西華西刀の名が廃る
長く美しい赤髪の少女、リーチェは機嫌が悪かった。
というのも、彼女の夏季休暇中の過ごし方について未だに不満爆発だったからである。
話は大食いのフィーファン蒔糧記念祭に遡る。
満腹になって力を使い果たし、髪がだらしなくビロビロに伸びた彼女を見つめている婦人がいた。
あまりの満腹感に意識を失っていたリーチェが目覚めるとそこには見知った顔が居た。
「あ、アクスル先生!? なんでこんなところに!?」
面会に来たのは彼女の先生であるアクスル婦人だった。
「なんですかそのざまは!! 気を抜かなければ優勝できたはずです!! 私は貴女をそんな軟弱者に育てた覚えはありません!! いいですね、夏季休暇中は私の元でみっちり修行してもらいます!! 死ぬくらいの覚悟はしておくこと!!」
リーチェは不満げにぼやいた。
「大食いで負けたくらいで軟弱者って……」
それをしっかり耳で拾った先生は説教をたれた。
「何を言っているのです!! アクスル魔術塾のモットーは何事にも全力で挑む事です!! たとえ大食いであっても半端な気持ちで挑むことは許されないのです!!」
教え子は額に手を当てて顔を左右に振った。
(確かに良い先生なんだけど、この行き過ぎた生真面目さはなぁ……)
こうして彼女はアシェリィといい勝負のまるで拷問のような修業をこなしてきていた。
その甲斐あってか、ジャングルに放り込まれても危なげなく切り抜けていた。
リーチェは長い髪を更に伸ばして地面に這わせてセンサーのようにして周囲を探っていた。
(あたしの得意分野じゃないからそこまで広範囲のサーチは無理だけど、仲間や敵の接近くらいはこれでわかるんだよね。っとぉ!! これは……象一匹か。戦闘回避も出来るけど、ツブせるならツブしておくべきじゃん?)
毛髪を伸ばせる少女は植物のツタのように前方に髪の毛を張り巡らさせた。
しばらくすると反応があったので、彼女は髪を手繰り寄せた。
「かかっった!!」
脚に無数の毛が巻き付いたジャヤヤ象が引き寄せられてきた。
少女は力を込めると右側の髪の毛をがっちり固めて拳の形を作った。
そして射程距離に入った敵めがけて思いっきり殴りつけた。
「スーカーレッド・フィストーーーーーッ!!!!」
ズズン!!!
まるで鉄球を当てたような鈍い音が響く。
赤い象はこめかみを横からなぐりつけられて大きくよろめいた。
そのスキに彼女は左側の髪でも拳を作り、両方の拳を組むようにして大きく振りかぶった。
「くらえッ!! デュアル・ハンマーーーーッッッ!!!」
デシンッ!!
編み込まれた髪の毛で作られた拳は見た目以上に硬くて重量があり、それが象の頭部を直撃した。
「オオオーーーーーームッ!!!!」
相手は悶絶して倒れ込んだ。
誰かから聞いたり教わったりしたわけではないが、リーチェは感覚的にジャヤヤ象の弱点に気づいていた。
彼女の抜群のバトルセンスと修業のなせる技である。
気配を探りながら移動し、勝てそうな相手なら積極的に潰していく。
これは間接的に仲間を手助けすることとなった。
さすがにスララほどではないが、リーチェもソロ戦闘に強い使い手だと言えた。
もちろんスタンドプレーしか出来ないわけではなく、仲間と組めばそれはそれで力を出せる。
出来ればそろそろリーチェ自身もクラスメイトと合流したいなと思っていた。
(う~ん……。全然誰にも会わないぞ……? いくら広いからってそろそろ誰かと会えても良い頃なんじゃねーの?)
首をかしげながらまた髪の毛を長く垂らしてサーチしながら彼女は密林を進んだ。
三日目の夜が来た。
多くの生徒たちは夜を明かす事に不安を覚えていたが、例外な者も居た。
「ニャッフフ~~~。夜は拙者の世界でござるよ」
ウサミミネコ亜人の百虎丸だ。
彼はこの漆黒の密林でも先を見通すことの出来る眼とヒゲを持っていた。
普段、街では日中に活動しているが本来は夜行性の特性を持つ亜人なので夜のほうが生き生きとしているのだ。
おまけにそのほのかな獣臭さから、森の住人の警戒網にもひっかかることが無かった。
遠足開始直後は象に身構えたりもしたものだが、どうやらあまり敵意がないらしい。
襲ってくるモンスターは居なくはないものの、決して多くはなかった。
呑気に昼寝しながら探索する程度の余裕があったのだ。
だからこそ彼は決意を固めていた。
「きっと困っているクラスメイトが居るでござるよ。余裕のある拙者だからこそ、そういった仲間を手助けする義務があるというもの」
今夜も彼は夜目を効かせ、音を殺し、ジャングルの中で友を探した。
三日目ともなればこんな環境にも慣れてくるが、ジトジトとした不快な湿気が着物に羽織や袴に染み付くのは勘弁してほしかった。
そんな中、かすかにボーっと光る光源を彼は見逃さなかった。
「あの光は……もののけやもしれぬ。ゆっくり近づいて……」
そして百虎丸は慎重に樹上を伝って明かりの元へと近づいた。
淡く照らされて人影が見える。どうやらモンスターではなさそうだ。
よく目を凝らしてみると明かりはゆらゆらと揺れている。
この特徴的なゆらぎはキャンドルの灯だ。
仲間の中で蝋燭使いといえば同じ班のカルナしかいない。
消えそうな弱い火を灯しながら彼女は体育座りで顔を埋めていた。
百虎丸はどう彼女に存在を知らせるべきか悩んでいた。
(う~ん……これは何をやっても大声を上げられて野生生物が寄ってくる流れでござるな。それでもこのままではいられまい。刺激の少なそうなアプローチから……)
「……ナ殿」
彼はささやきかけるようにカルナに向けて声をかけた。
蚊の鳴くような声では届かなかったらしい。
「カル……」
今度は変化が見られた。彼女が辺りを見回し始めたのである。
「誰!? 誰なの!?」
案の定、カルナがヒステリックに声を荒げ始めた。
このケースを想定していた木の上の亜人は素早く飛び降りると背後から彼女の口を塞いだ。
「むぐ!! むぐむぐ!!! むむむむむ~~~~!!!!!!!」
(しーずーかーにー!! 静かにするでござるよ!! でないとモンスターが来てしまうでござる!! 安心するでござる。班長の百虎丸でござるよ)
ウサミミ亜人は彼女にだけ聞こえるように小さな声でささやいた。
すると口を塞がれた少女はしくしくと泣き出した。
(いつもは元気っ子のカルナ殿がこれとは……。よっぽど辛い思いをしたのでござろうなぁ。拙者、こういう仲間を探していたでござるよ)
感情の高ぶった彼女はしばらく泣きじゃくっていた。
それを猫顔の亜人は背中から優しく抱いて、なだめた。
一応、男性が女性を抱きしめている事になるわけだが百虎丸からすればカルナは妹みたいなものだったので下心などは無かった。
そもそも、彼もその見た目から女子から一方的にハグされる事は珍しくない。
そのため、そこらへんの感覚が麻痺しているというのもあるのだが。
少女が落ち着いたのを確認すると彼女の班長は向かい合うように座った。
「リーダー……会いたかったアル……。ってなんかこれじゃ恋人みたいアルね」
カルナははにかんで笑みをみせた。
「ふむ。それでこそカルナ殿でござるよ。して、この3日間はどうだったでござるか?」
相手は俯いて暗い顔をした。
「思い出したくもないアル……。それが……。アタシのローソクの光に邪神が反応してるみたいアル。この3日間、何度も後をつけられたアル。その度、大量のジャヤヤ象に襲撃されて……。なんとかやりかえしてやろうと思ったアルが、とてもじゃないけどあの量の象はさばききれなかったアル。その結果、アタシはビクビクしながら逃げ回るハメになってしまったアルよ……」
百虎丸は顎をさすった。
「ん? それはつまり、邪神サーディ・スーパに追い回されているということでござるか? 追い回されている方からしたらとんだ災難でござるが、位置の特定が困難なヤツをおびき出すことが出来るとすればこの遠足を終了する重要な鍵になるかもしれんでござる。亡霊の類はテレポート出来るゆえに神出鬼没でござるからな……」
2人がゆったりしていると突然カルナが立ち上がった。
「見て!! 居る!!」
彼女が指を指した方向を百虎丸が振り向くとぼんやりとした青白い不気味な光が樹木の間をちらちらとしていた。
「リーダー!! ローソク消すよ!! 気配を殺して!!」
フッっとほのかに暖かな色を放っていた蝋燭は消えた。
辺りは真っ暗になって何も見えなくなった。
ただ、見えなくなったのはカルナだけで百虎丸はクリアに周辺の様子が見えていた。
次の瞬間だった。
「アババ!!!! オベロベロベーーーーーー!!!!! ケタケタケタケタ!!!!!」
顔中ピアスで耳に大きなイヤリングをつけた青白い胸像のような化物が突如として2人の間に出現した。
「ぎゃーーーーーーー!!!! でたアルーーーーーー!!!! 象が来るアルーーーーーー!!!!!!」
すっかりカルナは取り乱してしまった。
ウサミミでネコ顔の亜人のほうは驚きはしたものの、冷静に対処した。
「一割!!」
彼は素早く抜刀してサーディ・スーパらしき亡霊に斬りつけた。
これは一刀両断という手応えがあったが、目の前から邪神はパッっとまたたく間に消えた。
「アババ」
「オベベ」
「ベロベロ~……バァ~~~~!!!!」
ついては消え、ついては消えるランプのように相手は少しずつ遠ざかっていた。
「むむっ!! なんとまぁふざけたヤツでござるな!!」
すぐにカルナがこちらに声をかけてきた。
「リーダー!! 早く逃げるアル!! ジャヤヤ象が押し寄せてくるアル!! あいつ、ああやって群れを呼ぶアルよ!!」
武士の亜人は手を差し出した。
「カルナ殿!! 逃げるでござるよ!!」
だが、彼女はうなだれてしまった。
「あたし……もう歩けない……魔力の限界アル。野戦病院送りアル……」
そうこうしているうちにまるで大地震が起こったかのように地面が揺れだした。
「ぬわっ!! これは……象の大群でござるか!!」
明かりが再び灯った。カルナは泣きそうな顔をして腕を振り抜きながら叫んだ。
「いいから早く!! 早く逃げるアル!! 早く!!」
だが、百虎丸は彼女をかばうように抜刀した。
「困っている人を前にしたらすべからく助くべし!! さもなくば西華西刀の名が廃る!! ……百虎丸、いざ参る!!」
彼は普通の丈の刀を小さな体で大剣のように構えて、臨戦態勢に入った。




