命を懸けたラスト・シューティンナップ
サーディ・スーパに猛攻をしかけていたパーティーメンバー達だったが、ほんのわずかなスキが生まれてしまった。
青白い象の雨の強烈な反撃が来る。
そう皆が覚悟した瞬間だった。
「みんな!! ごめんね!! 恨みっこなしだから!! ライト・ライトニング、レフト・ファイアワークス」
最終兵器であるカークスがこの時のためにスタンバイしていたのだ。
彼女の手のひらから激しい火花と電撃がほとばしった。
「もうどうなっても知らないんだから!! 私の魔力、暴走しちゃえ!! ミックス・ジューーースッ!! ギャラクシアン・マスデスラクト・フルブースト・アメージング・クラッシュ!!!! スパーキング・ファイアワーーーーーークス!!」
彼女は目の前の蚊でも叩くように両掌を激しく打ち付けた。
くっつけたニ属性が反発して暴走が起こった。
「ビキュイイィィィィ!!!!!!!! ドォン!! バァン!! ドゴーン!!!! ジリジリジリジリ!!!! バチバチバチィッ!!」
辺り一帯に稲妻が走り、攻撃範囲の広い電撃を帯びた花火があちこちで爆発した。
まるで絨毯爆撃のように逃げる間もなく炸裂していく。
ジュリスはジャンプで高く回避して上空からその様子を眺めていた。
「ヒュ~。すげぇ威力だな。樹がおっ倒れてジャングルが更地になる勢いだ。あれに巻き込まれたら相当痛ぇぞ。一時退散退散っと。にしてもカークスにゃちっと吹き込みすぎたな。あれじゃ完全に制御を失うのも時間の問題だ。ま、あいつらにゃ悪いが肉を切らせて骨を立つってとこだな」
イクセントもなんとかこの攻撃を驚異的な連続ステップでかわしていた。
「ハァ!! ハァ!! ギリギリだ!! 発展形のエアリアル・ウィン・ダ・アヴォイドが無ければ巻き込まれて黒焦げだった!! さんざ痛い思いをして野戦病院行きはゴメンだからな……」
残りのメンバーはというと電撃花火が直撃して阿鼻叫喚の様相を呈していた。
中でもノワレは元々、体が植物で構成されているので炎に弱かった。
「熱い!! 熱い熱い!! あ”……きゃあああああーーーーー!!!!」
炎に焼かれ、火だるまになりながら密林の向こうへ吹っ飛んでいった。
フォリオはホウキにまたがったが、間に合わない。
至近距離で大きな花火が弾けた。
「うううう、うわあああああああ!!!!!」
顔半分に大きなヤケドを負い、地面に叩きつけられながら泥だらけになってあちこち骨折しながら転がっていく。
そのまま彼はピクリとも動かなくなった。
グスモは素早さを生かしてなんとか逃げ切ろうとしたが、電流に体を貫かれた。
「あ……が……」
その後、後ろで爆発が直撃して彼の背中は制服を焼き切り、まっ黒焦げになった。
彼もそのままうつ伏せで気絶してしまった。
アシェリィは奇跡的に直撃は避けたものの、爆風に思いっきりふっ飛ばされて樹に叩きつけられた。
勢いは止まること無く、彼女は何本もの樹を折ってからやっと止まった。
もう全身の骨はボキボキと折れ、内臓にも深いダメージを負っていた。
「ケッホ……ケホ……ゴボッ……ガボッ」
彼女は大量に吐血してうなだれた。
カークスはこの凄惨な光景を目の当たりにしながらも己の感情を殺した。
ただ、自分に課された役割を必死でこなそうとしていたのだった。
理屈ではわかっていても彼女は涙が止まらなかった。
「サーディ・スーパ、必ず当てるんだから~~~!! 覚悟~~~~っ!!!!!」
一層、電撃花火は激しくスパークした。
パッ、パッっと相手がテレポートしているのが見えるが、カークスの魔術は攻撃範囲が広かったので数発かすっていた。
既に邪神の顔はデコボコで顔の原形をとどめておらず、穴ボコだらけだった。
「みんなが私のせいであんなに苦しい思いをしてるんだ!! 私だって、このジュリス先輩に教わった必勝テクに一味加えて!!」
カークスは両手を伸ばして指先をピンと立てた。
「アンロック・リミッター・スペル!! 解き放て!! 私の限界を超えて!!」
更に他の誰かを巻き込むのではないかと彼女は心配したが、いつのまにかその場には彼女以外に誰もいなくなっていた。
その直後、更に爆発の密度が高まった。
もう並の使い手では全く避けることが出来ないほどに隙間が無かった。
発動者の少女にはまったく当たらないようになっているのだが、リミッターを解除したことによって彼女の体力とマナはゴリゴリと削られていた。
それこそ命懸けである。
「ボシュン、ボシュン……バシュン……パシンッ!!」
意識が遠のく中で、カークスは確かに手応えを感じた。
「マア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”アアアアアアアアアアアアーーーーーーーッ!!!!!」
邪神サーディ・スーパは無念そうな声と激しい断末魔を上げて爆散した。
花火少女はグッっと拳を上げてそれを天に掲げてガッツポーズをとった。
「みんな……やった……やったよ~~~!!!!!」
だが、彼女もすぐに限界をむかえ、膝をついて前のめりに倒れ込んでしまった。
その直後、真夜中のジャングルの夜空に鮮やかに輝く大きな虹がかかった。
同時にシャンシャンと鈴をならすような音が密林全体に響く。
これはナッガン達が打ち上げた遠足終了の合図である。
ある者は眠りから飛び起きて、ある者は戦いながら夜空を見上げた。
だが、暴れていた象達は急におとなしくなった。
青白い象、ファントムズ・ヘイツは邪神の影響から開放され、赤い色のジャヤヤ象に戻った。
そして密林の奥へと逃げるように消えていった。
ジャングル内のクラスメイト達は1人ずつ野戦病院へとテレポートされ、次々と収容されていった。
9日間に渡る厳しくて辛い戦いは終わったのだ。
大怪我を負った者達も懸命な治療によって昼ごろまでには全快していた。
一番最後に目覚めたのは意外にもカークスだった。
謎の液体から足場がせり上がってくると彼女は意識を取り戻した。
自分が全裸であることを認識して思わず声をあげた。
「ひゃ、ひゃあ!!」
女子の上級生がすぐに服を手渡した。
「ようやく目覚めたわね。あなた、魔術の暴走で全身の魔力のツボが開きっぱなしになってたのよ。あのままだったら全身からマナが流出して命を落としていたわ。いい機会だから忠告しておくけれど、自分で制御しきれない術式は使わないことね」
ジュリスが彼女に伝えた術式はちゃんと実力の範囲に収まっていた。
だが、カークスは更に火力を出そうとそれにアレンジを加えて発動したのでこうなったのだ。
彼女がテントから出るとノワレ、アシェリィ、グスモ、フォリオは思わず後ずさった。
「み、みんな……」
あれだけこっぴどくやられたのだ。恐怖心を感じるのも無理はない。
彼女は暴れまわって同年代の子供から忌み嫌われた頃の思い出が蘇った。
それを見てジュリスが前に出てナッガンに謝った。
「ナッガン先生、やっぱり俺が軽率でした。責任をとって単位は無しでかまいません」
上級生は深く教授に頭を下げた。
彼がこんなに深く頭を下げるのをクラスメイト達は初めて見た。
「単位なしどころではない。……”魔術のアレンジと魔田の関係についての独自考察と研究の論文”を学院の正式な書式で100枚以上を提出しろ。もし提出が出来なければ教員課程への資格権利を永久的に剥奪する」
思わず彼はがっくりと肩を落とした。
「は、剥奪ぅ!? しかも、ひゃ……100枚……!?」
担任教授は頷いた。
「ああ、3日でやれ」
きっと何かの聞き違いに違いない。
「は? み、3日!? じょ、冗談ですよね?」
ナッガンはため息をつきながら首を左右に振った。
「はぁ……俺が冗談を言うタイプだと思うか? そういうところが甘っちょろいんだ。甘ったれるな。どうしてこうなったかは今回の遠足でのお前自身の行動や責任に聞け。そんなヘラヘラした覚悟で教師になれると思うな。言い訳や弱音は一切聞かんぞ。それと正直言って俺は落とす気で評価するからな。ダメで元々だな。とっとと取りかかれ」
珍しくナッガン教授が本気で怒っているようにクラスメイトたちには見えた。
「お前らももっとやれただろう。たるんでるんじゃないのか」
凍えるような視線がクラスメイトに刺さる。
「遠足はまだ終わっていない」
それを聞いて一気に一同は暗澹たる雰囲気に包まれた。
「お前らに残された課題は……」
各々が緊張しながらゴクリとツバを飲み込んだ。
「残った課題はダッハラヤ宮殿での打ち上げだ。邪神を討伐したらぜひ宮殿で宴をと国王が強く勧めてきていたものでな。厳しい遠足だがよくやりとげたな。今回は前回の砂漠のように全員で当たる必要のない相手だった。そのため、思うように活躍できなかった者もいるかもしれん。だがそれもまた実戦だ」
ナッガンは腕組みからややリラックスした姿勢になった。
「自分は役に立たなかったと思う必要はない。全員の力がなければこの結果は出なかった。俺は遠足が終わるまでしばらく時間がかかると思っていたが、1週間弱で突破するとはなかなかだ。予想以上に健闘したと思う」
それを聞いて多くのクラスメイト達はため息をついて安堵した。
「ではダッハラヤ王国の宮殿に行くか」
いつの間にか野戦病院は解体され、空から学院のドラゴンが降りてきた。
乗ってから5分程度で王国の空港にドラゴン・バッケージ便は着地した。
一同はぞろぞろと降りてきたが、ジュリスは船室に残った。
「ジュリス先輩、本当に打ち上げいかないんですか?」
アシェリィは彼を心配して顔をかけた。
すると振り返った上級生の顔は青ざめていた。
「はは。行きたいのはやまやまだが、この状況ではとてもそんな余裕は無さそうだぜ。お前らだけで楽しんできな」
少女は後ろ髪を引かれるような気がしたが、レポート地獄にハマった青年に背を向けた。
宮殿の広い一室には今回の遠足で同行した全員が収まるような大きな部屋があった。
庭園に面しており、豪華な装飾や置物、色とりどりの華などが咲いていた。
皆が席に着くと突如としてナッガンが笑いだした。
「ふふふ……ふははは。冗談に決まっているだろう」
いきなり笑いだしたのも驚いたが、誰もがその後の一言の意味を汲みかねた。
「ジュリスについての事だ。3日でレポート100枚なんてアイツに気合を入れなおすウソに決まっているだろ。そもそも落とす気なんぞないしな。確かに余計な手を出しすぎた感はあるが、総合的に評価すればまぁ単位をくれてやってもいいかなという判断で落ち着いた。お前ら、くれぐれも本人にはバラすなよ。一応レポートが合格した体で振る舞うつもりだからな」
気の毒だとは思いながらも思わず参加メンバーたちは声をあげて笑ってしまった。
同時にナッガン教授も冗談を言うのだなとか、皆が意外に思った。
もっとも、意地が悪い上に冗談に聞こえないというのは非常にタチが悪いのだが。
その頃、ジュリスは留守番をしているクルーに混じって1人で脂汗をかきながらひたすらレポートを書いていた。
「ハァッ、ハァッ!! 間に合うか!? 間に合わえねぇよこんなもん!!」
真相をしらない青年は赤い髪の頭をワシャワシャと掻きむしった。




