死んだ象の上でダンスを
イクセント、はっぱちゃん、レーネは戦力を拡大すべく、他のクラスメイトを探してジャングルを彷徨っていた。
この3人はあくまでたまたま会えたに過ぎず、広い密林では仲間に出会うのは難しかった。
何か目印になるアクションを起こす手もあるが、周りをモンスターに囲まれていることを考えるとそれはあまりにもリスキーだった。
しかもイクセントの攻撃が癪に触ったのか、サーディ・スーパの気配がしょっちゅうする。
そのたびに彼女らは悪寒を感じていたが、ドライアドの亜人のはっぱちゃんのおかげで不安感や緊張感は和らいでいた。
しかしどこからともなく追跡されるのはいい気分ではない。
その場の全員がとっとと邪神を追い払うなり倒すなりしたいと思っていた。
「ヒィッヒヒィッヒヒィッヒ…………」
森の奥から不気味な笑い声がこだまする。
「アイツ……行ったり来たりしてるな。他の連中のところにもちょっかいを出しに行ってるのかもしれん。もし、ヤツの足跡がわかれば誰かと合流できるかもしれんが……。いや、無理だな。ヤツには足がない」
ごくごく当たり前の分析をする彼女と一緒にレーネは笑った。
「あはは……そうだね。確かに胸元までのオバケだもんね。おまけに神出鬼没で行く先も全然わからない。本当にあんなの倒せるのかなぁ……。遠足、終わらないんじゃない? あ、いやいや、今のナシ。弱気のアスリートなんて話にならないからね!!」
そういってレーネは胸を張ったが虚勢なのがまるわかりだった。
実際、イクセントもかなり追い詰められている感があった。
流石に自分の呪文の中でも屈指の速さを持つウィンキング・レイシュートが回避されたとなると単なるスピードでは邪神を仕留められないことになる。
「やはり……挟み撃ちか……」
「へ?」
ボーリング少女は間の抜けた声を出した。
「サーディ・スーパの話だ。複数班で連携をとって、挟み撃ち、あるいは袋叩きにするしか倒す手段がないだろうと言ってるんだ。3~4人のパーティーで合流して満足していてはキリがない。最低でも10人、出来れば15人くらいで集結して意思疎通を図りながら囲むようにしかけないと攻撃が当たらんだろう」
アスリートの少女は意外そうな顔をした。
「え? 砂漠の遠足の時みたいに25人全員が揃う必要はないってこと?」
イクセントはコクリと頷いた。
「ああ、そうだ。この密林の広大さからしてクラスメイトが全員揃うのは不可能に近い。それは教授も想定済みだろう。だからおそらく全員で当たらねばならないほどサーディ・スーパは打たれ強いわけではない。まぁ代わりに恐ろしく速いわけだが……。この過酷な環境で即席パーティーを作り、素早いヤツを仕留められるか。それを試しているんだろう」
彼女がそう話しているさなか、3人は背筋が凍るようにゾクゾクとした。
「なんだこれは!?」
「………………………………」
「ううっ!! ぞくぞく!! うっ!!」
レーネが森の奥を指さした。
「何アレ!? 青白く光った象が突っ込んでくるよ!!」
少女剣士は思いっきり舌打ちした。
「チッ!! ファントムズ・ヘイツ……、噂話じゃなかったのか!! 全員緊急回避だ!! 横に飛べ!!」
イクセントははっぱちゃんを抱えて頭から飛び込み、青白い象の進路から外れた。
「レーネ!! 大丈夫か!?」
彼女は別方向に飛んで、イクセントの向かいから返事があった。
「な、なんとか!!」
樹をなぎ倒した化物はUターンして長い鼻を振り回しながら再接近してきた。
「くッ!! こいつに小細工の類は一切効かない!! 本当は剣技を使えればベストなんだが、まだ習いたてで練度が低くて何もできん!! ならば、使い慣れたこれを!!」
少女は剣とは反対側に差していたマジカルワンドを取り出した。
隠し持っていた上に短い杖なので誰も気づかなかったが、今回は魔術用の装備も持ち込んでいた。
剣を使うようになって久しいが、あくまで彼女の本来のバトルスタイルは魔術中心である。
そんな彼女が専用の杖を握れば鬼に金棒だった。
愛用のマジックアイテムを構えると魔法少女はファントムズ・ヘイツに向き直った。
レーネにターゲットが移らないように声を上げる。
「こっちだバケモノめ!!」
「無茶だよ!! イクセントくん!!」
イクセントはバトンを回すかのようにクルクルとワンドを回してみせた。
その動きの鮮やかさに思わずレーネは見とれた。
「氷の天神ここにあり、氷の地神ここにあり。2つが織りなすは巨大なる2つの牙なり!! 地から出でし神に空の神、答えん!! 震凍の双神!! ブリージア・レイジ・タスク・ハヴォッカー!!!!」
彼女が詠唱し終わるとグラグラと辺りの地面が振動した。
「うわっ!! 何が起こってるの!?」
レーネははっぱちゃんのおかげで冷静では居たが、足を取られてしゃがみこんだ。
次の瞬間、イクセントがワンドを振り上げると勢いよく水色に輝く氷の太い柱が地面からせり出した。
先端は鋭く尖っていて、ファントムズ・ヘイツの腹部を貫いた。
そのまま勢いを殺さず、氷の柱は青白い象を宙に浮かせた。
「せぇぇい!!!」
絶妙のタイミングで魔法少女は小ぶりな杖を叩きつけるように振った。
すると今度は空中から同じように下向きの先端がとがった氷柱が出現して今度は象の背中側から貫いた。
「まだだ!! アイシクル・バイトォッ!!」
イクセントが両掌を上と下で打ち付けると地と天の氷の柱が象を上下から貫通した。
まるで美しい氷のオブジェのようになってファントムズ・ヘイツは息絶えた。
「す……すごい……」
レーネは圧倒されてただつぶやくしかできなかった。
同時に少女は杖を落とした。そのまま四つん這いの姿勢になってしまった。
「ハァッ……ハァッ……。ゼェゼェ……」
レーネは我に返ると彼女にかけよった。
「イクセントくん!! 大丈夫!?」
ゆっくりだがはっぱちゃんも歩み寄ってきた。
「くっ、マナを使いすぎた……。本来なら数人で戦う相手だ。僕一人では無理があった……。それに、やりすぎた感もある……」
それを聞いていたレーネが疑問の声をあげた。
「……私も居たじゃない……。どうして協力しようって言ってくれなかったの?」
くたびれた魔法少女は正論を述べた。
「お前が戦力に加わったとして、アイツがなんとかなったか? 下手に挑んで大怪我するのが関の山だろ? こうするしかなかったんだ……こうするしか……」
消え入るような声でそうつぶやくと彼女は気を失った。
「これはかなり消耗してるね……。私の持ってる肌に当てる回復薬……H・トローチだと気を取り戻すまでにかなり時間がかかりそう。これは胸に直接あてると効果が高まるから……イクセントくんには悪いけど、ちょっと上着を脱がさせてもらって……」
レーネは上半身の服を脱がせてイクセントの胸をはだけさせた。
「あれ……む、胸にサラシ? サラシって普通、お腹に巻くよね……?」
アスリート少女は自分の胸をペタペタと触った。
「悪いけど、外させてもらおう……」
丁寧にレーネはイクセントのサラシを外した。そして彼女は驚愕した。
「な、なんだか女の子みたいな胸してるな……。成長前とは言え、男子ってこんな柔らかくないよね? 下も確認すればわかるんだろうけど、それはちょっと……。でもやっぱりこれはおかしい……よね……? な、なにか事情でもあるんだよきっと……」
胸元にH・トローチを押し当てるとその上から再びサラシを巻いた。
予想外の出来事でイクセントの本当の性別を知る人物がまた一人、増えてしまった。
そっちに気を取られていたレーネは背後に迫るサーディ・スーパに気づけなかった。
「オホッ!! オホッホ!! ウィーッヒウィーッヒウィーッヒ!!!!」
彼女は素早く振り向いた。するとドアップで邪神が目に入る。
その不気味さに悲鳴をあげずには居られなかった。
「きゃああああああああああーーーーーーーーー!!!!!!!」
周りの魔物も刺激するくらい大きな叫び声だ。
今、戦えるのはレーネとはっぱちゃんのみ。この状況でこのシャウトはかなりまずかった。
「ホッホーイ!! ホーイ!! オホーーーーイ!!!!! ヘヘヘヘヘヘ!!!!」
サーディ・スーパはゲラゲラ嘲笑っている。
「何がおかしいっていうのよ!!!!」
無意識のうちに怒鳴り返してしまった。
「ヤー・ウッ・ホイ!! ヤー・ウッ・ホイ!! オホハハハハハァァァ!!!!」
青白く光る不気味な道化師は先程、死んだ象の上で踊った。
するとたしかに絶命したはずのファントムズ・ヘイツが起き上がりだしたではないか。
そして緩慢な動きでこちらを振り向くと鼻から吐息を吹き出した。
体中からボドボドと腐った肉が崩れ落ちた。
「ううっ!! 臭っ!! 象を不死化させたって事!? ぐっ!! まずいよ。はっぱちゃんは攻撃は期待できない。私一人で乗り切るしか無いんだ!!」
激しい緊張感と焦燥感に襲われるが、それをドライアドのはっぱちゃんが癒やしてくれた。
「相手は格差もある強敵!! でも、こっちにも不死者に有効な火属性のボール・ボミングがある。雷属性はスローイングに時間がかかっちゃうけど、ボミングなら連射も可能!! ここはあえて危険を承知でピンをねじ込んでいく!! イクセント君がそうしてくれたように!!」
はっぱちゃんは気絶した彼女を抱いて戦場から離れていった。
それでもちゃんとリラグゼーションのバフは発生していた。
「うっし!! いっちょいきますか!!」
ボーリングのアスリート少女は愛用のボール、4thを構えてストライクを狙い始めた。




