ほら、また会えた
また密林に夜が来た。アシェリィはなんともいえない悪夢にうなされて目覚めた。
辺りを見回すとノワレとカークスが眠っている。
ジュリスは見回りに出ているのかその場には居なかった。
魔物に見つかりにくいぼんやりとした光源が辺りを照らしてていた。
「ハァ……ハァ……」
ジャングル特有の蒸し暑さになれたつもりだったが、不快感は拭えない。
そんな時、誰かの気配を感じた。ジュリスとは違う誰かだ。
「誰なの……?」
顔を滴る汗をふきながら少女は深い森の闇を見つめた。
スーッっと出てきたのはアシェリィが憧れている冒険者のお姉さんだった。
「はあい。お久しぶり。元気でやってるみたいね」
「あっ」
驚きのあまり思わずア少女は声を上げた。
彼女と出会うのは学院を目指す旅の途中以来だったからだ。
しかも最後に会ったときには別れを告げていたはずだ。その彼女がなぜここにいるのだろう。
アシェリィは嬉しくも感じたが、同時に疑問や混乱も混じって何も喋れずに居た。
「言ったでしょ? 私達、離れてもずっと一緒って。時々あなたを見守っていたわ。今回、ここで会ったのは……まぁ、たまたまね。私も象を狩りに来ているの。それにしてもだいぶ成長したみたいね。なんだか昔の私を見ている気分だわ。あなた、私に似てきていると思わない? 見た目とかも……」
言われてみれば髪の毛の色は違うものの、顔もどことなく似ている気がする。
背丈や体格も似ていると言われれば似ている気がしてきた。
雰囲気まで似ているかは判断しかねたが。
「そ、そうですか? 憧れのお姉さんに似てるって言われるととても嬉しいです。えへへ……」
彼女は軽く後頭部を掻いた。
「ええ。とても似ているわ。羨ましくなるほど……ね」
オーバーショルダーにミニスカート、ニーハイソックスにブーツとかなりアクティブな服装をしている。
冒険者にはこういうワイルドなセンスの人が結構いる。
割と地味なアシェリィはそういうとこにもちょっぴり憧れているのだが、こっ恥ずかしくてそんな格好は出来ない。
2人は再会を喜びあい、今までのことを報告した。
もっとも報告したのはアシェリィだけであって、お姉さんは聞きに回っていた。
熱い冒険談義は終わることがないと思えるほど続いていた。
こんな時間がいつまでも続けばいいなと思える時間だった。
「……お仲間が来たみたいね。私、そろそろ行くわ」
ジュリスが戻ってきた気配に気づいたのか彼女は立ち上がって背を向けた。
「あっ!! 待って!! ……また会えるよね?」
お姉さんはヒラヒラと背中越しに手を振ってジャングルの闇に消えた。
少しすると上級生が帰ってきた。
「なんだ? アシェリィ、寝付けないのか?」
「あ、いえ、その……知り合いが来てたんです」
それを聞くとジュリスは怪訝な顔をした。
「知り合い? こんなところでか? 学院の関係者か?」
彼は詮索しているのではなく素朴な疑問を投げかけただけだった。
「いえ……。以前から私が冒険者として尊敬している先輩なんです。象狩りをしているって言ってました」
青年は納得行かない様子だ。
「ソロの象狩りか? 今、ダッハラヤ王国ではサーディ・スーパの出現中で危険度が上がって一般冒険者には退去勧告でてんぞ。……まぁ、その憧れの人ってのは相当やり手なのかもしれんな。興味が湧いてきた。少し話を聞かせてくれるか」
アシェリィは自分のことを振り返ると同時にジュリスにそのお姉さんについて語った。
彼女は幼い頃、地元の子供がかかる風土病で死にかけた事がある。
一命をとりとめてもベッドからろくに出られない毎日が続いた。
そんなアシェリィが夢中になったのは血肉沸き踊る冒険についての体験談を書いた冒険譚だった。
いつ頃からだったろうか。しばしばその冒険者お姉さんが夜の間だけ会いに来てくれたのだ。
2人は楽しく冒険について語り合った。
冒険譚は証言者の出現によりより現実味を増し、幼い少女を冒険に駆り立てた。
思えば不思議なマジックアイテムをもらってカタコンベへ潜ったこともあった。
理由はわからないが、彼女は別れを告げて姿を消した。
だが、なぜだか今ここで再会したというわけだ。
話の途中で自分がマナを持たない”エンプ”だと思っていたことやマナボードの話もした。
アシェリィは気さくに話したが、それは他人が聞くには相当に辛い過去だった。
話を聞いているジュリスの顔が曇った。
「その……すまねぇ……」
突如として謝った先輩を見て少女はキョトンとした。
「ど、どうしたんですか急に?」
慌ててアシェリィが聞き返す。
「俺さ、お前の事、今まで跳ねっ返りの強いお転婆娘って小馬鹿にしてたとこあんだけど、辛い思いしてきたんだな……」
少女は両手を左右に振った。
「や、やめてくださいよ!! 昔は昔、今は今ですから!! 私、今が最高に楽しいんです。確かに昔は辛かったけど今はもういい思い出。だから、そんな顔しないでください……」
それを聞くとジュリスは優しい微笑みを浮かべて伝えてきた。
「ああ。お前の事、見直したよ。さ、長話してると夜があけちまう。そろそろ寝ろ。今晩は俺1人で十分だから」
少女はペコリと頭を下げると横になって眠りについた。
一連の話はシャルノワーレに聞こえていた。
ジュリスと同様に今のアシェリィからは連想も出来ないハードな過去を聞いてしまった。
まだ自分が聞いたこともない辛い話を。
どうして今まで自分にその話をしてくれなかったのか。
彼女のことをわかった気になっていただけではないのかと、彼女との距離を痛感させられた。
ノワレはそれが悲しくて悲しくて2人に聞こえないように必死に息を殺して泣き続けていた。
一方、カークスは大きないびきをかいて爆睡していた。
彼女らのようにチームを組めている生徒は良いが、ひとりきりの場合はうかうか寝てもいられない。
象は夜もあたりを徘徊しているからだ。
そんな中、ジャングルの藪で体のあちこちに傷を作りながらアンジェナは走っていた。
走りながら吐血する。口を手で塞ぐと闇の中でどす黒くなった血が手を染めていた。
「ゴボッ!! ……ハァ!! ハァ!! 急げ!! フォリオとスララが危ない!!」
彼は星を詠んで起こる前の危険を予知することが出来る。
占星術の中でもトップクラスにリスキーな占いであり、迂闊に詠むと命を落とす。
その絶妙な加減の綱渡の連続で彼は生き抜いている。
「ハァ……ハァ……。ゼェゼェ!! 青白き獣の行進、ホウキを折り、悪魔を祓うだろう……か!!」
大して肉体強化も出来ないのに無理をしてアンジェナは走り続けた。
「まだか!! そんなに遠くはないはずだぞ!!」
星の方角を詠みながら目的の方向を定めて向かっていく。
「うっ!!」
青年は石につまづいてコケてしまった。浅い沼だからよかったものの、泥だらけになってしまった。
こんなに暗いのにもし深い沼だったら無事ではすまなかっただろう。
ただ、その音に反応したのか樹々の向こうから少女の声がした。
「だレかイるノ?」
(この独特な発音は……スララだ!!)
星詠みは希望を取り戻して沼から飛び起きて声の方へ走った。
ガサガサ!!
草むらをかき分けるとスララとフォリオが居た。
ホウキ乗りの小さな少年は悪魔憑きに膝枕されていた。
魔物にバレないようにマギ・ランタンを低出力でつけていたのでぼんやりと見えた。
「ハァ……ハァ……フゥ。間に合ったか。……なんだか姉に甘える弟みたいだな」
スララは柔らかな顔でフォリオを撫でた。
「べツにフぉリおクんガあマえタわケじャなイわ。ぐラゔぃとン・ボむノはツどウでシょウもウしチゃッたノ……。ほラ、あンじェなクんガきテも、おキなイでシょ?」
フォリオは安らかな寝顔をたてているように見えたが、まだ意識が戻らないらしい。
「グラヴィトン・ボム? あんなもの使ったのか。無茶をするよ……。あ、そんなことはどうでもいい。君たちの危険を詠んで必死に走ってきたんだ」
アンジェナの体中は枝にひっかけたキズがついていた。
「そレで? なニがオこルの?」
スララは不思議そうな仕草をとった。
「青白い獣の行進がここを通る」
悪魔憑きはポンと手のひらに拳をうちつけた。
「あ~、ふぁンとムず・へイつネ……。さーでィ・すーパがトおルかも。でモこノせンりョくじァねェ。でモ、どウしマしョう?」
青年は頭を抱えて首を左右に振った。
「フォリオ君が健在だった場合の対策は立ててきたんだけど、これじゃまずい。空に逃げることが出来ないじゃないか……」
どうしたらいいか悩むアンジェナにスララが声をかけた。
「ふフふ……。こレくラいでアわてテちャだメよ。あナた、さクしなんだから。そレにね、おソらガだメなラつチのシたガあルのヨ」
空はダメでも土がある。よく意味のわからない返しを受けて占い師は首をひねった。
その直後、スララがドン引きするような激しい嘔吐の音を立てた。
出てきたのは吐瀉物ではなく、白くて赤い紋様のついた悪魔だった。
「エ・G!? 無理だ!! 流石に象の行進には勝てな……」
ペロン。ゴクリッ。
アンジェナは驚きすぎてこれが夢じゃないかと思い込んだ。
何と、スララの悪魔がフォリオを丸々呑み込んでしまったのだ。
「え……あ……」
言葉が思うように出せない。恐怖を感じずにはいられなかった。
一方のスララはニタァっと笑みを浮かべながら星詠みをじろりと見た。
「あラぁ……いワなカッたカしら。エGにハしょウかサれナいぽケっトがアるのヨ。あンしンしテ。ふタりはテいイんおーバーだケど”たブん”へイきよ」
青年は腰を抜かしてゆっくり後ずさりしていた。
「まっ……待ってくれ!! 心の準備g……」
ばぐん。モゴモゴ……
なんの躊躇もなく、スララはアンジェナを呑み込んでしまった。
「さテと……」
エ・Gが地面を抉るように深めの穴を掘った。スララはそこに飛び込んで自分を埋めた。
悪魔の力で長時間の間、息を止めるのは苦にならない。
水中でも同様なことが可能だが、エ・Gは水に沈む性質があるのでうっかり深い水場に落ちると上がってこれない恐れもある。
何でも出来る超人だと周囲からは評価されるが、多大なる代償を払っているのを忘れてはいけない。
いつか、かならずしっぺが返しが来る。表に出すことはないが、それに怯えながら彼女は暮らしているのだ。
「ドゥンドッドッドドゥンドッドッド……」
どこからともなくサーディ・スーパの声がする。
同時に大地を揺らす大量の足音も聞こえてきた。
徐々にその気配と音、振動が近づいてくる。
スララは偵察するため隠れつつ、地表ギリギリから様子を観察していた。
数え切れないほどの青白い象、ファントムズ・ヘイツが行進していた。
中には巨大化したものや不死者も混ざっている。
「ひゃッキやコう……」
ジャングル中の象が集まっているのではないかというくらいの行進は一晩中続いた。
スララはほどほどで切り上げて地面の下で眠った。
「ふァ~あ。すゴいむレだッたワね。でモ、つネにあアじャなイでしョうシ。なンとカなルでシょ」
彼女は楽観的にぐーっと背を伸ばして伸びをすると朝日を浴びて密林をあるき出した。
エ・Gのポケットの中のフォリオとアンジェナの存在は”うっかり”忘れ去られていた。




