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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter6:魔術謳歌
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レディとキッズの斬れ味

ファイセルは講義を終えて早めに寮へと帰った。


「早上がりは久しぶりだな~っと。そうだ。リリィからプリンすいもらったんだった。ありがたくいただくことにしよう」


彼がアイシクルボックスを開くとそこには空のビーカーが置いてあった。


「あーっ……こんなことをするのは……リーネだな!? リーネ、聞こえてるんでしょ?」


するとわずかに残った液体から少女が姿を現した。


リボンタイにベージュのセーター、紺の短いプリーツスカートにルーズソックスとまるで異世界のような身なりをした妖精が出現した。


「よぉ。お久しぶり。水、用意してくれないかな」


ファイセルは顔を洗うおけいっぱいに水を張ってリーネをビーカーから移した。


「どうしたんだい、いきなり? アシェリィはまだ遠足に行ってるんじゃないのかい?」


すると彼女の仕草が急に男性のそれに変わった。あぐらをかいてじっとこちらを見ている。


間違いない、これはオルバが遠隔えんかくコントロールしているに違いなかった。


「やぁファイセルくん。今回はちょっと大事おおごとでね。心して聞いてほしい」


いつもは呑気のんき師匠せんせいらしくない態度だ。


「まずは単刀直入に言うよ。斬宴ざんえんのモルポソが逃げたんだ」


それを聞いてファイセルはあきれ返った。


「またですか? あいつ、とんでもなく逃げるのが上手うまいって聞いてますよ。M.D.T.F(魔術局タスクフォース)は何やってたんですか?」


異世界調の妖精も呆れたように首を左右に振った。


「それがね、どうも国軍はモルポソを王都に向けて護送していたらしい。魔術局の使いが私にそう伝えてきたのさ」


ライネンテ王国の国軍は数は多いし、標準装備もある程度のものは整っている。


しかし、腕利きとして一線で戦えるのはほんの一部しか居ない。


そういった点はM.D.T.Fやリジャントブイル、時には教会にに頼らざるをえないのが現状だ。


「で……僕にモルポソを倒せっていうんですか? 僕よりも適任がいると思うんですが……」


リーネは深くうなづいた。


「なぜ君かと言うと国軍は今回の不祥事を隠したいんだよ。だからツテのある私を伝って君にめぐりまわってきたのさ。……本当は私が行ってやりたいところなんだが、もし私の身に何かあればライテンテ中部から南部にかけての環境が劇的に悪化しかねない。こうやって弟子に危険を押し付けるのはいくら私でも気がひけるんだが、それもまた仕方のないことなのさ」


相手は二つ名持ちでかなりの格上だ。


それでもオルバがファイセルに頼み込んだのには理由があった。


実はファイセルはアシェリィとの修行で使ったモルポソの鏡と模擬戦をしていたのである。


修復されたものとは言えかなりパワーが調整されていて、オリジナルとそこまで差は無かった。


戦闘面がおざなりになりがちなファイセルに対するオルバのあてつけだったが、これが思わぬチャンスを生んだ。


「そりゃあ確かにモルポソの分身とは何度も戦いましたけど、あれは相当パワーダウンしてるんじゃないんですか? 本物はかなり格上だと思うんですけど」


妖精はあごに指を当てた。


「ふ~む。さすがに実力をはかることは出来る……か。でも心配するほどじゃないと思うよ。正直言って互角だし、遺書を書くレベルじゃないよ。ただなぁ……あのあたりはレストレーション・リアクターとかは無いから、大怪我を負うと命にかかわるんだよ。すこし辛抱していればM.D.T.Fのサポートが来てくれると思うけどリスクはかなり高い……ん? 何?」


途中でオルバの会話が途絶とだえた。


リーネは同じ姿勢のままフリーズした。


だが、すぐに彼女は再び動き出した。


「モルポソが潜伏先せんぷくさきから動きだしたらしい。王都とミナレートの中間の小さな集落の住民が皆殺しにされた。モルポソはおそらくこのままミナレート方面に向かいながら片っ端から集落をつぶしていくはずだ。M.D.T.Fのエージェントが向かっているが一番近い位置にいるのは君だ。それが君が適任な理由でもある。これ以上の虐殺ぎゃくさつを防げるのは君しかいない!! 大丈夫。君には勇気があるし、なにより私の自慢の弟子だからね。負けるはずがないよ」


女の子の姿の師匠は親指を立てた。


ファイセルはいてもたってもいられなくなって装備類をガチャガチャと用意し始めた。


「あ、それと……」


リーネは人指ひとさし指を立てて忠告した。


彼が振り向く。


「リーリンカ君は連れて行かないこと。彼女は対モルポソのシミュレーションはしてないからヤツの動きの速さについていけない。おまけに打たれえ強い方でもないからスパスパッ!! っと刻まれてしまうだろう。動きを体で覚えた君でないと互角にやり合うのは難しい。それと、魔術局の人によるとモルポソの生死は問わないそうだ。つまり……ころす気でれということだ。下手に情をかけると反撃で瞬殺されかねない。いいね、こくだが殺すつもりで戦うんだ」


心優しき青年は露骨ろこつしぶい顔をした。


「しっかりするんだファイセルくん!! アイツ……モルポソは人の命をオモチャかなにか程度にしか思っちゃいないし、人を殺すことに微塵みじん躊躇ちゅうちょなんて無い。誰かが食い止めなければ犠牲は増える一方なんだよ。かといって怒りの感情に飲まれてもいけない。感情に任せた戦いはリスクを上げる。常に冷静を保つんだ」


ファイセルは話を聞きながら制服を着込んでフル装備で固めた。


「殺す気でやれ」「怒りの感情に飲まれるな」どちらもとても難しいことだ。


果たして自分にそれが出来るのだろうかとファイセルは葛藤かっとうした。


腰のバインダーにはリーリンカの薬セット一式がめられていた。


さすがに修復炉しゅうふくろほどの効果は得られないが、本格的な治療までのつなぎくらいにはなる薬もあった。


そして青年はリーネのほうを振り返った。


その表情は戸惑いが隠せなかったが、それでも彼なりに覚悟を決めた様子だった。


「よし、ヤツの今の位置をトレースした。海沿いのソーライ海岸だ。海から襲撃するのが一番近いだろう。リーネをホムンクルス用のびんに入れて寮の裏のプライベートビーチに移動してくれ。そして腰まで海水にかるんだ」


深緑色の制服を身に着けた青年は内ドアにメモ帳を貼り付けた。


「イシアラ教授へ 急な家庭の事情にて数日の間、公欠こうけつを申請します」


担当教授に向けたメッセージだ。


リジャントブイルは割と公欠の判定にゆるいところがあり、場合によっては自主的な修行でも公欠が取れたりすることもある。


生徒の自主性を重んじた校風と言えるだろう。


もっとも、ウソをついてサボっているのがバレた場合はキツいおしおきがあるのだが。


ファイセルは小走りのまま寮のカギをロックして砂浜に降り立った。


そして女子生徒たちが楽しげに水遊びするのを横目に着衣のままじゃぶじゃぶと海に入った。


流石にこれは目立ったのか、視点を集めることになってしまったが彼はかまわなかった。


「うーし、一気にソーライ海岸までぶっ飛ばすぞ!! 私は押し出す役割に専念するから着いてはいけないが、上手くやるんだぞ!! 死ぬなよ!! アングラーズ・シャボーネ!!」


リーネは拳をギュッと握ってファイセルを勇気づけた。


気づくと青年は海に引きずり込まれていた。全身を大きな泡がコーティングする。


その球体は目が回るほどありえない速度で海中を走った。


「…………なぁ、あれで良かったのか? ファイセルはあれで大丈夫なのか?」


妖精は真っ赤なリボンタイをいじってマスターに尋ねた。


「大丈夫……ではないね。彼には人を殺せないよ。でもだからこそちゃんと対策は打ってある。M.D.T.Fのほうはどんな人が来るかはわからないけど、こっちは折り紙付きだからね。あの人が居たら負けるほうが難しいよ。あ、いやでも案外と意地悪なところあるからなぁ。しばらくは静観せいかんしてるかもしれないね」


妖精の少女は額に手を当てた。


「ハァ……あいつか……」


その頃、ファイセルは意識を取り戻して瞳を開けた。


上にはきらめく美しい水面が、背中側には深い深い暗闇の水底みなそこが見える。


どうやら目的地近くまではスリープ機能がついているようで、ファイセルの心身の状態は万全だった。


しばらく我を忘れてボーッとリラックスしていると急に泡が水上へ向けて上昇しはじめた。


(来たか!!)


「ザパーーーーーーーーンッッッ!!!」


空中高く舞い上がった魔術の乗り物はパシンと音をたてて弾けた。


うまい具合に着地したファイセルは素早く警戒の姿勢をとった。


(ここが……ソーライ海岸……。マギ・コンパスからするとあっちが王都、こっちがミナレートか……。あいつは……どっち……うっ!!)


隠す気のない異様なまでの殺気を放ってターゲットは現れた。


ファイセルはすぐにそばの草むらに飛び込んで気配を殺した。


やってきたのは斬宴ざんえんのモルポソである。


ヤツの鏡と修行していた時のオルバのアドバイスが思い出された。


「戦ってみてわかるように、モルポソはかなりのスピードタイプだ。先手を取ったとしても逆に読まれてカウンターを食らう可能性が高い。正面から挑んだほうがかえってダメージが少ないだろう。アイツも暗殺者アサシンだけあって正面から向かってくるやつは苦手みたいだし。最初は守りと回避の重視でいくんだ。そのうち目が慣れてくるとスキが浮かび上がってくる。そこへ攻撃をしかけるんだ。いいね。焦らなければ勝てない相手じゃないよ」


砂浜沿いの草むらにしゃがんでいると賞金首がつぶやきだした。


「チッ。つまんねーの。さっきの村、ジジババしかいねぇじゃんよ。俺ァもっとこう……斬り心地のいいレディとか、キッズとかを切り刻みてぇんだよ。ミナレートまでいけば死ぬほど斬れるんだろうなぁ!! ああ~~待ち遠しいぜ!! さっさと次の集落いくぜ~!!」


モルポソは全身黒ずくめで毒色の紫髪、蛇のように割れた舌をチロチロしている。


腰には2つの双剣がぶら下げてあった。ただならぬ雰囲気の武器だ。


いままであれで何人斬ったのだろうか?


ファイセルは斬宴ざんえんのつぶやきを聞いて怒りがこみ上げてきた。


(そんな簡単に人を斬り殺してるっていうのか!? 許せないッ!! なんとしてもここでアイツを食い止めないとッ!!)


彼は師匠せんせいに注意されていた「殺す気でやる」と「怒りの感情に飲まれない」という2つの約束がふっとんでしまっていた。


青年は深緑色の制服とボロボロの群青色の制服を脱ぎ捨てて草むらから飛び出した。


血をほっする殺人鬼はそれを見るとすぐに嬉しそうにニタァっと笑った。


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