少女達の受難
男性が叫びながら横を駆け抜けていった。
「大変だ~!! サーカスのキメイラが檻をやぶってで逃げ出したぞ!! 逃げろ!!」
その叫びを聞いて周りの人達もざわめき始めた。
やがてドドスンドドスンという重量感のある足音が聞こえてきた。
「アイネ!! 今の聞いた!? そいつはここで食い止めるよ!! ここには学院生がいっぱいいるからここで足止めすれば皆助けてくれるはず!!」
アイネもすぐにそれを了解してラーシェの後ろに位置どった。
「ラーシェさん、ヒット・アンド・ヒーリング、BtoBで!!」
ポニーテールの少女は親指を立てて後方にサインを送った。
彼女は腰を深く落として格闘の構えをとったが、履いていたミュールのせいで力がこもらない。
おまけにスカートだったのでなんだか足を開いて構えるのが恥ずかしい。
「あ~あ~、お気に入りのミュールだったんだけどなぁ!!」
彼女は吹っ切れた様子で左右のミュールのヒールをボキボキッっと折って思いっきり踏みなめした
ミュールはかかとがつぶれてサンダルのようになった。
暴れているキメイラは熊、トカゲ、羊の姿をした3つの頭を持っていた。
獅子の胴体、猛禽類のような脚が4本に大蛇のしっぽを持つ怪物だ。
大きさは大人3人分はあり、かなり大きい。
その姿は珍妙奇天烈で、サーカスの見世物としてはうってつけだ。
こんな古典的なキメイラは図鑑か何かでしか見たことがない。
「んも~!! こんなやつ手なづけられるわけないじゃない!! サーカス団は何考えてんの!!」
どうやら直進するしか脳がないらしく、ルーネス通りに沿って走って来たようだ。
幸い、人や建物の被害は殆ど無さそうだった。
行く手を阻むようにラーシェをが真正面に立つ。
ようやく視界に障害物があると認識したのか飛びかかるように襲いかかってきた。
ラーシェは鋭い前足の爪の一撃を横っ飛びでかわした。
そしてすれ違いざまに熊の頭に思いっきり拳を打ち込んだ。
強烈なパンチに熊の頭が怯む。
だが全てのパーツが別の神経を持っているらしく、この攻撃では一部しかのぞけらない。
レーシェはトカゲの顔が吐き出した青白い炎をよけきれず、火傷を負った。
「あちちちっ!! うわ~、痛覚がバラバラなの!?」
不意打ちで炎を浴びたラーシェの火傷は軽くはなかった。
すぐに猛ダッシュでアイネの元に戻り、抱きしめあって体を密着させた。
これが治癒呪文、BtoBだ。
抱き合っている間、どんどん火傷の傷と痛みが癒えていく。10秒ほどで回復した。
既に学院生たちが加勢し、接近戦でキメイラを食い止めに入った。
キメイラ近くの建物の2階からも弓やら魔法やらの矢やらの遠距離攻撃の援護が始まる。
攻撃を受けてあちこちの部位が滅茶苦茶に暴れている。
バラバラな動きで統率もとれていない。
だが、逆に各部位が別々に動くため、攻撃の予測を立てるのが難しかった。
大蛇が口から猛毒の霧を吹いているようで、学院生達は攻めあぐねていた。
次の瞬間、羊も白い煙を吐き出した。前衛がバタバタと倒れていく。
「何アレ!? まさか即死系のガスじゃないよね?」
アイネは冷静に分析した。
「多分、催眠ガスだと思います。キメイラの中にはそういった能力を持つものも居ると教会で聞いたことがあります」
ラーシェは意を決して大きく息を吸ってから息を止めたままキメイラに再度突っ込んだ。
これ以上侵攻されると、援護してくれているアイネや後衛が危ないと思い、正面からぶつかっていった。
次にどこを狙うかラーシェは迅速な判断を迫られた。
(見た感じ熊の頭は本当に接近攻撃しか出来ないみたい。なら、火炎が厄介なトカゲと、催眠攻撃の羊を潰すべきかな!!)
スカート姿なのでまたもや少し戸惑ったがすぐに地を蹴ってサマーソルトキックを放つ。
キック後の宙返りはきれいな弧を描いた。
攻撃が直撃したトカゲにはそれなりの手応えがあって、火炎を吐く頻度が明らかに落ちた。
別の頭に追撃しようとすぐにラーシェは高くジャンプした。
スカートが鮮やかにはためく。
体をしならせながら、空中でひねりを加えて体の向きを変えて勢いをつけた。
見事にかかと落としが羊の頭に決まった。
この一撃で羊の頭も舌を出してぐったりとのびた。
だが、キメイラはとてつもなく打たれ強く、まだ暴れるのを止めない。
ラーシェはダメージの通りにくさを感じて、より多くの援護が必要だと判断した。
(ガスの充満していない所にコイツを移動させない援護は受けられない。となると!!)
ラーシェは熊の頭の攻撃をまたもやスライディングでやり過ごした。
キメイラの胴体の下に潜り込み腕をついてそれをバネにして思いっきり蹴りあげた。
「てやああああぁぁぁ!!」
ズドンと鈍い音がしてわずかにキメイラが宙に浮く。
ラーシェは受け身を取りながら胴体の下から転げ出た。
胴体が苦痛で地面をのたうち回っている隙に素早くキメイラの後ろに回り込む。
そして尻尾の大蛇の根元を思いっきり掴んだ。
蛇が苦しそうにして毒ガスを吐きまくったが、ラーシェは息を止めているので毒や催眠ガスを喰らわなかった。
ただ、ガスがすこし目に染みる。
(せいやあああああああああッ!!)
そのまま前衛が待機している方向に向けて思いっきりキメイラを背負投げした。
ガスのない通りに放り出されたキメイラは学院生達の一斉の猛攻撃を受けた。
またもや毒ガスを吐いていたが、今度は風属性系の呪文が得意な生徒によって対策が練られた。
霧が吹き飛ばされ、かききえていく。
さすがに四方八方からの攻撃にキメイラは耐え切れず、すぐに息絶えた。
ラーシェをはじめとする学院生達は大きな被害を出すこと無く、キメイラを食い止めることに成功した。
学院生からも街の人達からも安堵と喝采の声が上がる。
ラーシェがとぼとぼとアイネのもとに戻ってきた。
「ただいま~。あ~、ブラウスが毒霧でドロドロ。ミュールもこんなだし、スライディングなんかしたもんだからスカートも、帽子もどっか飛んでっちゃうし……もう最ッ悪!!」
ラーシェは寄りかかるようにアイネに抱きついた。
アイネも抱き返してラーシェの身体に異変はないかスキャンしていく。
「あ~あ。インヴィテーション・マッチで儲けた分、全部スイーツ代と服代でパァだわ……」
がっくりとラーシェはうなだれた。
「さすが。目立った問題はありませんね。それにしても息を止めて毒ガスをかわすなんてあいかわらずすごい肺活量ですね。」
ラーシェは意外そうな表情をした。
「15分くらいは余裕余裕。あ~、それにしてもこんなドロドロな服、もう着れないよ。銭湯でも寄って借り衣装で帰ろっと」
よく見ると接触したせいでアイネの服もシミだらけだ。
「あっ……ごめん。アイネの服も汚れちゃったね」
面目なさげにしているラーシェの肩をポンポンとアイネが叩いた。
「じゃあ、一緒にお風呂でも行きましょうか~」
ラーシェはニコッっと笑って二つ返事した。
一応、サーカス所有のキメイラを倒したのだ。
その場にとどまっているとなんだか面倒なことになりそうだったのでラーシェとアイネは素早く人混みに紛れ込んだ。
その日は2人でほぼ一日中雑談していた。
それでは飽きたらず、明日も、明後日もこのガールズトークは続く事になるのだ。




