クラスのアイドル二人組と、ある夏の日
裏赤山猫の月の28日、ラーシェはうとうグリモア5冊精読の課題を完遂した。
達成感はあったものの、休暇を丸々一ヶ月も課題に費やしてしまった事に苛立っていた。
部屋の隅に吊るしてあるゲルバッグをパンチに八つ当たりする。
「課題が!! 終わったのは!! いいけど!! もう半分!! 過ぎちゃったじゃないッ!!」
透明なゲルを詰めたバッグは衝撃を吸収しながらプヨプヨ揺れている。
「大体ね!! 解読してみれば何のグリモアかわかるって先生言ってたけど!! あたしが使えない魔法ばっかじゃないのッ!!」
しばらくバッグをタコ殴りしていると過ぎたことより先のことを考えようと思えた。
「あっ、そうだ、せっかくの休暇だし、アイネ誘ってスイーツ・パーラーにでも行こう!!」
すぐに少女は準備を始めた。常夏であるミナレートでは日焼け止めオイルが欠かせない。
すっかり夏の服装で女子寮を出た。金髪のきれいなポニーテールが映える。
屋外は直射日光が降り注ぎ、うだるような暑さだが街は開放感に溢れ、心地良さを感じる。
ラーシェは足早にルーネス通りを横切り、閑静な住宅街に入った。
町並みを見ながらふと思う。
(何気にアイネもお嬢様よね~。ミナレートで一軒家持ちだし)
アイネの家のドアをノックすると母親がドアを開けた。元気よく挨拶する。
「おばさんこんにちは。今日も暑いですね」
「あら、ラーシェちゃんじゃない。いらっしゃい。今日も暑いわね~。 アイネにご用? 玄関じゃあれだから、上がって行きなさいな」
「すいません。お邪魔しまーす」
客間の大きなソファーを勧められた。
壁には剥製がかけられ、床には頭付き大きな毛皮が、壁際には大きな時計が置かれていた。
いつ見てもこれらの家具は見慣れない。
以前、ラーシェとリーリンカで遊びに来たときはこの客間の家具には仰天したものだ。
「あ、ラーシェさんいらっしゃい。今日はなにか用事ですか?」
アイネが夏らしいゆったりとしたノンスリーブのワンピースを着て客間に入ってきた。
「アイネ、やっと課題が終わったよ!! 憂さ晴らしにスイーツパーラーに行こうよ!!」
それは名案だとばかりにアイネは即答した。
「いきましょうか。こう暑いとアイスクリームなんかが美味しいんじゃないですかね」
準備を終えたアイネがやってきた。2人はアイネの母親に挨拶をしてから街へと繰り出した。
ルーネス通りには女性に大人気のスイーツパーラー、『素逸庵』という店がある。
港町であるミナレートの地理を活かし、あちこちの地方のスイーツを集結させた”甘味のデパート”である。
オーシャンビューでスイーツが食べられるとてもオシャレな店だ。
オーナーは極東の小さな島国であるじぱの出身だ。
”アンコ”など他のスイーツ店にはない独特な食材を使うことでも知られている。
地元の名産のように思われている爆裂海藻ヨウカンも実はこの店のものだ。
休暇中ということもあって、ここも学院生で溢れていた。
観光客も多く訪れる店なので余計にごった返している。
本店舗はもう満員だったので、店外に置かれたパラソル付きのテーブルに2人は座った。
ラーシェが得意げな笑みを浮かべた。
「あ、今日は全額アタシのオゴりでいいわ」
アイネはポカーンとして不思議そうな顔をしている。
「あ、あの……何かいいことでもありました?」
ラーシェは学生証をテーブルの上にすべらせた。出入金の履歴が表示される。
“ラーシェ・ロブスレー 25,800シエール コロシアム ウンエイヨリ ニュウキン”
「ふふん。この間のインヴィテーション・マッチでザティスに3000シエール賭けたら8.6倍で25,800シエールのリターンよ!!」
なるほどと言った具合にアイネが首を縦に振った。
「あー、あー、あの時の! ザティスさんに賭けてたんですね~。私、アンナベリーさんにもお世話になってたのでどっちを応援したらいいかわからなくて」
ラーシェはスッキリしないような表情であの試合を振り返った。
「いやぁ、さすがに勝てるとはおもってなかったんだけどね……。あの試合はすごかった。エルダー2年に勝つとか。でもさ、あいつ結局その後に7か8連勝でミドルの遠距離魔術のウィザードに完封負けしちゃったんだよね。おとといの事だっけかな。だからきっとまだ静養中だね」
アイネは残念そうな顔をしたが、思いついたように言った。
「これでまたザティスさんのウィザードに対する鬱憤がたまっていってしまいますね」
ラーシェは腕を組んで首をかしげた。
「う~ん、アイツ遠距離魔法全く使えないのに意地張って魔術師専攻とって留年してたみたいだからなぁ。正当な理由というよりやっぱり八つ当たりだよ八つ当たり」
話しながら店のウェイターを呼んで注文する。
「私は冷やしアズキパフェで」
「私は~、武士コオロギアイスタワーでお願いします」
2人のたわいのないトークは続く。
「リーリンカが居ないと寂しいね。もう帰郷してるころだろうね。でもなんだろう、すごい嫌な予感がするんだよね」
アイネが真面目な顔でゆっくり語りだした。
「リーリンカさんといえば、私、一週間くらい前にリーリンカさんが結婚式をあげてる夢をみました」
所詮、聞き流されるところだが、聞き捨てならないとばかりにラーシェはアイネを指さした。
「アイネの夢って良く正夢になるんだよね。予知夢……ってやつかな。で、肝心の相手は誰だった?」
アイネは目を閉じて記憶をたどっていたが、少し間を置いて口を開いた。
「それがですねー、結婚相手はマフラーみたいな、マスクみたいな服装で顔がよくわからなかったんですよ~」
ポニーテールの少女はそれを聞いて思わずずっこけた。
「なんじゃそりゃ。でもなんかその夢が私の嫌な予感とリンクしてないことを祈るわ」
今度はグラマーな少女のほうから話題を振った。
「ファイセルさんも帰郷組でしたね。でも徒歩だって言ってましたし、多分一番苦労してるんじゃないでしょうか?」
ラーシェはテーブルの上に投げ出されていた学生証をしまいながら答えた。
「貧弱っぴけど心配すること無いんじゃない? そんな事よりファイセル君といえばあの鈍感なとこはどうかしたほうがいいよね~。リーリンカが可哀想だわ。もうすぐこのチームの解散も近いし、なんとかしてあげたいとこなんだけどね~」
アイネは腑に落ちないといった感じでラーシェに問いかけた。
「でも、あんなに女子からの評判のいいファイセルさんがラブレターをもらったり、告白されないのはどうしてなんでしょうか……?」
問われた彼女にはそれらしい理由が全く思いつかない。
「ん~、幸薄(さちうす9そうなとこはあるっちゃあるよね……あとは少し優柔不断なとこがあるね~。でもどっちも言うほど目立つ欠点じゃないしなぁ」
その後も2人で議論を重ねたが、一向にそれらしい結論は出なかった。
まさか自分たちに原因があるとは思いもせずに話は続いた。
「しかしさ~、なんだかんだでウチの男子連中はモテるよね~。ファイセル君はルックスと優男風の性格、対照的にザティスは男らしくてワイルドな性格でさ」
それを聞いてお嬢様が口に手を添えて質問してきた。
「うふふふっ。ちなみにラーシェさんはどちらかとお付き合いしたいと思った事はあるんですか?」
それを聞いて思わずラーシェはなんて事を聞くんだとばかりに逆に聞き返してきた。
「そ、そういうのは人に聞く前に自分が答えるべきでしょ!!」
アイネはしばらく迷っているようだったが、決まったとばかりに回答した。
「どちらかと言えば、ファイセルさんですかね~。ちょっと頼りないけどやっぱり優しいですし、一緒にいるとこちらも優しい気持ちになります」
ラーシェはやや恥ずかしそうだったが、それに乗っかる形で答えた。
「アタシもアイネと同じような理由でファイセル君かな。恋人としてはちょっと物足りないとこあるけど。ザティスの方もかっこいいにははいいんだけど、何かと荒いしコロシアムとか見てると破壊願望があるとしか思えないんだよね~」
すかさずアイネが質問を重ねた。
「じゃあどんなタイプの人が好みなんですか? 結構男性に声をかけられているみたいですが、なぜ全部つっぱねてしまうんですか?」
金髪の少女はまたもや恥ずかしそうな顔色を見せた。
実はファイセル君の事も、ザティスの事も結構気にいっててさ。でもどっちもいまひとつじゃん? かゆいところに手が届かないというか」
アイネが苦笑いしながら首を横に振った。
「手厳しいですえ~。どっちかが売り切れてしまう前に決めたほうがいいんじゃないですか~?」
そっくりそのままその言葉を返さんとばかりにラーシェは言い放った。
「ハードル高いのはアイネもでしょ~。大体、何人振ってんのよ~。それにファイセル君は予約入ってるじゃん」
お互いにモテル女しかわからない苦労話が続く。
散々他愛のない話を語り合ってから2人はひとまず満足した。
会計を宣言通りラーシェが払い、店先を後にしようとした時だった。
通りの奥から叫び声や悲鳴が聞こえてきた。
徐々にその音は近づいてきてルーネス通りの人々が通り脇に逃げ込んでいるのが見えた。
「何事?!」
ラーシェは背伸びして騒ぎがある方を見つめた。




