引いたのはJoker
遠足8日目の昼近くになってスララは思い出した。
「あッ……ふォりオくンとあンじェなクんヲすッかリわスれテたワ!! うオぇッ……おゲえェえェえェッ!!!!」
彼女はエグい嘔吐音とともに口から憑依型悪魔のエ・Gを呼び出して、そのポケットの中身を吐き出させた。
すると唾液らしものでベトベトになったフォリオとアンジェナが飛び出してきた。
周囲に回復役の類や簡単なマジックアイテム、そして年季モノのホウキが散乱した。
「いヤ~ふタりトもゴめンごめン……てヘッ」
本当ならキレるところだが、2人は驚きのあまりそれどころではなかった。
「ぼ、ぼく、ま、まっくらで……もう出られなくって、し、死んじゃうかとおもったよ……」
「み、右に同じく。居心地は悪くなかったが、死の恐怖はあったな。悪魔に飲み込まれればそうもなる。次から飲み込む時は覚悟が出来てからにしてくれ」
申し訳なく思ったスララは深く頭を下げた。
ヌルヌルベタベタを取り払いながらアンジェナは立ち上がってつぶやいた。
「そろそろ頃合いか」
エ・Gをひっこめた紫色の髪のスララが聞いた。
「積極的に仲間と合流するタイミングさ。俺らがこうして集まってるようにそろそろいくつかパーティーが出来ているはずだ」
ホウキと手持ちの荷物の手入れをしながらフォリオは疑問を浮かべた。
「で、でもどうやって? キーモさんみたいに位置を把握する魔術の人は居ないよ?」
それを聞いたアンジェナは首を左右に振った。
「かなり強引でダメージが大きい手段だが、俺にもできそうなんだ。最近になって俺は危険が起こりそうな場所の位置も特定できるようになってきた。ただし、遠ければ遠いほど負荷上乗せだが……。でだな、どうしてもソロで活動していると危険は大きくなる。逆を言えばチームを組んでいればリスクは小さい。だから星を詠んで危険度の低い予知に駆け付けるんだ。そうすればパーティーを探れる」
悪魔憑きの少女は納得行かない様子だ。
「めイあンだケど、あナたヘのフたンがオおキすギるわ。へタしタらヤせンびョうイんオくリよ? せッかクあエたのニ……」
フォリオもそれに同意して彼を気遣った。
「そそ、そうだよ。じ、ジャングルは広いんだから遠くの危険を占うことも多いはずだよ。そ、そしたらまたいっぱい血を吐いて……。あ、アンジェナさん死んじゃうよ!!」
心配された青年は微笑みを浮かべて答えた。
「はは。そんな顔するなよ。俺は野戦病院に送られても根本的な治療はできないんだ。せいぜい気休めで輸血するくらいだな。ただ、それくらいの薬は皆でも持ってるだろう。結局、自然回復頼みだから収容されないことも多いのさ。それに大丈夫。君たちが護ってくれる……だろ?」
スララとフォリオは真剣な顔をすると揃って無言のまま頷いた。
「そうこなくっちゃあな!! じゃあ、さっそく星を詠むぞ!!」
アンジェナは晴れた青空から星の動きを拾った。
しばらく集中しているといきなり彼はある方角を指さした。
「こっちだ!! 割と小さめな危険が発生している!! ゲェホ!! グゥフ!! ゲェホ!!」
すぐに占星術の使い手は苦しそうに大量に血を吐いた。
だが、彼の覚悟を知っている残りの2人は慌てなかった。
「ほ、ホウキで一気に向かおう!! す、スララさん、あ、アンジェナさん、乗れる!?」
フォリオのコルトルネーは低空飛行を始めた。
スララはホウキの柄の先に片手でぶらさがり、アンジェナは口元を押さえながら後部の荷物トランクの上に腰掛けた。
「い、いっくよーーー!!!! 行け!! コルトルネーッ!!」
フォリオのホウキは猛スピードで急上昇した。
「す、スララさん、そんなので落ちないの?」
彼女はニヤっとわらった。
「わタしガしヌとエ・Gがコまルでシょ? だカらわタしノしンたイのウりョくハたカめナの。しンぱイむヨうヨ」
悪魔の憑依によってフィジカルがかなり強化されているらしい。
それを聞くとフォリオはアンジェナの指差す方へ飛んだ。
フォリオ自身はG・キャンセラァでGを無効化することができるが、後の2人はそうはいかない。
あまりスピードを出しすぎると振り落とされてしまうのだ。
少年は限界ギリギリのスピードで目的地を目指した。
3分ほど飛ぶとすぐに危険の正体がわかった。
巨大な空飛ぶ魚、パルーナ・エアリアル・ホエールが地上の誰かを狙っている。
接近するにつれ後ろ姿が鮮明になっていく。
「ああ、あれは……い、イクセントくんだ!!」
背後から丸呑みにされそうになっている。3人が声をかけようと思った瞬間だった。
少年を装った少女は気配に気づくとくるりと振り返って杖をバトンのようにクルクルと回しながら詠唱した。
「出てこなければ死ななかったものを……。風渦の廻車!! ネーデリアン・ブーム!!」
まるで大きな風車が廻るように暴風の渦が巨大魚を飲み込んでいく。
その旋風の風圧は凄まじく、魔物は体中がバラバラになって密林の空にミンチとなって降り注いだ。
「……お前が悪いんだからな」
少女はヒュンと小柄な杖を振り抜いて腰のベルトに差した。
「なんだお前らか……。高みの見物ってとこか?」
イクセントは空に浮く3人をにらみあげるようにして声をかけた。
すぐにフォリオは地上に着陸した。
「お……驚いた。こりゃエース……いや、ジョーカーを引いたな」
「えエ……。こレはウれシいゴさンだワ……」
「い、イクセントくん!! ぶ、無事だったんだね!!」
少女は不機嫌そうに答えた。
「そうノーテンキに無事だったとは言えんがな。お前らの方こそスララはともかく、弱虫と貧弱占い師でよくここまで来られたな」
彼女は元の性格を悟られないようにあえて嫌味に振る舞っていた。
「まァまァ……。あナたニあエたノはオおキなシゅウかクよ。なカよクやリまシょ」
悪魔憑きが仲裁に入ってその場はおさまった。
イクセントは俯きながら語った。
「……サーディ・スーパに会った。僕の呪文の中でもトップクラスの速度を持つ魔法を打ち込んでも回避されてしまった。速いとかいうレベルじゃない。テレポートはほぼ瞬間移動と同じだ。一斉に複数のパーティーで同時に狙い撃ちでもしない限りは当たらないだろう」
そこで、アンジェナの占星術を使ってパーティーを集結させている計画を伝えた。
「どうだかな。質は認めるが、お前の占いは負荷が大きすぎる。パーティーが集まるまでにくたばるんじゃないのか?」
キツい物言いに青年は肩をすくめた。
「まぁしょうがないな。その通りだよ。ただ、俺にも矜持や意地がある。なんと言われようと俺は皆を合流させてみせる」
彼は真剣な顔をしてグッと拳を握った。
「まぁ、くれぐれも張り切りすぎて血を吐かんようにな」
彼女はあまりアテにしていないようである。
そんな話の後、フォリオが口を開いた。
「よ、よくないと思う……」
イクセント、スララ、アンジェナが少年の方を見た。
「い、イクセントくん。そ、それはよくないよ。ぼ、ぼくは弱虫かもしれないけれど、あ、アンジェナさんまでバカにするのはよくない。ぼ、ぼくら仲間でしょ? い、いま、ち、力を合わせなくてどうするの?」
それを聞いてアンジェナとスララはニヤリと笑った。
(フォリオ……いっちょ前に主張してくるようになったのね……。人間的に大きく成長したのかしら……)
イクセントは内心では少年を褒めたい気持ちでいっぱいだった。
だが、ここで態度を露骨に軟化させるとそれは”イクセント”ではなくなってしまう。
「フン。勝手にしろ。僕に手間だけはかけさせるなよ」
彼女はそう言い放って3人に背を向けた。
(3人とも……背中は預けたわよ……)
「よし、この調子で星を詠んでいく。もしかしたら今回みたいにパーティーではないかもしれんが、力になってくれるのは間違いない。じゃあ、やるぞ」
アンジェナは顔を上げて昼の空を見上げた。
「……青き獣に囲まれし罠と路線と色香、やがて星は欠けるだろう……。グスモとレールレールとヴェーゼスか!? そこまで遠くはない。急ご……ゴフッ!!」
占星術師は派手に吐血した。
「ほら見ろいわんこっちゃない」
顔をしかめてイクセントはアンジェナを支え起こした。
「す、すまない……。しかしフォリオくんのホウキには2人乗るのが限界だな……」
真っ先にスララが発言した。
「わタしハたブんイくセんトくンよリあシがハやイわ。そレに、せンめつりョくはイくセんトくンもたカいし、さキにイっテ」
フォリオはトランクをゴソゴソと漁って七色に光る瓶詰めの砂を取り出した。
「こ、これ。マーキング・サンド。こ、これを撒きながら飛べば僕らがどっちに行ったかわかるはずだよ。だ、大丈夫。か、風には吹かれないマジックアイテムだから」
少年は軽くふわっと低空飛行になった。
イクセントがホウキの柄にぶらさがり、アンジェナは後部のトランクの上に座った。
「ゴッホ!! ゲッホゲッホ!!」
口元を抑える青年に振り向いたホウキ乗りが飴玉をさしだした。
「は、はい。け、輸血ドロップ。な、舐めると血液量が回復するよ」
苦しそうにする青年は包みをあけてドロップを口に入れた。
「ふふ……フォリオ、ずいぶんいろんなマジックアイテムが使えるんだな」
少年は照れて頬をかいた。
「い、いやぁ、フライトクラブの部長に『飛ぶだけなら魔物でも出来る』っていつも言われてるから……。じ、じゃあ、いくよっ!!」
イクセントとアンジェナは振り落とされそうになったが、これはフォリオが2人の限界を予測して出した速度である。
普段から誰かを乗せることも想定した飛び方もシミュレートしているに違いなかった。
「は、はやくぐ、グスモくんとれ、レールレールさんとヴ、ヴェーゼスさんを助けなきゃ!!」
「ゲホッ……こ、こっちだ!! 間違いない。もうすぐ着く!!」
(もうパーティー解散なんてさせないわ!! 今度こそうまくやってみせる!!)
スララは色のついた砂の上を追って疾走していた。
「ふォりオくンはモうミえナくなッちャっタけド、こレなラすグおイつキそうネ……」
4人は全速力で危険が予知された場所を目指した。




