あーぁあちあちあー!!
教師のフラリアーノと生徒のアシェリィ、ラヴィーゼ、リコットは噴火島の黒い浜辺を歩いていた。
「あっつ~い……」
「あち~」
「マヂあついし~~~……」
フラリアーノだけは一人ニコニコとしている。
3人が振り向くと彼の顔の横には小さな氷の女神のような幻魔が出現していた。
隣りにいたリコットが教授に近づくと騒ぎだした。
「あ~!!! ずるっこいし~!! 先生の周り、ヒンヤリしてるし~~~!!!」
それを聞いてアシェリィもラヴィーゼも彼に歩み寄った。
「あ、ホントだ。い~な~!!」
「1人だけ涼しい思いをしてるのは気に食わないなぁ」
2人は不満げだったが、フラリアーノは彼女らに言い聞かせた。
「この暑さを体験せずして遠足とは言えませんからね。あなた達には悪いですが、この幻魔は貸してあげません」
3人の女生徒達はあれやこれやと文句をぶつけた。
その時だった。活火山が大爆発を起こしたのである。
噴石とマグマが飛び散ってこちらに飛んでくる。
反射的にサモナーズ・ブックを叩いてアシェリィは水属性の幻魔を召喚した。
「サモン!! アクアン・ブルー・スプリング!! レーナーデ!!」
一行の目の前に透き通る美しい泉が出現した。
「時間稼ぎくらいにはなるよ!! 飛び込んで!!」
そう促すアシェリィにリコットが尋ねた。
「アシェリィ、土か岩属性で硬い幻魔はいるかし? 上手く行けば噴石とマグマを防げるし。もしこのまま誰もガードせずに泉に飛び込んだらきっと熱湯になってしまうし!! 早く!! ピッタリな幻魔を探すし!!」
アシェリィはすぐに呼び出す使い魔を思いついて詠唱した。
「サモン!! サンド・カーキ・イエロゥ!! サンドリス!!」
リコットに向かってそう唱えると彼女の体色が茶色い砂の色に変化して、両腕が広がってシールド状になった。
「よし!! これならいけるし!! アシェリィ、ラヴィーゼはしばらく水場に姿を隠してろし!! あとはあたしがなんとかするし!!」
ピンクから茶色に色変わりした少女は飛んでくる噴石やマグマを弾いた。
特にマグマの危険性は半端ではなかったが、砂で出来たサンドリスにとっては大した問題にはならなかった。
砂を固めた特性をしているので水分で濡らされない限り、その硬さが劣化することもない。
熱された飛来物を防げたことによってアシェリィの泉は冷たさを保ったまま展開していた。
「ちょっと試してみるか……」
ラヴィーゼもサモナーズ・ブックを構えて召喚した。
「サモン!! ホワイティ・ナイト!! カルシウム・ウォール!!」
骨の塊を練って固めたような悪趣味な壁がリコットを援護するように出現した。
カルシウム・ウォールは噴石は防いだものの、マグマには全く効果がなくて貫通してドロリと溶けた。
「う~ん……やっぱり不死者と炎属性の相性は最悪か……」
一方のフラリアーノの氷の女神は噴石やマグマをカチンコチンに凍らせて勢いを殺していた。
その結果、殺人的な速さで迫る飛来物を地面に撃ち落としていた。
そのまましばらくすると噴火が止まった。
だが、上陸してみた感じでは次にいつ噴火するかはわからない。
感覚的にはかなり頻繁に爆発を起こしているようだ。
これではいつ噴火口にたどり着けるかわかったものではない。
フラリアーノは涼しい顔をしてアドバイスしてきた。
「こういうときは弱点を突くだけでなく、同属性をぶつけてみるというのもアリかもしれませんよ。3人共さほど炎属性との信頼度は高くないようですが、解決策はかならずあります。また噴火する前に互いのサモナーズ・ブックを確認してみては?」
それを聞くと3人は半身を水に浸したまま三角形に頭を付き合わせてああだこうだと相談し始めた。
「う~ん、あたしは全体的に不死者だからなぁ。火が効かないやつもいるけど有利に働くかって言うと……」
ラヴィーゼは腕を組んで首をひねった。
「あたしもこの状況で役立ちそうなのはいないし~。他のシチュエーションならまだしも~。ワンチャンあるとすれば妖憑くらいしか~」
リコットも肩をすくめた。残るはアシェリィだけとなった。
「う~ん……やっぱり炎属性とは一番縁が遠いんだよね。そもそも無名下級ばっかだし。ちゃんとした幻魔は居たっけかなってレベ……あ、いたっ!!」
アシェリィはペラリと該当のページをめくった。
「亡霊のポルムス……? 全然呼び出さないからすっかり忘れちゃった……。どんな幻魔だっけ……?」
アシェリィはポンポンとサモナーズ・ブックを叩いた。
「サモン!! ニヒル・スカーレッド!! ポルムス!!」
するとランプの光るようなオレンジ色をしたシルクハットのオバケが出現した。
「もー、アシェリィ、ひどいじゃないのよさ~~~!!!! ボクというものがありながら、全く呼び出さないなんて!!」
その姿を見て主は「あー、こんな幻魔いたいた」などと思っていた。
確かその場しのぎの目くらましのフラッシュくらいの能力しか持ち合わせていなかったはずだ。
「お~2人もレディが増えてるじゃん!! お嬢さんたち、お名前は? ねぇねぇ、これからお茶とかどう?」
そしてこんなウザったい性格だったのも思い出した。
「うわ~……ないわぁ……」
「うっわ!! こんなヤツ憑依させたくねーし!! 下級幻魔みたいだから無理やり従えてやるし!! 妖憑!!」
ポルムスは無残にもリコットの手のひらに吸い込まれていった。
「しょ、しょんなぁ~~~……」
ささやかな抵抗もむなしく、彼はリコットの体に収まってしまった。
彼女はぼんやりと暖色に輝いてシルクハットをクイッっと押し上げた。
「憑依とは言うものの、格下なら好き勝手に扱うことができるんだし。おお、おおお!!! 見えるし!!」
アシェリィとラヴィーゼは顔を見合わせた。
「何が見えるってんのさ?」
骸使いがそう聞くとリコットは目を見開いた。
「これなら噴石とマグマがどんな軌道で飛んでくるかわかるし。あとはそこらの岩にマントラー・ゴーレムが潜んでるし。まともに当たると絶対苦戦するから先頭をあたしに変えて2人は後ろをついてくるし」
3人は互いに頷くと泉から出て噴火島の斜面を登り始めた。
ただでさえ熱いのに、坂を登るのだから余計に暑い。
途中で温泉が湧いているのも見かけた。
「あ~、いいなぁ~温泉」
アシェリィの一言にリコットがツッコんだ。
「馬鹿言うなし!! あんなんどっから見ても熱湯だし!! 呑気なこと言ってないでとっとと坂を登るし!! まだ3分の1も来てないし!!」
ピンクとオレンジの入り混じった少女は憑依の影響かどこか怒りっぽくなっていた。
彼女が注意力散漫になったその時だった。
「しまったし!! マントラー・ゴーレムふんづけちったし!!」
少女の足元の岩がせり上がってマグマで出来たゴーレムが姿を表した。
「マグマ攻撃は避けてください!! 当たるとヤケドしますよ!!」
フラリアーノは小さな氷の女神で飛んできた溶岩を叩き落とした。
アシェリィはサンドリスで、ラヴィーゼは骨の壁を縦に、リコットは回避でそれぞれやり過ごした。
だが、マグマが飛び散った事によって周囲で眠っていたゴーレムたちが起き出して、あたり一帯は溶岩だらけになった。
「ぬぬぬ!!! 本当はしんどいからあんまりやりたくなかったけど、背に腹はかえられないし!! アシェリィ、さっき上陸直後に使った雨乞いの幻魔をフルパワーで召喚するし!! 妖憑で強化すれば多分、溶岩を冷却して固めることが出来るはずだし!!」
アシェリィはリコットを案じた。
「でもそれじゃあリコットちゃんが!!」
シルクハットの少女はポーンと高く帽子を投げた。
「でももヘチマもねぇし!! さぁ、いくし!!」
「くっ!! サモン!! エンリッチ・ブルー!! ランフィーーーーーネ!!!!」
アシェリィは天高く水色の光を投げつけた。それが落ちてきてリコットに重なる。
「いくし!! 癒やしの妖雨!! 猛る溶岩を鎮めたらん!! 心重なりて我と一つになれ!! サモン・ランフィーネ・ポゼゼスト!!」
すると天から雨のように水滴が降り注いできた。
最初は普通の冷たい雨だったのだが、どんどん水温が上昇していく。
「うぜ~。このゴーレム共、小生意気に抵抗して水温を上げてきてるし!! これだけ数が多いと押し切られるし!!」
全身水色になって体中を水が巡るような見た目になったリコットは歯を食いしばった。
「リコットちゃん頑張って!!」
「踏ん張れリコットォ!!」
妖精を憑依させた少女を友人2人が熱く激励する。
「無茶言ってくれるし!! あー、もうこいつら何匹いるんだし!!」
次々と溶岩の塊が地面からせり上がる。
降っている雨はだんだんぬるま湯になり、そしてとうとうお湯になってしまった。
「きゅ~。もうアカンし……」
リコットは立膝をついて座り込んでしまった。
どうやら妖憑も切れてしまったようだ。
「あーぁあちあちあー!!」
「うわっちゃああああ!!!!」
「………………」
ダウンしたリコット以外はまるで虫のように熱湯に身をよじった。
次の瞬間だった。フラリアーノがパチンと指を鳴らした。
その直後、一面は急激に凍りついて一帯のマントラー・ゴーレムは残らず沈黙した。
それどころか地面や大気までもが凍ってしまったかのように感じる。
「大丈夫ですか? ああ、この幻魔は人には効かないように調整してあります。巻き込まれたら一瞬でカチンコチンですから。誤解しないで欲しいのはこれはあくまで遠足であって課題の類ではありません。それは確かにこの炎を克服するのが理想ですが、別にここで無理をすることはありませんからね。ただ、体験する必要はあったわけです。さぁ、リコットを起こしましょう」
そう言いながら教授は真っ白に輝く試験管を三本取り出した。
「私の幻魔から生成した特製薬、ヒエルーンⅡ式です。これは召喚術師でないと飲んでも効果がない専用薬なんです。その分、品質は保証しますよ。飲むと熱に強くなって熱さが和らぐはずです。それにヤケドしにくくなりますしね。かといってマグマを弾くほどの効果はありません。あくまで探索用なので過信しないでください」
ラヴィーゼはワシャワシャと後頭部を掻いた。
「あのさぁ……先生、そういうのは先に出してくんない?」
アシェリィも両腕を握って上下に振った。
「ホントですよぉ!! めちゃくちゃ熱かったんですから!!」
リコットもそれを聞いていて頭にきたようだった。
「あたしの……がんばりは……なんだったし……」
火山を体験する必要があった。いくらそう説得しても教授の言葉は少女たちには一切届かなかった。




