彼女は彼で彼は彼女で
なんとか合流できたイクセント、はっぱちゃん、レーネの3人。
はっぱちゃんの養分の蓄えは順調で、ガリガリの体型から痩せ型まで戻ってきていた。
ベストの状態まではそう長くは時間がかからないだろう。
遠足は5日目に突入し、朝の日光が当たり始めた。
人と樹の亜人は光合成をはじめた。
夜の間、数体の象とモンスターを撃退したがイクセントもレーネもコンディションはまずまずだった。
だが、なんだかイクセントはソワソワしている様子だ。
「ん? どうかしたの?」
声をかけられた少女は辺りを見回した。
「いや、そろそろ来る頃かもなと思ってな」
レーネは首をかしげた。
「来るって……何が?」
少女剣士は樹木に寄りかかって説明し始めた。
「ジャヤヤ象に決まってるだろ。連中ははパーティーメンバーの数が多くなればなるほど集まってくる習性がある。それに、下手をすればサーディ・スーパも襲撃に加わってくるだろう。2人くらいならなんとか目をつけられないかもしれないが、3人と言ったら立派なパーティーだ。近い内に激戦になる覚悟をしておけって事だ」
それを聞くとアスリート少女はガッツポーズをとった。
「イクセント君がどう思ってるかわからないけど、私、もう足手まといにはならないよ!! 象の弱点もうまく突けるようになったし。それに、君が一緒だと頼りになるからね!!」
彼女はそう言いながらにっこりと笑った。
「フン。おだてても何も出ないぞ」
そうぼやいてもう一人の少女はそっぽを向いた。
当然ながらレーネはイクセントが本当は女子であることに気づいていない。
もっともイクセントを男子だと認識しているのは彼女だけではない。
イクセントが女子であると知っているのはクラスメイトではノワレとはっぱちゃんだけだ。
ましてやその正体が全国指名手配ノレイシェルハウトだなんて知る由もない。
異性を装って生活しているとボロが出そうになることがありそうなものだが、レイシェルハウトはずる賢かった。
危なげなく見事に赤の他人の少年を演じきっているわけである。
最初はウルラディールの名を捨てるような気がして気に食わなかったが、慣れてくるとなんだかしがらみから開放された気になった。
自由気ままに生きるにはイクセントのほうがいいのではないかと思うくらいだった。
亡くなってしまった親友であるクラリアが言いたかったことを思い出す。
きっと自分のやりたいことをやればいいというのはこういうしがらみから抜けるということなのだろうと思えた。
だが、それでも一日たりともウルラディール家や父であるラルディンの事を忘れることは出来なかった。
ましてやROOTSという同志達もいるとわかった今では余計にほうっておくことなど出来はしない。
結局は元の道へ戻ってきてしまう運命なのだとレイシェルハウトは痛感した。
なんだか複雑な表情を浮かべるイクセントにレーネが励ましの言葉をかけた。
「私、凄腕の君となら乗り切れる気がするな!! 期待してるからね!!」
それを聞いた群青色の髪の少女は首を傾けて不満げにぼやいた。
「ハァ……。馬鹿言え。お前も戦うんだよ。すぐにへばったら承知しないからな」
本来の―――レイシェルハウトはもう少し他人に優しくなっていたが、イクセントで居る時は常に普段よりキツく当たるように意識していた。
下手に馴れ合わない。それくらいのほうが身分を隠すにはちょうどいいのだ。
このイクセントという人格は戦いを唯一の楽しみとしていたかつての自分がスレたまま成長したというイメージで形成されている。
なのでこの性格が丸々作りものかと言えばそんなことはない。
だから演じていてもあまり違和感や矛盾点は生じないのだ。
それが周囲に正体を悟られない理由なのかもしれない。
バレる可能性があるとすれば服を脱いだり、脱がされた時くらいだろう。
性転換することも出来たが、そう簡単に行ったり来たり出来るものではないし、金もかかるしリスクも高い。
結局、体は少女のまま少年のふりをしているというわけだ。
他に問題があるとすればやはり成長期だろう。
身長はほとんど伸びずに声変わりもしないとなると流石に怪しくなってくる。
怪しがる人もいるかも知れないが、そういう男子も居なくはない。
とりあえずそれで押し通す気で今は居た。
あまり素の体をいじくり回したくないというのが本音なのだが。
ぼんやりそんな事を考えつつ、肝心の赤い象の対策をレーネに話した。
「いいか、サーディ・スーパが出るかどうかはわからんが、周囲を囲む形でジャヤヤ象は突進してくるだろう。そこのドライアドに背中を向けて密着して、互いの死角を無くすんだ。あとはひたすら迫ってくる敵の殲滅。象の弱点は?」
レーネは拳をギュッと握って腕を構えてガッツポーズを決めた。
「はい!! 後頭部のコブの後ろの方だね!!」
イクセントは頷いた。
「ああ。そうだ。そしてもし、サーディ・スーパが出た場合、処理不可能な数の敵が押し寄せるはずだ。その場合は邪神に攻撃を仕掛ける必要があるが、亡霊は恐ろしく速い。なにせテレポートするからな。正直、お前には荷が重い。ヤツが出た場合は僕に任せろ。当たるかわからんが出の早い呪文で狙ってみる。その間、お前はなんとかして象を食い止めろ」
レーネはゴクリとツバを飲み込んだ。
「邪神サーディ・スーパ……か。もし、撃破できればこのキッツ~い遠足が終わるんだね……。よ~し、気合いれていかなきゃ!!」
一方の少女剣士は腕を組んで首を左右に振った。
「お前な、他の連中の連携もなしにヤツを仕留められると思ってるのか? 第一、ナッガンがそんな簡単な遠足を計画すると思うか? 宝くじを買うくらいのつもりで挑むことだな」
希望を見出していた少女の顔は青ざめていった。
だが彼女のメンタルはアスリートらしく強くて、すぐに気分を切り替えた。
「イクセント君!! 挑戦して見る前にそんな事言ってちゃダメだよ!! ここで私達が遠足を終わらすくらいの気でいないと!! 私、本気だから!!」
樹によりかかった剣士はぽつりとつぶやいた。
(暑苦しいヤツ……。だが一理ある……)
しばらくその場を沈黙が包んだが、イクセントがそれに答えた。
「ああ。そうだな。ここで終わらせる気でやらんと本当に遠足がいつまで経っても終わらん。お前の言うとおりだ。終わらす気でやるぞ」
剣士は彼女を突っぱねる気でいたが、はっぱちゃんの効果でイライラが自然と飛んでいっていた。
その返事を聞いたレーネは笑みを浮かべて頷いた。
心なしかドライアドの亜人もにこやかな表情を浮かべているようだった。
3人は象との遭遇を避けるために場所を移動することも出来たが、下手に移動して見つかっては厄介だ。
それにどのみち攻めてこられたら逃げ切れる可能性は薄い。
それなら万全の状態で迎え撃つのが最善の策だと思えた。
ジャングルの奥から迫りくる者達に対する恐怖心は尋常でなかったが、はっぱちゃんのストレス軽減効果が効いていた。
この不安な状況下でもイクセントとレーネは落ち着いて起こる出来事に待ち受けることが出来ていた。
2人は現状とメンタル面のギャップに驚いていた。
「すごいね。このリラグゼーションがはっぱちゃんの力?」
「あぁ……危機的状況なはずなんだが、不思議と心が落ち着く……」
ズン……ズズン……
地面がかすかに揺れているのを感じる。
明らかに象が接近してくるのがわかった。
イクセントとレーネはすぐにはっぱちゃんを背中越しに挟んで身構えた。
「背中は任せたからな!! くれぐれも突破されるんじゃあないぞ!!」
アスリート少女はボウリングのボールを投げる姿勢をとった。
「うん!! ここにきてガーターってのはありえないよね!!」
樹木を押し倒しながら3人を囲むようにジャヤヤ象が押し寄せた。
「ていっ!!」
レーネは強烈なスピンをかけながら足元にボールを落とした。
すると回転する勢いが地面をはじいて、決して軽くはない弾がふわっと浮き上がった。
そして彼女が念じるとボールはターゲットを直撃するような軌道を描いた。
ボウリングとは言ってもただのボウリングではない。
かなり柔軟に軌道修正が効く投球なのだ。
「オーーーーーーーーーーーム!!!」
ズズン!!!!
紅の象を一体KOした。
「まだまだこれからッ!!」
レーネはボールの回転を維持したまま再び弾をバウンドさせた。
次はこちらにもっとも接近してきている奴を狙った。
ズシン!!
鈍い音を立てて弾は象のコブを直撃した。
ズズーン!!
悲鳴も上げずに敵は倒れ込んだ。
その調子でボウラーの少女は立て続けにジャヤヤ象をやっつけていった。
イクセントはチラリと背後にめをやった。
「フン。思ったよりやるじゃないか。僕もうかうかしてられんな。いいか、何もレーザーはジュリスの専売特許じゃないんだ。くらえ!! 散星の光片!! クラスター・スター・ボムクラスト・スター!!!!!!」
彼が手のひらに握った何かを上空に投げた。
すると閃光と共にあたりをレーザーが拡散するように飛び散った。
その光弾は的確に象の弱点を狙い、次々と息の根を止めていった。
思わずレーネは呆然として上空を見上げ、口をポカーンとあけた。
「うわ~……やっぱすごいや。私の分も全滅だね。こりゃ……」
あたりが静寂に包まれたと思われた時だった。
どこからか不気味な笑い声がジャングルにこだましてくる。
「これは……。おい、気を抜くな!! これは”ヤツ”かもしれん!!」
イクセントはレーネとはっぱちゃんに警戒を促した。




