残念系男子紆余曲折
「くらえっ!! ボール・ボミング!! シューーーートッ!!!!!」
レーネはボールに指を入れて大きく振りかぶり、スローイングした。
炎をまとった球が見事にゾンビ象の片足に直撃して小爆発を起こした。
すぐに相手は片足の膝を折ってダウンした。
「やった!! やった!! 思ったより効いてる!!」
軽くガッツポーズをとった直後、彼女の顔は青ざめた。
ファントムズ・ヘイズのゾンビが鼻を振り回して濁った液体を飛ばしてきたのだ。
「うわっ!! 汚っ!!」
彼女はアスリートに恥じない反射神経でステップを繰り出し、この鼻水を避けきった。
それが汚いだけなら良かったのだが、よくよく観察すると着地した地点の草むらと地面がドロドロと溶けていく。
直撃した樹も熱したチーズのようにと溶けていて、今にも倒れそうだ。
「うっ!! ただの鼻水じゃない!! これは溶解液なんだ!!」
これを恐れてレーネは積極的に攻めることが難しくなってしまった。
「シャレにならないよ!! こんなのが当たったらドロドロに溶かされちゃう!!」
ゾンビのファントムズ・ヘイズの片目はドロッっと腐り落ち始めた。
鼻が曲がるような悪臭も放ち始めている。
「ううっ……気持ち悪っ……」
思わず彼女は強い吐き気を催した。
そしてだんだん溶解液の狙いが定まってきた。
余裕があったレーネだが、いつのまにかギリギリで回避している状況になってしまっている。
「攻撃のスキがない!! これじゃやられる一方だよ!! でも退くわけにはいかないんだ!! イクセントくんとはっぱちゃんを放ってはおけない!!」
ボーリング少女は背後の2人に目をやりながらゾンビ象と対峙した。
気づくと先程、潰したはずの片足がもう再生していた。
「ウソでしょ……!? ええい!! もう一発!!」
再び彼女の放った一発は死んだ象の顔面に直撃した。
「手応えあり!!」
ボトボトと腐肉が落ちるのがハッキリ見えた。
だが不死者は怯むこと無く、両方の前足を宙に浮かせると思い切り大地に叩きつけた。
地面がグラグラと揺れる。レーネはその振動に足をとられてしまった。
「ううっ!!」
明らかに相手はパワーアップしており、足踏みだけで尻もちさせられてしまうほどだった。
座りこんだ彼女を思いっきりゾンビ象は蹴飛ばした。
ものすごい勢いでふっ飛ばされてしまい、少女は樹に叩きつけられてしまった。
「きゃあああああああっ!! ぐぬぅっ!! げほぉっ!!」
今度は容赦なく長い鼻を胴体めがけてでラリアットのように象は叩きつけてきた。
リミッターの外れた巨体の繰り出す一撃で内臓に大ダメージを負い、レーネは血を吹いた。
「う、うう……ごっほ……イクセントくんが……下手に挑んで……げふげふ。大怪我するって言ってたのは……ごっほ……まさに……この事だね……。大したことも……できな……かった……むねん……」
レーネは樹に沿って滑り落ち、地面でうなだれた。
全身に大きな傷をおったせいで彼女の座りこんだ場所には血溜まりが出来ていた。
ファントムズ・ヘイツ・アンデッドが追撃をかけようとした時だった。
すかさずリジャスターが助けに入り、戦場を離脱して彼女を野戦病院へと運んだ。
一方、はっぱちゃんはイクセントを運んでいたが、ターゲットの移ったゾンビ象の溶解液を背中にモロにくらってしまった。
(きゃあああああああああああぁぁぁ!!!!! 熱い!! 表皮が焼ける!! でもイクセントくんは守ら……なきゃ……)
何とかしてイクセントを守りたかったが、強烈な溶解液のせいではっぱちゃんは気を失ってしまった。
それに、背中にかなりのダメージを喰らった。
すぐに別のリジャスターがヘルプに入り、はっぱちゃんとイクセントを両肩に担ぐとすぐに野戦病院に運んだ。
こうしてイクセント達の班は全滅し、再びバラバラになってしまった。
救助された3人はすぐに拠点のベッドに寝かされた。
「レーネはかなり厳しい状況にあります。骨折多数、内臓ダメージ大です。リアクターを使用するべきかと思います」
ナッガンはそれを聞いて首を縦に振った。
「うむ。魔術修復炉、No.2を起動しろ。残り2人は?」
教授は続けて報告を聞いた。
「ドライアドの少女は割と軽微なダメージです。我々の治療だけで完治できるでしょう。イクセントは単なる体内マナの急激な枯渇による気絶です。投薬、もしくは時間の経過で回復します」
重傷なのはレーネだけで残り2人は早くリカバリーできそうだった。
「ふむ。やはりイクセントは飛び抜けたセンスだな。レーネも健闘したが、相手が悪かった。サーディ・スーパに付きまとわれているというのは大きなマイナス要素だということだ……ん?」
ナッガンはなにかに気づいたのか崖の下を覗き込んだ。
青白い炎のようなものがチカチカ点滅している。
「ウオーッホッホ!! ヒヒーウィヒッ!!! ハァッハハァッハハァッハ!!!」
野戦病院のそばまで邪神がウロウロしていた。
「ふん。ここまで登ってこない事を見るとリジャスタークラスは相手にしたくないと見た。用心深いと言うか、臆病と言うか。せっかくだからそばで観察してみたい気もするのだがな」
腕組みした教授は眼下の亡霊に睨みを効かせた。
その鋭い視線を感じ取ってか、すぐに邪神の気配は消えた。
「……なんだ。ただのチキンか。こんな奴に思い通りやられて、お前ら悔しくはないのか? お前らの実力、そしてチームワークはこんなものでは無いはずだ。できる限り足掻いてみせろ。理不尽に課された難題のように思えても、それをクリアすることで生きながらえるというのもまた真実。ここで死ねば明日はない。明日死ねば明後日はないのだぞ……」
少し時は戻って、ガンとキーモは作戦会議を開いていた。
「ガン殿、今、我々はノリにノってるであります。ですが、我々、こういう時に限って大して活躍もできずに空回りするケースが多いでござる。ガン殿はそうは思わないでござるか?」
金髪碧眼の残念系イケメンは武器である巨大な歯車、マッドネス・ギアーを小型化してポケットに入れていた。
腕を組んでガンは首を傾げた。
「言われてみりゃそりゃろそうっすけど……かといって、今の勢いを止めてしまうのはもったいないと思うっす」
彼に向けてキーモは指を指した。
「それ!! それでござる!! そのペースで迂闊に突っ込んでいったら出来る物も出来なくなるということでござるよ!!」
イケイケの少年はイラッっと来たようだったが、喉元まで出る苦情を飲み込んだ。
彼の言うこともまた一理あると感じていたからだ。不機嫌そうに彼は小石を投げた。
「んじゃ、何か策はあるんすか?」
赤いバンダナ、チェックのYシャツ、指空きグローブで決めた少年はメガネをクイッとあげた。
「何、拙者は別にガン殿に不満があるわけではござらん。ただ、もっとやりようはあると思うのですぞ。例えばマッドネス・ギアーの大きさを調整したりだとか、走行時の音を抑えて忍び足にするだとか、そこらへんが出来ればだいぶ変わると思うのでござるが……」
視線をそらしてガンはワシャワシャと頭を掻いた。
(うっ……こんのっ……痛いところを……。どっちも夏季休暇中の修行不足で出来ないっすよ……。レーネさんのことばっか考えてて手につかなかったなんて言えないっす……)
またもやオタクの少年は眼鏡を持ち上げた。
「なーんて。かくいう拙者も大して進歩したわけではござらんよ。回りくどい言い方をしたでござるが、互いに慢心は止めようという話でござる。きっとここからが我々の本番になるでござる。ガン殿、頼りにしてるでござるよ」
キーモはあぐらをかいて座るガンに歩み寄って拳を差し出した。
「へへ……そうだな。俺も調子づかねぇようにやるよ。改めてよろしくな!!」
彼はその拳に自分の拳を打ち付けて答えた。その直後だった。
「きゃあああああああっ!! ぐぬぅっ!! げほぉっ!!」
聞いたことのある声の悲鳴とカエルを潰したようなうめき声が聞こえた。
「これは……レーネさんの悲鳴っす!! 間違いないっす!! レーネさんに違いねぇっす!!」
素早くガンはポケットから歯車を取り出すとおよそ3mの大きさまで巨大化させた。
「キーモ、早く乗るっす!! すぐに出るっすよ!!」
「ガン殿!! 気持ちはわかりますが、焦ってはなりませぬ!! ガンど―――」
メガネの少年が歯車にしがみつくと同時にマッドネス・ギアーは猛スピードで駆け出した。
もうガンの耳にはキーモの言葉は全く届いていなかった。
悲鳴が聞こえるということはそう遠くはない。
もしかしたら好意を寄せているレーネの危機かもしれない。
決してさっきのキーモとのやりとりを蔑ろにしたわけではなかったが、
そう考えるとガンはいてもたってもいられなくなってしまった。
元々が熱血なだけあって、すぐに頭に血がのぼるのはしょうがない。
草むらをかき分けるように樹をメリメリと倒しながら進んでいくと戦闘の跡の開けた空間に出た。
あちこちの樹がなぎ倒され、激しい交戦があったのは明らかだ。
だが、そこには誰も残っていなかった。
「レーネさんは!? レーネさーーーん!!!!」
美しい金髪の少年は声を張り上げながら必死に辺りを見回した。
すると、明らかに人間のものと思われる血溜まりを見つけてしまった。
「な、……そんな……レーネ……さん?」
「ガン殿!! あれを!!」
キーモは不死者になったファントムズ・ヘイツを指さした。
「うっ、酷い悪臭はこやつのせいだったでござるか!!」
よく見ると鼻にはこびりつくように人間のものらしき血痕が残っていた。
「お前が……お前がレーネさんを……?」
すぐにオタク男子はガンの肩に手をかけて揺すった。
「ガン殿!! いかんでござる!! ここで我を失ってしまったら!!」
するとガンは落ち着いた様子で答えた。
「出来るものも出来なくなる……っすよね。わかってるっす。わかってるんすけど……でも、漢にゃ譲れないものってのがあるんすよ。こんな自己中な戦いにキーモを巻き込むわけにゃいかねぇっす。……俺はこれから派手に暴れるっす。降りるなら今のうちっすよ……」
決意を固める少年の後頭部をキーモは軽く叩いた。
「いって。何するっすか!!」
メガネの少年はにんまりと笑っていた。
「そういうのを水臭いというんでござるよ。なんとしてもここは勝ってレーネ殿の弔い合せ……いや、借りを返すでござる。拙者は地上で戦うのでガン殿は思う存分暴れてくだされ!! あ、出来れば拙者は轢かないでほしいでござる……」
座席に座った熱血漢は肩を震わせている。なんだか泣いているようだった。
「俺はいい仲間を持ったっす……。しゃあおらぁ!! 死にかけの象め!! ブッ潰してやるっす!!」
「やるっすやるっす!!」
紆余曲折を経たが、2人はまた熱い友情を取り戻してゾンビ象に向かっていった。




