とっておきのグラヴィトン・ボム
「お、大きくなるなんて聞いてないよ!!」
フォリオは5mほどに巨大化した青白い象、ファントムズ・ヘイツを見下ろしてうろたえた。
「フォリオ!! 気をしっかりもてッ!! ちょっと図体がでかくなっただけじゃないか!! さっきと同じフォーメーションでスララがあの化物を飲み込むのを援護するぞ!!」
だがクラティスの見込みは甘く、パワーアップした青白い象は鼻を勢いよく円形に振り回した。
「う、うわぁっ!! か、風にあ、煽られる!!」
旋風の威力もアップしていて、ホウキの飛行が不安定になった。
これでは一撃離脱戦法は使えない。それどころか、クラティスを象の頭上まで運ぶのも厳しくなってしまった。
スララは孤軍奮闘しているが、後ろ足まで飲み込んでいる部位が後退してしまった。
悪魔エ・Gの事だ。みすみす逃すことはしないはずだが、このままではとても丸呑みには出来ないだろう。
それどころか踏ん張りが効かず、スララごと引きずられていってしまう可能性が高い。
一気に形勢は不利になってしまった。
上空のクラティスはフォリオの肩をゆすった。
「おい!! 何か役立つマジックアイテムとかないのかよ!? サポート系しかないのか!?」
首をカックンカックンさせながら少年は小型のトランクを開けた。
「え、えーと、えーと!! ととと、とっておきが、ああああるにはあるけどこれはヤバイよ!! ふふふ、フライトクラブ全員の署名付きで1個だけ持ち出しが許された攻撃系マジックアイテムなんだけど!! ささ、サーディ・スーパ用にとっておいたんだけど、そんなこと言ってられない……よね……」
少年は渋々(しぶしぶ)、トランクから人の頭より一回り小さい白くて四角い何かを取り出した。
「なんじゃそりゃ? デカい角砂糖みたいだなぁ?」
後ろに座るチアガールは首をかしげた。
「じゅ、授業でやったでしょ!! どどどうせ居眠りしてたんだろうから……。ここ、これはね”グラヴィトン・ボム”って言うんだ。対象が重ければ重いほどかかる重力が強化される範囲攻撃武器だよ」
少女はちょっと間を置いて胸を張った。
「あ、あたしは軽いからノーダメージだな!!」
フォリオは首を左右に振った。
「い、いや……それがね、いくら体が軽くてもそれなりのダメージにはなるんだ。クラティスさんでもスララさんでも直撃すれば即野戦病院行きだと思う。エ・Gには多分効かないと思うけど……それに……」
後ろからクラティスが覗き込む。
「それに?」
少年はシリアスな顔をした。
「こ、この”グラヴィトン・ボム”は部外者の利用は出来ないようになってるんだよ。ろ、ロックがかかってて発動に条件があるんだ。く、空中のはるか高いところで、ぼ、ボク一人っきりで、かつ集中しなきゃ発動できないんだ。く、クラティスさんには降りてもらわなきゃならないんだけど、ぼ、ボムが巻き込む範囲が結構広いんだ。ち、地上の2人には逃げてほしいんだけど、ふ、2人が逃げたら象も追うでしょ? そうすると当たらないと思うんだ」
フォリオは伏し目がちにそう語った。
「しょうがねぇなぁ。あたしらが囮になってやんよ。野戦病院? 上等じゃねぇか。リスクのねぇ戦いなんて面白くねぇからな!! スララーーーッ!!! グラヴィトン・ボムいっちょな!!」
地上に居る悪魔憑きは呆れた顔をした。
「まッたク……。かッてナこトいッっテ……。でモ……もシかシて……。あレを、たメしテみルかチはアるワね……」
何か策があるのか、彼女は至って冷静だった。
上空のクラティスはニカッっと歯を見せて笑うとホウキを飛び降りた。
「フォーーーーリオッ!! お前ならやれる!! 絶対ここを切り抜けろ!! そんで他の連中を助けてやってくれ!!!」
「くくく、クラティスさーーーーーーーん!!!!!」
チアガールの少女はスカートをはためかせながら応援旗をバサッっと開いた。
ファントムズ・ヘイツの猛烈な風圧をなんとか打ち消しながら降下していくが、かまいたちで柔肌が傷ついた。
かなり打たれ強い方のクラティスがみるみるボロボロになっていく。
その光景を呆然と見ていたフォリオは我に返った。
「はは、はやく”グラヴィトンボム”を打ち込まなきゃ!! くく、クラティスさんも、すす、スララさんの頑張りをムダにするわけにはいかない!!」
フォリオ少年は天を駆けるライネン・イーグルのように高速上昇した。
みるみるうちに彼は豆粒ほどの大きさに見えるまで高みまでたどり着いた。
「えええ、ええと!! ぐぐ、グラヴィトン・ボム展開!!」
ホウキ乗りは両手で挟むように白い正方形のマジックアイテムをかかえた。
「その重きなるもの、己が鈍重であらんことを悔いたるべし。せめて来世では空を揺蕩う雲の夢を見るがいい……。グラヴィトン・ボム、ファイエ!!」
フォリオが詠唱を終えるとボムは鈍くて重そうなダークグレーに輝いた。
そしてその光は収束し、垂直に地上に向けて発射された。
グググ……グガゴゴゴゴゴ…………
大地が唸るような鈍い音がする。
その直後、円形のかなり広い範囲に強烈な重力プレッシャーがかかった。
樹木は上から押さえつけられるようにほとんど折れ、飛んでいる鳥は落ち、地上の動物も立っていられなくなった。
中でも重量の重い青白い象は効果てきめんで、地面深くにめり込むほど圧力がかかってすぐに絶命した。
滞空していたクラティスもすぐに押さえつけられ、大地に這いつくばっていた。
「うげぇ……こりゃキツいよ……ゴホッゴホッ……かっこ……つけて……グホッ……オトリになるとか……言うんじゃなかった……スララァ……だいじょうぶ……か?」
一方のスララだったが、なんとこのマジックアイテムをうまくやりすごしていた。
彼女は真っ暗闇に居た。
「エ・Gをウらがエしにシてクちノあナのポけッとニひナんスるサくせン……。うマくイっタわネ……。エ・Gはリばーシぶルなノよ」
裏返しになって身を守った彼女を見てクラティスはぼやいた。
「ス……スララァ……ゲッホゲホ……そんなのアリかよ……ヒキョーだぞ……ガクッ」
少女は全身キズだらけ、あちこちを複雑骨折して気絶を失った。
どこからともなくOB・OG集団のリジャスターがやってきて彼女を優しく回収した。
上空ではフォリオがふらふらと滞空していた。
「は、はぁ……はぁッ……。や、やっぱりこれだけ威力の高いマジックアイテムを使うと……ま、マナが万全でもここまで消耗しちゃうか……。意識が遠のく……」
糸がプツンと切れるようにホウキ乗りは気を失って地上へと落下していった。
だが、彼の相棒のコルトルネーは主の魔力が切れても地面に激突しないようにゆっくりと降下していった。
それを見ていたスララは悪魔のエ・G口の中のポケットから飛び出して、再びリバーシブルから元通りに戻った。
そして、しばらく全力で降りてくる少年めがけて走るとエ・Gでフォリオをキャッチした。
悪魔の背中を滑り台のようにして小さな体がこちらにやってきた。
「がイしョうハなシ……。まリょクぎレっテとコね。エ・Gはヤくヒんノたグいはキらイなンだけド、もッてキてオいテせイかイだッたワ……」
しゃがんでフォリオを抱えながら、スララは悪魔の口の中のポケットを震わせた。
「ゲェ!! ゲェフゲェフ!!!!」
「どウどウ……ほラ、ちョっトくラいガまンなサいな……」
すると水色の水薬の入った瓶をエ・Gが吐き出した。
「こレでモのンでしバらクあンせイにシてイれバさイキかノうなハずよ……」
悪魔憑きの少女はホウキ乗りの少年の口に水色のpotを流し込んだ。
「さテ、あトはキょウてキにシゅウげキさレなイよウ、いノるノみネ……」
スララはエ・Gを口の中に引っ込めて、フォリオを自分の膝枕に寝かせた。
「あッ……くラちャんドうナッたカしラ……。あレじャりアくターいキかナぁ……」
クラティスは迅速に野戦病院に運ばれていた。
すぐにベッドの上に寝かせられる。
「あぁ……いって~……ゴホッ!! ゲフッ!!」
彼女は激しく吐血した。
かなりの重傷だったが付添の治療班は精鋭揃いで皆が冷静だった。
「ナッガン教授、これは魔術修復炉……リアクターの起動が適切です。我々でも完治に持っていけますが、時間もかかるし、なにより負傷者の負う苦痛が大きすぎます」
それを聞いた教授はすぐに指示を出した。
「よし、リアクターNo.1を立ち上げろ。治療班もそちらについて機能の補助をしてクラティスの集中治療を頼む」
さすがに全身あちこち骨折は魔術と薬のみでの治療では時間がかかってしまう。
その気になればよっぽどのことがあってもリアクターを使わず治せなくもないが、ここで治療班を消耗させるのは得策ではない。
それにクラティスを長時間、苦痛に晒すこともだ。
こういう時や万が一、瀕死の生徒が出た時のために魔術修復炉を大金はたいて設置したのだから。
ナッガンは運ばれた直後のクラティスの様子をしっかり見ていた。
「ふむ……。遅かれ早かれリアクターは使うことになると思っていたが……。しかしなんだあれは? ファントム・ヘイツにこっぴどくやられたとしてもああはならんだろ。さっきの振動が原因か?」
そう彼が尋ねるとクラティスを回収したリジャスターが答えた。
「先生、ホウキに乗った少年がグラヴィトン・ボムを使用したのを確認しています。彼女はそれに巻き込まれて……。もうひとり、悪魔憑きの少女は無事やり過ごしたようですが……」
報告を聞くと教授は笑みを浮かべた。
「フフッ……フォリオがグラヴィトン・ボムを? 仲間を巻き込んでまで撃つとはまた大した度胸と決断力がついたものだな。いい意味で驚かせてくれる。使いようによっては大量破壊も可能なボムの使用許可が降りた。と、いうことはその人物の人となりが評価されたということだ。頼りないように見えて実は信頼されていることだな。まぁクラティスにとってはとんだ災難だったが……」
他より頑丈に作られたテントの中に少女が運ばれていく。
女子だけが中に残り、クラティスの制服を切って脱がせた。
数人がかりで彼女を支えて緑の怪しい液体に浸した。
彼女は眠るようにして魔術修復炉に浸かった。
ゴボゴボと口と鼻から気泡を出している。
リアクターには仕切りがあり、全裸になっても他の場所からは見られなくなっていた。
「はーい、男子と教師特権でナッガン先生。念の為に言っておきますがぐれぐれも個室を覗かないように~~~!!」
特設テントの入り口で女子リジャスターがわざとらしく声をあげた。
ナッガンは腕を組んで、大きなため息をつきながら首を左右に振った。
「ハァ……年頃の娘の裸なんぞ誰が見たがるものか」
それを聞いていたその場のメンバーは思わず苦笑いした。




