罪作りな男ってなんだよ
樹木を蹴散らしながら銅色をした狂った歯車が爆走していた。
「おらおらぁッ!! クソ象出てこいっす!!」
「そうでござる!! 出てくるでござる!!」
ジャヤヤ象に痛い目を見せられて不満の爆発したガンとキーモはマッドネス・ギアーに二人乗りしていた。
勝てるという保証はどこにも無かったが、さんざん自分たちを苦しめた相手への反撃ムードは抑えきれない。
ギアーは中央の穴に操縦席がついており、回転する方向と同じ向きでついている。
正面は透けて見えるのでパイロットの視界が遮られることはない。
操縦席には進行方向とは後ろ向きにキーモがヒモでぐるぐる巻きにされていた。
ただ、腕の自由は保たれておりチェルッキーでの射撃が可能だった。
「あった!! 樹が倒れてるっす!! この先に連中はいるっす!! バックアタックしかけるっすよ~~~!!!!」
「ござる~っす!!」
2人は揃って拳を突き上げた。
エンカウントはすぐだった。赤い背中と尻尾が見える。
「うらぁ!!」
ギアは魔物に後方から激しく激突した。
その直後だった。歯車の左右から象2体が襲ってきたのだ。
ガンはいつもここで弱点を突かれて野戦病院送りになっていた。
「こいつらビミョーに賢いっす!!」
だがそれを元に今度はしっかり作戦が練ってあった。
「ほっ!! 女史直伝の デュアル・ニードル!! 塩味、味噌味と白リンゴ味、鬼メロン味ッ!!」
キーモは両手を広げると握った指の間に挟んだ2本のチェルッキィーを2本ずつ両側に発射した。
「オーーーーーーーーーーーームッッッ!!!」
「パオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
この的確なショットで襲ってきた2体のジャヤヤ象の目を潰した。
「キーモ最高っす!! 俺も負けてらんねぇっす!!」
この時、彼は気づいていなかったがガンの魔力は”負けん気”を感じた時に爆発的に高まるタイプだった。
今回は邪魔者が居ない上に、魔術の高まりもあって歯車はうなった。
「っしゃあああっ!! 衝突なんてヌルいっす!! この勢いでペシャンコに轢いてやるっすよ!!」
金髪の少年はビシッっと前方を指差した。
するとギアは猛烈な回転を始め、なんと象の背中に乗り上げた。
ペシャンコにはならなかったが、かなりの重量が魔物にくわわる。
おまけに歯車の回転する凹凸が衝突面を激しく傷つけた。
「あばよっす!!」
頭を轢かれた象はその場に倒れ込み轢死した。
「あと2匹っす!! も~勘弁しねーっすよ!!」
残り2体は視界を奪われて手当たり次第に暴れまわっていた。
「拙者も修行の結果を試して見るでござる!! ガン殿はそのまま1体を頭から潰してくだされ!!」
「うっす!!」
マッドネス・ギアーは1体の象めがけて走り出した。
一方、キーモはチェルッキィーの箱を開けた。
「1箱20本入り……この遠足での補給は許可されているでござるから遠慮なく試せるでござるな!!」
彼は片目を閉じて狙いを定めながらお菓子の箱をもう1匹のモンスターの頭部めがけてかまえた。
「喰らうでござる!! 20の菓子たちよ。我が牙とならん!! N20(エヌ・トゥエンティ)!!」
詠唱が終わると高速で20本のチェルッキィーが相手の頭めがけて飛んでいった。
一本一本の照準はあいまいで外れたものさえあったが、そのうちの数本がターゲットの脳味噌を貫通した。
「ヒュ~♪ すっげ~っす!! じゃ、こっちも!!」
キーモが象を倒すとほぼ同時にガンは最後の1匹を轢いて息の根を止めた。
戦いが一段落して2人はただ呆然としていた。
まさか自分たちがジャヤヤ象を撃破することになるとは思っても見なかったのである。
同時に仲間の大切さを痛感して、互いを労いあった。
「ナイスファイトっす!!」
「ガン殿も見事でござった!! この調子で密林を進み、パーティーメンバーを増やしていけば……」
「サーディ・スーパに勝てるかも……。っていうかサーディ・スーパってどんなヤツなんすかね?」
「はて…………」
2人は揃って首をひねった。
その頃、ジュリスは一人だけで暇で暇でしょうがなかった。
そんな彼に赤い巨体が襲いかかった。
「パオーーーー…………」
ビスッ!!
「はい終わりっと」
飛び出してきた象の弱点を光線の一発で貫いて戦いは終わった。
いや、始まってさえいなかったと言えるくらいの速攻だ。
「あ~、つまんね。真面目に参加者ぶりっこしてたけどヒマでしょうがねぇよ。誰か呼び寄せてみるか」
そう言うと美しい赤髪の青年は人差し指を天に掲げた。
「赤いレーザーを上空に照射っと。あんまり長時間出してるとクラスの連中が寄ってきすぎるからな。あんま目立つとナッガン先生に文句言われるだろうし。せいぜい3分ってとこだな」
ジャングルの空に地から空に伸びる赤いラインが出現した。
もし、クラスメイトの誰かがこれを見ていたらここを目指すのは間違いない。
「ん~、誰が来るか。もしくは来ないか。なんか釣りみてぇでおもしれぇな。ちょっとアシェリィの気分がわかった気がするぜ」
3分が経過したのでジュリスはレーザーを消した。
「ふむ。すぐには到達できないだろう。もう少し待ってみて来なかったらまた迷子ごっこ再開だな」
彼は腕組みをしたままその場で待機していた。
ガサガサガサガサ!!!!!
「おっ!! 来た来た!! 誰だ!?」
出てきた人物は泥だらけで這いつくばっていた。
まるで泥人間だ。パッっと見では男女の区別さえつかなかった。
これには流石のジュリスもギョっとした。
だが、場数を踏んでいた彼はすぐに現れた人物に駆け寄った。
「うわぁ……。またひでぇのが来たな。いいからとりあえずpot飲めよ」
紅蓮色の制服の青年はすぐにその人物を支えて口に海岸オレンジ味の水薬を流し込んだ。
(この小柄な体に柔らかい感触……女か!!)
同時に水筒を頭からかけて顔を拭ってやった。
「カークス!! おまえだったか!!」
高級potの回復速度は凄まじく、みるみるうちに打ち身や打撲、骨折が治癒していった。
「あ……ジュ……リス……せんぱ……」
「馬鹿!! まだ絶対安静だ!! 喋るんじゃねぇよ!!」
青年は少女をお姫様抱っこするとフラマー草の上に寝かせた。
フラマー草はパルーナジャングル固有の植物で、群生地に寝そべると高級ベッド並の寝心地がする。
ただし、刈ってしまうとフワフワの感触は失われてしまう。
パルーナ以外では生育することも出来ず、ここでしか味わえない名物となっている。
見た目はフツーの緑の草なのでクラスメイトでこの存在に気づいた者はほとんどいなかったが。
数時間が経つとカークスは自力で体を起こした。
「具合はどうだ?」
カークスはまだ泥の残った顔でにっこり笑った。
「ええ。お陰様ですっかり良くなりました!! ジュリス先輩は命の恩人です!! あたたた……」
彼女は片腕を押さえて顔を歪めた。
「無理すんな。ハイグレードなpotつっても秘薬クラスじゃねーんだ。限界はある。にしても命の恩人ンン? な~にを大げさな……俺が助けなくてもどうせあとちょっとで野戦病院送りだったろ」
そう言いながらジュリスはカークスを指さした。
「それより、その体中についた泥をなんとかしろ。パルーナの泥は乾いて固まるとすげぇ重くなるんだ。とっとと洗い流さないと逃げ回ることさえできなくなるぞ。そばに水源がある。水源を中心に活動するのはサバイバルの基本だからな」
「は、はい。わかりました」
カークスはよろよろと立ち上がるとジュリスに歩み寄った。
「歩けるな? こっちだ」
数分歩くと2人は小川にたどり着いた。
「本当は池とかもっと水量のおおいところがいいんだろうが、何が棲んでるかわかんねーからな。見たところ制服がベットリ泥だらけだ。寄生虫の可能性もあるし、全部服を脱いでしっかり洗えや」
「へぇっ!?」
思わず花火少女は素っ頓狂な声をあげた。
「そ、その……男の人の前でそれはすごく恥ずかしいんですが……」
それを聞いたジュリスは前かがみになって強烈なデコピンをお見舞いした。
「バーカ。誰がお前の裸なんか見てぇんだよ。ホラ!! 背中むいてるからさっさと洗え!! 何かあったらすぐ呼ぶんだぞ!!」
ほどほどに女性慣れしている彼にはそこまで女子の裸体に関しての下心やこだわりはなかった。
背後から水音がする。その間に青年は背にかけた小さなバッグを漁っていた。
「ふむ。こんなもん使うかと思ってたがかさばらないから持ってきておいて正解だったな」
しばらく待っているとカークスが声を上げた。
「あのぉ……一通り洗い終わりました」
報告を聞くとジュリスは背中越しになにか黒い球のようなものを投げた。
落っことしそうになりながら裸の少女はそれを受け取った。
「インスタント・ラバー・スーツだ。緊急時用の服だな。電撃を軽減する効果もあるが強度自体は極めて脆いから戦闘には適さねぇ。おまけに劣化も激しい。本当に応急用のマジックアイテムだな。握ってみろ」
少女が半信半疑で小さなボールを手に包むとパッっと一瞬で全身タイツのような姿になった。
「ほれ、こっちこい。あんまやりたくねぇが火を起こして服を乾かすぞ」
川から上がってきた彼女はモジモジしていた。
「あの……その……下着とかも……干すんですか?」
アシェリィには及ばないがカークスも結構、おてんばではあった。
しかし、こういう男女間のやり取りには疎くていつもの勢いは無くなってしまうのだ。
「カーッ!! めんどくせーーー!! わかったよ。いいよ。服が乾くまで後ろ向いてるよ!! そのかわり、何かあったらすぐ知らせろよな!!」
めんどくさいとはいいつつも赤髪の青年は紳士的で女子が何に嫌がるかには敏感だった。
カークスは上級生の背中を眺めながらぼんやりと思った。
「ジュリス先輩、頼りになるし、優しいしカッコいいなぁ……。クラスの男子とは比べ物にならない魅力があるなぁ。きっと彼女さんとかいるんだろうなぁ……」
(何だ……なんか後ろから視線を感じるぞ……)
ジュリスは自分では全く自覚していなかったが、実は結構モテる。
故に、多くの女性のハートをキャッチしてきた罪作りな男でもある。
(ま、気のせいか……。あーあー。早く服、乾かねぇかな)
青年は手を後ろにつき、足を投げ出してくつろいだ。




