ファントムズ・ヘイツ
7日目の朝、美しい赤髪を振り乱してリーチェはジャヤヤ象から逃げていた。
だが、その表情には余裕か浮かぶ。
「へへ~ん。こっちだよ~~~」
「パオーーーーーーーーーーー!!!」
彼女は適度な距離をとったまま走って密林を走っていた。
「おっ、ここらへんいいんじゃないかな?」
次の瞬間、彼女は両脇に伸びている樹木に髪型をツインテールに分けて結びつけた。
そのまま、鉄棒の大車輪のようにぐるりと回って一気にモンスターの背中側に回り込んだ。
すぐさま枝から髪を離すと両拳を握ったような形状に髪の毛を変化させ、硬化させた。
「せええやああああ!!! デュアル・スタンプ!!」
ズズン!!
急所を突いた確かな手応えがあった。そして一撃でジャヤヤ象はのびてしまった。
「はい。いっちょありっと。アクスル先生の修行のおかげだな~これは。死ぬほどキツかったけどさ……」
勝利の余韻に浸っている暇は無かった。
リーチェは強烈な悪寒を感じた。何か、得体のしれないものが接近している。
すぐに彼女は再び髪の毛を上に伸ばして樹木の上に緊急避難した。
あまりのプレッシャーに嫌な汗をかいてきた。
少女はツバを飲み込みながら辺りを眺めて索敵した。
その気配の正体はすぐにわかった。見た目は象なのだが、青くぼんやり光っている。
(なに……あれは? あれがサーディ・スーパ? いや、多分そうじゃない。あれは象……だとは思うけど、ただのジャヤヤ象じゃないね。きっとおそろしく強い。アンデッド化とも違うみたいだし、やっぱり邪神が絡んでいると見て間違いないかな)
青白い象はズシンズシンと足音を立ててこちらに接近してきた。
(まずい!! 位置がバレてる!? 無策で突っ込むのはマズイ!! ここはとりあえず距離をとって……)
彼女が逃げの構えをとったときだった。その青白い象は長い鼻をムチのように使って辺りをなぎ払い始めた。
(なんだあの鼻!! あきらかに伸びてるじゃないか!! くっ!! 逃げ切れるか!?)
今まで乗っていた樹木が次々と倒されていく。
走る速さも赤い象より速く、このまま逃げていたら巻き込まれる一方だ。
(くっ、やるしかないか!!)
リーチェは素早く無数の細い髪の束を伸ばして象の鼻に絡ませた。
同時に彼女は鼻の回転に巻き込まれ、グルグルと空中で回転させられた。
(うっ!! なんてバカ力だ!! このままでは叩きつけられて終わりだ!! ならばいっそ!!)
少女は釣具のリールのように赤い髪を手繰り寄せて一気に敵との距離を詰めた。
「いくら化物でも弱点を突けば!!」
彼女は激しく振り回されていたが、象の眉間めがけて突っ込んだ。
ギリギリまで引きつけると髪に反動をつけて鼻の一撃をかわした。
こういった局面でのバトルセンスや反射神経が彼女の秀でたところだった。
「ドラゴンフライ・オーバーヘッズ!!」
髪の毛の拳を背中から思いっきり振りかぶって象の後頭部のコブに叩き込んだ。
「オオオオオォォォォ……」
青白い魔物はぐらりとバランスを崩した。
「やったか!?」
弱点を突いたという思い込みが彼女にスキを生んだ。
背中に相手の長い鼻が伸びてくる。
「うぐぅっ!!」
リーチェは青い象に拘束されてしまった。
ギリギリと絞め上げられる。並の使い手なら全身骨折は避けられない。
骨折どころではなく、トマドのようにつぶれてしまうだろう。
そんな強烈な力だったが、少女はすぐに対策をとった。
鼻に包まれた部分の内側に無数の細い髪を進入させて、内側から外側へ押し出し始めたのである。
これで直接、締め付けられる事態は回避できた。しかし、身動きが全く取れない。
そうこうしているうちに象はしびれを切らしてまた鼻をムチのように振ってリーチェを地面や樹に叩きつけ始めた。
「あだっ!! いっつ~~~!!!!」
最初の数発は喰らったが、それ以降の攻撃は体を髪で覆ってガードした。
しかし、ますます反撃のチャンスが無くなっていく。
「まずい!! このままじゃ削り負ける!! でも、何も出来ないまま負けたくない!!」
髪の毛の乙女は一気にその美しい毛髪をぐんぐんのばした。
そして、青白い象を真っ赤に包み込んでしまった。
「どうせやられるなら弱点を探ってやる!! ついでに逃がすわけにもいかない!! お前みたいな厄介なヤツの相手はあたしだけで十分だ!!」
しばらく彼女の毛は魔物を包んでいたが、エネルギー切れで毛は元の丈に戻ってしまった。
相手に確かなダメージは与えたものの、倒すまでは至らずに少女は大地に伏した。
すぐにヘルプが入って彼女は野戦病院へと運ばれた。
その頃、ポーゼとミラニャンのコンビは堅実にジャヤヤ象を倒していた。
「……………………………………」
(う~ん、ポーゼくんって無口だからなんかやりにくいんだよね。まぁもうだいぶ慣れたけどさ……)
ミラニャンは少しだけ困惑した表情を浮かべていた。
「来た!!」
ポーゼが赤い巨体を捉えてポータブル・灯台を構えた。
ジジ……ジジジ……
少年はエネルギーをチャージした。
発射の反動で彼の小さな体が吹き飛んでしまわないように、少女は背中でポーゼの背中をぐいっと押し込んだ。
ビーーーーーーーーーッッッ!!!
強烈な光線が象の頭部めがけて照射された。
熱を持った光でターゲットの頭は溶けるように焼け落ち、その場で息絶えた。
「ふう……結構倒したけど、まだまだだね。やっぱりみんなと合流する必要がありそうだ」
ミラニャンの顔が明るくなった。
「うん。私もそう思うよ。はい。お疲れ様!! パルーナの特製バナナパフェだよ」
ポーゼは控えめににっこり笑った。
「ありがとう。ミラニャンはすごいよね。同じバナナなのに、毎回飽きないメニューを作ってくれる。楽しみにしてるんだ。ありがたいよ」
彼は割と無口ではあるが、まったく喋らないというわけでもなかった。
時々かける優しい言葉はそのたびにミラニャンの緊張や焦りを癒やしていた。
2人でバナナパフェを食べてのんびり和んでいたが、急にポーゼもミラニャンも中腰になって身構えた。
「うっ!!」
「これは……!!」
思わず互いに顔を見合わせた。
「このゾワゾワする感覚……まさか、サーディ・スーパ!?」
「うう……悪寒がするよ。今までのとは比べ物にならない!!」
2人は息ぴったりに背中どうしを合わせて協力して360度、周辺を見渡した。
「あ、あれだよきっと!! 見て!! ほら、青白い象がいる!!」
すぐにポーゼもミラニャンと同じ方向を向いた。
「な……なんだあれ……。サーディ・スーパでは無いみたいだけど……」
向こうはこちらに気づいたのか、鼻を円形にグルグルと振り回してこっちに接近してきた。
それはまるでスクリューのようであり、巻き込まれたらただではすまなそうだった。
「くっ!! 頭を焼いてしまえば!!」
すぐに少年は片膝をついてポータブル・灯台を構えた。
後ろから肩に手をおいてミラニャンが支える。
「全力だぁ!! フル照射!! いっけぇぇぇぇぇ!!!!!!」
ビーーーーーーーーーーッッッッ!!!!
昼間なのに辺りが明るくなるほど高出力の光線が発射された。
この攻撃で仕留められるとポーゼもミラニャンも確信していたが、相手は一枚上手だった。
まず、鼻を伸ばして額を覆い、脳への直撃ダメージを避けた。
さらに目をつむって視覚へのダメージもガードした。
結果、顔面にやけどを負うことになったのだが、今までの赤いジャヤヤ象に比べて明らかにダメージが少ない。
皮膚が分厚くなっているのは一目瞭然だった。
高出力ビームのパワーが尽きると同時に青白い象は再び鼻を円形に振り回しながら怯むこと無くこちらに突っ込んできた。
猛烈な鼻の回転は息ができないほどの旋風を生んだ。
かまいたちでポーゼとミラニャンの身体がスパスパと斬れていく。
「っぐっ!! ミラニャンさん、大丈夫!?」
「ううっ!! 痛っ……。ポーゼくんは―――」
次の瞬間、2人の体は風圧でふわりと宙に浮いた。
小さくて軽い彼らを吹き飛ばすのは相手にとって造作もないことだった。
「う、うわあああああああああああ!!!!!!!!!」
「きゃ、きゃあああああああああああ!!!!!!」
風にもみくちゃにされながら、少年少女はバラバラの方向へふっとばされてしまった。
「ほいよ~。おふたりさまキャッチっと」
敷物に乗って空を飛んでいたリジャスターがすかさずフォローに入った。
ポーゼとミラニャンは風呂敷に包まれて保護された。
しかし肉体的に負ったダメージは大きく、野戦病院直行だった。
運び込まれた2人は重傷とまではいかないが、深い傷を負っていた。
これが手堅く活躍してきた名コンビの思わぬ解散となった。
リーチェも既に運び込まれて治療中だった。
様子を見に来たナッガンはこの異変を把握しているようで、渋い顔をした。
「やはり来たな……。F・Hだ。ジャヤヤ象の恨み(ヘイト)を集めて練ることによってサーディ・スーパが生み出す象の変異種だ。一見すると不死者のように見えるが、実際は純粋なパワーアップ版だな。鼻周りが特にパワフルになっている。さて、こいつらをどうする?」
教授はクラスメイトを試すと同時にその身を思いやっていた。
同時に回復したとしても彼らはまた孤独な状態でジャングルに投げ出される。
おまけに今度はジャヤヤ象FHまで相手にせねばならない。
密林遠足は一筋縄ではいかない、ますます厳しい様相を呈してきていた。




