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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter6:魔術謳歌
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スハスハ蒸発ヤカン

ドシンドシンドシン!!!!!


物凄い音を立てて樹を倒しながらジャヤヤぞうれが百虎丸びゃっこまるとカルナに迫っていた。


だが、カルナの方は消耗しょうもうしていて戦えそうにはなかった


小さな武士が一人で迎え撃つ形となっていた。


蝶宴舞斬ちょうえんぶざん!!」


彼は目にも留まらぬ早業はやわざで刀による斬撃を浴びせた。


無数の巨大な獣の脚の間を駆け抜けてウサミミ亜人はぞうのかかとをっ切った。


休むこと無くスパスパと傷を負わせていく。


これは西華西刀さいかさいとうの剣技の一つで「筋斬すじきり」というものだった。


腕や脚の特定のポイントを狙って集中攻撃し、部位破壊ぶいはかいを狙う型である。


だが、さすがにぞう達は頑丈で弱点なわけでもなかったので、そこまで大きなダメージを与えられなかった。


それでも筋切すじきりの効果はしっかり現れており、進撃は止まった。


連中は苦痛の鳴き声を上げながらドタンドタンとその場で足踏あしぶみしている。


「今でござる!! 退く時はいさぎよ退く!! 三十六計さんじゅうろっけい逃げるにかずでござる!!」


実は百虎丸びゃっこまるはしばしば赤象に手を出していたのだが、その経験上で簡単には斬れないだろうと予測していたのだ。


ジャヤヤぞうの足元をうように駆け抜けて彼はカルナの元へと戻った。


「ええ~い!! こういう時に身長がないと女の子さえまともに抱えることが出来ないじゃないでござるか!!」


大きめの子供くらいしかない体のサイズを彼はうらんだ。


「ふぅむゅ!!」


猫顔の亜人は少女の腹部を肩にかけてかつぎ上げた。


「ちょっ!! リーダー!! 無茶アルよ!! 体格差がありすぎるアル!!」


その姿はまるで米俵こめだわらでも抱えているかのようである。


「カルナ殿どの、苦しくはないでござるか? 大丈夫そうならさっさと逃げるでござるよ。あ、明かりは消すでござる!! またサーディ・スーパに追われるハメになるでござる!!」


カルナは真剣な顔をしてコクリとうなづいた。


百虎丸びゃっこまるはお世辞にもパワータイプとは言えなかったし、大きいものを抱えるのも得意ではなかった。


それでも彼は足止めを喰らったぞうの群れか全力でら逃げ出した。


ぞうだけではないモンスターも振り切って小さな武士は駆け抜けた。


逃げている間に彼は疲労し、キズを負い、ボロボロになっていった。


それでも百虎丸びゃっこまるは走るのを止めない。


「もういいアル!! どうして……どうしてそんな無茶するアルか!!」


背中のカルナは涙をこぼした。


「にゅふふ……愚問ぐもんでござるな。班員を……いや、クラスメイトをまもるのが拙者の務め。たとえそれでおのれを削ることになろうとも滅私奉公めっしほうこうする。それが武士の生き様でござるよ」


だらんとぶらさがって運ばれている少女はそれを聞いて笑い声をあげた。


「それならリーダーこそまさに武士のかがみアル!! あたしはそれをそばで見届けるアルよ!! あたしだけじゃなくて皆も見守ってくれるはずアル。それだけは忘れないで欲しいアル!!」


カルナは感動のあまり思いっきり百虎丸びゃっこまるを抱きしめた。


「ぐ、ぐ、ぐ……ぐるじいでござるよ……」


あわてて少女は腕をゆるめた。


「あ……ゴメンアル……」


男女を意識していないつもりだったが、ちょっと照れくさくなってカルナは赤面した。


2人は夜のジャングルを駆け回ったが、数時間でとりあえずの安全地帯を見つけた。


そこで腰を落ち着けて百虎丸びゃっこまるとカルナは夜を明かす事にした。


「申し訳ないアルが、蝋燭ろうそくに点火は出来ないアル。十中八九じゅっちゅうはっくアイツが来るアルからな。でもローソクには火を着けなくてもちょっとだけヒーリングとリラグゼーション効果があるアル。燭台しょくだいにセットして休めば多少はマシになると思うアルよ。見張りを交換で休むアル」


猫に近い亜人は別に夜通し張っていても問題ないのだが、ここは彼女の好意に甘えて休むことにした。


一方その頃、離れた場所で息を荒くした青年が居た。


やつれつつも興奮したようないびつな顔をしているのはドクである。


彼はメスを切りつけたり投げる攻撃手段があったが、お世辞にも戦闘が得意な方ではなかった。


にも関わらず、誰とも合流できずに3日が過ぎた。


象からもモンスターからも一方的に狙われて彼の心身は限界に近かった。


自分の腕に戦意高揚剤せんいこうようざいを注射する。


「こ、これでもたなきゃやってられない。体がおびえて動かなくなってしまうんだ……。はは……は。このザマだよ。クラスで一番不出来なんじゃないか? ファーナズ先生に合わせる顔がないよまったく……」


彼の表情がひきつっていたのはこの高揚剤こうようざいの影響だった。


急速かつ強制的に戦闘可能な興奮状態にもっていくための薬物だ。


ただ、血の巡りが早くなる効能があるので出血量が増えるというデメリットはある。


副作用の少なさからライネンテ国軍用装備として正式採用されているが、一部で依存性がある事を指摘されて社会問題になっている。


実際、嗜好品しこうひんとして一般に出回っているほどだ。


ただ、ドクの場合は薬の恐ろしさというものを痛いほど思い知っていたので依存はしていなかった。


もっとも、こういった極限状態になってしまうとそうも言っていられないのだが。


「ん、む。んむ」


ウイルスエンサァの悪いところがでた。


彼が投与すると普通の薬でもそれだけでなく別の副作用が現れる。


良い効果というのはほぼ無く、生活に支障をきたすようなものばかりだ。


そのかわりに本来の薬の効き目は飛躍的ひやくてきに伸びる。


極端きょくたんな話を言えば、ただの目薬で盲目もうもくが治るほどだ。


そんな事、ありえないと誰もが口をそろえて言うがドクの師匠であるファーナズはそれをやってのけた。


普段はヤブ医者なので誰もそれを信じなかったが。それがウイルスエンサァという魔術である。


「んむ。ん、ん……副作用は……鼻呼吸が出来なくなったか……。まぁマシなほうですかね……ウッ!!」


その直後、彼は胸を抑えてしゃがみこんだ。


「マズりました……効果の上がった戦意高揚剤せんいこうようざいを多用しすぎてしまいました……。心拍数が上がっていきます!! 心臓が……心臓が爆発してしまう!! このままではそうたたないうちに死んでしま…………」


死のさかいが見えた。いや、境を一度超えた。


気づくと彼は密林を恐ろしい速さで走り抜けていた。


「仲間の……血のニオイがする!!」


ドクはカッっと目を見開きながら自分の限界を越えて疾走しっそうした。


ジャヤヤぞうやモンスターは彼をとらえることさえ出来ない。


まさかこんなところで、こんな形で死にかけて覚醒かくせいするとは本人も何が起こったか理解していなかった。


鼻がふさがったままなのでどんどん苦しくなってくる。


「スハスハスハスハスハスハスハスハスハスハスハスハ!!!!!」


激しく口呼吸を繰り返す。まるで蒸気を吹き出すヤカンのようだ。


彼の頭の中は真っ白だったが、方向だけは仲間の血をひたすら目指していた。


だんだん頭が冷えれば冷えるほど彼はあまりにもヤケッぱちな自分を嘲笑わらいだした。


「あは!! あはは!! あはははははははは!!!!!! 何ですかねコレは!!」


他人が見たら間違いなく狂人だと指を指すだろうが、本人は至って真面目まじめだった。


普段のドクとは完全に別人である。これを見て驚かないクラスメイトは居ない。


「どこですか!! クランケはどこですか!!」


インチキ医者は目を充血させて辺りを見回しながら走っていった。


その頃、タコ人間のニュルは深手を負って地面をいながら進んでいた。


「へへへ……俺ってばホントにバカだぜ。逃げるっつーのはどうも性に合わねぇ。でもあのクソぞうどもめ。見やがれってんだ。ブチのめしてやったぜ。ぐぅっ!! 痛ってぇ~!!」


彼の足はタコなのに10本あったが、そのうちの7本を失っていた。


傷口から真っ青な血をれ流しながら必死に移動している。


畜生ちくしょう!! 足の再生にゃあ時間がかかる!! このままじゃまた野戦病院行きだぜ!!」


ニュルはその逃げることを知らない性格のせいで病院に送られた回数がかなり多かった。


セミメンターから退くことも重要と説得されるほどだが、頑固がんこなタコ人間は全くバトルスタイルを変えない。


「このままだとまたぞうかモンスターにつっつかれて終わりだな。誰かと会えなきゃおんなじことの繰り返しだぜ。俺ももう少し足が速けりゃあこちらから探しに行ってもいいんだが、この足じゃそこまで速くは走れねぇ。せめて水の中なら……あっ!!」


彼は残った足で頭を叩いた。


「俺としたことが……水源をベースに活動すりゃよかったんだ。なんでそんな簡単なことに今まで気づかなかったんだ。まったくもってバカ野郎だぜ俺はよ!!」


活路を見出したニュルを強烈な目眩めまいが襲った。


「い、いけねぇ。アツくなりすぎて血が流れ出すぎた。畜生ちくしょう!!」


タコ人間は太い樹に寄りかかるようにして体を預けた。


「ハァ……ハァ……気が……遠くなってくぜ……」


そんな時、ニュルの耳に変わった呼吸音が聞こえてきた。


「スハスハスハスハスハスハスハスハスハスハスハスハ!!!!!」


こんな荒々しい息遣いきづかいは聞いたことがない。


さそかし凶暴なモンスターが血のニオイをぎつけてやってきた。


彼は眉間みけんにシワを寄せて歯をくいしばった。


「この野郎!! 来てみやがれってんだ!!」


ガサガサ!!!!


草むらをかき分けて出てきたのはドロドロベタベタの白衣を着た人物だった。


「お、おめぇは!!」


その人はこちらを見つつ目をギラギラさせて深呼吸を繰り返していた。


「スーハースーハー……」


思わずニュルは武器を構えていた。


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