誠心流奥義・酔
ナッガンクラスの面々は密林の歩き方に慣れつつあって、互いとの遭遇率も自ずとあがっていった。
「まったくふざけんじゃねぇよ。おめぇのせいで三日三晩、泣きっぱなしで目が痛ぇよ!! もう二度とおめぇの治療はうけねぇかんな!!」
タコ人間のニュルはまるで煙草の煙のように黒くスミをふかした。
白衣を草の汁で汚したドクはにっこり笑いながらマイペースに語った。
「おやおや? あのままでは野戦病院行きだったじゃないですか。それに、肢体切断からここまでスムーズに修復した点は評価してもらいたいですね。まぁ、もっともオクトパスラーの自然治癒力あっての結果ですが……」
ニュルはデビルフィッシュ属の”オクトパスラー”という種族に分類される。
見た目はほぼタコだが、人間のように足で歩いて陸上生活をしている。
もっとも、水辺を好む性質は変わっていないようで湿地帯に多く分布している種だ。
よく似たような棲息圏の亜人、リザードマン属と縄張り争いしている事でも知られる。
そんな彼は10本の足を持ち、しかもそれぞれに再生能力を持つ。
どこかもげても頭が無事で適切な治療を施せば立て直すことが可能なのだ。
「おめぇなぁ!! 人が真面目に話をしてんのにニタニタすんなや!!」
ニュルは一本の足を突き出して白衣に銀縁メガネの青年をつっついた。
「フフフフ……すいません。元々、こんな顔つきでして。あしからず……」
ドクはわざとらしくペコリとお辞儀をした。
「ッカァァァ!!! こんのインチキ医者め!! そういうとこだよそういうとこ!! どうしょもねぇヤツだよおめぇは!!!」
またもや吸盤のついた足でニュルはあやしげなドクターをつっついた。
だが、このやりとりもじゃれあいみたいなもので互いに実力は買っているのだ。
人格まで評価しているかと言えばまたそれは別の話だが。
長いことそんな言い合いを続けて歩いているとドクが異常に気づいた。
「地面が揺れてませんか!?」
それを聞くと同時にニュルは足を森の向こうへ伸ばした。
「しかも昼間なのに明かりが……? ユラユラゆれるこの光は……カルナじゃねぇか!? 象と戦闘してるのかもしれねぇ!! 走るぞ!!」
2人は全力で走り出したが、ドクは特に肉体強化出来るわけではないのであまり速くはなかった。
ニュルもニュルで足の形状がタコだけにスピードがでない。
結果としてどちらもモタモタしながら駆け付けることになってしまった。
「おせぇんだよモヤシ!!」
「そちらこそ!!」
押しのけながら交戦している現場に行くと、ボロボロになりながら百虎丸が戦っていた。
「リーダー、もういいアルよ!! これ以上、回復が間に合わないアル!! これ以上、私をかばうのはやめるアル!! こんな苦しそうな姿を見るの……もうたえられないアル!! それに、そろそろヤツが来る頃アルよ!!」
少女の悲痛な叫び声がこだまする。
青白い象が弱ったウサギ耳の亜人を踏み潰そうとしていた。
「青白い象だと!? あぶねぇッ!!」
タコの亜人は百虎丸を遠くに突き飛ばしながら身代わりになった。
ペシャンコになってしまうくらいの圧がかかる。
だが、彼は盾を2つ突き出してその踏みつけをこらえた。
「へへ……スピードはからっきしだが、パワーとタフネスじゃ負けねえぜ!! うらああああああああああぁぁぁ!!!!!」
こらえるだけでなく、ニュルは象のプレスを弾き飛ばした。
「腹がガラ空きだぜ!! よっ!!」
立て続けに手投げ斧を投げて腹部を切りつけた。
「オーーーーーーーーーム!!!!」
戻ってきた斧をキャッチするとタコの亜人は余裕の表情を浮かべた。
「あんだぁ? 拍子抜けだなァ?」
タコの亜人は斧を構え直した。
一方のドクは弾き飛んできたネコ顔の亜人を抱きかかえていた。
「これはだいぶ酷いですね……。さっそく施術しましょう」
患者はヒゲをヒクヒクと動かして露骨にイヤそうな顔をした。
「えぇ……。アレ、やるんで……ござるか……? 副作用が……ゲッホゲホ!!」
ドクは手提げトランクを漁り始めた。
「ええ。背に腹は変えられませんからね……」
それを聞くと絞り出すような声で百虎丸はカルナに伝えた。
「カルナ……殿。拙者はいいでござる。だから……早く蝋燭を消すでござる。このままではヤツが……うぅっ!!」
小さな亜人はうめき声をあげた。
「無理にしゃべらないでください。じゃあ行きますよ!!」
ドクは黒ずんだ怪しげな液体を重症患者に注射し始めた。
「おい、さっきからヤツ、ヤツって何のことだ? もしかして邪神か?」
その疑問にはカルナが変わって答えた。
「そうアル。アイツは……サーディ・スーパはあたしのキャンドルに敏感に反応するアル。だから治癒とリラグゼーションの効果を出したくて灯していると襲撃されてしまうアル。でも2人が来てくれて助かったアルよ。これならなんとかなるかもしれないアル!!」
ファントムズ・ヘイツと向かい合いながらニュルは気合をいれた。
「へへ。邪神でもなんでも来るなら来いってんだ!! 返り討ちにしてやるぜ!!」
赤い象でさえ苦戦していた彼だが、何度か死線をくぐったためにパワーアップしていた。
また、象の動きにも慣れて対応できるようになってきたからでもある。
今度は長くて太い鼻を叩きつけるように振り下ろしてきた。
ニュルは盾の足をクロスさせてこの攻撃に備えた。
バァン!!
激しい金属音が辺りに響く。
今度は右、左、右、左と往復ビンタするように左右から叩きつけてくる。
シールドを左右に構えて彼はこれに耐えた。
苛烈な攻撃は立て続けに続く。
今度はファントムズ・ヘイツが鼻を円形に振り回し始めた。
「やばいアル!! その鼻スイングで起こる旋風に触れるとスパッっと切れるアル!! リーダーもそれでやられたアルよ!!」
ニュルは振り向くと吸盤のついた足でハンドサインをだした。
「おい、ボサッっとしてんな!! 早く俺の後ろの直線上に隠れろ」
泣きそうな顔でキャンドルの少女は叫んだ。
「無理アル!! 無理アルよぉ!!」
またもやタコ亜人は指示を繰り返した。
「うるせぇな!! いいから隠れろ!! 早く!! ドクもだ!! いいな!?」
百虎丸を抱えた医者は彼の意思を汲んで象とニュルを挟むような位置に移動した。
カルナも渋々(しぶしぶ)指示にしたがった。
タコ人間は頭部と胴体、脚部を盾で守るとかまいたちの発生する旋風に立ち向かった。
カバーしきれなかった足があっけなく数本切断され、武器ごと後方へ吹っ飛んでいく。
それでも彼は怯まずに仲間を護った。
「ぐっ……げっ……まだだ!! こちとらまだ殴り返してねぇぜ!! このまま終わるわけにゃいかねぇよなぁ!?」
盾も劣化してきている。このままでは本体にダメージが及びかねない。
ドクもカルナもニュルを心配して危機的状況に冷や汗びっしょりだった。
そんな時、すくっと百虎丸が立ち上がった。
「うぃ~~~。ふぃ~~~~。象がなんだってんニャ~~~~!!!!」
彼は千鳥足でフラフラしている。明らかに酔っ払っていた。
「ふ~む……今回の副作用は泥酔ですか……。傷はかなり塞がりましたがこれではまともに戦闘は……。いや、前に百虎丸さんは酔うとすごいと聞いたことがありました。これはもしかすると……」
ネコ顔の亜人はしゃっくりをはさみつつ急に叫んだ。
「ふぁ~~~~~!!!!! 誠心流奥義・酔!! いざみゃいるふぁ~~~~!!!!!!」
いきなりポーンと彼は上空に飛ぶとファントムズ・ヘイツの鼻にぶらさがった。
そのまましばらく振り回されていた。
「あっ、バカ!!」
「百虎丸さん!!」
「リーーーーダーーーー!!!!」
3人の心配を他所にヒゲの生えた亜人は刀を突き立てると猛回転する鼻の上を根っこまで走りきって真っ二つにした。
ザックリ鼻を切りつけたので激痛で青白い象は悶えた。
同時に旋風も起こせなくなってかまいたちは消えた。
「そっちがかみゃいたちならこっちもでござる~~~~西華西刀流なんちゃら剣!! ニャニャニャニャニャニャ!!!!!!!」
百虎丸はジャンプするとひたすら象の正面に刀を空振りした。
「何やってんだ!! 当たってねーぞー!!!」
ニュルのヤジも無視して彼はとにかく空を切った。
そして着地すると同時に刀を鞘に収めた。
「ほにゃらら流なんちゃら~~~斬華!!」
カチンッ!!
次の瞬間、非常に硬いはずの象牙が断面をみせてスパッと切れた。
象牙だけではない。ファントムズ・ヘイツの頭部のあちこちに切れ目が入っていく。
そして青白い象の頭部は鮮血を散らして細切れ肉のように切断された。
「ふぁ~~~~~~、フニャ~~~~~~ムニャニャ~~~~」
見た目はカワイイが、完全に酔っ払いのオヤジである。
「ニュル!! 足が……もげて……酷い傷アル!! まだリーダーも全快じゃないアル!! ここはキャンドルを焚くしか……。象は近くにいないから多分大丈夫アル!!」
ドクは百虎丸の手を引いて連れてきて4人で円陣を組んだ。
「いいアルか。ゆっくり深呼吸してリラックスするアル」
カルナの青白いアロマキャンドルが灯ると緊張感が和らいだ。
ドクがメガネを上げながらニュルの切断面を診た。
「これは……やはり自力治癒は時間がかかりすぎます。副作用を覚悟していただいて治療しましょうか」
彼はニッコリ笑いながら手術宣言した。
「バーカ!! てめぇ、さっきオメェの治療は金輪際、受けねぇつったろが!!」
タコの亜人にインチキドクターはつっこんだ。
「”金輪際”とは言っていなかったと記憶していますが……」
「あれ? そうだっけか? ってそんなことどうでもいいだろが!!」
2人のやり取りにカルナは笑い声を上げた。
一気に場の空気が明るくなった。その時だった。
「ヘーッヘッヘッヘッヘ!!!!! オベロンオベロン!!!! オビャオン!!!!」
突如としてサーディ・スーパが油断している面々の前に現れたのだ。
これには心臓が飛び出るほど驚かされて、思わず叫び声を上げてしまった。
邪神は出たり消えたりと短距離のテレポート繰り返している。
一気にその場が恐怖に包まれたかと思われた次の瞬間。
「ふぁ~~~~!!! 見えるニャーーーー!!!! そこだニャーーーー!!!!」
なんと百虎丸がテキトーに振りかぶった刀が邪神をかすったのだ。
「お!!」
「おおっ!?」
「うそアル!?」
切っ先は片耳を切り落として、大きなリング状のピアスが地面に落ちて音を立てた。
これが遠足で初めて邪神にダメージを与えた一斬りだった。
「アアアアアアアアアアア!!!!!! ンマアアアアアアアアアアアア!!!!!! ギャオアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」
サーディ・スーパは断末魔のような叫びをあげたが、まだ成仏していないらしい。
「ムムムムムムムッ!!!!!! ベロベロバー!!!!!」
人をバカにして亡霊は消えた。
ウサミミ亜人以外は唖然としていたが、手応えを感じて喜びあった。
そして治療とリラグゼーションをして百虎丸、カルナ、ニュル、ドクの4人が集まった。
ちなみに今回、ニュルに起こった副作用は常にお腹が空いて飢えるという厄介なものだった。




