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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter6:魔術謳歌
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宴の締めは赤いポップコーンで

モルポソはいよいよ双剣を振りかぶった。


その時、ファイセルは首に温かいものを感じていた。


急速に全身に気力が戻ってくるのである。


その場で跳ね起きるとあとほんの少しのところで斬撃をかわした。


そのままバク転を繰り返して相手との距離を開ける。


彼が不自然に思って首筋に手を当てるとジュウジュウと音を立てて傷がふさがっていった。


明らかに治癒魔法で援護されている。


「こ……これは……?」


第三者が近くにひそんでいるのはわかったが、カモフラージュが完璧かんぺきすぎてどこに居るかがわからない。


ファイセルだけに聞こえるように声の主はコンタクトをとってきた。


「ま、坊っちゃんにはいきなりの殺しは無茶ぶりが過ぎるのぉ……」


聞いたことのある声だ。青年は戸惑いながらあたりを見回した。


「おい、おめぇなにやってんだ? 奥歯に仕込み薬でも仕込んでやがったか? 小賢こざかしいヤツだぜ……」


またもや声が聞こえる。


「ええかの? おんしは適当に魔法を唱えるフリをするんじゃ。するとわしの攻撃が時間差になって相手が避けにくくなる。わし、こういうめんどくさいの嫌いじゃからとっととるぞ。しっかりと本当の殺し合い……いや、殺しを見ておくんじゃな」


命の危機を脱した青年は突然の指示に困惑したが、心当たりがあったのでその声の主を信じた。


「よし、今度はこっちの番だ!! この必殺呪文を喰ら……」


詠唱えいしょうが食い気味だったが無数の輝く針が発射された。


モルポソは素早く横ステップでこれを避けたが、片腕に被弾して穴だらけになってしまった。


光の針のあまりの速さについていけていない。殺人鬼は思わず痛みで片腕を押さえた。


(ほれ!! もう一発!!)


ファイセルはまたもや魔法発動のふりをした。


「セカンダリィ・レイズ!! 喰らえ!! 貫きの――」


またもや食い気味で魔法が発動した。


今度は残った腕に針が集中してモルポソは両腕をやられた。


大きな穴だらけの傷口からダラダラ血が流れる。


「ははは!!! やるじゃねぇか!! だがな、こんぐれぇで俺が止められるかと思ってん―――」


彼が続き言いかけようとした直後、斬宴ざんえんの上半身が小爆発を起こし、ポップコーンのように弾けとんだ。


「ボシュウウウウッッ!!!!」


バラバラと血と肉塊と細かい骨が辺りに飛び散る。


相手の両腕は爆散し、ゆらりゆらりと下半身だけがこちらに向けて歩いてきた。


なんという執念しゅうねんなのだろうか。だが、やがて倒れ込んで腰から下は微動びどうだにしなくなった。


驚きのあまり、学院生の中等部ミドルはその場で立ち尽くしてしまった。


「……い。おい!! おんし、血まみれじゃぞ。酷い有様ありさまじゃ。海で洗ってこい」


彼は我に返るとモルポソに近寄った。


生死を確認しようと近づいたのだが、上半身が跡形あとかたも無く吹っ飛んでいる。


その光景はあまりにもグロテスクでファイセルは吐き気を覚えた。


二つ名がこうもあっさり無残な最期を向かえるとは想像できなかった。


最後の言葉はおろか、断末魔だんまつまさえ上げることを許されなかったのだ。


命拾いしたファイセルは海に何度もかって血を洗い流した。


その頃には更に彼は冷静になっていた。


気づくと砂浜に人がうつ伏せで倒れている。


普通なら行き倒れかと思うところだが、そうではないとファイセルは確信した。


「やっぱり……コレジール師匠せんせいだったんですね」


うつ伏せのまま老人は手をひらひらと振った。


「よう。元気でやっとったか? ……ってまぁ元気なわけないのぉ」


学院生は浜に座りながら水平線の向こうを見つめた。


「オルバ師匠せんせいの依頼でヘルプに来てくれたんですね?」


まるで死体のように転がる老人は答えた。


「ま、そういうことじゃな。ファイセルくんの事じゃ。生きたまま取り逃して返りちにあうから助けてやってくれとな。創雲そううんの予想は的中したというわけじゃな」


ファイセルは虚ろな目で海の向こうを見て小石を投げた。


「あんなにあっさり、しかもあんな殺し方……コレジールさんは人を殺める事に戸惑いはないんですか?」


そう問われた彼は体を震わせて笑った。


「カッカッカ!!! おぬし、それは愚問じゃぞ。人殺しに抵抗があれば戦争で活躍してたわけないじゃろうが。もっとも、楽しんでやっていたかといわれれば決してそんなことはないんじゃが。しかし、実際にったのはかなり久しぶりじゃ。まぁ今回は微塵みじんも後悔はしとらんが。モルポソの行動やポリシーに関しては全く理解できんかったし、あんなクズにはあんな最期で十分じゃろ」


服類を回収して戻ってきたファイセルはため息をついた。


「相手は二つ名持ちだったのに、コレジールさん恐ろしく強いですね……」


老人は寝返りを打って姿勢を変えた。


「バカモン。あんな若造わかぞうられる程度では末代まつだいまでの恥じゃ。まだまだ現役には負けてられんと言うところかの。それに、もっと強い二つ名は腐るほどるし、斬宴ざんえん程度で騒いでおったら何度死ぬかわからん。討伐難易度Cマイナスってとこじゃ。おんしの戦いも悪くなかったが、これにりたらしっかり敵の息の根を止めるんじゃな。改心を期待していたら何度殺されるかわからん。わしもそうやって人を殺めてきたわけじゃし」


偽死ぎしのコレジールは砂を払いながら起き上がり、服の砂をはらって座り込んだ。


「ところで、コレジール先生は何の魔術を得意としていらっしゃるんですか? 攻撃、回復、補助……なんでもこなしているように見えるんですが……」


老人は首をコキコキと鳴らした。


「おんし、普通そういうのは秘密にしておくべきじゃろうが。まぁ可愛くない弟子の可愛い弟子じゃからの。教えてやろう」


彼は人差し指を立ててヒュンヒュンと振った。


「まぁどれもそれなりに出来るんじゃが、その犠牲として死体のフリをしていないと魔術全般が発動できないという大きな欠点があるんじゃ。じゃからわしは安全が確保できる場所以外では出来る限り不動なんじゃ。先の大戦のせいで顔が割れとるから、町中でも顔をいつわっておる」


ジルコーレがこっくりとうなだれて死体のふりをした。その直後だった。


「!!」


彼の顔が別人へと変わってファイセルは思わずのけぞった。


「女性にもなれるが、そういうシュミはないからの。ライヤー・フェース・ライヤーという高等呪文じゃ。整形自体はマジック・アイテムで誰でも可能じゃが、値は張るし、戻すのも大変だし、整形は簡単にバレるなどデメリットだらけじゃ。だから犯罪後、またはワケアリで整形をして逃げるというのは通用せんのじゃ」


老人がいつのまにかまた別人の男性の顔になった。


「そしてお楽しみの得意な魔術の続きじゃ。死んだふりと引き換えでどれでもこなせるが一番活躍したとされるのが回復、補助の分野じゃな。死体と見分けがつかんから最前線でも攻撃にさらされずに味方を援護できるんじゃよ。もちろん時には敵の攻撃をかわしつつ魔術を使う必要があるからハードワークじゃったが」


先程、急激に首筋の深い傷がふさがったのはコレジールのおかげだったのだ。


そして彼の隠密性おんみつせいは攻撃にも転用することが出来るはずだ。


「……スナイパーとかボマーとかの破壊工作とかもやったことあるんですか?」


そう聞かれると老人は渋い顔をした。


「まぁ戦争じゃったからの……。荒っぽいこともさんざやった。じゃが今思えば我ながらぞくに言う若気のいたりじゃったと思うわい。街中で人を殺せば殺人犯、戦場で人を殺せば英雄……ってやつじゃよ。それにあれは単なるノットラントの領地目当ての戦では無かったしの。各々(おのおの)が必死になるのもしょうがないことじゃて……」


コレジールも手持ち無沙汰ぶさたで小石を拾って海へ投げた。


領地争いで無いとしたらなぜライネンテとラマダンザは衝突したのだろうか?


学院の歴史学ではノットラント島を巡る代理戦争だと聞いていたので老人の発言とは矛盾が生じる。


「まぁ世の中には知らんでええこともたくさんある。うっかり首を突っ込んだばかりに不幸な目に合うかもしれんし、下手したら命を落とす。わしとしては大戦は薄れゆく記憶であってほしいもんじゃよ。あれは絶対に皆が忘れるべき記憶じゃよ」


普通、悲惨な戦争の記憶を後世に伝えるのが戦時を生き抜いた者の使命と思うはずだ。


だが、コレジールはそれを拒絶きょぜつした。


およそ100年前、ノットラントで何が起こったというのだろうか。


彼の個人的な事情なのか、あるいは他の何らかの出来事があったのか。


ファイセルはあれこれ推理すいりしたが、皆目見当かいもくけんとうがつかなかった。


「ほっほ。こりゃいけん。余計なことをしゃべりすぎたわい。聞かなかったことにしといてくれ」


師匠の師匠はにっこりと柔和にゅうわな笑顔を見せた。


その直後、二人の後ろを黒い何かが横切った。


あまりにも速く、何が来たのかわからないほどだった。


それは少し通り過ぎるとこちらに戻って走ってきた。


それは黒髪ロングをお団子ヘアにして軽装な皮装備を身に着けた女性だった。


武器は持っておらず、丸腰だった。


創雲そううんの弟子の方ね。あら、あなた、前にオウガーホテルで会ったわよね? 確かファイセルくんだったかしら?」


その時は髪を下ろしていたし、暗がりだったので断定は出来なかったが多分そうなのだろう。


「そうです。よく覚えてましたね。あなたはコフォルさんと一緒に居た……えーっと」


「知ってるでしょ。M.D.T.F(魔術局タスクフォース)なんだからもうコードネームは変わってるわよ。あたしはアリナ。逃げたモルポソを追ってここに来たわ。猟菓りょうかのロッソ兄弟をつぶしたりして任務で王都とミナレートの間を行ったり来たりしていたの。今回は非常にタイミングが悪かったわ。ここに来る途中の1つの集落は全滅よ。あたしがもう少し速く追いつければ……」


彼女はひたいに手をあてて首を左右に振ったがすぐに顔を上げた。


芯の強い女性である。まるでアシェリィのようだ。


「見たわよ。モルポソの死体。あなたが殺ったんじゃないわね? キミの実力からするとこんなグチャグチャにぶっとばす火力もスピードも無いもの。にしても厄介な殺し方をしてくれたものね。首から上が残ってないから下半身から本人確認するしか無いわ。しょうがない、私が王都まで運んでいくわ。検査キット持ってきておくんだった」


彼女は宴の終わった殺人鬼の下半身をひょいっと肩にひっかけた。


「異性の下半身に触れるのはいささか抵抗があるわね。お尻側を肩にかけてっと……」


そのまま彼女は海岸線の2人に声をかけた。


「2人共、モルポソによる虐殺ぎゃくさつの阻止、ご苦労さま。ファイセル君はM.D.T.Fから学院に連絡を入れておくから評価点がもらえるでしょう。その隣にいるのはコレジール・ナンバラス老でしょう? 2人増援を送るってオルバさんから連絡があってね。二つ名持ちをこれだけ木っ端微塵ぱみじんに出来るのはあなたくらいしかいない。こんなところで会えるとは……光栄です」


それを聞いて老人は若い女性の方を向いた。


「わし? ああ、わしは通りすがりの老人での。この青年に助けてもらったんじゃよぉ」


しばらくの間、沈黙が続いた。


「ハァ、まぁそういうことにしておきます。じゃ、また何か機会があったらね」


そう言うとアリナはウインクして下半身を抱えつつ高速でライネンテの方角へと消えた。


「なんだ。身バレしてるじゃないですか……」


そう青年が老人に声を掛けると彼は弁明べんめいした。


「しょうがないじゃろ。あすこにもツテがあるんじゃから。それはそうと、この後に一杯付き合わんか? このまま解散じゃ後味悪いじゃろ。ほれほれそんな辛気臭しんきくさい顔をするな。気晴らしも大事じゃぞ。失敗は次に活かせば良いんじゃから」


なんだかオルバよりまともで、師匠らしい事を言っている。


この一件でファイセルはコレジールにすっかり心を開いた。


第二の師匠せんせいの登場によって彼の魔術は更にみがきがかかることになるのだった。


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