殺す気で闘れ
藍色のサバイバルジャケットを着たファイセルは草むらから飛び出した。
「ガサガサッ!!」
そのまますぐに戦闘に入れるような姿勢をとる。
「確認するぞ……。お前が斬宴のモルポソだな?」
そう問いただすと紫髪をした毒々しいイメージの色男は両手を軽く挙げた。蛇のような舌をチロチロと出している。
服装は皮のベルトを幾重にも巻き付けたような独特なものだった。
「おー、こわっ。ずいぶんと物騒じゃあないの。そうだよ。俺が斬宴のモルポソだよ。それよりさ、まずは自分の名前を名乗るってのがスジってもんじゃね~の? オタク、見かけによらず失礼なヤツだな。それじゃ暗殺者と大差ねーぜ?」
相手の煽りに乗ること無く、ファイセルは睨みつけた。
「コフォールだ。コフォール・レプサ」
普通の学院生は偽名など使わないが、ファイセルはかつて世話になったM.D.T.F(魔術局タスクフォース)の一人の名前を借りている。
もっともM.D.T.Fはミッションのたびにコードーネームが変わるのでもうコフォルという隊員は存在しないだろうが。
コードネームなんてほとんど使う機会はないが、あるといざという時に誤魔化しが効いたりする。
「それより、お前、ここに来るまでに集落を1つ皆殺しにしたと聞いている。本当なのか?」
退屈そうだったモルポソの瞳に火が灯った。
その眼光は暗闇に光る灯火のようにらんらんと光って見えた。
「ああ、確かに殺ったぜ。一人残さずよ……」
その直後、殺人鬼は頭を抱えて甲高い声でわめき出した。
「それがよぉ!! その集落がジジイ、ババアばっかりでよ!! 俺の大好きなレディとキッズが居ねぇでやんの!! ま、ジジババはジジババで味わい深いものがあるんだが……」
生の殺人鬼とこれだけ近くで触れ合うのは滅多にない経験でファイセルは少したじろいだ。
「な……何人くらい殺したんだ……?」
その問いに暗殺者は即答した。
「16人だな。手当たり次第に殺して満足してる低俗な連中と一緒にしてもらっちゃぁ困るな。俺としては俺なりに美学があるんだわ」
ファイセルは思い切り顔をしかめた。
「どうして!! どうしてそんなに簡単に人を殺すことが出来るんだッ!?」
怒りを投げかけるかのように言い放つと相手はニタッっと笑った。
「朝起きてよ、パン2枚に黄イチゴをつまむ。あとブラウン・ワームもな。んで、渋いアザリ茶を飲む。この瞬間、小さな幸せを感じねぇか? つまり、俺が人を斬るってのはそれとニアーリィー・イコールなワケさ」
論理が飛躍しすぎていて話にならない。
青年は自分が無駄な問答に時間を費やしたことに気づいた。
「それより、オタク、戦闘態勢に戸惑いがあってどこか圧がねぇ。もしかして、人を斬った事がねェな? 本当に殺る覚悟あんのか?」
見抜かれた。その一瞬が更にスキを生む。
「あのな、一応、俺は戦闘狂なの。経験不足のヒヨッコには用はねぇぜ。そちらさんがここを通してくれねぇってんなら斬るのみよ。ま、もし命乞いしたとしても生きては返さねぇが。エンカウントした時点で俺らの関係はもう終わってんだよ。まぁ見てろよ……」
ファイセルはプレッシャーから大汗をかいて腰をかがめた。
「シャッ!! シャッ!!」
斬宴は漆黒の双剣を抜き放った。
それぞれの手をクルクルと大道芸のように器用に回していく。
かなりのやり手でもあれを真似したら指が切れ落ちてしまうだろう。
刃がヒュンヒュンと風音を立てて獲物を欲する。
「へへ……どうだ? グラン・シュテインの77年モノだぜ? よぉ~く斬れそうだろ? いいか、生き残りてぇなら本気を出せよ? そのほうがお前も苦しいし、俺は楽しいんだからよ!!」
その言葉を最後にモルポソの宴ははじまった。
(速い!!)
ファイセルは身動きできず、胸を思いっきり殺人ナイフで貫かれてしまった。
「ん? なんだ? こりゃ肉じゃねぇぞ!?」
刺された方のサバイバルジャケットは少し盛り上がっていた。
なんと、衣服がナイフを白刃取りして胸元で食い止めたのだ。
「ぐぐ……抜けねぇだと!?」
そちらに気を取られた殺人鬼は刃を引き抜くのに必死だ。
魔法生物の生成、CMC。
ファイセルはその中でも布への生命付与が得意だった。
彼が勢いよくサバイバルジャケットを脱ぐとナイフはそっちに引っ張られた。
そのまま派手に後方へと放り投げる。
その下からは白いシャツにえんじ色のネクタイが姿を現した。
「行けグルール!!」
するとネクタイは瞬時に解けてもう片方のモルポソのナイフを絡め取って飛んで逃げていった。
この短時間で武器を両方奪われた相手だったが、さすがにそこは百戦錬磨といったところであまり動揺していなかった。
次の瞬間、どこかに隠れていた深緑色の制服が暗殺者の顔面に思い切り右ストレートをくれた。
いくら俊敏性が高いとは言え、不意打ちは避けられなかった。
「ぐほぁ……」
「いいぞ!! グラーフィ!!」
端正な顔立ちの男の歯が抜けて飛んだ。
この頃には既に学院の青年は吹っ切れていた。
「朝のブレックファストと人斬りがニアーリィー・イコールだって!? 全く聞いちゃいられないッ!! 馬鹿なことを言うんじゃないッ!! お前は然るべき場所で罰を受けるんだよ!! いいか? 今度こそ逃げられないようにボッコボ……いや、それこそ半殺しにしてやるからな!! 覚悟するのはそっちだッ!!」
彼の師匠の心配は杞憂に終わった。
モルポソは鼻血を出しながらよろけて起き上がった。
「殺す。おめぇは殺す……なんて怒り狂うのは三流の反応だ。いいだろう。楽しく闘ろうじゃねぇか。盛り上がってきたぜぇ~!!」
挑戦者は相手を指差した。
「オークス!! 絞め技だ!!」
どこからともなく群青色の制服が飛んできて殺人鬼を絞め落としにかかった。
ファイセルは油断していなかった。いや、むしろ逆に警戒を強めていた。
(アイツ、投げナイフ系の攻撃は出来ないけど、ナイフが手元から離れても引き寄せる魔術を持ってる。しかも切断力の高い風属性の回転を帯びるんだ。だからあんなに余裕があるわけで。初見でコイツと当たったらまず油断する。僕みたいにタネを知らない場合はスパスパッっと……。狡猾なヤツだ)
「サササ……ザザザ……ザザザザザ!!!!!!」
急に不吉な風が吹き始めた。
「ゴキン!!」
その時、モルポソの腕がありえない方向に折れた。
「くっ、流石に首は落とせなかったか!! そろそろ守りに転じないとそれこそ肉塊になってしまう!! 集まれ主の元へ!! ギャザー・ミーツ・クローシス!!」
彼がそう唱えるとネクタイとサバイバルジャケットを除く2つの制服が帰ってきた。
青年が腕を伸ばすと自らの意志のように深緑色の制服は袖を通して服を着た状態になった。
もう一体の群青色の制服は滞空してスタンバイしている。
このまま攻めることも出来たが、ここぞというときこそクールダウンだとオルバからはよく言われていた。
だらりと片腕を垂らしたままモルポソがよろりと立ち上がった。
「あ~あ。折れちまったじゃ……ねぇかよ!!」
殺人鬼は動く方の片腕で折れたほうをグイグイと押し付けた。
「ゴキンッ!!」
彼は半ば無理矢理に関節を繋ぎ直したのだ。常人には出来ない対処法である。
「へへ。残念だが関節技は効かないぜぇ。この体の柔軟性があるから俺はそこらの牢屋程度なら脱出できちまうんだよ」
それを聞いていた青年は思わず冷や汗をかいた。
「……まるでタコじゃないか……」
斬宴は口の中の血をピュっと吐くと訂正を求めた。
「タコォ!? ネコとでも言ってもらいたいもんだねェ!!」
くっついた肩をブンブン振り回すとファイセルに反応があった。
「!! グルール……ネクタイのほうは斬られちゃったな。ボーンズ……サバイバルジャケットにも穴が開けられた。まぁ時間稼ぎとしては上出来かな。さて、問題はここからだぞ。もうさっきみたいな小細工は通用しない。こっからが本当の真剣勝負だ!!」
風を切って77年モノのグラン・シュテインが飛んできた。
そして、切り裂き魔の手中に2つの双剣が収まった。
「おまえなぁ……俺はケロっとしてるようで、顔面へのパンチで歯が抜けただろ? 関節もやられてる。いくら寛容な俺でもさすがにこれにゃあご立腹気味なワケよ。もともと俺は獲物を嬲る質じゃねぇし? 一気に細切れにして気持ちよくハイ、サヨナラと行こうじゃん?」
「カシュン!! カシュン!!」
モルポソはナイフを高速で打ち付けながら見惚れるまでのナイフトリックを決めた。
すると瞬時に襲撃の構えをとった。
「おらぁ!! いくぜぇ!! 真・斬々舞!!」
二刀流のダガーに風の属性が加わって、目を開いていられないような暴風を生んだ。
すると彼はその場で猛回転し始めた。一気に加速して辺りを巻き込みながら突っ込んでくる。
その威力は凄まじく、海岸そばのヤシの樹は根こそぎスパッっと切断された。
「ぐっ!! 斬々舞か!! さすがにオリジナルは発動が速い上に範囲も広い!! でもこれなら!! 来いオークス!!」
群青色の制服がすっとんできた。
そしてファイセルの腕を掴むと宙高くに放り投げた。
風の斬撃が彼の肉を刻む。だが、大事には至らなかった。
「あの技、ほとんど反則級の性能だけど実は頭上には斬撃が発生しないって致命的な弱点がある!! 今がチャンスだッ!!」
ファイセルは素早く腰から3つのブーメランを取り出した。
それぞれ色と大きさが別れており、大きくて茶色のもの、中くらいで青色のもの、小さくて赤いものの3つだ。
まずは大きなブーメランを投げるとカバーが外れて刃が露出した。
扱いの難しい諸刃の斬撃ブーメランだ。
そして滞空したまま青いブーメランを投げるこちらはひたすらファイセルの回りを回るのみである。
最後に赤いブーメランが茶色いのを追うようにして投げつけられた。
頭上からの攻撃にすぐ気づいたモルポソは強烈な一撃を頭の上の敵めがけて放った。
「ロップス!!」
あわや直撃かと思われた時に青いブーメランの回転の向きが変わってシールド状に展開した。
「チッ!! うぜぇ魔術、使いやがる!!」
そのまま勢いを殺しながらファイセルは上昇していった。
斬宴はペースを崩された上に2つのブーメランに囲まれていた。
茶色い方は大きな軌道で、赤い方は小さな軌道で敵の周りをクルクル回った。
殺人鬼がその動きに目を取られているといつの間にかギュッと彼の両腕が締まった。
「!? 隠しワイヤーか!?」
地面に降りてきたファイセルはモルポソに近づいていった。
「さぁ、観念しろ。もうこれ以上、無益な殺生はやめるんだ」
お人好しなファイセルはまだこの男が悔い改めることを期待していた。
ほんの一瞬、モルポソは目にも留まらぬ早業で全身の関節を外した。
そして蛇のようにワイヤーを抜け出してファイセルに斬りつけてきたのである。
「グっ!!」
喉笛を掻っ切られそうなところをかろうじて避けたが、首に深い傷を負わされてしまった。
出血量も尋常でなく、意識が遠のいてきていた。
「ぽ……potを……」
回復薬を飲もうとした青年をかろうじて立ち上がった殺人鬼が蹴飛ばした。
「へへ……とんだ甘ちゃんだぜ。させねーよ。てめぇはここで俺に刻まれて死ぬんだよ……おらぁ!!」
ファイセルは思いっきり腹部を蹴り上げられ、悶絶しながら転がった。
彼はオルバの「殺す気で闘れ」という言いつけを守れなかったことを今更になって悔いた。
どんどん体から力が抜けていく。
(こ……こんなところで僕は死ぬのか? あはは……案外、呆気ないもんだな。これじゃ……リリィに……おこられる……)
「オイ。何勝手にだんまり決め込んでんだよ。まだ死なねーのわかってんぞ。せっかくだから俺のキレ味を味わいながら死んでけよ!!」
全身グニャグニャの蛇男は器用に関節を全て元に戻すとグラン・シュテインの刃を振りかぶった。




