ストライクを獲りにいく娘
イクセントはジャングルのぬかるみを疾走していた。
走りつつ、空中でお手玉にされている人物を特定しようと目を凝らした。
「あのスポーティなポロシャツにスコート……レーネか!!」
ジャヤヤ象は長い鼻に彼女をひっかけるとまた上空めがけて投げた。
今は鼻だけで攻撃しているが大きな牙も左右に二本ずつ、計4つ生えている。
あれで串刺しにされたらタダではすまないだろう。
「くそ!! 野蛮なヤツめ!! おい、こっちだデクノボウ!!」
少女剣士は大きな声を張り上げて巨大な化物の気を引いた。
「パオオオオオオオオーーーーーーーム!!!!!!」
象は全力で長い鼻を叩きつけ、小さなイクセントをぺしゃんこにしようとした。
ズズン!!
だが、直撃寸前で魔法剣士はサイドステップをしてこれをかわした。
そのまま流れるような動きで長い鼻の上に上ると剣を下に向けて構えながら相手の体を駆け上がっていった。
「地走斬走迅!!!!」
彼女はそのまま巨象の頭、背中と伝って斬撃を与えた。
すると象は抵抗もできぬままパックリと裂けて死んだ。
ヒュンと剣を振って少女剣士は剣についた鮮血を払った。
「弱点は頭の周辺……。サユキたちとバカンスに来た時に何度か戦ったからな……。本当は一突きで楽に仕留めても良かったんだが、お前はやりすぎた」
剣を鞘に収めると彼女はすぐに振り返った。
「あれだけ高く投げ飛ばされてれば……居た!! この距離と位置なら全速力を出せばキャッチできる!!」
イクセントは身構えるとすべての力を身体能力アップに注いだ。
「ほっ!!」
みるみるレーネとの距離が近づいてくる。
救出者は見事、彼女をお姫様だっこで抱きとめると着地しやすい樹の倒れたエリアに降り立った。
「おい!! 大丈夫か!? おい!!」
寝かせて頬をピタピタと叩くと彼女は苦痛に顔を歪めながら意識を取り戻した。
「イ……イク……セントくん? あっ、痛つつつ……」
無事助けたのはいいものの、かなり蓄積ダメージは多そうだ。
「アザだらけじゃないか。打撲が酷いな。あんな攻撃をされたらこうもなる。骨は……折れてない……だと?」
魔法剣士が驚いていると彼女は苦笑いした。
「アスリートに……とって体は……資本だからね……。打たれ強くなるためにはしなやかな筋肉は必須なんだよ」
真っ当な事を言っているようなそうでもないような。
いずれにせよ普段、どんなトレーニングをしているのだろうかとイクセントは疑問に思わざるをえなかった。
「それより……イクセント君……一人で勝っちゃうなんてすごいじゃん。前からだけど、今回で見直しちゃったな……。わたしも力に……なりたいところなんだけど……これじゃあね……」
レーネは手を空に向けて伸ばしたが、力なくだらりと垂れた。
「ふ~む……この状況じゃあ治療班に任せたいところなんだが、来ないということは自力でなんとかしろということか……。本当に命の危機でないと来ないらしい。全く薄情な教授だよ」
イクセントは極めて軽装で、群青の制服の上下と、剣、そして背中に付けたバックポーチしか持ち合わせていなかった。
「何本か魔術治癒薬も持ってきているが、出来ればこれは戦闘中に大怪我した時用にとっておきたい。代わりと言ってはなんだが、僕に案がある。痛むだろうが、もうすこし辛抱してくれ」
イクセントは寝かせていたレーネを再び、ひょいっとお姫様だっこした。
この時、持ち上げる側の少女はうっかり自分の性別を意識していなかったのだが、持ち上げられる側としては男子相手だ。
ただごとではなかった。
「わ!! ちょ!! イクセント君!?」
レーネは顔を真っ赤にした。しくじったなと一瞬、イクセントは思ったが押し切った。
「非常時だ。許してくれ」
抱かれる側はウブな顔をそむけて照れ隠しした。
ゆっくり彼女を運んでそばの茂みに入るとそこにははっぱちゃんが居た。
「あ……はっぱちゃん?」
イクセントはドライアドにアスリート少女を預けた。
はっぱちゃんは慈みを込めてレーネを包み込んだ。
「ドライアドの涙には癒やしの効果がある。おそらくその怪我も短時間で治癒出来るだろう。ただし、涙を流す負荷は高いと聞いた。しばらくはレーネの回復待ちとコイツの護衛でここから動けなくなるかもしれん。それでもやってみる価値はあると僕は思う」
するとドライアドの少女は黄金色の涙を流し始めた。
その液体がポタリ、ポタリとレーネの顔に滴り落ちた。
彼女はそれをすくうようにして口へと運んだ。
「うわ!!……人間の涙はしょっぱいっていうけど、はっぱちゃんの涙はすっごくあまいんだね~。あ~、なんか全身がリラックスする。体がとろけそうだよ……」
怪我人が亜人の涙を舐めるたびに痛々しい青アザや腫れた箇所がどんどん治癒していく。
それとは対象的にはっぱちゃんの体格はナイスバディからまるでヤシの樹のように体格が変化してしまった。
やがて彼女の涙は止まった。
「……噂には聞いていたが凄まじい治癒効果だな。ただ、この涙は分泌された直後でないと効果を発揮しないと聞いた。だから非常に優れたヒーリングアイテムなのだが、市場には一切出回らない。甘いだけの蜜がいいとこさ」
亜人の少女はしなしなと前かがみになってしまった。
「はっぱちゃん!!」
レーネは包んでくれていた彼女を抱き返した。
「葉はしおれていない。多分大丈夫だ。そいつが動けるようになるまで僕らは護らなきゃいけない。しばらくここでキャンプだな。まぁキャンプなんて良いもんじゃないが……」
イクセントは突然に剣を抜いて振り返った。
「小さいが地面を這って何か来る!!」
それを聞いたレーネは立ち上がってスカートの汚れを払いつつ言った。
「イクセント君、鋭いね。でも大丈夫。それ、私のボールだから」
草をかきわけてやってきたのはレーネ愛用のライネン・ボーリングのボールだった。
「お前もフォリオに似たことが出来るんだな。まぁ、物を使う魔術使いなら珍しくはないのかもしれんが……」
足元にたどり着いたボールに手を伸ばすと指が吸い込まれるように穴にフィットした。
「ちゃんと名前もあるよ。”4th”っていうの。数字の四のフォース。4つ目のスペアボールなんだ。みんなは不吉な数字って言うけど私のラッキーナンバーが4なんだよね。ほら、実際にイクセントくん、はっぱちゃん、私、そして4thで4人揃ってるでしょ? このメンバーならうまいことやっていけると思うんだよね~」
少女剣士はなんだかモヤモヤしたものを感じたが、あえてスルーした。
それにしてもアスリートとは逞しいもので、メンタルが強い。
普通、あれだけボコスカにされたら少なからずネガティブになると思うのだが。
かといってレーネは能天気キャラかといえばそうでもなかった。
むしろ個性派揃いのクラスの中では真面目な常識人寄りである。
やや筋肉にこだわるフシはあるが。ムキムキマッチョというよりしなやかな筋肉を重視しているらしい。
(ふむ……組む分にはクセやアクの無いヤツだな。近距離をカバーしてやれば本来の力が出せるだろう。ボーリング・ボミング……爆発するボーリング弾か。ジュリスが別属性も使えるようになったって言ってたな。象相手ならボミングじゃないほうがダメージを与えられるんじゃないか? それにこれまでどう戦ってきたか聞いておく必要があるな……)
イクセントは腕組みしながらレーネに訊いた。
「お前、ここまでどんな戦い方をしてきたんだ? 一応は抵抗してみたんだろ?」
ボーリング少女は俯いた。
「うん……。ボーリング・ボミングでジャヤヤ象を狙ってみたんだけど、当たりはしたけどほとんど通用しなかったよ。爆発の威力が低すぎるって事はないと思うんだけどな……」
彼女はほっぺに手のひらを当てて首をかしげた。
「多分、連中に炎属性は効かない。ブ厚い皮膚があるからな。そういえば新しい属性のエレメンタル・ボールを覚えたと聞いたが、そっちはどうなんだ?」
レーネは浮かない表情だ。
「確かにライトニングボルト・ストライクっていう雷属性のボールは使えるようになったんだけど、集中出来ないとうまく発動出来ないの。一対多数でしかも追い回されるような状況だと、とてもじゃないけど……」
少女剣士は腕組みを解いて声をかけた。
「一度見せてくれないか?」
ちょっとした間の後に返事が帰ってくる。
「いいよ」
ボウラーは穴に指を入れてボールを顔の高さまでもってくると瞳を閉じて念じた。
ちょっと長めのため時間の後、彼女は大きくスイングして華麗なフォームで4thを投げた。
バリバリバリバリジジジジジ!!!!!!
ボールは強烈な電撃を帯びつつジグザグの軌道を描いて密林を駆け抜けた。
「なんだ。使えるじゃないか。確かに少し時間はかかるが、ソロでなければ実戦でも問題ないだろう」
予想以上の高性能技にイクセントは少し驚いたようだった。
「え? そうかな。あんまり褒められたことないから嬉しいな」
レーネは照れた様子で後頭部を掻いた。
「ところでさっきのはジグザグの軌道だったが、ボールを空中に浮かせることは出来るのか? そのフォームのまま上まで投げきるのか?」
すぐにボウラーは首を左右に振った。
「いやいや、それじゃ砲丸投げになっちゃうじゃん。しかも指が穴からすっぽぬけちゃうし。えっとね、ライネン・ボーリングを空中に投げるには弾に魔力を帯びさせてスピンさせるの。そうするとポーンと上に飛んでくんだ。”スピンナップ”ってテクニックなんだけど」
剣の柄に片手をつっかけたままイクセントは尋ねた。
「それで空中の敵や、狙った高所にピンポイントで当てることはできるのか?」
ボーリング女子は自信ありげに笑った。
「まぁ誤差はあるけど、精度はそれなりに。毎日特訓してるからね」
少女剣士は不敵に笑った。
「フッ……。実はな、ジャヤヤ象には致命的な弱点があるんだ。連中の頭部にはコブがある。決して広い範囲とは言えないが、そのコブの尻尾側を突くとあいつらをダウンさせることが出来る。打撃なら気絶するだろうし、斬撃なら死ぬ。だからお前のライトニング・ボルトで一発喰らわせば終わりだ」
レーネはしばらくポカーンとしていたが、すぐに我に戻って明るい表情をした。
「うっそー!! なんでイクセント君そんな詳しいこと知ってるの!? 図鑑にはそんな事、載ってなかったよ?」
そう問われた彼女は肩をすくめた。
「それは相当古い書物でないと載っていないぞ……。大量乱獲が反省されるようになった現代では連中の弱点は記載禁止事項なんだよ。僕は知り合いと旅行に来た時に知った。図鑑には載ってないが、ここに潜るハンターは大抵が知ってる。皮肉なもんだな。もっとも、それをクラスメイト達が知らないのをわかってて放り込んだのがナッガン教授なんだが……」
ハッっとした様子でレーネはつぶやいた。
「そっか……もし、皆にその弱点の情報が知れ渡れば一見して無茶に見えるこの遠足にも救済措置があることになるね。まぁこんな広いジャングルで散り散りになってそれをやらされる身にもなれって話ではあるんだけどさ……」
思わず互いに笑いが漏れた。
「フ……」
「あはは……」
そうこうしているとはっぱちゃんが重い体を起こした。
「気を取り戻したか。そういうわけでしばらくはコイツを護るのが僕らのすべきことだ。決して楽観視は出来ないが、僕らは弱点を握っている。ここが踏ん張りどころだ……」
普通ならピリピリする緊迫したシーンだが、はっぱちゃんのおかげで確かな安定感がそこにはあった。




