銀の歯車と塩の菓子
休暇中、色味のカレッカという2つ名持ちのチェルッキィー使いにキーモは運良く出会うことができた。
彼女はメガネの少年に光るものを見出し、師匠の役を買って出てくれたのである。
そして、みっちり色鮮やかな鉱山にこもってバトル、サバイバルの稽古をつけてもらっていた。
その成果もあってかかなりオタク少年の腕前は上がっていた。
しかし、不死者のファントムズ・ヘイツを前に尻込みしないかと言えば嘘になる。
彼なりに力量を推し量ったところ、相手はガンと2人で挑むにはあまりにも強大だったからだ。
だが、そんなキーモに勝機を見出させる要素があった。
ガンがいまだかつて無いほど燃えていたのである。
心なしか彼と彼の乗ったマッドネス・ギアーからはオーラのようなものを感じ取ることができた。
「お前が……お前がレーネさんを!! 許さねぇっす!!」
熱血少年は立ち上がると銅色の歯車の内側になにやら指で紋様を刻み始めた。
「あっ!! あれは!! 錬金術Ⅲ類で習った銀の構成術式!! 無理でござる!! それは発展形として載っていたもの!! 我々が発動するには高度すぎるでござるよ!!」
まばゆい光に歯車は包まれた。きっと失敗してマッドネス・ギアーが金属ゴミになる。
歯を食いしばって目をつむっていたメガネ少年はゆっくり目を開けた。
「マッドネス・ギアー、アルケミィ・シルバーの完成っす!!」
ガンの乗る歯車は鈍い銅色から輝く銀色にグレードアップしていた。
「レーネさんを傷つける奴は誰であろうと許さねぇっす!! 覚悟するっすよ!!」
ギャリギャリギャリギャリギャリ!!!!
残念系イケメンはギアを回転させてふかした。
それを後ろから見ていたキーモは冷静に分析した。
(もしかして……これなら拙者とガン殿の2人でこのゾンビ象を撃破することが出来るかもしれぬ。アルケミィ・シルバーはおそらく不死者に強いでござる。そこに拙者のコレが加われば……)
オタク男子がスッっと一本、チェルッキィーのお菓子を抜き取るとそれはキラキラと白く光った。
瞳を閉じるとカレッカの修行が昨日のように蘇ってくる。
「ふむ。君はチェルッキィーを貫通させるのが得意なようだな。通りさえすれば相手の脳や内臓にダメージを与えることが出来る。よっぽど硬い相手でなければ通用するはずだ。ただ、いまのところ狙いはいまひとつだな。日頃の狙撃訓練を怠るなよ。あ、それと……」
色味のカレッカは一本のチェルッキィーを取り出した。
「これはまぁ月並みだが、不死者の対策もしておけ。塩味系のフレーバーが連中を退治するのに適しているんだ。理想を言えば100%塩で固めたチェルッキィーがベストだな。通常のでも出来なくはないが、塩系のほうが威力が上がる。常に携帯しておくんだな」
女史は手に持った菓子を軽く振った。
「ここからが本番だ。心を落ち着けて片方の手で菓子をかざして、もう片手で宙にこれと同じ聖印を結べ。雑念が混じると効果が落ちるから出来る限り精神統一すること。まぁ慣れてくると移動しながらでも発動できるはずだが……」
すると彼女の持つチェルッキィーが白くキラキラと輝き出した。
「これがセイクリッド・ギフト。本当はこの型の聖印は門外不出なんだが、今更もったいぶってもしょうがない気がしてな。なにより君には賭けてみたい光るモノがある気がするんだよ」
そう言って照れくさそうに師匠は笑っていた。
ほんのわずかしか教えを受けることは出来なかったが、間違いなく良い先生だった。
「女史殿……見ていてくだされ……。拙者にとってもこの戦い、譲れない戦いなのでござるな!! ガン殿!! 後方援護は任せるでござる!! 拙者らの底力を見せつけてやるのですぞ!!」
ガンは真剣な顔をして頷いた。
「うっす!! 俺だってコイツが格上なのはわかってるっす!! それでもレーネさんの仇を討たないことには男がすたるっす!! だからキーモ、2人でやるだけやってスッキリするっす!!」
銀色のマッドネス・ギアーの横から親指を立てた手が突き出された。
その直後、ついに歯車は地面をかき鳴らす爆音を出しながら猛回転を始めた。
ギャリギャリギャリギャリギャリ!!
「うおらぁっ!! いくっすよおおおおぉぉぉぉ!!!!!」
「承知でござる!!」
キーモは目をつむって集中し始めた。
強敵に勝てるかだとか、ガンがどう出るかなどそこらへんの雑念を取り払っていく。
そのたびに白く光るチェルッキィーは輝きを増した。
「先手必勝!! セイクリッド・ギフト・ショット!!」
勢いよく細長い菓子が彼の手から発射された。
(相手は不死者。脳だろうが内臓だろうが関係ないはずでござる。それなら相手の動きを奪うまで!!)
100%塩でできたチェルッキィーはゾンビ象の膝を撃ち抜いた。
「よし!! 命中でござる!!」
すると不死者の片側の脚部に大きな風穴が空いた。
聖属性が腐った肉を溶かして吹き飛ばしたのである。
これでファントムズ・ヘイツは大きく姿勢を崩して傾いた。
「キーモ、ナイスっす!! これなら攻撃を避けられることは無いはずっす!! 一気に畳み掛けるっすよ~!!」
ガンが突進を始めると同時にメガネ少年は二本目のお菓子の聖印を結び始めた。
象はマッドネス・ギアーと同じくらいの大きさだったがフルパワーの状態だと乗り上げるのは余裕だった。
腐臭放つ死んだ獣の上でガンは歯車を空回りさせてゴリゴリと背中を削った。
「パオオオオーーーーーーーーーームッ!!!!」
銀の歯車の効果は抜群でドロドロと背中が溶けていった。
だが、相手もただではやられなかった。
鼻から溶解液をばら撒き出したのである。
「ぬわっ!!」
キーモは精神統一の邪魔をされて横っ飛びで避けた。
「こ……これは……溶けてるでござるよ!! しかもかなり強烈な!!」
2発目がすぐさま彼を狙う。
避けられない。そう思った瞬間だった。
「あぶねーっす!!」
ガンがバックで戻ってきてくれて、鼻水からかばってくれた。
「ガン殿!! 大丈夫でござるか!?」
すぐに返事が帰ってきた。
「アルケミィ・シルバーは伊達じゃないっす!! この程度の溶解液ならノーダメージっすよ!! それより、やっぱりキーモも早くギアーに乗るっす!! そのままじゃ溶かされちまうっす!! こっちは前よりだいぶ乗り心地が改善したみたいで、ヒモでぐるぐる巻きにする必要は無さそうっすよ!! またパンツァーの結成っす!!」
喋るのは後回しにしてキーモは銀の歯車の横から座席の後ろに飛び乗った。
「ほ、本当でござる。すごく乗り心地が向上しているでござる。これなら滅多なことがない限りは投げ出されないでしょうな。拙者も集中できそうでござる!!」
ガンは魔物の居る進行方向をビシッっと指さした。
「腐肉のミンチにしてやるっすよ!! いくっす!!」
再びマッドネス・ギアーは血色の死んだ紫色の象に乗り上げた。
グチャ!! ベチャベチョ!! グチャグチャグチャァ!!!!
歯車で轢いていると水っぽい気持ちの悪い音がする。腐臭も激しく、2人とも吐きそうになった。
ガンが文字通りゾンビ象をミンチにし、キーモは鋭い一撃を繰り返して大きな穴を開けていった。
それを数分間、繰り返しているともはや魔物は原形をとどめないまでになった。
思った以上の持久戦で2人とも息が上がっていたが、特にケガはしていなかった。
「これで終いっす!!」
トドメにガンがマッドネス・ギアーをその場でドリフトさせて粉々に肉片をふっとばした。
その後にキーモがキラキラ光る塩のチェルッキィーを砕いて撒き、不死者の復活を完全に阻止した。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
「ゼェ……ゼェ……ゼェ……」
静かになったジャングルの一角で男二人の荒い息遣いだけが響いた。
パァン!!
どちらともなく、手を差し出して勢いよくハイタッチした。
「やったっすー!! 正直、勝てねぇかとおもったっすよ~~~!!!」
「拙者だって!! めちゃくちゃビビっていたでござるよ~。まだ脚が震えてるでござる!!」
今回、ガンとキーモが不死者のファントムズ・ヘイツに勝てたのは相当、運が良かった。
相手がゾンビ化していて、なおかつこちらの2人が強力な対アンデッドの攻撃手段を持っていたこと。
そして、ガンが錬金術に成功していたのがなにより大きかった。
不安材料だらけで、2人とも敗色濃厚と思っていたが、やってみればなんとかなるものである。
金髪の残念系イケメンはバテてマッドネス・ギアーを小型化し、ひっこめた。
そして手に握られた銀の歯車をポケットに突っ込んだ。
キーモは小さくなる前にそこから飛び降りて着地した。
すっかりスタミナの切れたガンは這いつくばるようにしてレーネのものと思われる血痕へと近づいていった。
「レーネ……さん……」
同じくバテきったメガネ少年はそのそばに近づいて励ましの言葉をかけた。
「大丈夫でござる。きっとレーネさんはすぐに野戦病院に収容されてるでござるよ。中途半端なところで力尽きなければ、きっとそのうち彼女に会うことができるはずでござる。そのためには我々も更にメンバーを増やして戦力を増強していくでござる!!」
互いに気持ちをポジティブに持っていこうとしたその時だった。
「ヘーーーーッヘッヘッヘ!!! ウヒョア!! フーッフッフーッフー!!!!!」
強烈な悪寒と共に不気味な笑い声があたりに響いた。
気味の悪い雰囲気と笑い声しかこちらからは確認することは出来ない。
「こ、こいつは!!」
「ま、まさか、こやつがサーディ・スーパでござるか!?」
ガンとキーモは警戒態勢に入ったが声は遠ざかっていった。
「フーッフゥーッフゥウーーーー!!!!! イイイイイイーーーーーー!!!」
心なしか機嫌が悪そうな叫びを上げて、正体不明の存在は消えたようだった。
「ハァ……ビックリしたっす……」
「拙者も。きっとさっきのゾンビ象を倒したから逃げていったんでござろうな……」
だが、安心する2人に後味の悪い笑いがこだました。
「ヒィーッヒッヒッヒ!!!! アアッハァ!! ウーーーーイーーーヒィィィィーーーー!!!」
まるでこれで終わりではないぞと言わんばかりの声を張り上げて亡霊は消えた。




