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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter1:群青の群像
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はじめてのかいすいよく

いつのまにか制服のまま眠ってしまった。


 制服の上着を脱ぎながら、テーブルの上の桶に向かって彼は妖精に話しかけた。


すぐにシュッっとリーネが水面に姿を現した。


「おかえりなさい! ……あれ?なんだか元気がないですね?」


疲れた素振りはみせなかったのだが、鋭い。恐るべし妖精の直感。


人間でないリーネ相手にこんな悩みを話したところでいい解決策が出るわけがないのは自明の理だったので、ファイセルはすぐに気分を切り替えた。


「何、ちょっと疲れただけさ。それより、無事に新しい容器を買ってきたよ。さっそく移してみよう。」


 袋から買ってきたビンをだし、フタを開けて置けて桶の水を半分くらい汲んだ。


「どうかな?」


 水を汲んだビンの水面に波紋が出来て、そこからリーネが姿を現した。


「お、おおお~!!ここはとっても居心地良いですよ。マナの発散が少なくて、活動時間を長くすることができそうです。」


さすがに高かっただけあって高性能らしく、リーネはいたく気に入ったようだった。


これならまぁ、買った甲斐かいもあったかなと思える。


「そういや海に行きたいんだったね。お昼を食べたら早速行って見ようか。」


 上着を椅子に掛けて、固めの木の実パンと昨晩飲んだ海藻スープ、そして黒リンゴを食べた。


 朝から何も食べていなかったすきっ腹が満たされていく。リーネが食事しているのを見つめている。


「確か幻魔は食事しないんでしょ?」


「はい。食欲と言う概念はないです。代わりにマスターから契約料のマナをもらってます。それが人間で言う”ごはん”みたいなもんなんですかね。もっと格上の先輩だとマナを余分に蓄えてて、自分の身分を示すのに使ったりしてます。好き好んで人間界の食べ物を口にする先輩もいるには居ますね。私も一応興味があるんですが、液体じゃないと消化できないし、味もわからないと思います」


 幻魔界は人間界と違うルールや決まりがあるんだなぁと漠然と思いながらファイセルはスプーンでスープをすくった。


「じゃあ海藻スープ海藻抜きをちょっとあげよう」


 ビンにスープをポトッっと垂らすとリーネはニコニコしながらスープを味わい始めた。


「やっぱただの水にはない”うまみ”がありますね。これが海藻の”おダシ”ってやつなんですかね……」


感心したように彼女はつぶやいた。


水の妖精だけあって液体の味や成分には非常に敏感らしく、何かを飲むたびに深いコメントを残していく。


妖精に年齢どうこういうのは奇妙なものだが、見た目からするとそういうところは年相応ではない。


俗にいうグルメである。いや、固形物を食べないのだから”液体グルメ”とでも形容しておくべきか。


「何か変わった液体が手に入ったら飲ませてあげるよ。さて、海へ行こうか!」


海岸は寮から直接見える位置にあり、校舎の裏へ向けて歩けばすぐに広い砂浜が広がっている。


観光客はここまで来ないので、学院のプライベートビーチだ。


 さすがに泳いでいる人は見かけないが、水遊びしているグループはいくつかいる。


「それじゃあ初の水質チェックのテストといきますか」


「はーい!」


リーネは目を輝かせて着水した。


ピチャピチャ跳ねているのがかろうじて見える。行方不明になるかと思ったが、気づくと手元のビンに反応があった。


「グビッ……グビッグビッ……」


どんどん中身の液体の水かさが上がっていく。


「ぷはーっ!!これが本場の”うみのみず”なんですね~。うわ~。どことなく、懐かしい感じのする味ですね。やっぱ塩水の方がおいしいです」


いつのまにかビンの中身にリーネが戻って来ていて、パチャパチャ水面を叩いてはしゃいでいるようだった。


「なるほど、こうやって水質を調べていくのかぁ」


ファイセルは指を顎に当てて感心しながら様子を見守っていた。


「リジャントブイル魔術学院の裏のビーチ、マーク完了です!」


 ファイセルは砂浜に腰かけた。同時に疑問に思った事を口に出す。


「そういえば、今このビンの水を飲んだらしょっぱいかな?」


「多分、”うみのあじ”がすると思いますよ」


 リーネは思い出したように言った。


「そういえば、これは旅のお役に立つと思うんですが、私には『液体の複製、増量、濾過』の能力もあるんです。入れた液体の成分をコピーすることもできるし、少量の液体でも入れればそれをいっぱいまで増量することができます。あとはどんな液体を汲んでも飲料水に変化させる事も出来ます。お姉様は”サバク”で役に立つとか言ってましたが私は”サバク”に行ったことがありません……」


そんな能力まであるのかとファイセルは更に驚いた。砂漠と聞いてあまりいい思い出は無い。


「砂漠かぁ。行かない方がいいと思うよ。実習で行ったけど暑すぎるし、何より水が無くてみんな干からびかけてたし。それにしてもその能力はすごいなぁ。ちょっと使い道を工夫すればいろんなことに応用できそう。覚えておくよ」


リーネが付け加えるように言った。


「この三つの能力は便利ですが、消耗も激しいので限度を超えると眠っちゃうかもしれません。それも覚えておいてください。あ、あと棲みかの液体を飲まれるのは恥ずかしいのでビンに口をつけて直接飲むのはやめてくださいね」


 恥ずかしがるツボが良くわからなかったが、そういうもんなのかと察してファイセルはうなづいた。


 いつのまにか手元のビンは海水で満たされていた。満杯に水を入れると案外重い。


片手で持つとずっしりくる重さだ。容器自体が軽いのでまだこの程度の重さで済むのだが。


ビンは取っ手のおかげで滑って落とす心配はなさそうだ。


もっとも、強度の面でも地面に落としたくらいで簡単には割れないとは思えた。


リーネは容器に戻らず、しばらく一心不乱に海で遊んでいた。


「――すいませんお待たせしちゃって。とても楽しかったです!! ありがとうございました!!」


 ひとしきり遊ぶとリーネは帰ってきた。


 彼女の性格は良く言えばいつも明るく、悪く言えば能天気だ。


でもリーリンカの言っていたことに関するモヤモヤを吹き飛ばすにはこれくらいがちょうど良かった。


「よし。海の味を堪能たんのうしたみたいだし、帰ろうか。あっ、そういえば打ち上げがあるんだった」


 リーネが”打ち上げ”と言う言葉に食いついた。


「それってもしかして『おさけ』とか出るんですか!? とっても楽しい液体だと聞いているのですが!」


 酔っぱらってぐでんぐでんになるリーネの姿が容易に想像できる。


変わった液体があったら飲ませてあげると約束してしまった手前、無視するわけにはいかない。


「僕はほとんどお酒全く飲まないからよくわかんないなぁ」


あえて目を合わせないようにしていたが、リーネからの熱い期待の眼差しがひしひしと感じられる。


「子供はお酒飲んじゃダメって聞いたことない?」


「一応、幻魔にも年齢はありますが、大人とか子供ってのはないです」


――そう来たか。うまくはぐらかそうと思ったが簡単にはいかないようだ。


「僕にはリーネは子供にしか見えないね。やっぱりまだお酒を飲むにはちょっと早い。飲んだら多分マスターに叱られると思うよ」


リーネは頬を膨らませたが、マスターから叱られるという一言を聞いて引き下がった。


こういうなんだかんだで聞き分けが良く、素直なところは本当に子供っぽい。


もっとも、師匠が人を叱ったり怒っているところなんて一度も見たことが無いのだが。


「さて、じゃあ帰ろうか。」


「はい!」


 立ち上がり、ズボンに付いた砂を払う。帰るころには海岸にはもう誰もいなかった。


 足早に寮に戻り、ビンをテーブルの上に置いた。疲れたのかリーネは水に溶けたままだ。


出会った時は妖精が疲れるわけがあるかと思っていたが、今は自然と人間と変わらないと思える。


通学用のカバンから課題の書かれた紙を取り出し”CMCクリエイト・マジカル・クリーチャー専攻”の課題に目を通した。


 ”新規生物素材の開拓”がテーマらしい。


要は自分の使い慣れない素材を魔法生物化して有効利用を図るという課題だ。


これならば学院の図書館に籠らなくても旅ついでにレポートが書けそうだと思った。


CMCとは物体に魔力を注ぎ、命令通りに動かしたり生物のような挙動をさせる事で戦闘や補助に役立てる事を研究対象とした学科だ。


そのため、グリモア(魔導書)を解読したり、論文を読んで研究するというよりは実践して身に着けるタイプの課題の方が多い。


いずれにせよ、念じれば命令通りに物体をコントロールできる能力と捉えれば間違いはない。


また、扱える物体は同じ専攻とはいえ個人差が大きく使っている物体はバラバラである。


クラスメートにはじゃじゃ馬を乗りこなすように剣の扱いに長けた人もいるのだが、逆にその人は他の物体を動かすのは苦手だったりする。


ファイセルも以前、攻撃力を高めようと刀剣類を使ってみようと思ったことがあった。


しかし、それらは総じて気性が荒く、危うい挙動ばかりでとても実用できるような代物ではなかった。


師匠からはいずれ固形物だけでなく、不定型な雲や水も操れるようになると期待されている。


でも、残念ながら現段階では水や炎などに念じてもビクともしない。


来年からはいよいよ学院の本番と言われているミドル(中等科)だ。


多分、CMC専攻の課題や実習、新しいチームメイトの課外実習もより難しく、厳しい物となるだろう。


そんな覚悟を抱きながらふと外に目をやると日が大分沈んでいた。少し遅くなっただろうか。


「そろそろ行くか……」


完全に眠ったリーネを置いて、ファイセルは寮を出た。

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