休暇中のそれなりの努力
レールレールはうまい具合にジャヤヤ象やモンスターとの戦闘を回避していた。
彼の魔術はトロッコに使われているようなレールを生成するというものである。
当然、ただのレールではなく上に乗るとその上を滑って高速移動出来るのである。
使いようによってはアタッカーを前線に送ったり、逆に逃走用としても利用できる。
彼は敵意を感じるたびにすぐレールを作って逃げていた。
大柄で大雑把そうな見た目に見えて実は慎重派で神経質な一面もあるのだ。
この魔術での移動はかなり速度が出るので並のモンスターには追いつかれない。
無精髭を指でなぞりながらグレー色の髪をいじった。
「ノーバトルはグッド。バット、フレンズ・サーチはノングッ。ソー……。ユーズ・ニュースペル……」
そう言うとレールレールは両腕を突き出してひねるような仕草をしながらレールを敷設した。
するとレールの端がはね上がるように曲がり、宙に向けて伸びた。
「イェス。レッツ・カタパルツ……」
設置が終わると青年は直線に引いたまっすぐな部分の上に乗った。
そしてそのまま直進して加速すると一気に途切れた箇所から高くジャンプした。
飛距離、高度、速度をパワーアップさせたカタパルトである。
ビュオビュオと風の音が耳を抜ける。
レールレールは空から他のクラスメイトを探した。
もっとも、目立った戦闘などがなければ歩いている人を発見することは出来なかった。
だが、地べたをレールで走り回っているよりはマシである。
それに、カタパルトの移動距離や利便性はかなり高くてジャングルを俯瞰して見られるという強みもあった。
繊細なサーチは不可能だが、この手段で探していればそのうち誰かが見つかるだろう。
そうレールレールは考えていた。
ただ、彼がこの魔術をここまで温存していたのは消耗が激しいからである。
使わざるをえなくなったというのが正しい表現だろう。
それでも鬱蒼としたジャングルを抜けて空を舞うのは気分が良かった。
「What’s? あのガケの上のテントは……」
男の目にこの密林では珍しい人工物が入った。
切り立った崖の上にそれらは建てられていた。
レールレールは一度、着地すると再度カタパルトでテントめがけて飛んだ。
スタツっと着陸するとにわかに驚きの声があがった。
「レールレールか。ここに来られるのはフォリオくらいしか居ないと思ったのだが……。腕を上げたようだな」
そこには腕組みして立つナッガン教授が居た。
「oh……ティチャー……」
「ここは怪我をした生徒を収容する臨時の野戦病院だ。ただし、後遺症や命にかかわる大怪我でなければ原則として治療は行わん。運び込んでも受け付けんからな。見たところお前は治療の必要はなさそうだが……」
余裕のある青年はコクリと無言のまま頷いた。
「まぁでもせっかくここまで来たのだから少しばかり情報をやろう。実はお前ら全員にはマーキング・マジックを施してあって、ジャングルのどこをうろついているのかこちらで手に取るようにわかるのだ。だから迅速な救助が可能となっている。それは同行してくれた探知系のエキスパートのスヴェイン教授に依頼している」
ナッガンは親指で背中の向こうを指さした。
ヘアバンドに長い髪をした男性がパルーナの地図とにらめっこしている。
「ジャングルは不快この上ないが、腕利きのナッガン先生に生徒を紹介してもらえる!! 次のエキシビジョンマッチこそ私の勝ちだ!! フハハハハハ!!!!!!」
レールレールはあえてスルーした。
「で、だ。今は三日目の昼。仲間と合流できたクラスメイトは全体の半分に達していない。遠足開始から今までここに生徒が運ばれた回数は30回弱。思ったより少ないということは休暇中のそれなりの努力が見て取れるな。魔術修復炉……リアクターも未使用だ。このペースならこいつを使わず遠足を終えることができるかもしれんな。悪くない」
ナッガンは満足げな表情でリアクターの容器を見つめている。
そして振り向くと立ち尽くすレールレールに声をかけた。
「いつまでそこでつっ立っているんだ? ここには用はないだろう。そのカタパルトを使って早く仲間を探すんだな。お前の力を必要としている連中がいるはずだ。さぁ行け。ジャングルを駆けるんだ」
青年はハッっとした表情をするとすぐに野戦病院に背を向けてカタパルトを生成し始めた。
「Yes!! Sir!!」
崖に向けてレールは敷かれ、その先端は盛り上がって天に伸びていた。
レールレールは作ったものに足をかけると一気に加速した。
そのまま装置の先端に到達し、高く高く跳んだ。
そして彼は上空からジャングルを見渡す事を繰り返し始めた。
「見つかれフレンズ!!」
それなりに消耗するが、こればかりは根気強くやるしかないと青年は覚悟を決めた。
セクシーお色気女子のヴェーゼスは大汗をかきながら走っていた。
お世辞にも速いとは言えず、後ろからジャヤヤ象に追い回されていた。
「あ~も~サイアク~~~!!!」
だが、スキを見つけて振り向いた。
「ウフッ♥ ワタシの魅力でぐ~るぐる~」
彼女は投げキッスを送りながら胸元をチラ見せして悩殺ポーズをとった。
すると襲撃してきていた一体の象が立ち止まった。
その目にはハート型のピンクの紋様が浮き出てきていた。
「いっただきぃ~~~♥ 恋の~テンプテ~~~ト!!!! ゾウちゃん、私を護って!!」
命令された象は背後を振り向いて追いかけてきていたジャヤヤ象と同士討ちを始め、モンスターにも攻撃し始めた。
「まさかここまで魅了呪文が密林の生物に効くとは思わなかったわ……。それってもしかして人より動物とかモンスターの方にモテるって事!? なんかフクザツー……」
彼女はドサクサに紛れてその場を退散した。
今の所、象への魅了の成功率はほぼ100%である。
他のモンスターにも高確率で効果がある。
ただし、ヴェーゼスの場合は分散すればするほど効果は下がっていくので強力なモンスターを一体選んで魅惑する必要がある。
ここでは明らかにジャヤヤ象一強なので、わかりやすくはある。
ただし、一対一に持ち込んでしっかり誘惑をかけるのは難しい。
うまいこと立ち回らないと囲まれて勝ち目がなくなるが、彼女は恋の駆け引きだけでなく戦いの駆け引きも上手かった。
「ああ~私のために争わないでぇ~。なんてね」
彼女はウインクしてペロっと舌を出した。
これがさっきの魔術の解除条件だ。さっきの象は我を取り戻しているはずだ。
一度に魅惑させるのは一体が無難だ。複数にかけると分散する恐れがある。
解除条件は発動と同時に術者が決定し、術者本人がその動作をとらないと解除は出来ない。
魅了への抵抗力や強い精神力でスペルが破られそうな時は術者にもわかるようになっている。
そのため、よっぽど油断していない限りは操られたふりをした敵に攻撃されるということはまずない。
そんなケースがあるとすれば相当な慢心である。
相手を洗脳するという強力な魔術ではあるが、効く効かないがきっぱりとわかれるのが弱点だ。
ジュリスも指摘していたとおり、ヴェーゼスは対人戦では苦戦気味だった。
上級生のテンプテイターは他の攻撃手段を織り交ぜて戦うのが基本なのだが、まだ彼女はしっくりくる魔術を見つけられずに居た。
「う~ん……この森の子達みたいにみんなキュンキュンになってくれると助かるんだけどなぁ……。人里が離れたところには強いってこういう事なのね~。は~……にしても暑っつ」
爆乳美女は胸元の襟を中身が見えそうなくらいパタパタさせた。
そしてここにもまた孤軍奮闘する少年が居た。
金髪碧眼の残念系イケメン、ガンである。
彼はマッドネス・ギアーという歯車を駆使して戦う。
普段は手のひらに収まる程度の大きさなのだが、瞬時に巨大化することが出来るのだ。
その大きさはちょうどジャヤヤ象の体高と同じくらいだった。
彼はマッドネス・ギアーで象の横っ腹に強烈なタックルをかましていた。
「うっす!!」
ギャリギャリギャリ!!!!!!!
地面を抉りながら歯車は回転する。
そしてガンは敵一体を弾き飛ばした。
怪力のモンスターと正面からぶち当たっても競り負けないのは彼の強みだった。
すると今度は横からの敵意を感じる。このままでは横から突っ込まれる。
彼の弱点は左右の横方向からの攻撃だ。
前後は歯車が覆ってくれるが、右手、左手のほうはがら空きである。
「くっ!! やりすごすっすよ!!」
ギャリギャリギャリギャリ!!!!!!
彼はその場でドリフトを始めてぐるぐるとスピンし始めた。
「これなら脇腹を狙われることは無いっすが、長時間やってると目がまわってくるっす……」
ガキン!!
衝突音に気を取られて振り向くと別の象が歯車にひっかかっていた。
「まずいっす!!!」
いつの間にか四方を赤いモンスターに囲まれてしまっていた。
全力でマッドネス・ギアーを回転させようとするが、こうもみくちゃにされてはもうどうしょもない。
「くっそ~!! まだだ!!! まだっすよ!!!!!」
しかし、その直後に彼は長い鼻で強烈な横殴りを喰らって歯車から放り出された。
「痛っ~!!!!!! あ~……意識が遠くなってくるっす……。レーネさんもこんな目にあってるかもしれないっすね……。会いたいっす……レーネさん……」
意識が飛んでいく途中で優しく誰かに抱きとめられたのをガンは感じた。
そのまま彼は安らかに瞳を閉じた。
これが歯車少年3回目の野戦病院行きであった。




