2つの遺品を胸に抱く
シャルノワーレとイクセント……もといレイシェルハウトは学院のトレーニング用の仮想空間で見合っていた。
ウルラディール秘伝剣技の特訓をやっていたのだ。
「行きますわよ!! ソード・オブ・ヴァッセ!!」
ノワレは小柄でやや華奢な剣を抜くと一気にレイシーとの距離をつめた。
風属性の回避呪文であるエアリアル・ウィン・ダ・ヴォイドでステップを踏み、彼女はその斬撃を回避しようと試みた。
だが、あまりの速さに捕まってしまった。少女に連撃が迫る。
「貴女、いい加減、その呪文だけに頼るのはやめなさい。ウルラディールの回避呪文だから私にはどう避けるか手に取るようにわかるッ!! 無論、私以外でも見破れる者はいます!! いくつかの回避パターンを新たに身に着けねば死にますよ!!」
それにガードで反応できるわけもなくすぐさまレイシーはボロボロになっていった。
だが、エルフの少女は一切手を抜かない。
「甘いッ!! 甘い甘いッ!! そのニワカ剣術が足を引っ張っているって何度言ったらわかるの? 体に覚えてもらうしかないわねッ!! 舞華のアルカレイナ!!」
彼女は斬り上げを放って旋風で巻き上げるようにしてレイシーを高く打ち上げた。
ピンクの花びらのオーラが鮮やかに空中に舞った。
少女はそのまま受け身も取れないまま激しく地面に叩きつけられる。
「ほっほぉ~~~。ずいぶんハデにやっとるのぉ」
教授のお偉いさんのファネリが白いヒゲをさすりながら目を細めた。
それを一緒にレイシェルハウトの付き人のサユキが見つめていた。
「ええ……SOV……とんでもない力を秘めた宝剣……いや、魔剣と言っても過言ではないですね。いくらお嬢様が普通の剣を使っているとはいえ、あれだけの実力差が出るとは思っていませんでした。もっとも、ノワレさんの武器の記憶を読むWEPメトリーが非常に優れているというのもあるのですけれど」
レイシーは歯を食いしばりながら立ち上がり、剣を構えた。
頭から出血し、足元にはポタリポタリと血が滴っている。
「ぐっ、まだだ……。ご先祖様の残してくださったその宝剣をムダにするわけにはいかん。必ずものにしてみせる!!」
彼女は腰の小袋から高級なマナ・サプライ・ジェムを取り出した。
そしてそれを指に挟んで集中すると宝石は石のように色を変えた。
それとほぼ同時に彼女の傷は自然治癒し、マナも全回復した。
「あ~あ。あんなにジャンジャン高級品を使いおって……。まぁワシくらいになると金の使い道なんぞたいしてありゃせんからな。あれくらい羽振りがいいくらいでちょうどええんじゃが」
ファネリのひところにサユキは申し訳なさげに頭を下げた。
「すいません。ご迷惑をおかけします……」
老人はなんだか満足げに首を縦に振った。
「かまわんかまわん。これも秘密結社ROOTSの活動の一環じゃからな。せっかく世界中から同志を集めとるのに肝心の次期当主の刃が研がれていなければ元も子もない。お嬢様はウルラディール……いや、ノットラントをしょって立つ存在だからの」
家の話ならともかく、島国全体の話にまで及ぶとなるとどこまで彼が本気なのかサユキにはわかりかねるところがあった。
もっとも全くの冗談でもないといった様子だったが。
「ほれ、またぶつかるぞい」
視線を閉鎖空間の映ったマギ・モニターに目をやる。
この空間はアシェリィとノワレ、カークスなどが使ったのと同じタイプの仮想空間である。
特に地形変化などの機能はないが、プレーンなフィールドとしては最適である。
それに、壁や床には耐衝撃のバリアが張ってある。
学院の闘技場などと同じシステムだ。
広さはその時によって変えることが出来る。今はコロシアムを意識した割と広めの設定となっている。
それでもレイシェルハウトが壁や天井に叩きつけられていることから、かなりノワレにふっ飛ばされていることがわかった。
エルフの少女は走り出して1、2と剣を振った。
するとレイシーは反射的に回避する呪文でそれをかわした。
「またです!! 貴女はエアリアル・ウィン・ダ・ボイドに頼りすぎる!!」
ノワレはWEPメトリーで剣の持ち主とシンクロしているのでシャルノワーレの欠点が手に取るようにわかっていた。
軽く子供だましの足払いをかけるとレイシーはまんまと引っかかった。
ノワレはすぐに回し蹴りを放って相手の復帰を妨害した。
「2点目!! ウルラディール秘伝剣技は格闘を間に挟む!! また、この際に格闘での破壊力を落としてはならない!! 刃から拳、拳から刃への素早いかつ正確な魔力の移動を行うこと!!」
ただの回し蹴りだったはずなのだが、激痛が走る。
レイシェルハウトは脇腹を片手で押さえた。
そのスキをノワレは見逃さなかった。
「3点目!! この剣技は剣技とは名乗っていても実体は魔法!! 剣技と格闘術の中に術式を織り込んで発動させて呪文として発動させるのです!! 故に西華西刀では端から太刀打ちできません!! 穿岩のストレニュート!!」
剣技の使い手が柄を両手で掴んで軽くかざすとレイシーの足元から尖った石柱が出現した。
ノワレがWEPメトリーしているかどうかはすぐにわかった。
彼女がクセのあるお嬢様言葉を使わなくなるのだ。
おまけに目つきが別人のそれに変わる。
きっとこれは今までの歴代の剣の使い手の人格を練って固めたようなものなのだろう。
(ま……負けた……何回目の完敗だろう……。指一本触れられない……)
宙に舞った少女の意識は遠のいていった。
「ズシャァッ!!」
受け身も取れずにレイシーは地に伏した。
「ハァッ……ハァッ!!」
一方のノワレは一撃も喰らっていないのに激しく息を荒げた。
そこまで強力な呪文も使っていなかったはずだが。
「ぷはぁっ!! これが限度です……わ……」
エルフの少女も後を追うように倒れ込んでしまった。
それを見ていたファネリは複雑な表情をした。
「う~む。やはりノワレ様にとって宝剣の記憶を読み取るのは非常に大きな負荷となっているようじゃの。特訓のたびにこの有様じゃ。果たしてモノになるまで2人の体が持つのかのぉ。まぁマナ・サプライ・ジェムですぐ回復するということは単なるマナの枯渇なんじゃろうからそこまで心配はいらんか。かなり荒っぽいがこれくらいでええのかもしれん」
変装したサユキは浮かない顔色だ。
「剣術のつなぎとして苦し紛れで教え込んだ西華西刀が裏目にでてしまいましたね……。クセの無かったお嬢様に別の流派を植え付けてしまった……」
学院のお偉いさんはキセルをふかして答えた。
「しょうがあるまい。ウルラディール秘伝剣技のソードマスターはルーブによって皆、暗殺されてしまったんじゃから。跡継ぎの芽を潰すために執拗に剣術指南役を殺していったからのぉ。まったくルーブは憎たらしい奴じゃて。じゃが、今は別の立派なソードマスターがおる。それだけでわしらとしては救われた気分なんじゃよ」
2人が語り合っているとムクリとシャルノワーレが起き上がった。
いつも特訓が終わって両者が倒れた後、必ず先にノワレが立ち上がるのだ。
(これは……SOVからほとばしる魔力の波動……。おそらく実戦で使えばわずかずつではあるけれど、自然とマナが回復していくはずですわ。この娘の一番の弱点であるスタミナ不足によるバテを解消できるかもしれませんわね。この剣自体も愛用の杖とは比べ物にならない火力を秘めていますし。全てがピッタリとはまれば単身で小規模な砦を落とすくらいの戦力にはなりますわね……。恐ろしいお嬢様だこと……)
とんがり耳の少女は剣を見つめるとヒュンヒュンと空を斬って美しい装飾の鞘にそれをおさめた。
純粋なウルラディールの血族でない限り、ヴァッセの宝剣は抜刀できない。
しかし、ノワレは武器の記憶を読むことによってかつての使い手と限りなくシンクロしている。
その証拠に、本来、浅葱色であるはずの彼女の体液や血液はSOVを握っている間は人間と同じになる。
捉えようによってはレイシェルハウトと血を分けた姉妹のような存在になっていると言っても過言ではない。
もっとも今は師匠と弟子の関係であるからして、そんな事に気を使う余裕は互いに無いのだが。
少ししてレイシーは意識を取り戻して腕を床に突き立てた。
それを見かねてシャルノワーレは彼女に手を差し伸べた。
「大丈夫ですの? さ、お立ちになって」
最初の頃は険悪でそれこそ殺し合い一歩手前のようなイクセントとノワレだったが、今はそれがウソのようにすっかり打ち解けていた。
2人とも元・お嬢様であることから気が合う面も多かったのだ。
エルフの少女が剣術指南役になった事がきっかけで、より仲は深まった。
ただ、レイシェルハウトはもともとイクセントとして身分を偽っているし、それ以外にもどこか秘密主義的なところもあった。
だから親しくしているノワレも空気を読んで彼女が聞かれたくないような話題には一切触れないでいた。
確かに親友ではあるが、心の奥まで入り込んできて彼女を引っ張り上げたクラリアよりは距離があった。
クラリアはレイシーが屋敷に居た頃の友人で、西ノットラントのバウンズ家の令嬢だった。
遠征試合がきっかけで文通が始まり、そこから親しくなっていった少女だ。
時に、レイシーの”やりたいこと”を問いかけ、立派な武士になるという強い思い込みやプレッシャーから解き放った人物でもある。
だが、彼女はもうこの世には居ない。
水解症という全身が水に溶ける難病にかかり、水と一体化してしまった。
イクセントがいつも首から下げていたノットラント稀銀のペンダントの中の液体はクラリアそのものだったのだ。
それだけではない。一緒にぶら下げてある木製のホイッスルは肢体を噛みちぎられて戦死したアレンダのものである。
レイシェルハウトは常に2つの遺品を服の下に忍ばせ、肌身離さず身につけている。
「もう友達や仲間を失うのは耐えられない」
レイシーは強く心の中でそう思っていた。
それはノワレとて例外ではなく、屋敷の争いにはこれ以上は深入りさせないと決めていた。
そういった彼女の心情が秘密主義として色濃く性格に現れていたのである。
ソファーで並んで座り、とんがり耳の少女と他愛のない話をする少女はそんな事を考えて上の空だった。




