ニケツでカチコミっす!!
金髪残念系イケメンのガンは岩の上に座ってがっくりとうなだれていた。
「も~……何回、野戦病院行きになったかわかんねぇっすよ……。流石にこれはヘコむっす……。痛い思いばかりしてるっすよ……」
そもそも彼の苦境は長期休暇開始から始まっていた。
休み中にちょいちょい会ってくれるはずだったレーネの部活が忙しくて、ほとんど会えて居なかったのだ。
せっかくいい感じで彼女をカルナの悪巧みから救って打ち解け始めたのにすっかり出鼻をくじかれてしまった。
彼女に会えないとわかるとすっかりガンは意気消沈してしまい、休暇中に鍛錬を積むことが出来なかった。
当然ながら休み明けの洗礼試合ではボロ負けし、ナッガン教授から呼び出しを食らうほどだった。
あくまで先生は勝ち負けがどうというより、身が入っていないことに関しての指摘をしたまでだったが。
そしてこの二度目の遠足でこのザマである。自信を喪失してもおかしくなかった。
彼の武器であるマッドネス・ギアーは手のひらに収まる程度の小さな歯車が巨大化するというものだ。
確かに一気に約3mまで巨大化出来るというのは持ち運びに便利だ。
ポケットにも入るサイズなので奇襲攻撃にもうってつけだろう。
だが、歯車を弾くなり、避けるなり、弱点の側面から突くなりされると手も足も出ないのである。
それに加え、肝心の馬力でさえ本来のターゲット層である巨大モンスターに押し負けてしまっているのだ。
それにしたってまさかジャヤヤ象がここまで強敵だとは彼には予想もつかなかった。
そんなわけでガンはすっかり臆病風に吹かれてしまい、積極的に仕掛けることを止めてしまった。
もっとも、彼だけではなく密林で苦戦している者たちは多かれ少なかれナーバスになっていたが。
「うう……レーネさんに会いたいっす。顔が見たいっす……」
彼は片思いの少女の事を想って頭を抱えた。
クラスメイトを探したくともマッドネス・ギアーでは密林を渡っていけない。。
こんな自分ではと思いかけた時だった。背後の草むらが揺れる。
ガサガサガサガサ!!!!!
「ま、魔物っすか!?」
すぐにガンは振り向いてポケットの中で狂った歯車を握った。
「おっひょぉおおwww 待って!! 待つでござるよ!!」
飛び出してきたのはチェックのYシャツを着て、メガネがズレて葉っぱだらけになった人物だった。
頭には赤いバンダナ、尻尾のようにちょろっとまとめたうしろ髪、黒い指空きグローブを身に着けていた。
「キーモ!! キーモじゃないっすか!!」
「ガン殿!! やはりガン殿!!」
男子2人は思わず駆け寄ってガッチリと熱い抱擁を交わした。
5日間、自分以外の誰とも会えなかったのだ。感動もひとしおで抱き合うのも無理はなかった。
「うう……グズッ……」
キーモはしゃくりあげるのを止めることが出来なかった。
「泣くんじゃねぇっすよ~~~。俺も泣けてきたっす!!」
こうしてガンとキーモは落ち着くまでそのままで居た。
ただ、彼らはあくまでノンケだったので多少恥ずかしいところを見せあった程度の認識にしか発展しなかった。
そして彼らは食べ飽きたパルーナ・バナナを囲みながらこれまでの事を話し合った。
「俺は全然ダメっす……。ジャヤヤ象に囲まれるとまったく歯が立たねぇっす。それどころか単体でさえKOは出来ないっすね……。何度も野戦病院行きになったっす……」
ガンは明らかに暗い表情だ。
ひんまがったメガネの少年はフォローを入れた。
「いやいや、今までよく耐えたでござるよ。かく言う拙者も逃げてばかりでござった。休暇中にしっかり修行したつもりだったのですが、流石に象には全くかなわないでござる。隠れ隠れ仲間を探していたんでござる」
ますます残念系イケメンの顔は暗くなった。
「休暇中……修行……っすか……」
この雰囲気はマズいと思い、キーモはこの先のことに希望的観測を混ぜて話を移した。
「な~に!! ガン殿が一緒ならば象にだって勝てるでござるよ!! それに、やっとチェルッキィーで一人目のマーキングが出来るでござる!! もし負けてしまったとしても、真っ先に拙者がガン殿の元へ駆け付けるでござるよ!!」
それを聞いた碧い目の少年の少年はキョトンとした。
「俺……正直、キーモの事、ヘンなヤツだと思ってたんす……」
「グサァッ!!」
ヲタク青年は大きくのけぞった。
「でも……それは間違いだったっす。俺が色眼鏡で見てただけだったっす……。本当に悪かったっすよ……」
しばらく沈黙の間が流れたが、キーモは笑顔を浮かべていた。
「ヘンなヤツに見られるのは慣れっこでござるからな!! 謝ることはないでござるよ。これからも仲良くしてくれれば!!」
キーモの懐の深さにガンはますます感動した。
「じゃあ、その勢いでデンジャラス☆チェルッキィー、やりますか!! おさらいでござる。拙者の魔術はこのチェルッキィーという棒状のお菓子を使うでござる」
彼は箱から細くて色とりどりのスティック菓子を取り出した。
「ルールはシンプル。これを互いの唇に咥えて、キッシュ寸前で折らずに溶かせば成功でござる。唇が触れてしまったらアウト。しばらくはリトライすることは出来ないので注意してくだされ。発動すると対象者の位置が拙者にわかるようになるというサポート系魔術でござる」
ガンは真顔でうんうんと頷いた。
「ただ……最大の問題点は男女問わず拒否される可能性が高いところですかな。この魔術を知ってるクラスメイトなら女子でも超渋々応じてくれるかもしれませぬが、初対面の女性にやったらセクハラ案件でござるからな……。たとえ同性でも砂漠の時はイクセント氏に思いっきりブン殴られましたし……」
チェルッキィーの青年は指先で鮮やかに菓子をクルクルと回した。
「なお、キッシュの心配しないで欲しいでござる。腕の方は保証してるでござるよ。成功率は97.2%ってところですかな。だから目をつむって動かないでいただければそれだけで使える魔術なのです。実にもったいない!!」
それを聞いていた熱血少年は拳を握って勇み声をあげた。
「全くっすね!! う~し!! 俺は準備OKっす!! ど~んと来いっすよ!!」
今まで経験したことのない潔い反応にキーモは感動した。
「しからば!! いざ!!」
2人は互いに歩み寄るとそれぞれの唇にピンクのチェルッキィーを咥えた。
もう既にこの時点で互いの吐息が顔にかかる。
てっきりキーモは目を開けているのかと思えば、なんと彼も瞳を閉じていた。
まさにデンジャラス☆チェルッキィーである。
「ん~~~~~~」
ああ、これはもうキスしてしまう!! 初キッスはキーモなのか!!
そうガンが覚悟した直後だった。
「はい。マーキング完了でござるよ。これで拙者はガン殿の位置を探ることができるようになったでござる。ホラ、このチェルッキィー、ガン殿を指しているでござろう?」
メガネの少年は歯車の少年の周りをぐるぐると回った。そのたびに彼の手の上の菓子は向きを変えた。
キーモは続けてある質問をした。
「ところで、ガン殿のマッドネス・ギアーは二人乗りとか出来ないんでござるか? もし二人乗り出来れば左右からの攻撃をカバーできると思ったのでござるが……」
そう問われたギアの乗り手はなんとも言えない様子だった。
「マッドネス・ギアーは激しい衝撃やGがかかるので基本的には俺の一人乗りなんす。前方が透けて見える運転席と荷物を乗せるバックスペースはあるっすが……。人が乗るように出来てないのでそこじゃ投げ出されてしまうと思うっす……」
だが、お菓子の少年は諦めなかった。
「やはりサイドを防御するにはギアーに乗らないことには話にならないでござる。ガン殿、拙者を運転席の後ろに括り付けてくだされ!!」
思わず頼まれた方は驚いた顔をして大きな声をだした。
「聞いてたっすか!? 投げ出されるかもしれないんすよ!? それに、そんな状態でイスに括り付けたりなんかしたら動くたびに縄が体に食い込むっす!! 戦闘してもいないのにダメージを負うんすよ!? 無茶っす!!」
ガタガタメガネをキーモはクイッっと押し上げた。
「どうせ死にかけたら野戦病院送り……。ただそれだけの事でござる」
その顔からは確かな決意が感じ取れた。
キーモはクラスの中では軟弱者の部類に入ると思われているが、実はかなり肝が座っていた。
もちろん最初は臆病者だった。
しかし男女問わず拒絶されるたびにどんどん麻痺して多少のことでは動じなくなっていた。
そしてガンはポケットに手を突っ込んだ。
「今からニケツの試運転と行くっす!! 俺は正直、怒りに燃えてるっす!! ジャヤヤ象をぶっ倒しにいくっすよ!! 殴り込みっす!!」
そう言うと彼は小さな歯車を空中に投げた。
ズズン!!
あっという間にそれは大きくなって巨大なデコボコのある歯車が出現した。
歯車のスペースを整理するとキーモがギアーに乗り込んできた。
持ってきていたロープで彼を運転席の後部にぐるぐる巻きにした。
「もっと強く縛って……あ、いや、そっちのシュミはないでござる」
冗談を聞いて歯車の主はゲラゲラ笑った。
前方はガンが見ていてくれるのでキーモは後ろ向きに固定されることになった。
そして残念イケメンは運転席に飛び移った。
ギャリギャリギャリギャリ!!!!!
「うらぁ!! 行くっすよ!! 俺らの力を見せてやるっす!!」
「おうとも!!」
こうしてフラストレーションの溜まったコンビが誕生した。




