肉巻き野菜ズ
植物と人の亜人であるドライアドの少女、はっぱちゃんはマイペースにジャングルを歩いていた。
本当はドライアド種には名前という個別識別の概念が無いのだが、それではあんまりだということでアシェリィが名付けた名前がそれである。
クラスメイト的にはウケはいまひとつだが唯一、彼女と意思疎通出来る人物が決めたのである。
文句のつけようが無かった。
そんな彼女は根っこを脚のようにワサワサと動かしてゆっくり密林を進んでいく。
他のクラスメイト達が脅威に晒されている中、彼女は危機とは無縁だった。
というのもドライアドの性質は極めて植物に近く、周囲の害獣やモンスターの標的になることがなかったからだ。
ただ、歩くのはかなり遅いので他の人達を探すという点においては絶望的だった。
おまけに他人から見たら背景に溶け込んでいるために非常に見つかりにくい。
(わたしはこんな足取りだし、声をだすことも出来ない……。蜜を出すことは出来るけど、そしたら獣やモンスターを呼び寄せてしまう……)
亜人の少女は立ち止まって一休みした。
日光は高く上がってきている。
(あ……そうか……わたしはこうやって光合成で活動エネルギーを満たしているけど、皆はこんな場所でご飯を確保しなきゃいけないんだ……。大変だろうなぁ……)
はっぱちゃんは髪の毛のように頭から生えている葉っぱを日光へ向けた。
両手も開いてかざし、腕や手に生えている葉にも日を当てた。
彼女はわずかな水分と日光さえあれば体の機能を維持することが出来る。
(あ~満たされる……)
そんな不思議な感触を日々、はっぱちゃんは感じているのだ。
場所さえ選べば密林の中でも食べ物には困らないのである。
ドライアドは自分の体型から自身の栄養状況を把握している。
成人した女性ではまずありえないが、彼女らの場合はスリーサイズが養分の残り具合で大きく変化するのだ。
栄養不足だと平坦になり、逆に満たされているとグラマラスな体型になるのである。
砂漠の時などは酷く、うまく光合成が出来ずにつるぺたになってしまったくらいである。
クラスメイト達は最初、この変化に驚いたがそのうち慣れた。
あえてそれを口に出して指摘する者は少なかったが、クラティスあたりにはいじられたりもする。
ただ、人間のように明らかに体を露出しているわけではなくて、木の樹皮を体中にまとっってまるでワンピースを着たような見た目をしている。
そのせいか、女性の体型むき出しでも男子の注目を一身に集めるという程ではなかった。
もっとも、物好きはどこにでも居るもので、彼女に魅力を感じる者も居なくはなかったが。
(胸も……お尻もかなりふくらんできた。これならしばらく動けそう。みんなを……みんなをさがさなきゃ……)
彼女が歩みを再開したちょうどその時だった。
「動くなッ!!」
誰かが茂みの向こうから警告を発してきた。
それが自分に向けられてのものかどうかなのかがわからず、はっぱちゃんは困惑した。
思わず立ち止まったが、自分に対しての言葉かどうかはもう少し動いてみないとわからない。
彼女はワサワサと葉をゆすって根っこで歩いた。
「動くなと言っている!!」
やっぱり相手はこちらの存在に気がついている。
だが、その声は聞いたことのある声だったので、ドライアドの亜人に焦りはなかった。
ガサガサと草むらをかき分けて出てきたのはベタベタに汚れた制服を着たイクセントだった。
「……なんだ。やっぱりお前か。僕のカンにひっかかってな。もしかしたらお前なんじゃないかと思ったけど、モンスターかどうか確認をとる必要があった。声を荒げて悪かったな」
少年ははっぱちゃんのそばまで来て、剣を立てて立膝をついた。
「ハァ……ハァ……。やはり猛獣やモンスターに見つからず探索するってのは神経がすり減るもんだな。お前が居て助かったよ。不安やストレス……そういったものが和らいでいく……」
イクセントは瞳を閉じて深く深呼吸をした。
はっぱちゃんは彼女の背中に回り込むと包み込むようにして抱いた。
「なんだ? 気遣ってくれるのか? でも、これは男子にやると勘違いされるぞ」
魔法剣士は苦笑いを浮かべた。
(何言ってるの? あなた、女の子じゃない……。わたし、だってカンと雰囲気でわかるんだから)
実ははっぱちゃんはイクセントが男装しているのを会った時からわかっていた。
それでも彼女はその事について誰にも話さなかった。とても親しいアシェリィに対してもだ。
(きっと、この娘なりに素性を隠さねばならない複雑な事情があるんだわ……。それなのに私が誰かにそれを漏らすのはマナー違反だものね)
樹木の亜人、ドライアドは優しく少女を抱きかかえた。
それに体を預けてイクセントはしばらく眠った。
目がさめる頃にはすっかり疲労感が取れて、探索可能な状態まで回復した。
「ありがとう。お前のおかげだよ。しかし……合流できたのはいいものの、お前は足が遅いからなぁ……。しかも僕と一緒に居ると逆に襲われる確率が上がってしまう。肉巻き野菜の料理……ロレン=キャビッジみたいなものだからな。さっきくらいの短時間ならモンスターをやり過ごせるかも知れないが、時間が長引けば絶対に見つかる。さて、どうしたものかな……。お前を置いていくのは気が引けるんだけどな」
はっぱちゃんは穏やかな笑みを浮かべたまま葉をサラサラと振った。
「なんだ? 放って置いて行けとでも言うのか? そりゃあ確かにそれでもお前の身の心配は無いだろうが、ここで僕と別れた場合、下手すると他の連中に見つからない可能性があるぞ。僕も相当、集中した状態で見つけたわけだしな。それにお前のストレス回復能力は何をするにも貴重だ。かなりのプレッシャーの環境下でも冷静に行動することが出来るからな」
対する亜人はなんとも言えない感情を抱いていた。
(う~ん……連れて行ってくれようとしてくれるのはとてもありがたいんだけど、ついていく自信が無いなぁ。それにきっと連れて行くデメリットの方が多いと思うんだけどなぁ……。ここで別れたら誰にも会えないってのは一理あるけど……)
彼女なりに身振り手振りのジェスチャーをするともう一人の少女は閃いたように平手に拳をうちつけた。
「そうだ。僕はさっきと同じように気配を殺す魔術でゆっくりと先行する。お前はつかずはなれずで僕についてきてくれ。僕の集中力に限界が来たらお前のところまで戻って休む。速度は出ないが、その調子でジャングルを探索していけば僕の負担はぐっと減る。そうすれば仲間に会えるチャンスも増えるだろう」
魔法剣士は会話の翻訳をするチャットピクシーの使役はニガテだったがニュアンスくらいなら伝わったように思えた。
はっぱちゃんはコクリと首を縦に振ってまたサラサラと葉を振った。
「助かった!! あのペースで密林を彷徨っていたら神経が擦り切れるところだった。これで腰を据えて他の連中を探すことが出来る。お前が居なければ成り立たないんだ。頼りにしてるからな」
ポンポンとイクセントは自分より背の高い亜人の肩を叩いた。
(あれ……なんだかこの娘……。なんだか素直になってる?)
イクセントは終始「はっぱちゃん」と呼ぶことはなかった。
だがそれは見下しているというよりはアシェリィのつけたダサいネーミングセンスを嫌っているからだった。
「お前、お前」とは言っているが、彼女にとってはっぱちゃんは殺伐としたサバイバルゲームの救世主的存在だった。
はっぱちゃんに会えた事は本当に幸運で、さらに能力の相性的に見えても抜群の組み合わせだった。
イクセントは怒りっぽいところがあって、何かとストレスを貯めがちである。
それはレイシェルハウトと名乗っていた頃と大差なかったりする。
確かに人間的に成長した面もあるが、そう簡単に人は変わるものではない。
カーッっと頭に血が上ると制御が効かない。そこが彼女の最大の欠点でも有り、弱点でもあった。
常日頃からサユキに注意されているのだが、こればっかりはどうにも出来ないでいる。
そんな彼女だ。ストレスを軽減し、リラグゼーション効果のある魔術はうってつけだった。
状況さえ許されるのであれば常に組んでおきたいくらい相性のいい2人なのだ。
イクセントは腕組みして首をひねった。
「今が二日目の昼か? 一体、この”遠足”は何日を予定してるんだ? なんのアテもなしにクラスメイトと合流するつもりでいるとしたら一ヶ月やそこらでどうなる問題じゃないぞ。しかも肝心のサーディ・スーパが謎に包まれている。亡霊って情報しか与えてられていないしな。第一、他の連中はどうしてるんだ? 集まる前にモンスターに蹴散らされている気がするのだが……」
その直後だった。何かが飛んでくるのを察知したイクセントは臨戦態勢をとった。
「なんだ!? 空中からの襲撃か!?」
素早く抜刀し、はっぱちゃんに後退するように指示を出した。
だが、よく目を凝らしてみるとあまり大きいサイズではないし、敵意も感じない。
人型の何かがポーンと上がっては落ち、上がっては落ちていた。
その下では大きな樹がバタンバタンと倒れている。
その周辺でジャヤヤ象が暴れているのがひと目でわかった。
イクセントは気配を殺したまま距離を詰めた。
すると何が起こっているのかがはっきりとわかった。
「あんの象……人間を弄ぶように放り投げてるのか!! なんて残忍な性格だ!! いや、これもサーディ・スーパの影響かもしれない。とにかく、今は見つかるのを覚悟で襲われてる人を助けねば!! 象との戦闘も辞さない!!」
はっぱちゃんに待機するよう促すと魔法剣士は走り出した。
不確定要素の多いこの局面では見過ごすほうが合理的で安全だ。
そう頭では理解していたはずなのに、少女は助けに向かわずにはいられなかった。




