道化師のような邪神
密林の合間からまるで道化師のような笑い声が聞こえてきた。
「来たッ!! ヤツだ!! 邪神サーディ・スーパだ!! 大量にジャヤヤ象を呼ぶぞ!! なんとかしてこらえろ!! 僕は直接、あいつを狙ってみる!!」
レーネは振り向きつつ首を縦に振った。汗がたらりと垂れる。
「オッケ!! 出来る限りやってみるよ!!」
イクセントはその場で地面と平行に腕をまっすぐにピンと伸ばして突き出した。
まるで片腕を弓矢の矢に見立てているような構えだ。
彼女は瞳を閉じて集中し始めた。
一方のボウラーは押し寄せる大量の象をどうやってさばいたものかと悩んでいた。
「う~ん……全匹の弱点を突いてたんじゃ間に合わない!! 何か、何か手段は……そうだ!!」
足元をよく見るとこのあたり一帯はぬかるんでいて水たまりがあちこちに出来ていた。
自分たちは安定した場所で休んでいたので足元は乾いている。
「よし!! いくよ4th!! ライトニングボルト~~~・ストライクッ!!!!」
レーネは強烈な電撃を帯びたボールをジグザグの軌道を描いて放った。
ぬかるみを伝って象達に電撃が走る。
バリバリバリバリ!!!!!!
どうやら効果はてきめんだったようで、次々とモンスターたちは膝を折って崩れ落ちた。
「フン。やるじゃないか」
イクセントは前、後ろ、前、後ろと視点を移しながら亡霊を追うが、どこに行ったか全くわからない。
そうこうしているうちに突如として目の前に邪神は現れた。
「ウヘヘヘヘ~~~~!!!! ピョン!! ベロベロ~~~!!!! ピョン!!!! ベロベロ~~~」
「ふざけるな!! でぇい!!」
反射神経で目の前の邪神に魔力を込めて殴りかかったが、テレポートされて空振ってしまった。
「チッ!!」
しばらく様子をうかがっているとまたジャングルの隙間からゆらゆらと青白い光源が見えた。
「喰らえ!! 瞬光の射者!! ウィンキング・レイシューーーートッ!!!!」
レーネがビビるほどの恐ろしい速さで小さな光弾が発射された。
当たったのかどうかわからなかったが、発射後も不気味な笑い声は止まなかった。
「え~うっそぉ……アレで当たらないとか……。やばいね……」
イクセントも思わず額の汗を袖で拭った。
「ああ……。半端じゃない。あれじゃ複数地点から一度に攻撃しないと当たらないだろう。だが、多少の牽制にはなったみたいだ。笑い声が逃げるように遠ざかっていく。象の追撃も来ないし、ひとまずなんとか乗り切ったか……」
そう言いながらへたり込むようにイクセントは地面に座りこんだ。
レーネもかなり疲弊していて同じように腰をおろした。
2人ともかなり追い詰められていたが、はっぱちゃんのメンタル・ヒーリングの効果でかなり速く冷静な状態を取り戻した。
そうこうしているうちに昼頃には樹木の亜人のチャージが終わり、彼女はナイスバディへと戻った。
嬉しそうに体に生えた大きな葉をワサワサと揺らしている。
ボウラーの少女が声をかけてきた。
「ねぇ、私達って実は結構いい感じじゃない? なんだかんだで何回か危機を乗り切ってるし」
これには少女剣士は同意しかねる様子だった。
「ハァ、ハァ……どうだかな。ハァ……油断してると足元すくわれるぞ。第一、僕らが順調でも他のチームがどうなってるかわからんしな。それに、そろそろ連中との合流も考えていかないといけない。とてもじゃないが、単班でのサーディ・スーパ撃破は不可能に近いとわかったからな。フザけたヤツだったが、厄介極まりない相手だった。次はいつ来るかもわからんし、それこそ次はやり過ごせるかもわからん」
軽く息を荒げながらイクセントはそう言った。
それを見てレーネは笑ってみせた。
「はは……ハァ……ハァ……イクセント君、息上がってるのにそりゃあ説得力ないよ」
はっぱちゃんの根にこしかけながら魔法剣士も笑った。
「フッ。僕は強烈な魔術を立て続けに使ったからだ。お前だって、アスリートならさっさとリカバリしたらどうだ?」
なかなかイクセントとレーネの2人で組むことは珍しい。
そのため最初の頃は刺々(とげとげ)しい会話をしていたが、互いにだんだん加減がわかってきたのかどこまで踏み込んでいいかがわかってきた。
特にイクセントはひねくれた発言をとってレーネを戸惑わせていたが、悪気がないのがわかると年下の生意気なガキンちょに過ぎなかった。
一方、イクセントからするとレーネはやや熱血娘で暑苦しかったが、根はまっすぐだったので信頼に値する人物だとすぐに思えた。
休んでいるうちに思ったより速く回復したのでイクセント、レーネ、はっぱちゃんは仲間を探すために移動を開始した。
ドライアドの亜人、はっぱちゃんは根で這うように進んでいるのであまり速度が出せない。
もっとも、迂闊に速いスピードで動くと今度はモンスターに捕まってしまう。
もどかしくはあるが、これくらいのペースがベストだった。
彼女らが動き出した頃、そこからかなり遠ざかったところにアンジェナとクラティスは歩いていた。
「な~、マジで全然クラスメイトいね~のな。本当にこのペースで誰かに会えるのかよ~?」
クラティスは背中に応援旗を背負って両手を後頭部に組みながらぼやいた。
「まぁ待ちたまえ。誰かがピンチにならないと俺の占いでは位置まで拾えない。それに、占いが当たったのを確認した時点で俺に大ダメージが返ってくるのは確実だ。その際に俺が足手まといにならない工夫が必要だ。占って危機の仲間と合流するというと簡単だが、そのまま逃げるというわけにはいかないだろうからな」
クラティスは首を傾げて聞いた。
「う~ん……未だにイマイチよくわかんないんだけど、アンジェナの占いってどんなんなん? 大体しかわかんないんだよね」
星詠みの青年は腕を組んで答えた。
「まぁ俺も把握しきってないところがあるから仕方がない。まず、原則として誰かに及ぶ危険や危機を星から詠みとることができる。そして、予知が成功すると俺に大ダメージが返ってくる。どのくらいの精度で占うかを加減できるんだが、精度を上げれば反動を喰らう可能性が上がる。精度を下げればリスクは少ないが、外れる確率も上がる。外れる占いなんてアテにならないだろ? だから俺は大抵、高精度で占っている」
アンジェナは学院生活でもしばしば吐血していた。
これは彼が常に危機にアンテナを張り巡らせていることを意味する。
「学院に来て自分の能力を研究したり、先輩からアドバイスをもらったよ。その気になれば全く知らない人の身に及ぶ危険を詠む事も可能だが、それだと明らかに魔力の使いすぎだとわかってる。村くらいならともかく、街や都市の危機を詠んだらただじゃあすまないだろうな。命に関わる」
思わずクラティスはゴクリとつばを飲んだ。
「は、はは……そんなの卑怯じゃん。命をかけるとか覚悟が違いすぎるよ……」
青色のチアガール姿の少女は目を伏せた。
場合によっては彼の命はそう長くは持たないかもしれない。
そんな危うさを彼女は感じずにはいられなかった。
「な~に。そう深刻な顔をしないでくれよ。こんな魔術だからこそ生きていてよかったと思えることもある。それに、あまり大きな声じゃ言えないが占いが的中すると得も言われぬ快感があるんだ。ヤミツキになるほどの……ね。だからヤバい橋とわかっていても渡りたくなるのさ」
それをクラティスはなんとも言えない顔をした。
「う~ん……マギ・エクスタシーとかウィザーズ・ハイって類やつか。あたしは特にそういうのは無いけど、発生するとそりゃあもうスゴいって聞くな。魔術の威力も跳ね上がるって」
アンジェナは人差し指を立ててそれを揺すった。
「まぁ、そこらへんの領域に突入してるのはそれこそ命懸けになってる人達ばかりだろうしね」
少女は目線を泳がすと声を上げた。
「あ、スララとか完全にそうだわ。魔術を使ってるとなんとも言えない気持ちよさを感じるらしい。まぁあの子の場合は常時、発動してるから常に気持ちいいのかも。う~ん……よくわかんないなぁ……」
占いの青年は苦笑いした。
「ははは。そこらへんは体に強い負荷をかけないと縁がない感覚だから、そうならないうちに切り上げておくのが懸命だと俺は思うね」
クラティスは小難しげな顔をした。
「う~ん……そういうモンかねぇ……。あたしにはよくわかんないや」
その時だった。前を歩いていたアンジェナが急にジャングル越しの青空を見上げた。
彼はじっと空を見上げて何かを見つめている。
「お、来たか!?」
少女もずいっと前に出た。
「……輝く箒星は魔物によって流星と成り果てる……ごはっ!!」
星詠みと同時にアンジェナは吐血した。
「しっかりしろアンジェナ!! しかし、箒星というと……追い詰められているのは……」
四つん這いになった青年はクラティスに声をかけた。
「行け!! クラティス!! あっちの方角だ!!」
「しかし!! アンタを置いてはいけないよ!!」
占い師はチアガールを突き飛ばした。
「俺の魔術を無駄にする気か!! 行け!!」
クラティスは一度だけ振り向いたが、その後は振り向く事無くアンジェナの示す方向に走った。




