということじゃ。幸いここ100余年はそういった事態になってはおらんが、明日何が起こるかは誰にもわからん。もっとも実際に戦場に駆り出されるのはリジャスターや研究生、そして中等科の模範クラスくらいじゃ。下級生は学院の防衛などじゃが、防衛隊も強固に編成されるので基本的には矢面には立たされん。お主も戦場に立つ当事者なのを忘れなさんなよ」
まるで見たことあるかのような物言いだが、よくよく思い返せば彼の年齢は120歳前後と聞いた。
戦時中の学院の様子を知っていても何らおかしくはない。
「コレジール師匠も学院の関係者だったんですか?」
なんとなく疑問に思ったので聞いてみた。
「いや、内部のものではなかったが、ちょっとしたツテがあっての。闘技場にちょっかいを出したりしたわい。教授らからも目をつけられたりしとったから内情もそれなりに知っとったんじゃ」
ファイセルは怪訝な顔をした。
「またツテですか……学院に、教会に、M.D.T.F(魔術局タスクフォース)に、ノットラント東に……。いくらなんでも顔が広すぎるんじゃないですか? 本来のホームはどこなんです?」
老人は迷うように目線を泳がせた。
「う~む、わしは昔から根無し草の風来坊じゃからな。そうさな、なんだかんだで常にあちこちフラフラしてるの。じゃが今は戦争に加担したかつての贖罪のつもりで人の為になることをモットーに動いとる……つもりじゃ。ま、実際どれくらい役に立ってるかはかなり怪しいんじゃが、いざとなれば身を削るくらいの覚悟はあるがの。それが無駄に長く生きすぎた老人の役目じゃ」
ファイセルはコレジールの事をもっとバリバリの軍人で、武闘派なのではと思っていたが、どうやらそれは思い込みのようだった。
「な~んての。そりゃ過度に美化し過ぎじゃ。いい歳しとるのに下手にいろんな事に興味があっての。じゃから懲りずに物見遊山でめんどうな事に首を突っ込んだり、痛い目を見たりするんじゃ。救えないただの老いぼれじゃよ」
彼はそう言って肩をすくめたが、その眼差しはウソをついている人のそれでは無かった。
少なくともかつての戦争行為を悔いているのは間違い無さそうだった。
それに人の為に動いているというのもまた真実であるように思えた。
そうでなければクセのあって手のかかりそうな創雲のオルバの面倒をわざわざ買って出たりはしないだろう。
今のライネンテ中部、南部の環境安定はオルバだけでなく、コレジールによるものも大きい。
というか彼が居なければ未だに中部、南部は荒廃し、荒れ地だらけになって不死者がそここに沸いていただろう。
そういえば気になっていたことがファイセルにはあった。
先程の海岸線での会話の仲で約100年前のノットラント内戦が”単なる領地争いではなかった”とコレジールが振り返ったことについてだ。
ノットラントの利権でないとすれば、なぜ頼国と羅国は武力衝突したのか。
そしてなぜ学院では不自然にその理由や背景がぼかされているのか。
これらに疑問を抱かずにはいられなかった。
「そういえば師匠、先のノットラント内戦は領地争いではないとおっしゃいましたが、それならばなぜ両軍が衝突したんですか?」
そう問いかけると老人は顎に指をあててうなり始めてしまった。
「う~む。その様子じゃ学院では教えてもらっておらんのじゃろう? 内戦の原因の詳細についてはタブーなんじゃ。現代ではもったいぶって誰も語らんし。それに真相を知るものもほとんどが死んでしもうた。わしも知っとるには知っとるが、今ここで軽々しく明かすべきではないわい。わしの場合は別にもったいぶってるわけじゃないんじゃが、今のおんしが知るにはまだ早い。事情が事情だけにのぉ。もし再び戦が起こるようなことがあればそのときは教えると約束するぞい」
それにしても物騒なシチュエーションでの約束である。
結局、肝心の理由や原因については聞くことが出来なかった。
しかし”もったいぶって誰も語らない”という彼の発言にファイセルは首をかしげた。
戦争の理由についてもったいぶるもなにもあるのだろうか?
青年が考え込んでいるとあけっぴろげの表の通りが急に騒がしくなった。
人通りが爆発的に増えてガヤガヤと騒ぎ立てている。
ファイセルとコレジールは目を合わせると揃って屋外へ出てみた。
すると地面のあちこちにコインが落ちているではないか。
安価なものから高額のものまでシエールが道いっぱいに散乱していた。
頼国の通貨「シエール」は硬貨のみで紙幣は存在しない。
かつて海岸の美しい貝を通貨としていたことから貝を意味するシェル。
それがなまっていつしかシエールと呼ばれるようになった。
その硬貨はどうやら頭上から降ってきているようである。
人のようなシルエットが上空を行き来している。
同時に名刺サイズのカードもばらまかれていた。
ファイセルは落ちているそれを拾い上げて記載されている内容を読んだ。
「なになに? 盗姫のクシア、ココニ堂々参上ス!! ……ですって。クシアかぁ。名前だけは聞いたことあるけど……」
屋根の上を飛び回る人影を見ながらコレジールが記憶をたどった。
「あれじゃろ。あくどい富豪や領主の邸宅に盗みに入り、手に入れたシエールや財宝を貧しい人や住民に配る……俗にいう義賊ってやつじゃな。小娘ながら二つ名持ちじゃからの。腕は確かじゃないかの。にしてもわしも見るのは初めてじゃ。民衆からは大層、歓迎されとるようじゃが……」
実際、町の人々はまるでカーニバルのように盛り上がっていた。
「ふ~む、しかしのぉ。いくら義賊とはいえドロボーと言えばドロボーじゃ。まだ若いし、のぼせ上がってるフシもある。わしはあまり関心せんのぉ。多分、捕まえれば莫大な報酬が被害者から支払われるじゃろうな。ライネンテやミナレートの一等地に豪邸が建てられるくらいはもらえそうじゃ。それに、金はいくらあっても困ることはない」
青年は老人の顔を覗き込んだ。
「師匠、彼女を捕まえる気なんですか?」
コレジールは目を細めて曇った表情をした。
「わしとおんしが連携すればなんとか捕まるじゃろ。しかし、捕まえて引き渡したら死ぬまで辱められ、拷問され、酷い殺されかたをするじゃろうな。そこまで行くとさすがに後味が悪いし、行き過ぎじゃ。お灸をすえて反省させる程度でわしは十分だと思っとるよ」
莫大な報酬と聞いてファイセルも全く反応しないわけではなかったが、おおむねコレジールと同じ意見だった。
「じゃあ早速捕まえてみましょうか。でもまだコレジール師匠との連携は試したことがないからなぁ……」
コレジールは短い白髪のヒゲをいじって作戦を練った。
「なに、簡単じゃ。おんし本体と、その制服を展開させて挟み撃ちにするとええ。これだけで3人に囲まれることにかるからの。わしはおんしと制服を強化する。そうすればあの尋常でない速さのクシアにでも追いつくことが出来るじゃろう。ある程度、行動範囲を狭めればわしの拘束呪文で捕縛出来るはずじゃ。それじゃ、やってみるかの」
ファイセルは全力でジャンプしてなんとか2階建ての屋根の上に登った。
肉体強化が得意な者ならこれくらい軽く登れるのだがファイセルではこんなものだった。
だが、老人のサポートが効いてくるといきなり体が軽くなった。
「うわぁ、相変わらずすごいな!!」
青年は戸惑いながらも深緑色の制服と群青色の制服を脱ぎ捨ててサバイバルジャケットだけになった。
「いいかぁ!! 屋根の上はそう広くはない。追い詰めること自体はそう難しくないはずじゃ。チャンスがあったら屋根から引きずりおろせ。そうすればアドバンテージがとれるはずじゃ。世間知らずの小娘に世間の厳しさを教えてやるんじゃ」
ファイセルは下の路地に倒れ込んで死んだふりを始めたコレジールに親指を立てて隣の屋根へと飛び移った。




