大きくなる憎しみ
7日目の昼、フォリオ、クラティス、スララの3人は絶妙なチームワークでジャヤヤ象を多数撃破していた。
フォリオとクラティスが相手を陽動し、スララがとどめを刺すというパターンである。
これが一番安定していて消耗も少ない。
彼ら彼女らはジャングルを制覇した気になっていた。
「いや~。あたしらゼッコーチョーだわな。今ならサーディ・スーパが来てもきっと勝てるぜ?」
悪魔憑きは呆れたような顔をした。
「こラこラくラちャん。まンしンはシをマねクわよ」
フォリオも首をコクリコクリと振った。
「そ、そうですよクラティスさん。あ、あの邪神は常識はずれの半端じゃないヤツなんですから……」
指摘を受けた女子生徒は肩をすくめて生返事を返した。
「あ~はいはい。わかりましたよ。油断は禁物ですね。ハイハイ」
その次の瞬間だった。いきなり3人を暴風が襲った。
「うわっ!? なんだ!? ジャングルで強風とかあんま聞かないぞ!?」
クラティスが戸惑いの声をあげると前方の樹々がメリメリと倒れていくではないか。
「ぼ、ぼく、ちょっと様子を見てきます」
フォリオは低空飛行していたが一気にぐんと急上昇して空から偵察に向かった。
あっという間に彼は地上近くへ帰ってきて現状を報告した。
「み、見たこともない青い象が鼻を振り回して風を巻き起こしてたよ!! い、今までの赤い象とはぜんぜん違う。そ、相当手強い相手なのは間違いないよ!! こ、こっちに向かって走ってきてた。か、かなり速いからすぐに接触するよ!! ど、どどどどうしよう!?」
慌てるフォリオにオクラティスが聞いた。
「なぁ、そいつがサーディ・スーパなのか?」
少年は首を横に振った。
「い……いや。違うよ。ま、前にも言ったけど邪神はもっと人間に近い見た目をしてる。あ、で、でもあの色からするにサーディ・スーパが関わっていると見て間違いないと思うよ」
それを聞くなりチアガールは不敵に笑った。
「う~し。ブッつぶすか!! もしかして倒したら邪神をおびき寄せられるかも知んないし」
スララもなんだかんだで乗り気らしい。
「わルくナいアんネ。どノみチぶツかルあイてデしョうシ。りキりョうヲはアくシまシょ。あワよクばぶッつブしテくワよ!!」
フォリオは心の中で「もう何いってんだよ2人とも!!」と叫んでいたが、血の気の濃い女性陣に押される形となった。
「くっ……くぅ……。やるしか……ないのかな……」
男勝りなクラティスは少年の尻を叩いた。
パシンッ!!
「ひゃあぁっ!!」
不意をつかれたボディタッチに少年は驚いた。
「やるんだよ少年!! フォーメーションはいつものでな!!」
「えエ、とクにカえルこトはナいトおモうワ。いクわよ!!」
「あ、あああ……ももも、もうなるようになれだ!!」
クラティスはジャンプしてフォリオのホウキに立ったまま乗った。
これは空飛ぶ術者の精度が高いからできる芸当である。
そして一気に加速してファントムズ・ヘイツの頭上にさしかかった。
それと同時に槍状に改造した応援旗を持った少女が飛び降り、象の脳天を突いた。
高所からの勢いをつけてからの強烈な突きが決まった。
「これはさすがに逝ったろ?」
だが、相手は手強くて鼻を振り回して大暴れし始めた。
「硬っって~!! でもダメージは通ってる!! ならばまたおんなじ箇所をピンポイントで貫いてやるまでよ!!」
青白い象の大暴れにあわやクラティスが巻き込まれるかという時だった。
遠距離から急速接近して彼女をフォリオがホウキで拾い上げたのだ。
そのまま緊急離脱で距離を取って青白い象の攻撃を回避した。
「サンキュ!! なんだ。強敵相手に意外と度胸あるじゃないか。頼りにしてるぜフォリオ!!」
頼られて悪い気はしなかったが、クラスきっての武闘派の2人にはついていけないなと彼は思った。
すぐにフォリオはとんぼ返りすると先ほどと同じようにクラティスを運んで空中からの強襲を繰り返した。
何度か攻撃を繰り返しても手応えが薄い。
「くっそ!! 倒れやしねぇ!! アイツ化けモンかよ!! 更に未知のサーディ・スーパが控えてんだろ? 何が遠足だよ!! おい!! そろそろ良いだろ!! 聞こえてんだろ!?」
チアガールの応援団員は的確に頭部の一部を何度も突きながらそう叫んで声を荒げた。
「もウもウ……せッかチさンなンだカら……」
クラティスがファントムズ・ヘイツの背中を蹴って飛びあがってフォリオのホウキを掴もうとした時だった。
ボゴオッ!!
地面がせり上がるようにして象の背中からスララの憑依型悪魔のエ・Gが姿を現した。
真っ白な体色に禍々(まがまが)しい赤い紋様がある化物だ。
スララは口からその悪魔を出していた。根っこの方は尻尾のように細くなりつつ口の奥とつながっていた。
。
驚くべきことにそのエ・Gはなんと青白い象の体の半分を一気に丸呑みにしたのだ。
もちろん魔物も抵抗していたがガブガブと悪魔は獲物を飲み込んでいく。
「へっへ~ん。さすがスララ先生!! あれを喰らって無事な奴はまずいないぜ!!」
フォリオが上空でクラティスの攻撃・回避を支援し、そのスキにスララが背後から回って飲み込んでとどめを刺す。
これがこのパーティーの必勝パターンだった。
もちろんスララに頼らなくてもこの空中コンボだけでもかなり強力で、クラティスはほぼ無傷で戦えていた。
その戦績にはフォリオの活躍が欠かせない。
高速ヒットアンドアウェイは彼無くしては成り立たないからだ。
そしてスララに関しては頭一つ抜けていて、その気になれば正面からジャヤヤ象に挑んでも勝てるレベルだった。
しかし、彼女は悪魔憑きという大きな代償を背負っている。
そのため他のクラスメイトと同じ尺度で見るのは適切とは言えないが。
「オオム!!!!! オオオオオオム!!!!!!」
メリッ……メリメリッ……
エ・Gはファントムズ・ヘイツの前足のちょっと後ろまで巨体を飲み込んでいた。
「ね、ねぇ……スララさんに飲み込まれたものってどこに行くんだろうね……」
上空でフォリオとクラティスはその様子を見守っていた。
「さ……さぁ? 本人もどこに行ってるかわかってないらしいぜ……。ちなみにアイツの胃袋……胃袋か? ほぼ底なしらしい。ただ、たまにゲロるって聞いたけど……」
2人はもし飲まれたらどうなるだろうかなどとなんとなく考えた。
しかし良いイメージは何ひとつわかず、考えるのをやめることにした。
ガァフ!! ガァフガァフ!!
白い悪魔の体はまるで柔軟なゴムのように伸びて相手を飲み込んでいく。
とうとう青白い象の片足まで飲み込んだ。
残るはもう片足と大きな耳のある頭のみだ。
「しゃー!! いったれスララ!!!」
クラティスは拳を握ってガッツポーズを決めた。
彼女が少女を確信したその直後、3人を得も言われぬ悪寒が襲った。
「う……ううう、こ、これは……!!」
「うわっ!! なんかゾクゾクする!!」
「うッ、いヤなカんジ!!」
この現象を体験していたフォリオは真っ先に大声で叫んだ。
「こ、これは間違いないよ!! じ、邪神、さ、サーディ・スーパが近くに出たんだ!! ふ、2人とも、し、襲撃に備えて!!」
だが、もう戦いは始まっていた。
フォリオの目の前に”ヤツ”が突如として現れたのだ。
「ウヘヘヘヘ!!!!! ヒョーーーッヒョッヒョッヒョ!!!!!」
はるか上空でのエンカウントに2人は心臓が止まるかと思うくらいに驚いた。
邪神はベロベロバーの仕草をしてこちらを挑発している。
間髪をいれずに応援旗の槍状の先端で少女は突きを繰り出した。
フォリオの頭の脇ギリギリを抜ける一撃に少年は生きた心地がしなかった。
クラティスにスキは無かった。だが、尖った部分が直撃する寸前、邪神はテレポートした。
まるで光が点滅するように青白い亡霊はこちらをおちょくるように着いたり消えたりした。
「お……おい。ウソだろ。今のトップスピードだぞ。あれで当たんねぇとか対処のしようがない!!」
フォリオは酷く慌てた様子で警告した。
「い、いけない!! あ、あいつを放置しておくと象を呼ぶんだ!! は、早くやっつけないと、て、手がつけられなくなるんだ!!」
それをきいたチアガールはホウキの上で姿勢を整えて突きの構えをとった。
「いくぞフォリオ!! お前の加速力とあたしの貫きなら当たるかもしんない!! いいから突っ込めーーーーッッッ!!!!」
小さなホウキ少年は頷くと一気に急加速した。
「ぐうううう!!!!! すっげぇGだ!! こんなのにフォリオは耐えてるのかよ!!」
風の抵抗を受けないように旗は畳んだ状態で突っ込んでいく。
「もらったぁぁぁっっっ!!!!」
手応えがあるかとおもいきや、3m近い得物は空を突いた。
完全に死角である背後から笑い声が聞こえる。
「ヒィッヒ!! ヒィッヒヒィッヒヒィッヒ!!!!!」
一度襲撃を受けていたフォリオはどうやって天から降る象の雨をどうするか悩んでいたが、しばらくしても象は降ってこなかった。
「あ、あれ!? 象が降ってこない……」
すぐにホウキの上の2人は周囲を見回して邪神を探した。
「……消えた? 何にもせずに見逃したっていうのか?」
フォリオとクラティスが不思議そうな顔をしていると足元からスララの踏ん張るような声が聞こえた。
「うグ!! うグぐグぐグ!!」
上空の2人が地上に目をやるとエ・Gが飲み込みかけていた青白い象がぐんぐん巨大化していた。
大きくなるスピードに飲み込むスピードが追いつけず、どんどん悪魔の口から象が溢れていった。
「あ、あれれ……?」
「う……うっそだろ……?」
なんとか体半分を飲み込んだまま踏みとどまったが、象は一回り大きくなってしまった。
「ぐッ!! じカんヲかセいデふタりトモっ!!」
スララの叫びを聞いて2人は我に返った。
「ど、どど、どうしよう……」
「やるっきゃねぇだろ!!」
クラティスはまたもやフォリオの尻を叩いて檄をいれた。




